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ANANDA BHAVAN 人生の芯

ヨガを通じた哲学日記

自殺について

2009年11月27日 | 日記
自殺について

 スピリチュアルの先生がゲストの芸能人に人生のアドバイスをするというテレビ番組がありますが、時々ひっかかりを覚えます。先生がゲストに向かって言うのです、「あなたは過去に何回も輪廻転生しているけれど、そのうちの1人のお方が自死、自殺しているんです」。その先生にはそう見えるのでしょうが随分なことを言うものです。

 私達は人間として生まれてくるために、何百何千何万回も輪廻転生を重ねてやっと人間になったというのに、自殺をするというのは「人間としての人生があまりに辛いので、私は人間として生まれる資格を返上いたします」と神様に申し出ることです。これを神様が了承する訳ですから、自殺をした人が再び人間として生まれてくる道理がありません。スピリチュアルの先生には自分が何ということを言っているのか自覚してもらいたいものです。

 人が自殺をするには相当な覚悟が必要です。「人間としての生が辛い」と申し出る訳ですから、次に生まれて来るときには豚でも魚でも蟻でも何に生まれ変わっても結構ですということでしょう。「しまった」と思っても訂正は出来ないのです。いや、「しまった」と思うことすら出来ない次の生が待っている訳ですから、スピリチュアルの先生もここの所をちゃんと押さえて説明しておけば、心の弱い青年男女がインターネットで仲間を募って死のうなどとは、とてもとても恐ろしくて出来ない筈です。「自殺で人生をリセット」など、出来る訳もありません。

 またゲストの芸能人も先生に「あなたは前世で自殺してますよ」と言われて、「無礼者!」と言って席を立つことも出来ないのでしょうか。先生にしてもゲストにしても、なんともたるんだ話です。

 私は私の人生において何度か相当に辛い思いをしましたが、「死にたい」とは思いませんでした。なんだかんだ言って、人生はいいものです。それは生きていれば分かります。
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「それ」との遭遇

2009年11月20日 | 日記
「それ」との遭遇

 私が40才になるよりも少し前に、私は「それ」と遭遇しました。ヨガ道場でアサナ(坐法)の練習(一般にヨガのポーズと呼ばれています)を終えた私は顔を洗ってプラーナヤーマ(調息)の部屋に入り、壁に向かってパドマ・アーサナ(結跏趺坐)の姿勢をとり、プラーナヤーマ(調息)を始めました。

 呼吸が整って落ち着いてくると、私は小さな潜水艦のヴィジョンを見ます。これまでにも何度か見たヴィジョンです。潜水艦は深い海の中でエンジンを止めて、その重力に任せて海の中を沈んでゆきます。しばらく沈んでいくと潜水艦は海底に到着します。海底に到着した潜水艦がしばらくそこにたたずんでいると、私に「それ」が現れました。私の想念が止まって、「それ」が現れたのです。私が「あっ、これは」と思って私の想念が動くと、私はこっちの世界に戻ってしまいました。

 時間にして何分の1秒かだったのですが、私は「それ」を観ました。「それ」とはサット、チット、アーナンダです。サット、チット、アーナンダとは、サット(在ること)、チット(在ることを知ること)、アーナンダ(在ることを知ることで湧き上がってくる喜びのこと)です。サット、チット、アーナンダはアートマンです。プルシャです。「絶対主観」です。

 それから何ヶ月も私は「それ」を求めてプラーナヤーマをやりましたが、「それ」は現れませんでした。「それ」を求める気持が働くので、私の想念が止まらないのです。結局、何分の1秒かの経験でしたが、「それ」が再び現れることはありませんでした。

 私は42才で先の妻を亡くし、1人で働きながら3人の子供達を育てましたので、ヨガの練習どころではない生活に入ってしまったのです。例えて言えば、航空母艦の艦長(母親)をやりながら艦載する戦闘機のパイロット(父親)になったようなもので、私の心と体はきりもみ状態が続きました。それでもそれでよかったのだと今私は思っています。

