杉浦茂
私は小学校の4年生か5年生の頃に学校の図書委員をやりました。図書委員の仕事は放課後の図書室の受付けでした。放課後に図書室を訪れる生徒などほとんどおらず、私の図書委員をやる目的は図書室にある杉浦茂の漫画を読み倒すことでした。
杉浦茂は戦前から戦後に渡って独特の漫画を描いた漫画家ですが、その絶頂期は昭和30年あたりで私の小学生高学年の頃と大体一致します。これは私にとって偶然とは言いながら大変幸運なことでした。杉浦茂絶頂期の漫画を私は「忍術3部作」と呼んでいますが「少年児雷也」「どろんちび丸」「猿飛佐助」がそれに当たります。
最近杉浦茂の絶頂期よりも5年程古い漫画を読んでみました。自分の少年時代には読まなかった漫画で戦後復興期とでも呼んだら良いのでしょうか、「アップルジャム君」「冒険ベンちゃん」「ピストルボーイ」です。戦後復興期にははっきりした特徴がありました。背景と人物のアンバランスです。版画の風景画のような黒ベタの細密な背景の上に背景とは全く別なタッチの丸っこい人物が出て来ます。背景はアメリカ映画から取り入れたもので西部劇のデスバレーや、アフリカの象やキリンやサイや、ターザン映画の密林などです。絶頂期を特徴付ける「おかしなセリフの連続爆弾」はまだそれほど強烈では無く、むしろアメリカの映画や漫画を意識した背景と丸っこい登場人物のアンバランスを目で楽しむ趣向になっています。戦後復興期のもう1つの特徴は登場人物がやたらに食べ物を食べることで、これが絶頂期の「コロッケ五円の助」に繋がるのでしょう。
さて、杉浦茂の絶頂期の漫画はどこが面白いのでしょうか。次から次へと登場する忍術のお化けや怪物のシュールな味わいの中で出て来るセリフの面白さといったらありません。杉浦茂の漫画の特徴は戦後復興期も絶頂期も変わらず、ストーリーは有っても無くてもどうでも良いというところで、どれだか1コマが笑いの壺に入るとそれが一生私の脳に焼き付いてしまうのです。「親馬鹿ちゃんりん 蕎麦屋の風鈴 床屋の七輪 ワッハッハー いーまに不良になっちゃうよーだ」と来られたら、もうククククと笑いを抑えるのに必死です。また、良い方が悪い方をやっつけて現場を立ち去る時に「あとは知らないー」「2人は若いー」と歌います。杉浦茂はその時の流行歌やヒット映画をさっさと取り入れています。
杉浦茂の絶頂期の漫画の面白いところは、良い方のセリフに悪い方のセリフがお追従を打つというか良い方のセリフの裏書(うらがき)をするところです。例えば「抵抗するか」「しないよー」、これはおかしいですね。また良い方が「大砲の弾が当たっても死なないのに鉄砲の弾で死ぬ訳がないだろう」と言いますと悪いほうの手下が「さいですね、そういう理屈になりますね」と応えます。こういうのは悪い方同士のセリフにも出てきます。悪い方の親分が良い方を「ごく簡単にやっつけてしまおう」と言った後に負けてしまうと悪い方の子分が親分に「ごく簡単にやられましたね」と話しかけます。おかしいですね。
杉浦茂の漫画にははおかしいだけでなく、はかなく残酷なところもあります。例えば主人公の育ての親が雷に当たって簡単に死んでしまったり主人公に忍術を教える先生のガマ仙人が内臓を取り出して洗っているとカラス天狗がやって来て内蔵を食べてしまい、ガマ仙人は力が出なくなって死んでしまいます。こういう時に主人公は顔をニコニコさせながら「今まで育ててくれて有難う」と言います。これはシュールですね。
杉浦茂の漫画の特徴的なものに「レレレのポーズ」が有ります。広げた右手の中指と薬指を折りたたんで「トトッ」とか「レレレ」などと言います。私はいつだかハワイへ行った時に広げた右手の人差し指中指薬指を折りたたむ「アロハのポーズ」で写真に写ろうという時に間違って「レレレ」のポーズをやってしまったことが有ります。
さて、私は杉浦茂の「抵抗するか」「しないよー」に最近戦慄を覚えます。民主党の小沢一郎が検察の捜査を受けても民主党の面々は小沢一郎が怖いので「抵抗するか」「しないよー」とひれ伏します。また、秋葉原の大量殺人事件が起こると秋葉原の人達はテロのような殺人に対して「抵抗するか」「しないよー」とホコ天を止めてしまいます。アメリカ人なら絶対に譲らないところでしょうが日本人は「ごく簡単に」やられてしまうのです。「自由民主主義」よりも「身の安全」を優先させる日本人の特徴を、これは良い事でも悪い事でもあるのですが、杉浦茂は暖かく指摘しているようです。
最後に
赤塚不二夫が杉浦茂をパクッて「レレレのおじさん」を描いているよと私は長年に渡って怒っていたのですが、赤塚不二夫は杉浦茂を尊敬していてわざとに「レレレのおじさん」のキャラクターを拝借していたのだと最近分かりました。
