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ANANDA BHAVAN 人生の芯

ヨガを通じた哲学日記

家をリフォーム

2019年03月28日 | 日記
家をリフォーム

 我が家も築26年が経ちあちこちとガタが来ていますのでリフォームをしました。これまで何度か引っ越しをしましたがリフォームは初めて、3週間程家の2階で暮らしながらのリフォームはかなり堪えました。しかし洗面台と洗濯機、そして冷蔵庫も使えるように工事をしてくれたのでこれは大助かり、家の外で顔を洗うのは3日間で済みました。また工事中もインターネットや電話は使えるようにお願いしましたので生活の息苦しさは半減でした。

 屋根とベランダの防水工事、併せて雨樋(どい)の調整は我が家の場合必須です。しかし、これには足場を組みますからかなりのストレスです。

 浴室については床がタイルなので冬は冷たいのをホッカラリと言うソフトで乾きやすい床で、更には暖房・換気扇も付いたユニットバスにしました。リビングではシステムキッチンを取り換えてガスコンロはガラストップに、換気扇は掃除の手間が掛からないものに、そして水道の蛇口に加えて浄水の蛇口も設置、それに食洗器も付けておきます。冬はリビングの窓際が寒いので二重窓に、そしてフローリングを替えるのに合わせて床暖房にしました。1階の和室は予算が無いので畳を張り替えるだけ。

 10日間程お風呂が使えないのでビジネスホテルを使おうかとも考えましたがそれは止めて、車で20分程の銭湯に通う事にしました。銭湯へ行くのは40年ぶりでしょうか。

 1階のリビングと和室、そして浴室と洗面所を片付けるのに1週間余り掛かり、まだリフォーム工事が始まる前に妻と私はへとへとにお疲れ。なのでリフォーム工事が始まりますと解体の騒音を避けて熱海のホテルに1泊、これは疲れを取るのに大正解でした。

 食事はどうしようか。昼食は外食、そして夕食は近くのスーパーでお弁当を買って済ませる事にしました。お昼に外食に出掛けますとガストもバーミヤンも駐車場は満車、老夫婦の姿が目立ちまして皆さん考える事が同じなようです。また老婦人のお独り客も有りました。

<3月>
5日、解体工事でリフォームをスタート。
6日、熱海のホテルに1泊。
9日、浴室の土間コンクリート。銭湯通いを開始。
11日、壁のボード張り。
12日、床暖房とフロアー張り開始。
13日、ユニットバス設置。
16日、システムキッチン設置。ユニットバス使用開始。
18日、壁のクロス張り開始。足場架け。
21日、屋根・ベランダの防水工事。1階各室の清掃。洗面台復旧。
22日、和室に逃げた調理器具・食器の収納開始。
23日、電気工事。二重窓取り付け。リビングでのテレビ視聴復活。
25日、エアコン取り付け。
26日、雨樋(どい)の調整。和室で畳の張替え。
27日、足場外し。

 27日に足場が外れてリフォーム工事が終わり、一晩寝て目覚めますと体がずっと緊張していたのが分かりました。そしてこれから2階に逃げた衣類や諸々の収納開始になりますから元の生活復帰にはもう少しです。リフォーム工事は3週間程でしたが、その前の片づけから終了後の収納までは2階の部屋が使えずヨガの練習も出来ませんで、これは相当なストレスで有ります。


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八十八歳を生きる

2019年03月12日 | 日記
八十八歳を生きる

 私は現在72才、最近ではどうしても欲しい知識と言うものが見当たらなくなっています。解脱体験の構造もだいたい分かりますし、70才を過ぎてからはそれまで良く分かっていなかった仏教も分かって来まして、仏教とヴェーダーンタ思想とサーンキヤ哲学の位置関係も良く分かります。そして更にはサーンキヤ哲学を土台にしたタントラの思想も身に付いて来ました。ですから、あとは黙々とヨガの練習をするだけ。

 一方、ヨガの練習をしていますとプラーナヤーマ(調息)~メディテーション(瞑想)の有様については言葉で表現するのは困難で、ヨガの練習が終わりますと脳内に快楽物質が分泌されたかのような多幸感が3時間程続きまして、それも言葉では表現出来ません。あとは黙々とヨガの練習をするだけ。

