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ANANDA BHAVAN 人生の芯

ヨガを通じた哲学日記

杉浦茂

2010年01月29日 | 日記
杉浦茂

 私は小学校の4年生か5年生の頃に学校の図書委員をやりました。図書委員の仕事は放課後の図書室の受付けでした。放課後に図書室を訪れる生徒などほとんどおらず、私の図書委員をやる目的は図書室にある杉浦茂の漫画を読み倒すことでした。

 杉浦茂は戦前から戦後に渡って独特の漫画を描いた漫画家ですが、その絶頂期は昭和30年あたりで私の小学生高学年の頃と大体一致します。これは私にとって偶然とは言いながら大変幸運なことでした。杉浦茂絶頂期の漫画を私は「忍術3部作」と呼んでいますが「少年児雷也」「どろんちび丸」「猿飛佐助」がそれに当たります。

 最近杉浦茂の絶頂期よりも5年程古い漫画を読んでみました。自分の少年時代には読まなかった漫画で戦後復興期とでも呼んだら良いのでしょうか、「アップルジャム君」「冒険ベンちゃん」「ピストルボーイ」です。戦後復興期にははっきりした特徴がありました。背景と人物のアンバランスです。版画の風景画のような黒ベタの細密な背景の上に背景とは全く別なタッチの丸っこい人物が出て来ます。背景はアメリカ映画から取り入れたもので西部劇のデスバレーや、アフリカの象やキリンやサイや、ターザン映画の密林などです。絶頂期を特徴付ける「おかしなセリフの連続爆弾」はまだそれほど強烈では無く、むしろアメリカの映画や漫画を意識した背景と丸っこい登場人物のアンバランスを目で楽しむ趣向になっています。戦後復興期のもう1つの特徴は登場人物がやたらに食べ物を食べることで、これが絶頂期の「コロッケ五円の助」に繋がるのでしょう。

 さて、杉浦茂の絶頂期の漫画はどこが面白いのでしょうか。次から次へと登場する忍術のお化けや怪物のシュールな味わいの中で出て来るセリフの面白さといったらありません。杉浦茂の漫画の特徴は戦後復興期も絶頂期も変わらず、ストーリーは有っても無くてもどうでも良いというところで、どれだか1コマが笑いの壺に入るとそれが一生私の脳に焼き付いてしまうのです。「親馬鹿ちゃんりん 蕎麦屋の風鈴 床屋の七輪 ワッハッハー いーまに不良になっちゃうよーだ」と来られたら、もうククククと笑いを抑えるのに必死です。また、良い方が悪い方をやっつけて現場を立ち去る時に「あとは知らないー」「2人は若いー」と歌います。杉浦茂はその時の流行歌やヒット映画をさっさと取り入れています。

 杉浦茂の絶頂期の漫画の面白いところは、良い方のセリフに悪い方のセリフがお追従を打つというか良い方のセリフの裏書(うらがき)をするところです。例えば「抵抗するか」「しないよー」、これはおかしいですね。また良い方が「大砲の弾が当たっても死なないのに鉄砲の弾で死ぬ訳がないだろう」と言いますと悪いほうの手下が「さいですね、そういう理屈になりますね」と応えます。こういうのは悪い方同士のセリフにも出てきます。悪い方の親分が良い方を「ごく簡単にやっつけてしまおう」と言った後に負けてしまうと悪い方の子分が親分に「ごく簡単にやられましたね」と話しかけます。おかしいですね。

 杉浦茂の漫画にははおかしいだけでなく、はかなく残酷なところもあります。例えば主人公の育ての親が雷に当たって簡単に死んでしまったり主人公に忍術を教える先生のガマ仙人が内臓を取り出して洗っているとカラス天狗がやって来て内蔵を食べてしまい、ガマ仙人は力が出なくなって死んでしまいます。こういう時に主人公は顔をニコニコさせながら「今まで育ててくれて有難う」と言います。これはシュールですね。

