Remembrance 2006/09/06-2020/06/08  2020/07/01-

   ある日のできごと、心の呟き、よしなしごとetc

昔が懐かしい今日この頃

2008年06月28日 | 懐かしくて
写真のお弁当箱はアルミ製。大きさは約12cmというかわいいサイズ。

私が子どもの頃、朝起きると、この小さなお弁当箱にご飯が入っていて、その上にかつお節がふりかけられていた。姉のが花柄で、私のがこけし柄。そのふたつが、冬は練炭火鉢の上で温かめられていた。‥と、記憶している。

先日実家で食器棚を掃除していたら出てきて、あまりにも懐かしく、2個とももらってきた。
物は増やさない!!とか言いながら、こんな愛おしい物はやはり手元に置いておきたくなる。

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「juke tower」がやってきた

2008年06月27日 | 
ネットで注文していた「juke tower」が届いた。

iTunesでAACファイルからMP3に変換した懐メロ(美空ひばりや藤山一郎など約220曲)と唱歌(約200曲)を、USBメモリ(2つに分けた)にコピーして、さっそく再生してみた。
十分いい音で聴ける。これならOK!!

再生とストップが簡単にできるから、母にも使えそう。
1ヶ月半遅れの母の日のプレゼントになるわ!!

もし母が喜んでくれたら、次は耳慣れたクラシックを3つめのUSBメモリにコピーしよう。

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ものが溢れている家

2008年06月26日 | 家事
押し入れの掃除をしていたら、当然のことながら、たくさんの物がでてきた。

何十年も使ってきた扇風機をこの度処分することにした。回ることは回るのだが、ちょっと回り方がおかしい時もあるから、火が出てきたら大変。

長年頑張ってくれた扇風機との別れは寂しいが、これは納得のできる別れだった。


問題は、別れ難いものをどうするか。

パッチワークの未完成品と、その材料一式。
トールペインティングの未完成品と、その材料一式。

趣味を持ったのはいいが、そのための材料が段ボールに何箱にもなって、押し入れを占拠している状態。
その趣味が継続するかどうかが最も重要なポイントではあるが、空間的に余裕の無い人間は、段ボールにいくつもの材料がいるような趣味は持つべきではないということに気がついた。製作している時は楽しいが、後々のことまで思いを巡らせるべきだった。

完成した作品はもちろん大切だが、製作途中のものも手放し難く…。しかし、完成されるときが来るのか…。
今後、この布や板やペイントや筆は使うのだろうか…。しかし、捨ててしまったら、また作りたくなるものかもしれない。

思い切りよく捨てるという勇気もなく、しかしながら押し入れに戻すと、本来押し入れに入れたい服や季節の電化製品がまたしても室内に溢れる。

どうしたものか…。とりあえず、趣味関係のものは全部実家の納屋…。そして、数年間使わなかったら焼却場…。

たくさんのものを所有して、結果それに苦しめられるというのは何という皮肉。
もう、本当にいるもの以外は家には持ち込まない勇気が必要だ。
無料のプレゼントはもらわないようにしようと思いながら買い物に行き、買った薬にはレジ袋のようなものがおまけについてきた。これはもう笑うしかない。

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ホタルの里

2008年06月24日 | 自然
車で30分ほど走っただろうか。隣の市の川(先日、知人が、その川で見てきた様子を「ホタルの乱舞」と形容して紹介してくれたところ)へ、出掛けた。

昨夜は、雨も止み、月もなく、きれいな星空。
「行ってみよう!!」ということになり、簡単な夕食を済ませて出発。

その川の近くまでは行けたのだが、どこから川におりていけばいいのか、「乱舞」のスポットがどこにあるのかがわからず、結局知人に再三電話をして教えてもらった。こういう時、ケイタイはとても便利。
話していてもなかなか理解できないこちらの様子に憐れさを覚えたのか、「今から私が行きましょうか。案内します。」とまで言ってくださったが、なんとか自力で、そこのスポットへ辿り着けた。

ホタルのピークの時期はもう過ぎているとのことだが、それでも久し振りに見るホタルの乱舞がそこにはあった。

8時から9時過ぎ頃が元気に飛んでいる時間帯のようだ。木の上の上まで飛んでいくホタルの光は、まるで一つの星に見紛うばかり。
往復3.0kmぐらい歩いて車に戻ったのは10時ごろ。その頃、ホタルは静かに木にとまって光っていた。