 人文書院発行、佐保田鶴治著の「八十八歳を生きる」を読んで見ました。佐保田鶴治さんは私より47才年上です。私は父が32才、母が25才の時に生まれましたので、佐保田鶴治さんは私の父より15才も年上と言う事になります。87才(かぞえの88才)で亡くなられていますので、これは最晩年の講話集ですね。佐保田鶴治さんの最晩年はどのような心境だったのか大変興味が有ります。この本には佐保田鶴治さん最晩年の、9回分の講話が収められています。

 第1話の「八十八歳を生きる」で佐保田鶴治さんはヨガは宗教で有ると断言します。ユダヤ教とか、キリスト教とか、仏教とか、また仏教でも真言も有れば真宗も有る。しかしそれらは宗派(組織)では有っても宗教では無い。それでは宗教とは何か、宗教とは「Who am I?」ただ1つです。神様と私はただ1つ。「宇宙の本体であるところの神様というのは宇宙で一人しかいないはずなんです。たくさんあったら宇宙がいくつもあることになる」、痛快ですね。

 第3話の「行と業と心」ではかなり精密な説明が有ります。行とはサムスカーラ(経験した事の記憶が潜在意識化したもの)、業とはカルマ(一般には前世での行いの反動が現世に現れる次第)、心とはチッタ(心の働きをひとまとめにしてチッタと呼びます)の事ですね。しかし佐保田鶴治さんは「行には単に観念の記憶保持だけではなくて、その他にも過去の経験からの残存物がある」としたうえで「行には記憶観念と業と煩悩の三種があるのです」とヨーガ・スートラを読み解きます。行(サムスカーラ)は輪廻転生の際に継承されます。そして「業もチッタの中に貯蔵せられている行の一種ですが、これは心理的な内容を転変する可能性ではなくて、われわれが外界の存在と考えているものを転変する原因なのです」と言います。業(カルマ)が環境世界を転変させるとは、これはどう言う事でしょうか。私達は目や鼻や耳や舌や皮膚の感覚器官で環境世界を知覚して認識しますね。と言う事は、環境世界とは主観が対象を認識する際の認識の表象の事なのですから、主観が変化すればそれに応じて認識も変化し、認識の表象である環境世界も変化すると言う事なんでしょうね。物の見え方が変わってくるとも言います。

 第4話の「人間実存のヨーガ」では客観と主観について説明が有ります。「西洋の思想の根底には客観主義があり、ものを客観的にながめるということを大切にします」として「主観的」を馬鹿にする風潮を指摘し「主観的とは真理ではないということをあらわしています」と痛烈で、「現代の学問は、ほとんど全部、対象を外に出して考えています。人間に対しても、客体として考えます。客観的な考えです。」と位置付けます。そしてそのうえで「一般の人は外をながめることしかできませんが、賢い人は内側に向けてながめることができるというわけです。ヴェーダーンタのような高度の思想が生まれたのは、外に向かってながめたのではなく、内側に向かってながめたからです」と「主観的」の大切さを指摘し「外からと違って内へながめるのがヨーガ、瞑想です。私は、実存としての人間を理解しようとする努力、それがヨーガだと言っています」と結びます。これ、87才の人の言葉です。佐保田鶴治さんは凄いですね。

 そして第7話「瞑想のねらいとマントラの意味」では遂にタントラの思想に話が及び、シャクティ信仰の説明に至ります。「シャクティ」とは「女性の性的なパワーを神格化させたもの」です。「インドでは女の神様はひじょうに偉い神様です。男の神様も偉いけれど何もしないのでわれわれの役には立ちません。しかし女の神様はわれわれの世話をしてくれるから一般の人々には人気があります」と佐保田鶴治節が炸裂していました。

 さて、この本の本文の校正を了え、あとがきを脱稿された1週間後に亡くなられたと最後のページに書いて有ります。改めまして佐保田鶴治さんは物凄い人だったのだと感服しました。




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