 杉浦茂の漫画の特徴的なものに「レレレのポーズ」が有ります。広げた右手の中指と薬指を折りたたんで「トトッ」とか「レレレ」などと言います。私はいつだかハワイへ行った時に広げた右手の人差し指中指薬指を折りたたむ「アロハのポーズ」で写真に写ろうという時に間違って「レレレ」のポーズをやってしまったことが有ります。

 さて、私は杉浦茂の「抵抗するか」「しないよー」に最近戦慄を覚えます。民主党の小沢一郎が検察の捜査を受けても民主党の面々は小沢一郎が怖いので「抵抗するか」「しないよー」とひれ伏します。また、秋葉原の大量殺人事件が起こると秋葉原の人達はテロのような殺人に対して「抵抗するか」「しないよー」とホコ天を止めてしまいます。アメリカ人なら絶対に譲らないところでしょうが日本人は「ごく簡単に」やられてしまうのです。「自由民主主義」よりも「身の安全」を優先させる日本人の特徴を、これは良い事でも悪い事でもあるのですが、杉浦茂は暖かく指摘しているようです。

 最後に

 赤塚不二夫が杉浦茂をパクッて「レレレのおじさん」を描いているよと私は長年に渡って怒っていたのですが、赤塚不二夫は杉浦茂を尊敬していてわざとに「レレレのおじさん」のキャラクターを拝借していたのだと最近分かりました。


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「エグラ」と「ですね」

2010年01月22日 | 日記
「エグラ」と「ですね」

 リタイアして翌2007年の2月に、友人KM夫婦とこちらの夫婦の4人でハワイ島へ行きました。ビッグアイランドと呼ばれるハワイ島の西側のカイルア・コナのホテルにチェックインした翌日、私達はレンタカーを借りて島のドライブに出掛けました。友人KMは若いときにアメリカにしばらく居ましたので左ハンドル右走りは得意とするところで、運転は彼に任せてのドライブです。ハワイ島北部中央あたりのパーカー牧場のショッピングセンターで休憩したあと北東部のワイピオ・ヴァレーへ向かい、それからやや南下してホノカアという町に入りました。この町は長さが500mくらいの小さな町で、まるで映画のセットのようでしたが立派な歴史を持った本物の町です。この町でお昼を食べた後、私達は再びやって来た道を戻るコースを取って、ハワイ島北西部にある有名な2つのホテルを回りました。友人KMと私がそれぞれに思い出のあるホテルで、まさかもう1度訪問出来るとは思ってもいなかったので感激しました。

 ハワイ島は広いので、そろそろ夕方です。私達はカイルア・コナへ戻りました。レンタカーは満タン返しなので友人KMはホテルの近くのガソリンスタンドに車を着けました。セルフのスタンドですが、さて、どのガソリンを入れたらいいのか分かりません。日本では外車なら大概ハイオクなのですがハワイではどうなのでしょうか。私は車を降りて料金を支払うショップに入りました。カウンターにはマッチョなおばさんが居ました。私がレンタカーを指差してあの車にはどのガスを入れたらいいのかを聞きますとマッチョなおばさんは「エグラ」と答えました。私も「エグラ」と相槌を打ちます。英語の「regular」は「レギュラー」とは言わずに「エグラ」と発音するんだなと納得しました。マッチョなおばさんは私の不安げな顔を見て、面倒くさそうにレンタカーのところまでやって来て、自分で「エグラ・ガソリン」を給油してくれました。

 英語の発音は面白いですね。例えばテネシーウイスキーのジャックダニエルは「ジャックダニエル」と言っても通じません。「ジャックダーニエルス」と言います。藤原新也の本に、マクドナルドは「マッダーナル」と言うのだとも書いてありました。「エグラ」な経験をすると自分はハワイ島に居るのだと実感出来ます。オアフ島のワイキキあたりと違ってハワイ島では一般に日本語が通じないのです。

