ワイン騒動 その1
ワイン課に着任
私が32才の頃、私は既に新宿の営業所で5年間新宿区を担当して自分でも納得出来る実績を上げていました。営業所長が私を呼び、人事異動の内示をします。内示を受けた私が席に戻ると、「どこですか」と仲間が聞きます。「ワイン課だよ」と私は得意そうに言いました。「東京?それとも大阪ですか」と再び仲間。「どっちだか聞き忘れたよ」と私。
当時会社ではワイン市場を開拓すべくワインの営業体制を刷新していました。ワインの知識が必要なのと手間隙がかかるため、ビールや洋酒担当の営業部員はワインの商談には力が入らないのが実体でした。そこで会社は東京と大阪にワイン課を設け、ワインの専門的な開拓を目指し始めたばかりだったのです。ビールや洋酒の営業で自信を持った私にその出来て2年ばかりのワイン課へ行けと言うのですから腕が鳴るのは当たり前の事です。私の行き先は東京ワイン課でした。
ワイン課に着任した朝、私を待っていたのはガラクタ満載の机でした。お得意様の名刺が300枚は入っていようかという名刺入れの箱が机の上に有ります。「この名刺入れはどなたのですかー」と私が声を掛けても諸先輩方は黙って下を向いています。「捨てますよー」・・・沈黙。「捨てましたよー」・・・沈黙。なんとも雰囲気の悪い部署だよ。私は次から次へと「捨てますよー」「捨てましたよー」を繰り返して机の上のガラクタを処分して行きます。私が机の上や引き出しの中をを綺麗にできたのはお昼も過ぎた頃でした。ワイン課は新設された部署ですので、当時の課長は初代課長、つまり1st課長でした。
数ヵ月後私が1st課長と2人で飲む機会があり、私は1st課長に申し上げました、「私はいいのですが、今後新たにワイン課にやって来る者があったら机の上や引き出しの中は前もって片付けて机には雑巾を掛け、花の1輪でも飾って迎えてやって下さい」。1st課長は済まなさそうな顔をして、その後新たにワイン課に来る者があれば内務の女子社員に指示して机を綺麗にして1輪の花で迎えるようになりました。やれやれ。
さて私がワイン課に着任して机周りを片付け終わりますと1st課長が私を呼びます。私のワイン課での最初の仕事は1ヵ月後に予定されているワインフェスティバルの営業担当統括でした。
私は早速宣伝部主催のワインフェスティバル準備会議に出席しました。ワインフェスティバルは宣伝部主催の、一般消費者を対象としたワインを啓蒙する催しです。1日だけ東京プリンスホテルの宴会場を借りてあらかじめチケットを買ってくださった一般消費者3000人にお越しいただき、ホテルの簡単な軽食と世界のワインを召し上がりながら宴会場でのショウを楽しんでいただくという趣向でした。催し全般の進行は宣伝部が行い、営業部の仕事は大小いくつかの宴会場でのワインの試飲サービスでした。催しを請け負う広告代理店も会議に出席しています。
私の仕事は各宴会場での世界のワインの試飲サービス全般ですが、その内容は先ず各サービスカウンターへの人員の配置、試飲用什器の配置、そして各会場で提供する世界のワインの在庫の配置等です。ここで試飲用什器とは、予備に配置するワイングラスや、ワインを冷やしてサービスするためのワインクーラー(洒落たバケツ)、ボトルを抜栓するソムリエナイフ、そしてワインを冷やす氷等のことです。
自分の机に戻った私は早速準備の計画に取り掛かりました。人員の配置と試飲用什器の配置は割りと簡単でした。どの会場でどのワインを提供するかを決めてしまえばそのワインの種類に応じてそこに何人のスタッフが必要か、そして什器や氷はどれだけ必要かは決まってくるのです。
問題は40種類程の世界のワインの在庫配置でした。フェスティバルの間に余りに早くワインを切らしてしまうとお客様のクレームになってしまいますし、またフェスティバルが終わった時に在庫を残し過ぎてもいけないのです。さっぱり見当のつかない私は宣伝部に電話をして教えてくれないかと頼みましたが、それは広告代理店に聞いてくれと言います。広告代理店に電話しますと宣伝部に聞いてくれと言います。結局自分でやるしかありませんでした。
ワイングラスには1杯60mlくらいを注ぐとして3000人が1人1杯飲むとしたら合計で18万ml、それは何本だから何ケース、と1品1品計算を始めました。このワインは人気が有るから1人1.5杯飲むとして何mlだから何ケース、このワインは人気が無いから半分の1500人が飲むとして何mlだから何ケース、このワインは知名度も無くあまり美味しくもないので陳列用に1ケース、と途方も無い計算を進めます。もとより確たる根拠も自信も無く、究極の個人技です。
ワインフェスティバルの10日前には人員の配置と試飲用什器の配置手配は済みました。そしてフェスティバルの3日前には世界のワインの在庫の配置のための伝票を切らなければなりません。「いやあ、これで足りるだろうか、余り過ぎはしないだろうか」とお客様3000人用の伝票を書いていると、私は生まれて初めて胃に痛みを覚えました。