ここの川のホタルはHPによると「10万匹」と書いてあるのが、まんざら嘘でもないような幻想的な世界であった。

今回この2時間の間、川では誰とも出会わなかった。
この静寂さと車の往来の少なさが、何とも最高の贅沢という感じがした。

来年は今年よりもちょっと早めにこの川へ行ってみようと思っている。
来年の楽しみが一つできた

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大掃除の「ご褒美」

2008年06月22日 | 家事
今日はちょっと気合いを入れて、押し入れの掃除に一日を費やした。段ボール箱の中をチラッと見て、どこへ置くのかを決めるのだが、その箱の中身がアルバムや思い出の品の場合は、そこで手が止まる。(そんな訳だから、残念ながらすべてが終わったわけではない。あと3日は必要な状態。)

今日見た箱には、息子が幼稚園の頃のものがいっぱい詰まっていた。
息子の通っていた幼稚園では、年6回は手刷りの冊子(各号、各クラスから3名ずつの保護者の文章が載る‥だからみんな、在園2年の間で1回は執筆しなければならない)、年1回は印刷屋さんのちゃんとした冊子(こちらには全園児の保護者の文章と子どもとのツーショットの写真が載る)を広報部が発行していた。すべてモノクロ。

私は息子が年中の時に、「1年を振り返って」というテーマでの執筆を依頼された。

以下は15年以上も前の私の文章。

「生きているって楽しいな」

 入園してからの最大の変化は、家族そろって「早寝早起き」という人並の生活ができるようになったこと。驚くほどスムースに適応できた。
 図書館に近い所に引っ越したおかげで、この一年はよく絵本を借りてりて読んだ。市民図書館で出会った年中組のT・K君に「この本おもしろいよ。」と教えてもらった「汽車の絵本(トーマス)」のシリーズ、おみやげにもらって統んだ「エルマー」のシリーズは特に気に入っている様子。かなり長い絵本なので喉が嗄れるが、読んでいる私も結構おもしろくて絵本の世界に引きずり込まれる。
 冬休み前までは、園でも家でも折り紙を山のように作った。本を見て作っているうちに、オリジナル作品もできあがった。「折り紙を卒業するのはいつかしら」と思って見ていたが、最近あまり折らなくなった。もっか年長組のS・K君に教えてもらったカードゲームのUNOに夢中。包丁を使うのもうまくなり、人参のみじん切りなどなかなかのもの。日曜日の朝はよくホットケーキを作ってくれる。道具の準備、計量、焼くという作業をほとんどひとりでやれるというのがすばらしい。
 できないこともいっぱいある。それが、ほとんどのこどもができることである場合には、親として「なんであの子にはできないのだろう。」とつい心の中では呟く。しかし、一年前にはできなかったことが今では難なくできているという姿をみると、こちらがあせって「頑張りなさい。」と言うことでもないと思えるようになった。幼い頃無理やり何かを強いられたことのない幸せな時間を私ももてたのだから。
 毎週木曜の夕方、やおやさんが「みかんの花が~」と音楽を流しながら車でやってくる。軽快なメロディを聞きつけては「今日は何を買うの?早く書いて。」と言いながら紙とペンをもってくる。「いつもお世話になります。みかん一袋、じゃがいも五個、たまねぎ三個ください。1000円持たせます。122号 ○○」と書いて、1000円札一枚といっしょに手渡すと、パッと小走りで出掛ける。しばらくして「あ~重かった。」という声とともに、段ポールに入れてもらった野菜を床の上にドサッ。おつりを包んである紙には、おじさんの字で「みかん一袋 500円、じゃがいも なし、たまねぎ 80円、合計580円、おつり420円」とある。このやおやさんのおかげで、私も安心して買い物に行ってもらえるから大助かり。ひとりで買い物に行く楽しみが味わえ、優しいおじさんからりんごやトマトなどのお駄賃までもらえるこの木曜日の夕方を、こどもは心待ちにしているようである。
 幼稚園の友達や先生方をはじめとして、周りのさまざまな人達によって支えられ、のびやかに育ててもらっていることに、深く感謝する今日この頃である。「生きているって楽しいな」と感じられる瞬間がたくさんある幼年時代を過ごせたら最高だ。


他の人たちは「です」「ます」体で執筆されている中、私だけ「だ」「である」体。更に皆さん自筆なのに、私だけワープロ字。
内容はともかく、今私が書いているこのブログの文章もこんな感じのものだということは、文章力は歳と共に上達するものでもないということなのか‥とか思いながら、懐かしく読み返した。