 次の日はキラウエア火山の観光です。キラウエア火山はカイルア・コナから随分遠いのでレンタカーでは時間的に無理があると考え、オプションツアーを申し込んでおきました。

 ホテルに観光ツアーのマイクロバスが来て私達はそれに乗り込みました。日本人の男性が1人でバスを運転しながらガイドもします。彼は「私のことはケンさんと呼んでください」と言いました。マイクロバスは昨日のレンタカーと同じコースを取り、ホノカアの近くで右折してヒロへ向かいます。ヒロを抜けてキラウエア火山へ向かう前にお昼になり、ケンさんは公園で和食のお弁当を皆に配りました。キラウエア火山はスケールが壮大で、マイクロバスは海の方までかなり降りて行き、私達はバスを降りると舗装道路を歩きました。舗装道路は途中で溶岩で塞がっていました。まっすぐに伸びた舗装道路をいきなり溶岩が覆って、そのまま固まっていました。溶岩の上を絶壁まで歩いて行き、ケンさんは皆に双眼鏡を渡してくれました。

 絶壁の上から遠い対岸の岬を双眼鏡で覗いていると、岬ではドロドロの溶岩が海へ流れ落ちているのが分かりました。キラウエア火山では、何キロにも及ぶ大きなクレーターの周りをマイクロバスは走りました。大変なスケールでした。

 それから私達は、沢山の亀のいる黒い砂のビーチへ行きました。ビーチでは打ち寄せる波に亀達が身を任せて遊んでいるように見えました。観光のコースはこのあたりまでで、マイクロバスは朝出発したカイルア・コナへ向かって走りながら途中のコナ・コーヒーのお店やチョコレートのお店に立ち寄ります。

 マイクロバスを降りたケンさんに私は声を掛けました、「ケンさんのご出身は九州でしょう、それもおそらくは熊本」。当たっていたのでケンさんは驚きました。自分は標準語を話しているつもりなのに何故、という訳です。熊本弁ではやたらに「ですね」を連発するのです。もちろん標準語でも「ですね」は使いますが熊本弁は半端ではありません。例えば「私がですね、あそこへ行ってからですね、そしたら大きな音が聞こえて来てからですね、何かと思ったらですね、大きなトラックのおりましたですとよ」と言った具合です。特に主語の第1人称からいきなり「ですね」をつけて「私がですね」というのが特徴的です。

 この熊本の方言のことを考えていたら昨日の「エグラ」を思い出しました。考えによっては「エグラ」も方言と言ってもいいのではないか。つまり世界中のあらゆる言語が世界的に見れば実は方言なのだと。英語弁、フランス弁、ドイツ語弁、イタリア弁、日本語弁・・・。どうですか?

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別府温泉

2010年01月15日 | 日記
別府温泉

 大学を卒業する前に、友人KMと私の2人で何故だか別府温泉に行きました。旅館では和室での食事の時、若い女中さんがおひつの横に付いてくれてご飯のおかわりをしてくれます。こちらは照れくさいやら緊張するやらで落ち着いて食事が出来ませんでした。昔はこういうサービスも当たり前のようにあったのですね。食事が終わると2人で別府の街をぶらぶらと歩いてみました。別府の夕暮れ時はゆったりと穏やかで、ちょっと大きな河に架かった橋を歩いていると、小鳥の群れが飛び回っています。小鳥の動きが変なので注意して見ていると、それはコウモリでした。

 歩いていると街のあちこちにポン引きのおばさんが立っています。友人KMがおばさんをからかってやろうと提案します。当時はベトナム戦争の真っ只中だったので、私達はベトナム人になってみることにしました。シュミーズ姿の1人のおばさんが私達に近寄ってきます。私達はおばさんに、「ウイー アー フロム ヴィエト ナム」と言ってみました。戸惑ったおばさんは「ベトナムね?」と聞き、私達は「イエス ヴィエト ナム」と答えます。おばさんはすっかり私達のことを外国人だと信じた様子でした。めずらしそうに別のおばさん達もやって来ます。「ハウマッチ?」と聞きますと1500円だと言います。

 当時は海外旅行など思いつきもしない時代だったので、大分県の別府温泉といえば新婚旅行のメッカでした。全国に名の知れた温泉地なので観光客も多く、ですからこういった立ちんぼの相場も高いようです。当時は熊本市の繁華街近くの立ちんぼの値段が700円だったので、別府温泉はその2倍以上という訳です。

