ANANDA BHAVAN 人生の芯

ヨガを通じた哲学日記

今先輩

2011年04月29日 | 日記
今先輩

 私が入社して会社の独身寮に入りますと、寮には入社が私より1年上の今先輩が居て私を可愛がってくれました。今先輩はオーディオが趣味で「新しいオーディオセットを買うから古いのを譲るよ」と言って私にオーディオセットを安く譲ってくれました。「こんなに早くステレオセットが持てるとは」と感激しながら配線を終えてLPレコードに針を落とす時に私の指が震えました。「なんや、手が震えとるやないか」と今先輩に言われて私はムッとしました。

 今先輩には恋人(?)が居ました。学生時代からのお付き合いなのだそうです。大阪へ行った時に私は今先輩のデートのお供をしました。恋人(?)は小学校の先生でした。授業が終わると恋人(?)は今先輩と私の乗っている車へ急いでやって来ましたが、服装は過激なホットパンツ姿でした。恋人(?)のセクシーな姿の奥に見える、何とか今先輩の心を繋ぎとめたいという気持ちに私の心は震えました。

 今先輩は会社にも彼女(?)が居ました。彼女(?)に対して気がある素振りを見せながら今先輩はそれ以上には深入りをしません。結婚相手を恋人(?)にしようか彼女(?)にしようか迷っている風でしたが、本当に迷っていたのかそう見せたかったのかは今も分かりません。今先輩には「いちびり」なところがあって、東京から大阪へ出張するのに新幹線を使わず飛行機を使いました。彼女(?)と私は羽田まで今先輩を見送りに行きました。

 結局今先輩は恋人(?)と結婚しました。夢破れた彼女(?)は私に近づいて来ましたが私は彼女(?)の手の指が細くないことに驚きました。「顔は綺麗なのに、指が細くない」、私は彼女(?)から思い切り遠ざかりました。

 私が今先輩と再び親しくさせてもらったのは私が川崎の社宅に引っ越してからのことでした。私も結婚していて、既に2人の子供がいました。私が引っ越した社宅は昔山口瞳が住んでいたという大変に古いテラスハウスでした。今先輩はテラスハウスから歩いて5分の公団住宅風の社宅に住んでいて、奥様との間にお嬢ちゃんが出来ていました。私の先の妻は今先輩の奥様とすぐに親しくなりました。家族を挙げてのお付き合いになり、今先輩が手に入れた切符で後楽園球場へプロ野球の巨人戦を皆で見に行きました。その時ピッチャーの江川選手がホームランを打ったのを覚えています。

 ある時今先輩が1人でテラスハウスの我が家に遊びに来ました。私の先の妻はニコニコと対応します。私はその時、当時としては大変貴重なポルノビデオを持っていましたので、「いい物をお見せしますよ」と言ってビデオカセットをビデオデッキにセットしました。すると今先輩の顔色が変わりました。「僕はそういうのは嫌いだ、お願いだから止めてくれ」ときつく言います。男なら誰もが好きなこういう物に女性にマメな今先輩が拒否反応を示すとは私にとって驚きでした。女性にマメな男は性的なパワーが弱いのだろうか、そう言えば他にも女性にマメなのに性的なパワーは意外と弱い人がいるよね。

 しばらく経って今先輩は健康診断で心臓の近くに動脈瘤が見つかりました。順天堂医院で1日がかりの大手術でした。今先輩は相変わらず女性にはマメで、ですから多くの女子社員たちがお見舞いに行きました。

 大手術が成功してしばらく経って今先輩が落ち着いたのを見て私達は病院へお見舞いに行きました。今先輩は「来週の何日には退院するのでその時には退院に付き合ってくれ」と私に言います。奥様もそこに居られるのに、私はとっさの返事に困りました。大病の後の退院なのですから、一生懸命にお世話をされた奥様やお嬢ちゃんと水入らずで退院されるのが良いのにと私は思いました。

 結局私は今先輩の退院にお付き合いすることになりました。今先輩の社宅に到着しますと、私にビールを飲めと今先輩は言います。「お願いだから家族を水入らずにしないでくれ」という嫌な雰囲気の中で私は少しだけビールを頂いて、それから自宅に戻りました。

 その後大阪へ異動になった今先輩は奥様と離婚し別の女性と再婚しました。親しくさせて頂いていた私の妻にも連絡の無いまま、奥様はお嬢ちゃんを連れて私の住んでいる世界から姿を消してしまいました。

 今先輩が再婚するのに同期の方々が結婚式に呼ばれた時、同期の方々の奥さん達は、あんな人でなしの身勝手な男の結婚式に出たら絶対ダメだと猛反対されたそうです。

 先の妻を亡くして3人の子供達を何とか1人で育て上げた私が本気で再婚に向けて気合を入れていた54才の頃、今先輩の同期で私の結婚式の司会をしてくれた人から電話がありました。「今が死んだ。会社の帰りに血を吐いて倒れてそのまま・・・」。

 私は今先輩についてどうにも理解納得の出来ないことが2つ有りました。1つは恋人(?)と彼女(?)を天秤にかけた事です。同時に2人の女性を同じくらいに好きになるということが有るのだろうか。もしそうだとしても、見え見えの両天秤はまずいのじゃなかろうか。そしてもう1つは、あんなに献身的に今先輩のお世話をしてくれた奥様と、お嬢ちゃんも居るのに何故離婚してしまい、そして別の女性と再婚をしてしまったのだろうか。

 私はずっと今先輩は恋人(?)と彼女(?)の両方を好きだったのだと思っていました。だから2つの事が不可解だったのです。最近思うのですが、今先輩は2人とも好きでは無かったのではないか、いや、頭では好きだったのだけれど心から好きでは無かった。体の底から衝き上げてくるような恋の衝動が無かったのではないか。そう考えると今先輩が2人の女性を天秤にかけたような冷たい態度も理解出来ますし、また、結婚した後の奥様への「結婚してやったんだ」という風な突き放した態度も分かるのです。しかしそれは今先輩の弱さではないだろうか。恋愛事を頭で考えるのは良くありません。

 そういえば私がテラスハウスで「ラーマーヤナ」を読んでいた時、「そんな本を読んでいたら出世に響くぞ」と今先輩に言われた事が有りました。今先輩は筋金入りのサラリーマンでした。頭に思い描いたストーリーに則って労働組合の副委員長もやり組合の御用組合化にも貢献しました。だがしかし。

 人生は「頭」では有りません、「衝動」です。

 今先輩が頭の働きを静止させ、心の奥の衝動を聞いて結婚していたならば、彼女(?)、恋人(?)、そして再婚された奥様を傷つけずに済んだのだろうになあと今私は思っているところです。





コメント
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