いよいよワインフェスティバルの当日となりました。私はワインのサービスをする大勢の営業部員の前で「それぞれの持ち場をしっかりお願いします」と簡単に挨拶しました。ワインのサービスは営業部員と、通常は工場見学のお客様を案内するのが専門の女子社員とが交互に並んで行います。
ここまで来れば私の仕事は各サービスカウンターで問題が発生すればその対応をする事だけです。私はホテルの会場を見て回りました。宴会場の近くには控え室が用意されていて、そこには会社の健康管理室から2人の看護婦さんがもしもの時に備えて待機します。お客様がワインを飲みすぎて体調を崩される恐れもあったからです。
いよいよワインフェスティバルは始まり、ウェルカムワインの入ったワイングラスを受け取った3000人のお客様が一斉に入場されました。フェスティバルは順調に進みワインのサービスも問題無く続きます。そしてフェスティバルも中盤に差し掛かると、幾人かの御婦人方がついついワインを召し上がりすぎて立っていられなくなり、ホテルが準備した車椅子で看護婦の待機している控え室に運ばれます。御主人達は「今日はこのホテルに泊まろう」と言われましたが、ホテルマンは紳士的にかつ断固としてそれを断りました。そして御婦人方はフェスティバルが終わる頃には体調を回復されて、無事ホテルを後にされました。ワインフェスティバルは成功の内に終了し、私が苦心して配置した世界のワインも程よい数量を残して着地しました。
私は宣伝部が主催する打ち上げ会に呼ばれました。大掛かりな催しが成功し、皆喜びと安堵と開放感が爆発していました。私など開放感のあまり、隣に腰掛けていた看護婦さんの胸に抱きついてしまったものです。
翌朝私は支店長に呼ばれて昨夜の宣伝部主催の打ち上げ会について事情聴取を受けました。打ち上げ会に現場担当者だけを呼んで営業トップの支店長を呼ばないのはどういう事かという訳です。しかしそれは私ではなく宣伝部へ言う事です。また、現場で営業部員を集めて簡単な打ち上げをしろと言うのなら、それは私では無くワイン課の1st課長や支店業務課の課長が営業部長に提案し、それを前もって支店長が了解しておく事です。支店長は私から事情聴取をしているうちにそれに気が付いたようで、私は無罪放免になりました。
サラリーマン社会って面倒ですね。やれやれ。
ワイン課に着任
私が32才の頃、私は既に新宿の営業所で5年間新宿区を担当して自分でも納得出来る実績を上げていました。営業所長が私を呼び、人事異動の内示をします。内示を受けた私が席に戻ると、「どこですか」と仲間が聞きます。「ワイン課だよ」と私は得意そうに言いました。「東京?それとも大阪ですか」と再び仲間。「どっちだか聞き忘れたよ」と私。
当時会社ではワイン市場を開拓すべくワインの営業体制を刷新していました。ワインの知識が必要なのと手間隙がかかるため、ビールや洋酒担当の営業部員はワインの商談には力が入らないのが実体でした。そこで会社は東京と大阪にワイン課を設け、ワインの専門的な開拓を目指し始めたばかりだったのです。ビールや洋酒の営業で自信を持った私にその出来て2年ばかりのワイン課へ行けと言うのですから腕が鳴るのは当たり前の事です。私の行き先は東京ワイン課でした。
ワイン課に着任した朝、私を待っていたのはガラクタ満載の机でした。お得意様の名刺が300枚は入っていようかという名刺入れの箱が机の上に有ります。「この名刺入れはどなたのですかー」と私が声を掛けても諸先輩方は黙って下を向いています。「捨てますよー」・・・沈黙。「捨てましたよー」・・・沈黙。なんとも雰囲気の悪い部署だよ。私は次から次へと「捨てますよー」「捨てましたよー」を繰り返して机の上のガラクタを処分して行きます。私が机の上や引き出しの中をを綺麗にできたのはお昼も過ぎた頃でした。ワイン課は新設された部署ですので、当時の課長は初代課長、つまり1st課長でした。
数ヵ月後私が1st課長と2人で飲む機会があり、私は1st課長に申し上げました、「私はいいのですが、今後新たにワイン課にやって来る者があったら机の上や引き出しの中は前もって片付けて机には雑巾を掛け、花の1輪でも飾って迎えてやって下さい」。1st課長は済まなさそうな顔をして、その後新たにワイン課に来る者があれば内務の女子社員に指示して机を綺麗にして1輪の花で迎えるようになりました。やれやれ。
さて私がワイン課に着任して机周りを片付け終わりますと1st課長が私を呼びます。私のワイン課での最初の仕事は1ヵ月後に予定されているワインフェスティバルの営業担当統括でした。