自分の書いた文章は、日常的に見ることはないが、今までいろんなところに掲載されたものは押し入れの中のどこかの箱の中に詰め込んである。
それは、大掃除を頑張った私への「ご褒美」のように現れ、旧きよき時代へと誘ってくれる。

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juke tower ~生活の中に音楽を‥~

2008年06月20日 | 音楽
母は歌が好きで、懐メロ(美空ひばりや藤山一郎など)や唱歌が流れると、よくいっしょに口ずさんでいる。

その母の生活の中に音楽を‥と思って、数年前に買い求めたのは無印の商品。
音楽を聴くためにCDを入れたら、後は紐(ちょうど換気扇のような紐)を引っ張るだけで再生ができる。
扱いが簡単だから買い求めたが、意外と早く(保証期間が終わった頃)壊れた。
今も使えないことはないが、途中でCDが止まったり、急にCDが回り出したり。(昼間はよいのだが、深夜に音楽が鳴り出すとちょっと困ることになる。)

昨年、次に用意したのは、iPodnano。とてもたくさんの曲が入るし、MDやCDのように取り替える面倒がなくなると考えたのだが、デッキに装着したものをリモコンで操作するというのが母にもどうもちょっと無理そう。
使いこなせないことは母の大きなストレスになるのを私は知っているので、今は私が一緒にいる時にだけiPodnanoを使って音楽を流している。

バイトがお休みの今日の昼下がり、母にも簡単に使えるようないいものはないかなぁと思って、家でネットで見ていると、「juke tower」という商品が目に入った。

防水だからお風呂でもOKだし、小さいからどこへでも持ち運べるし、曲を保存したUSBメモリをセットしたら、あとは再生のボタンを押すだけという簡単な操作。
これなら難なく母にも使いこなせそうだと思った私はさっそく注文。
母にこれが使ってもらえたら、10500円は値打ちがある。(でも、がっかりしたくない私は、母が使わないと言った時には自分がお風呂で使って楽しもう!と考えて、心を軽くしておくことも忘れてはいない。)

再生可能なものは「MP3ファイル」。
iPodnanoのためにiTunesにAACファイルで保存している懐メロと唱歌がたくさん(おそらく2Gほど)ある。が、変換で音質は著しく落ちるのだろうか‥。もしそうだとすると、また図書館に何日も通ってCDを借りてこなくてはいけない。


ま、商品が届いてからやってみて考えよう。
取り敢えず、今日は、注文できたことに満足して寝よう!!

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ヴァイキング

2008年06月19日 | 雑文
先日、大阪で集い、食事をしようということになった。

私の好みは、個室。落ち着いた懐石か、にぎやかな中華。

しかし、今回は小さな子供がいるので、周りに気を遣わなくても済むようにと選ばれたお店は、ホテルの「ヴァイキング」料理の店。


もともと食が細いし、更に最近はデザート類もあまり欲しいとは思わなくなっているので、「モト」が取れるとは思えないから、近頃は「ヴァイキング」というところへは滅多に行かない。
もう5年ほどは行っていない。


当日の参加者は、母、姉夫婦、その娘一家、我が家のメンバー、総勢9名。
こんなにみんな揃って集まれるなんて、なんとすばらしいことだろう。

みんな陽気で、楽しくおしゃべりができたし、目の前で焼かれるお肉は美味しかったし、チョコレートのタワーも初めて体験したし、飲み放題だから、ビールもたくさん飲めたし。

母もみんなから元気をもらったのだろう、帰りの電車の中で、「9月にはまた鴨川の川床にみんなで行こうかぁ?」と言い出してくれた。
この頃はどこへも行きたいとは言わなくなっていた母だったから、その一言はとても嬉しかった。
また8月にお店選びをして、予約しなきゃ…。今度は伯父さんと伯母ちゃんも誘ってみようかな。


特別な日には、新しいピアスを付けることにしている。
今回は、「K18WG/K18天然ダイヤコンビネーションピアス」。

ピアスの一つ一つを見る度に、
「幸ちゃんとたくちゃんの結婚式の2次会披露宴に行った」、
「下鴨神社に詣でたあと、円山公園の長楽館でアフタヌーンティを楽しんだ」、
「9人でホテルヴァイキングを食べた」
と、よい思い出を喚起させてくれるとすると、新しいピアスを買うことは、贅沢とばかりは言えない。(という理屈をつけて、次のよき日のために、また気に入ったピアスをネットで探している…。)

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「せんとくん」と「まんとくん」

2008年06月18日 | 雑文
奈良の平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターの「せんとくん」と「まんとくん」が二人並んでシャッターに描いてあるという記事を先日の新聞で読んだ。