 1500円と聞いた友人KMはすかさず「イチ ゴ ヒャクエン?」と聞き返します。おばさんは「そうそう、1500円」と言いながら右手人差し指で1を作り、左手をパーにして5を作ります。私達は笑いを抑えるのに懸命でした。そして調子に乗った友人KMは、「ノー ツツモタセ?」とやりました。おばさん達の目に疑惑が生じます。「こん人達ゃ日本人じゃなかろか」とささやき合います。私達は分からない振りで様子を見ます。はじのおばさんが「ちょっと、お兄ちゃんば呼んで来た方が良かごたるね」と、怖いお兄ちゃんを呼ぼうと言い出しました。私達2人は元々日本人だし、ベトナム人と間違える方が間違いなのですが。

 潮時です。私は友人KMに、「走れ!」と叫び、2人は現場からスタコラ逃走しました。若い日の他愛の無い遊びでしたが、こういう事はいつまでも覚えているものです。そうそう、泊まった旅館のお嬢さんが友人KMを慕って東京へ出て来るというおまけもありました。
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バガヴァッド・ギーターの哲学

2010年01月08日 | 日記
バガヴァッド・ギーターの哲学

 インドには古代の叙事詩として「マハーバーラタ」が有ります。この題名は学校でも勉強しましたね。「マハーバーラタ」とは「偉大なバーラタ一族」といった意味で、バーラタ一族のパーンドゥ家とクル家とのいさかいと、それに続く両者の近隣諸侯を巻き込んだ大戦争と、戦争に勝ったパーンドゥ家の王子達のそれからを壮大なスケールで描いています。

 クルクシェートラという戦場でこれから両家が戦争を始めようというときに、パーンドゥ家の王子アルジュナが彼の戦車の御者クリシュナに「こんな戦争で相手を殺すのは嫌だ」と主張します。クリシュナはヴィシュヌ神の化身(アバタラ)です。クリシュナはアルジュナに対してクシャトリアとしての使命を果たすべく堂々と戦えと諭します。このクリシュナとアルジュナの対話を抜き出して1冊の本にしたものが「バガヴァッド・ギーター」です。「バガヴァッド・ギーター」とは「至高の詩」という意味で、「ギーター」の愛称で広く親しまれています。そして「マハーバーラタ」に登場する主人公達のほとんどがクシャトリア(王族・戦士)です。ですから「バガヴァッド・ギーター」の哲学はクシャトリアが確立した哲学であるとも言えます。

 「バガヴァッド・ギーター」には頻繁にアートマン(真我)という言葉が出てきます。また一方ではしきりにヨガの実践を勧めます。さて、アートマン(真我)は前にお話しましたヴェーダーンタ哲学に出て来る概念であり、そしてヴェーダーンタ哲学は一元論です。そして一方のヨガを支える哲学はサーンキヤ哲学であり、サーンキヤ哲学は二元論です。「バガヴァッド・ギーター」は一元論の哲学と二元論の哲学を並列に主張していることになりますが、これは一体どういうことでしょうか。

 西洋のインド思想研究家には、「バガヴァッド・ギーター」は古代の哲学を拾い集めて羅列しただけだと主張する人も居るようですが、私はその主張には反対です。

 西洋の哲学は「推理哲学」です。「この世界の本質はあれではないか、いや、これではないか」と推理を進めて哲学体系を整えて行きます。ですから西洋哲学には論理の一貫性が絶対に必要となります。西洋の哲学には一元論と二元論の混在など起こり得ません。

 一方、インドの哲学は「体験哲学」です。深い瞑想の中で解脱を体験した人が、解脱の有り様を何とか言葉で説明しようとします。ですから解脱の有り様を一元論で説明したり、また二元論で説明したりと言うことは起こりうるのです。また教えを聞く弟子達にも個性があって、一元論で説明された方が分かり易いという者も居れば二元論で説明された方が分かり易いという者も居るのです。実際に私は二元論に出会って初めて目が覚める思いをしたものです。

