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北原白秋 (詩人) 探訪 紀行

2024年04月03日 | 📀芸術・文学・絵画DB.

 平成探訪結果北原 白秋 (自然主義 / 耽美派文学 / 童謡作家 1885.1~1942.11)
          映像:在りし日の北原白秋(小田原文学館パンフレットより)

 福岡県柳川市(旧沖瑞村)出身、早稲田大学卒後詩歌に集中、若山牧水らと交流)
 同人誌などで詩作・童謡など数多くの佳作・名作を成して、親族も出版業を起業。
                (下記アンダーラインをクリックすると本ブログの訪問記録参照可)   

    1. 白秋記念館 (北原白秋 生家) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥(福岡県柳川市)
    2. 柳川川下り舟 (北原白秋 生家前水郷) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥(柳川市)
    3. 山門は 我が産土 雲謄る 南風のまほら 飛ばまし 今一度 ‥‥ (柳川市)
    4. 我つひに 還り来にけり 倉下や 揺るる水照の 影はありつつ‥(柳川市)
    5. 町祠 石の恵美須の 鯛の朱の 早や褪せはてて 夏西日なり‥‥(柳川市)
    6. 柳河のたつたひとつの公園に秋が來た。古い懷月樓くわいげつろうの三階へ‥‥(柳川市)

 解説:北原白秋に最初に触れたのが高校時代に「邪宗門」が収められた白秋詩集
    真っ白い装丁だった記憶。詩よりは童謡・唱歌で、一度は口ずさんだかも
    「♪‥この道はいつか来た道 嗚呼そうだよ・・・」「♪からたちの花が
    咲いたよ。白い白い花が咲いたよ・・・」など。晩年、右傾がかったのが
    残念だが国粋主義的志向は当時の社会情勢からはしかたないかも知れない。

 観察:北原白秋もまた多くの文人同様恋多い男であった。最初の妻は人妻不倫
    相手から訴訟などをされた末の獲得などで、生涯で三度の結婚をしている。
    最後の妻が白秋を支え見とどける良妻賢母の才媛であったとは羨ましい話。

 参照芸術&文学&温泉 探訪紀行


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