餅飯殿センター街を通ったときに、「これも記念になりそう‥」と、バッグからカメラを取り出して写真を撮った。

感覚的に、童子に角は似合わないと私は思うのだが、どうしてもせんとくんに鹿の角を付けたいなら、頭から出すのではなく、まんとくんのように角の飾りのある帽子をかわいくかぶらせてほしかった。

せんとくんが世に出て数ヶ月が過ぎるが、初めて童子を見たときに感じた「異形」な印象は今も変わらない。

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幸せと健康

2008年06月17日 | 人生・幸せ・老い・お付き合い
写真は、先日播州清水寺で見かけたもの。

「不幸はすぐわかるが、幸せはなくしてからわかる」


幸せであることが当たり前と思う心は、考えてみると、非常に傲慢なのかもしれない。

健康もまた然り。
失って、或いは失いかけて、しみじみとそのありがたさを自覚する。

健康に気をつけ、感謝しながら、今楽しめることは、今楽しみ、今日やりたいことは、できるだけ今日やってしまおう。


親のありがたさもまた同じなのかもしれないと思う。

近頃頻繁に「次はいつ?」と、帰省の予定を母が私に問う。
帰省したその日にそう聞かれるのは、私は苦手である。

それは、ちょうど、お昼ご飯を美味しく食べている時に、「今日の夕食のメニューは?」と夫に聞かれて、「今は取り敢えず満足してよ!そんな先のことを聞かないでほしい!」と言いたくなるようなうんざり感に少々似ている。

今日の朝日新聞の3面に、「人の幸せは、小さな安心がいつも確認できるところにあるのではないでしょうか。」とあった。
母の求めているものは、きっとこの「幸せ」なのだろうと思いながらその記事を読んだ。


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ササユリ

2008年06月13日 | 自然
近くの里山公園では、ササユリが満開。

例年よりもユリの数は少ないように思えたが、1本に4、5輪も花を付けているものもある。

この公園で聞く鳥の声と、ほのかな、優しい匂いにほっとした。
こんな、なんでもないことが「幸せ」というものなのだろうと思う昨今である。

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トキソウ

2008年06月12日 | 自然
バイトが終わった後、ドアを開けて外に出たら、まだまだ明るい。

このまま家に帰るのはなんだかもったいないと思った私は、帰宅のルートを選ばす、近くの里山公園を目指した。

ササユリのいい香り漂う中を散歩しよう…と思って歩いていると、整備された湿地に一輪のトキソウを見つけた。

気品があって、凛としていて、トキソウもすてきな花だなぁと思いながらシャッターを押した。

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旅のホームページ作成

2008年06月11日 | 
5月下旬、5泊6日で、東北へ行った。
自由な一人旅も今年で3年目。

一昨年の白神山地、昨年の山形蔵王に続き、3年連続東北に行っている。

今回は高山植物にはほとんど出会えなかったが、ミズバショウの群生が見られたから嬉しかった。

ささやかなお土産:岩手県宮古名物「いかせんべい」数枚を友人宅へお届けしたら、「次はどこへ行く予定?」と聞かれた。

でも、まだ具体的な計画はない。(そういえば昨年蔵王に行く時には八重山諸島への計画も同時に立てていた。あの時は調べたり予約をしたり‥で、なんだか慌ただしかった。)


う~ん。次はどこへ行こうかな。

次の旅に行くまでに、旅のホームページを完成させることにしている。
バイトのない日はほとんどこれに時間を費やして、今日、やっと出来上がった。
ふ~。

よろしかったら、どなたさまもご覧くださいませ。

http://sky.geocities.jp/soramitsuyamato/

圧縮したけれど、写真が多くて、重くて‥。時間がかかるようです。


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「知っていること」と「知らないこと」

2008年06月09日 | 言葉・文字
5月の初め

「『三和土』をどう読むか知っている?」と聞かれた時、私は「たたき」と読んだ。
「君は『たたき』って読めるんだ!」
「そう、どうしてだわからないけど、読めるのよ。」と私。


5月の下旬

「宮沢賢治記念館」で、賢治の原稿をみていると、「苹果」という単語があった。その横に「りんご」とルビがある。
「へぇ、これは『りんご』と読むのかぁ。」…「りんご」は「林檎」しか知らない私には、新鮮だった。

言葉を獲得するのは若い時がいい。
自然と染み込んだ、若いときの知識は一生ものだと思う。

今、折角こうやって覚えたつもりの「苹果」も、きっと数ヵ月後には私の記憶からは遠のいているだろう。

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