私は小学校の4年生か5年生の頃に学校の図書委員をやりました。図書委員の仕事は放課後の図書室の受付けでした。放課後に図書室を訪れる生徒などほとんどおらず、私の図書委員をやる目的は図書室にある杉浦茂の漫画を読み倒すことでした。
杉浦茂は戦前から戦後に渡って独特の漫画を描いた漫画家ですが、その絶頂期は昭和30年あたりで私の小学生高学年の頃と大体一致します。これは私にとって偶然とは言いながら大変幸運なことでした。杉浦茂絶頂期の漫画を私は「忍術3部作」と呼んでいますが「少年児雷也」「どろんちび丸」「猿飛佐助」がそれに当たります。
最近杉浦茂の絶頂期よりも5年程古い漫画を読んでみました。自分の少年時代には読まなかった漫画で戦後復興期とでも呼んだら良いのでしょうか、「アップルジャム君」「冒険ベンちゃん」「ピストルボーイ」です。戦後復興期にははっきりした特徴がありました。背景と人物のアンバランスです。版画の風景画のような黒ベタの細密な背景の上に背景とは全く別なタッチの丸っこい人物が出て来ます。背景はアメリカ映画から取り入れたもので西部劇のデスバレーや、アフリカの象やキリンやサイや、ターザン映画の密林などです。絶頂期を特徴付ける「おかしなセリフの連続爆弾」はまだそれほど強烈では無く、むしろアメリカの映画や漫画を意識した背景と丸っこい登場人物のアンバランスを目で楽しむ趣向になっています。戦後復興期のもう1つの特徴は登場人物がやたらに食べ物を食べることで、これが絶頂期の「コロッケ五円の助」に繋がるのでしょう。
さて、杉浦茂の絶頂期の漫画はどこが面白いのでしょうか。次から次へと登場する忍術のお化けや怪物のシュールな味わいの中で出て来るセリフの面白さといったらありません。杉浦茂の漫画の特徴は戦後復興期も絶頂期も変わらず、ストーリーは有っても無くてもどうでも良いというところで、どれだか1コマが笑いの壺に入るとそれが一生私の脳に焼き付いてしまうのです。「親馬鹿ちゃんりん 蕎麦屋の風鈴 床屋の七輪 ワッハッハー いーまに不良になっちゃうよーだ」と来られたら、もうククククと笑いを抑えるのに必死です。また、良い方が悪い方をやっつけて現場を立ち去る時に「あとは知らないー」「2人は若いー」と歌います。杉浦茂はその時の流行歌やヒット映画をさっさと取り入れています。
杉浦茂の絶頂期の漫画の面白いところは、良い方のセリフに悪い方のセリフがお追従を打つというか良い方のセリフの裏書(うらがき)をするところです。例えば「抵抗するか」「しないよー」、これはおかしいですね。また良い方が「大砲の弾が当たっても死なないのに鉄砲の弾で死ぬ訳がないだろう」と言いますと悪いほうの手下が「さいですね、そういう理屈になりますね」と応えます。こういうのは悪い方同士のセリフにも出てきます。悪い方の親分が良い方を「ごく簡単にやっつけてしまおう」と言った後に負けてしまうと悪い方の子分が親分に「ごく簡単にやられましたね」と話しかけます。おかしいですね。
杉浦茂の漫画にははおかしいだけでなく、はかなく残酷なところもあります。例えば主人公の育ての親が雷に当たって簡単に死んでしまったり主人公に忍術を教える先生のガマ仙人が内臓を取り出して洗っているとカラス天狗がやって来て内蔵を食べてしまい、ガマ仙人は力が出なくなって死んでしまいます。こういう時に主人公は顔をニコニコさせながら「今まで育ててくれて有難う」と言います。これはシュールですね。
杉浦茂の漫画の特徴的なものに「レレレのポーズ」が有ります。広げた右手の中指と薬指を折りたたんで「トトッ」とか「レレレ」などと言います。私はいつだかハワイへ行った時に広げた右手の人差し指中指薬指を折りたたむ「アロハのポーズ」で写真に写ろうという時に間違って「レレレ」のポーズをやってしまったことが有ります。
さて、私は杉浦茂の「抵抗するか」「しないよー」に最近戦慄を覚えます。民主党の小沢一郎が検察の捜査を受けても民主党の面々は小沢一郎が怖いので「抵抗するか」「しないよー」とひれ伏します。また、秋葉原の大量殺人事件が起こると秋葉原の人達はテロのような殺人に対して「抵抗するか」「しないよー」とホコ天を止めてしまいます。アメリカ人なら絶対に譲らないところでしょうが日本人は「ごく簡単に」やられてしまうのです。「自由民主主義」よりも「身の安全」を優先させる日本人の特徴を、これは良い事でも悪い事でもあるのですが、杉浦茂は暖かく指摘しているようです。
最後に
赤塚不二夫が杉浦茂をパクッて「レレレのおじさん」を描いているよと私は長年に渡って怒っていたのですが、赤塚不二夫は杉浦茂を尊敬していてわざとに「レレレのおじさん」のキャラクターを拝借していたのだと最近分かりました。