私は早速宣伝部主催のワインフェスティバル準備会議に出席しました。ワインフェスティバルは宣伝部主催の、一般消費者を対象としたワインを啓蒙する催しです。1日だけ東京プリンスホテルの宴会場を借りてあらかじめチケットを買ってくださった一般消費者3000人にお越しいただき、ホテルの簡単な軽食と世界のワインを召し上がりながら宴会場でのショウを楽しんでいただくという趣向でした。催し全般の進行は宣伝部が行い、営業部の仕事は大小いくつかの宴会場でのワインの試飲サービスでした。催しを請け負う広告代理店も会議に出席しています。
私の仕事は各宴会場での世界のワインの試飲サービス全般ですが、その内容は先ず各サービスカウンターへの人員の配置、試飲用什器の配置、そして各会場で提供する世界のワインの在庫の配置等です。ここで試飲用什器とは、予備に配置するワイングラスや、ワインを冷やしてサービスするためのワインクーラー(洒落たバケツ)、ボトルを抜栓するソムリエナイフ、そしてワインを冷やす氷等のことです。
自分の机に戻った私は早速準備の計画に取り掛かりました。人員の配置と試飲用什器の配置は割りと簡単でした。どの会場でどのワインを提供するかを決めてしまえばそのワインの種類に応じてそこに何人のスタッフが必要か、そして什器や氷はどれだけ必要かは決まってくるのです。
問題は40種類程の世界のワインの在庫配置でした。フェスティバルの間に余りに早くワインを切らしてしまうとお客様のクレームになってしまいますし、またフェスティバルが終わった時に在庫を残し過ぎてもいけないのです。さっぱり見当のつかない私は宣伝部に電話をして教えてくれないかと頼みましたが、それは広告代理店に聞いてくれと言います。広告代理店に電話しますと宣伝部に聞いてくれと言います。結局自分でやるしかありませんでした。
ワイングラスには1杯60mlくらいを注ぐとして3000人が1人1杯飲むとしたら合計で18万ml、それは何本だから何ケース、と1品1品計算を始めました。このワインは人気が有るから1人1.5杯飲むとして何mlだから何ケース、このワインは人気が無いから半分の1500人が飲むとして何mlだから何ケース、このワインは知名度も無くあまり美味しくもないので陳列用に1ケース、と途方も無い計算を進めます。もとより確たる根拠も自信も無く、究極の個人技です。
ワインフェスティバルの10日前には人員の配置と試飲用什器の配置手配は済みました。そしてフェスティバルの3日前には世界のワインの在庫の配置のための伝票を切らなければなりません。「いやあ、これで足りるだろうか、余り過ぎはしないだろうか」とお客様3000人用の伝票を書いていると、私は生まれて初めて胃に痛みを覚えました。
いよいよワインフェスティバルの当日となりました。私はワインのサービスをする大勢の営業部員の前で「それぞれの持ち場をしっかりお願いします」と簡単に挨拶しました。ワインのサービスは営業部員と、通常は工場見学のお客様を案内するのが専門の女子社員とが交互に並んで行います。
ここまで来れば私の仕事は各サービスカウンターで問題が発生すればその対応をする事だけです。私はホテルの会場を見て回りました。宴会場の近くには控え室が用意されていて、そこには会社の健康管理室から2人の看護婦さんがもしもの時に備えて待機します。お客様がワインを飲みすぎて体調を崩される恐れもあったからです。
いよいよワインフェスティバルは始まり、ウェルカムワインの入ったワイングラスを受け取った3000人のお客様が一斉に入場されました。フェスティバルは順調に進みワインのサービスも問題無く続きます。そしてフェスティバルも中盤に差し掛かると、幾人かの御婦人方がついついワインを召し上がりすぎて立っていられなくなり、ホテルが準備した車椅子で看護婦の待機している控え室に運ばれます。御主人達は「今日はこのホテルに泊まろう」と言われましたが、ホテルマンは紳士的にかつ断固としてそれを断りました。そして御婦人方はフェスティバルが終わる頃には体調を回復されて、無事ホテルを後にされました。ワインフェスティバルは成功の内に終了し、私が苦心して配置した世界のワインも程よい数量を残して着地しました。
私は宣伝部が主催する打ち上げ会に呼ばれました。大掛かりな催しが成功し、皆喜びと安堵と開放感が爆発していました。私など開放感のあまり、隣に腰掛けていた看護婦さんの胸に抱きついてしまったものです。
翌朝私は支店長に呼ばれて昨夜の宣伝部主催の打ち上げ会について事情聴取を受けました。打ち上げ会に現場担当者だけを呼んで営業トップの支店長を呼ばないのはどういう事かという訳です。しかしそれは私ではなく宣伝部へ言う事です。また、現場で営業部員を集めて簡単な打ち上げをしろと言うのなら、それは私では無くワイン課の1st課長や支店業務課の課長が営業部長に提案し、それを前もって支店長が了解しておく事です。支店長は私から事情聴取をしているうちにそれに気が付いたようで、私は無罪放免になりました。
サラリーマン社会って面倒ですね。やれやれ。