 「それ」を経験したので私の思想は確立したのだ。私にはそういう自信があります。
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ドアの向こうへ

2009年11月13日 | 日記
ドアの向こうへ

 サーンキヤ哲学ではプルシャ(精神原理)と並存するプラクリティ(物質原理)とがあって、私達の心の働きはプラクリティ(物質原理)に由来するものです。プラクリティ(物質原理)は3つのグナ(性質)を帯びています。3つのグナ(性質)とはラジャス(激質)、タマス(暗質)、サットヴァ(純質)の3つです。

 会社で働いていたとき、私の心はラジャス(激質)とタマス(暗質)を帯びていたように思います。高揚と不安の繰り返しです。リタイア生活に慣れてきた今の私の心はサットヴァ(純質)とタマス(暗質)を帯びているようです。リタイア生活は質素ながらも大した心配事も無く過ごしていますので、心はサットヴァ(純質)だけでいいと思うのですが、なかなかタマス(暗質)が抜けません。

 私の心がタマス(暗質)を帯びるのは、明け方に眠りの中で見る夢に圧倒的です。いったいどうしてでしょうか。眠っているときの夢には、サムスカーラ(行)が働きやすいのです。サムスカーラ(行)とは、私達の日々の経験の記憶が潜在意識化したものです。眠りの中の夢にはサムスカーラ(行)が象徴的に現れます。私達の日常生活は大なり小なり苦に満ちています。ですからその経験の記憶の潜在意識はどうしても苦に満ちてしまうのです。

 また嫌な夢を見てしまった。組織変更で私の部署がそっくり会社の中の別のフロアの別の場所に変わったのだけれど、出社すると私の部署がどのフロアなのか分からない。また、フロアにたどりついても私の部署がどこにあるのか分からない。会社から出ようとするのだが、変なところに出てしまってなかなか出口にたどりつかない。

 まあ、些細な夢なのですが、目覚めたときの気分が大変に悪いのです。その気分は目覚めた後もしば らく続きます。これがサムスカーラ(行)の恐ろしいところです。

 話は変わりますが、私の家の1階にはリビングルームと和室と洗面所があります。もちろんお風呂やトイレもありますが。リビングルームにはテーブルと椅子があり、テレビやパソコンがあります。それらを見ていると外部からの情報が入ってくるので私の心はラジャス(激質)を帯びます。

 和室には祭壇があって、毎朝私はお線香をあげます。和室には、他には特に何もありません。私の心はサットヴァ(純質)を帯びます。

 洗面所に入ると、鏡の前で私はさっきまで見ていた嫌な夢の記憶を引きずっています。私の心はタマス(暗質)を帯びています。

 リビングルームや和室や洗面所のどこに居ても私は私なのですが、その部屋の環境や機能が変わると私の心も少し変わるようです。心とはもともとそんなもの、対象から刺激を受けるとその度に対象に合わせて反応するものなのでしょう。

 さて、リビングルームでパソコンに向かっているとき、ふと左を見ると部屋の出入り口のドアがあります。ドアを開けてドアの向こうへ行くと、私は死後の世界にいる。「生」と「死」との関係は、案外とそんなものかもしれませんね。

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マーティー・ロビンス

2009年11月06日 | 日記
マーティー・ロビンス

 マーティー・ロビンス(1925~1982)はアメリカのカントリー&ウエスタンの歌手です。でも本当にカントリー&ウエスタンが好きだと言う人にはあまり好かれていないような気がします。おそらくそれには2つの理由があります。1つは彼がカントリーの歌手でありながら多くのジャンルの歌を幅広く歌っていること、そしてもう1つは彼の歌声がクリアーで甘く美しく、歌詞の文法もきちんとしていて、カントリー特有の泥臭さが無いことだと私は思っています。マーティー・ロビンスの発音は大変にクリアーで、例えばブッシュ前大統領と比べたら月とすっぽん、もちろんブッシュの方がすっぽんです。もしマーティー・ロビンスが今も元気に生きていたら、日本で英会話学校の先生が十分に務まる筈です。もっともそんな事をする必要は全く無いのですが。「泣きのマーティー」の愛称で親しまれていた彼は、特にカントリー・バラードが得意だったようです。