 先に「サーンキヤ哲学」のお話の中で私はプルシャ(精神原理)とアートマン(真我)とは同一のものだと申し上げました。これは二元論と一元論の合一です。「バガヴァッド・ギーター」は一元論と二元論を並立させているのではなく、その合一を主張しています。

 ヴェーダーンタ哲学の一元論もサーンキヤ哲学の二元論も「解脱の有り様」を説明する為の方便です。「バガヴァッド・ギーター」を創作した人もその事がよくよく分かっていたので一元論と二元論の合一を主張したのでしょう。

 以上、ラーマクリシュナやラマナマハリシの思想の根底にあるヴェーダーンタ哲学とサーンキヤ哲学とバガヴァッド・ギーターの哲学について要約してみました。少しはご参考になりましたでしょうか。

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サーンキヤ哲学

2010年01月01日 | 日記
サーンキヤ哲学

 前回3つのインド哲学のうちのヴェーダーンタ哲学についてお話ししましたので、今回はサーンキヤ哲学について要約してみます。

 ヨガの2大根本経典として、パタンジャリという人が書いた「ヨーガ・スートラ」とイーシュワラクリシュナという人が書いた「サーンキヤ・カーリカー」が有ります。「ヨーガ・スートラ」はヨガの実践指導の経典であり、もう一方の「サーンキヤ・カーリカー」はヨガの哲学経典です。ヨガの哲学をサーンキヤ哲学と言います。どちらの経典も西暦500年頃に成立したと思われ、仏教の般若心経が成立したのと大体同じ頃です。ですからこれらの経典はインド哲学が花開き、頂点を迎えた頃に成立したと言っても良いでしょう。

 先ず、「ヨーガ・スートラ」についておさらいしておきましょう。この経典は、こういう修行をやって行けばヨガの最終段階のサマディ(解脱)に辿りつけますよと教えてくれます。ヨガの8段階と言いまして、①ヤマ(禁戒)、やってはいけないこと、②ニヤマ(勧戒)、進んでやるべきこと、③アサナ(坐法)、一般にヨガのポーズと言います、④プラーナヤーマ(調息)、数息観などが有名です、⑤プラティヤハラ(制感)、外部からの刺激に対する反応を抑制すること、⑥ダラナ(集中)、心の内面に起こるヴィジョンに集中すること、⑦ディヤーナ(瞑想)、中国語で「禅」と書きます、⑧サマディ(解脱)、中国語で「三昧」と書きます、の8つです。

 次に仏教の般若心経に立ち寄ってみましょう。般若心経では五蘊皆空と言いまして、その五蘊とは世界を構成する5つの要素のことで、①色(ルーパ)、物質世界、②受(ヴェダナー)、感覚、③想(サムジュニャー)、理解する働き、④行(サムスカーラ)、考えの傾向(潜在意識)、⑤識(ヴィジュニャーナ)、統覚、環境世界や心の働きを統合する働きのこと、の5つです。そして注目すべきは世界を構成する5つの要素のうち4つが心の働きであることです。物質世界は最初の「色(ルーパ)」だけ、あとの4つは心の働きです。そうすると仏教は「心理学である」と言えますね。ここでは「仏教は心理学である」ということを押さえておきましょう。

 ちょっと寄り道をしてしまいましたが、そろそろサーンキヤ哲学に入りましょう。サーンキヤ哲学は二元論です。

 サーンキヤ哲学はその根本原理としてプルシャ(精神原理)とプラクリティ(物質原理)の2つを立てます。プルシャ(精神原理)はプラクリティ(物質原理)に寄り添ってプラクリティ(物質原理)の展開を見守るだけでプルシャ(精神原理)自体は活動をしません。

 一方のプラクリティ(物質原理)は当初活動をしません。プラクリティ(物質原理)はラジャス(激質)、タマス(暗質)、サットヴァ(純質)という3つのグナ(性質)を帯びていて、それらのバランスがとれている間は活動しないのですが、それらのバランスが崩れた時に展開を始めます。