 私がマーティー・ロビンスの名前をを初めて知ったのは小学生の頃でした。「縛り首の木」という題名の西部劇映画の主題歌を彼が歌っていたのです。映画自体は主役にゲーリー・クーパー、マリア・シェル、カール・マルデンという錚々たる役者を揃えていながら子供心にもつまらない内容でしたが、マーティー・ロビンスの歌だけは私のハートを掴みました。哀愁を帯びた甘い声の、テンポのいい歌でした。

 アメリカの西部劇映画に主題歌が付くようになったのは「OK牧場の決闘」あたりからでしょう。フランキー・レインの歌う主題歌がタイトルバックに流れて観客の感情を大変に高揚させ、映画もヒットしましたが主題歌も大いにヒットしました。それからは西部劇といえばタイトルバックに主題歌の流れる映画が普通になり、「縛り首の木」にも主題歌が付けられていたのだと思います。「トム・ドゥーリー」という映画もありましたが、こちらはキングストン・トリオの歌が先にヒットしたのでそれに映画が乗っかるという、主題歌が先にありきの映画でした。そしてそんなことで、私がカントリー&ウエスタンを知るようになったのはアメリカの西部劇映画を通じてのことでした。

 ジャンルとしては西部劇よりも古いのですが、一応ここでは西部劇としておきましょう。ジョン・ウェインが製作・監督・主演を務め、共演にリチャード・ウィドマーク、ローレンス・ハーヴェイを迎えた70mmの超大作西部劇「アラモ」の封切りが迫っていました。東京でのロードショーが1960年の12月24日に開始だというので、私の住む熊本市での封切りはその約半年後、つまり私が中学3年生になったばかりの頃だったと思います。

 映画は封切り前から話題を呼び、特にブラザーズ・フォアが歌う主題歌の「遥かなるアラモ」は映画の封切りよりもずいぶん前からヒットして、ラジオをつければ大概「遥かなるアラモ」がかかっているという按配でした。私は父親のオープンリールのテープレコーダーを持ち出し、マイクをトランジスタラジオの前に置いては「遥かなるアラモ」がかかるのを待って録音したものです。ラジオを聴いているとアナウンサーが、映画「アラモ」にはもう1曲主題歌があるのだと言います。そしてかかったのがマーティー・ロビンスの歌う「アラモの歌」。哀愁を帯びた甘い声の、テンポのいい歌です。「縛り首の木」から何年経っていたでしょうか、マーティーの歌は健在です。私は踊る心を抑えながらじっと息を殺して「アラモの歌」を録音しました。

 私は時々友達のTさんと新橋のカントリー・バーへ行っては一緒に歌を歌います。Tさんと私は歌友達です。Tさんは当時、「アラモ」を渋谷のパンテオンという映画館で観たそうで、私とは大違いです。そのTさんが言うには、1960年度のアカデミー音楽賞は「遥かなるアラモ」が獲るものだと皆が確信していたのに、なんと「栄光への脱出」に持っていかれ、大変残念な思いをした、そして今でも残念であるとのことです。「栄光への脱出」はポール・ニューマン主演の、第2次世界大戦後のイスラエル建国を題材にした映画です。そのテーマ音楽は、メロディーは綺麗なのですが、曲に展開もなければ広がりも無い、「遥かなるアラモ」と比べてどこがいいんだという程度のシロモノでした。

 後で調べたことですが、映画「アラモ」を作るに当たってジョン・ウェインは作曲家のディミトリー・ティオムキンにテーマ曲を作ってくれと頼みます。ディミトリー・ティオムキンはウクライナからの移民で、「OK牧場の決闘」の曲を書いたのもこの人です。ティオムキンは「アラモの歌」を作曲してジョン・ウェインに渡しました。ジョン・ウェインはこれを気に入るのですが、ティオムキンにもう1曲作ってくれと言います。そしてティオムキンが再び曲想を練っていると、故郷のウクライナ民謡が彼の胸に浮かびました。ティオムキンはこの民謡のメロディーをそのままに「遥かなるアラモ」を作曲します。ジョン・ウェインもこの曲を大変喜び、そしてブラザーズ・フォアの歌は大ヒット。ところで「アラモの歌」も「遥かなるアラモ」も映画の中ではオーケストラの演奏でこの映画に重厚さと感情的な高揚を与えていますが、ブラザーズ・フォアの歌もマーティー・ロビンスの歌も映画の本編の中では使われていません。

 マーティー・ロビンスの「アラモの歌」は映画の中盤の休憩時間にサウンドトラックとして使われたのだそうですが、私には聞いた記憶がありません。当時の70mmの大作映画では大概途中で「休憩」が入ったものです。映画が3時間余りと長いため、お客さんには途中で休憩してもらおうという訳です。ところでどうして私は「アラモ」の休憩時間に流されたというマーティー・ロビンスの「アラモの歌」を聞いていないのでしょうか。おそらく映画館の映写技師が、スクリーンに「intermission(休憩)」の文字が現れて消えた時に、その後にサウンドトラックの歌がかかるとも思わずにフィルムのリールを取り替えてしまったのではないでしょうか。

 それから長い年月が経って、オープンリールの録音テープも散逸してしまいました。「遥かなるアラモ」はヒット曲なのでCDショップでも手に入りましたが「アラモの歌」はそういう訳にもいきません。言わば「幻の名盤」という訳です。そして「幻」ともなれば何とかもう1度聞きたくなるというのが人情です。私も探しましたよ。機会を見てはCDショップのカントリー&ウエスタンの棚を見て空しい時を過ごしました。最後に私は「エッセンシャル」という題名の2枚組みのCD、マーティー・ロビンスのベスト盤を探し当てました。そのCDにはマーティーの代表作50曲が収録されています。「アラモの歌」はこれにも入っていませんでした。「万事休す」ですね。でも、「念ずれば通ず」という言葉もあります。私は見つけました、映画「アラモ」のサウンドトラック盤のCDにそれは入っていました。そして中学時代の感動もそこで甦りました。

 「アラモの歌」を探し求める過程で私はそれまで知らなかったマーティー・ロビンスの名曲にもいくつか出会うことが出来ました。私のお気に入りは「ビッグ・アイアン」と「エル・パソ」です。私は「ビッグ・アイアン」「エル・パソ」「アラモの歌」をマーティー・ロビンス3部作と勝手に呼んでいます。この3曲には共通する所があって、それぞれに歌で物語を綴ります。「ビッグ・アイアン」では見知らぬ町に1人のアリゾナレンジャーがやって来て、町外れに巣くっているテキサスレッドという名の無法者を退治します。3分程の歌なのですが、まるで1本の映画を観ているような臨場感に息を呑まされます。「エル・パソ」ではテキサスのエル・パソという町の酒場でメキシコ人のファリーナという娘に恋をした男が間違って酒場の客のカウボーイを殺して逃亡するのですが、ファリーナへの想い断ちがたく、酒場へ舞い戻ったところにカウボーイ仲間の襲撃を受けてファリーナの腕の中で絶命します。「アラモの歌」ではテキサスのサンアントニオにアラモの砦を構えた185名の義勇兵がサンタ・アナ将軍率いる5000人のメキシコ軍に抵抗して13日間戦い続けた挙句に全滅するという有名な物語が歌われます。

 マーティー・ロビンスの歌には特徴があって、歌詞と音符の間に隙間が出来ないように「that」という単語を多用し、またその「that」の響きが大変に心地よいのです。「that」がマーティーのテンポを作り出しているとも言えます。また「ビッグ・アイアン」や「アラモの歌」では「fatal」、「致命的な」という意味の単語ですが、これを上手に使っています。マーティー・ロビンスは歌がうまいだけではなく、言葉の魔術師であるとも言えます。

 ついついお話が長くなってしまいましたが最後にもう1つ、マーティー・ロビンスの祖父は本物のテキサスレンジャーだったそうです。





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