 それではプラクリティ(物質原理)の展開の有様を追いかけて見ましょう。プラクリティ(物質原理)が展開を始めると、先ず①ブッディ(統覚)になります。ブッディ(統覚)とは環境世界や心の内面の働きを統合する機能のことです。次にブッディ(統覚)は展開して②アハンカーラ(自我意識)になります。「我あり」という意識です。次にアハンカーラ(自我意識)は展開して③11のインドリア(器官)になります。この11のうち1つはマナス(想念)と言って、心の働きです。そしてあとの10は身体器官です。次に11のインドリア(器官)は展開して④5つのタンマトラ(素粒子)になります。5つのタンマトラ(素粒子)とは、香、味、色、蝕、音の5つです。次に5つのタンマトラ(素粒子)は展開して⑤5つのブータ(元素)になります。5つのブータ(元素)とは、地、水、火、風、空、の5つです。

 ここで先程挙げた般若心経の「五蘊皆空」を思い出して見ましょう。仏教は「心理学」でしたね。実はサーンキヤ哲学も「心理学」だと言えるのです。プラクリティ(物質原理)の展開のうち①のブッディ(統覚)から②のアハンカーラ(自我意識)、③の11のインドリア(器官)の1つであるマナス(想念)までは心の働きです。ちなみに③の11のインドリア(器官)の10は身体の働き、④の5つのタンマトラ(素粒子)と⑤の5つのブータ(元素)は物質世界の働きです。

 サーンキヤ哲学は仏教と同じく「心理学」ではあるのですが、実は大変な事を主張しています。日頃私達はなんとなく自分のことを自分の「心」だと思っています。もっと突き詰めれば自分とは「自我意識」のことです。「自我意識」は眉間のちょっと上に有るように感じますね。私もサーンキヤ哲学に出会うまでは自分の本質は「自我意識」だと思っていました。

 サーンキヤ哲学が仏教と違うのは二元論だという事です。

 サーンキヤ哲学では世界の根本原理としてプルシャ(精神原理)とプラクリティ(物質原理)の2つを立てます。そして肝心なのは私達が日頃「これが自分の本質だ」と感じている想念や自我意識や統覚などの心の働きをプラクリティ(物質原理)の展開のくくりに入れ、それとは別にプルシャ(精神原理)の存在を主張します。私達の心の働きは身体の働きや環境世界の働きと同根、同じ性質を持ち、心の働きが静止した時に初めてプルシャ(精神原理)が現れます。プルシャ(精神原理)は「真我」、あるいは「絶対主観」と呼んでも良いでしょう。

 ラマナマハリシが行ったようにプラクリティ(物質原理)の展開の終わりの方から始まりの方へ瞑想を進め、つまり想念が静止し、自我意識が静止し、統覚が静止した時に初めてプルシャ(精神原理)にたどり着くことが出来るのです。仏教でもこういうことは教えていますが、サーンキヤ哲学ほど明確に「心の働き」と「真我」を区別しておらず、それが仏教の難しい所でもあります。

 以上をまとめてみますと、サーンキヤ哲学は二元論であり、精神原理と物質原理、つまり「真我」と「心の働き」を明確に区別するものです。

 最後に人格神について少しお話しましょう。サーンキヤ哲学では、プルシャ(精神原理)は男性、そしてプラクリティ(物質原理)は女性であると考えて、プルシャ(精神原理)をシヴァ神に見立て、プラクリティ(物質原理)をシヴァ神の妃のカーリー女神に見立てます。カーリー女神をシャクティとも呼びます。シャクティとは女性の性的なパワーのことです。ですから私達のこの世界は女性の性的なパワーによって展開していると言えるのです。

 サーンキヤ哲学では神様には人格が有る、つまり神様は人格神です。そしてこの世界がプルシャ(精神原理)であるときにはこの世界に実体は無く、プラクリティ(物質原理)であるときにはこの世界に実体は有り、ラーマクリシュナはこのあたりをうっとりと説明しています。このときプルシャ(精神原理)はヴェーダーンタ哲学に出て来るアートマン(真我)と同一です。

 以上、少し長くなりましたがサーンキヤ哲学について要約してみました。


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