たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

月組『雨に唄えば』_ライブビューイング_楽しかったな

2018年07月08日 22時54分48秒 | 宝塚
 日曜日の夜、ちっそくしそうになりながら体休めるために自分の部屋で過ごす時間。鉄筋コンクリートなのに普通の話し声がけっこう聞こえてくる、いややね、全く。ささやかな息抜き投稿。7月1日の月組『雨に唄えば』のライブビューイング、ほっこり楽しかったなあって思い出しています。『ハンナのお花屋さん』の時は幕に花びらが舞っていましたが、『雨に唄えば』では雨が降っていてしゃくねつじごくの日だったのでなんだかほっとしました。プログラムの表紙も細かいところまでよくできていてこんなに素敵。手抜かりがないの、すごいなあと思います。タップダンスの振付・指導が玉野和紀さんってなっていて納得。最初の場面のずっと親友のドンとコズモのタップダンス、ドンとコズモとキャシーの三人が『Good Morning』を歌いながらのタップダンス、一幕最後のドンの『Singin,s in the Rain』を歌いながらのタップダンスなどなど、タップの場面が多くて楽しい時間でした。コズモが一人で踊りながら『Make,em Laugh』を歌う場面はずっと笑顔で軽々と歌い踊っているようにみえましたが、かなりの運動量でハードなんでしょうね。全く息切れせずこなされた美弥るりかさん、すごい、さすが。笑顔がいいよね、笑顔が。笑顔があふれる作品でした。最後のあいさつで珠城りょうさんが「お客様の反応が思いのほかよくってわたしたちも楽しみながらやれました」って話されていて、あったかい気持ちになりました。ほっこり笑顔になれる舞台っていいですよね。


もう来ることないかもと思うと無意味に写真撮りたくなってしまいました。

東京宝塚劇場の地下の映画館、はじめて入りました。





夜の東京宝塚劇場。















日比谷シャンテ前のゴジラ。



 時間切れとなってきました。とにかく準備して少しでも休まねば。無事に眠れますように、無事に出勤できますように、無事に一日が過ぎていきますように・・・。

カウンセリングスクールのつぶやきメモより(4)

2018年07月08日 18時27分39秒 | 祈り
 自分の過去から解き放たれていくための投稿。

 母が精神疾患を発症したということは苦しかった、ほんとうに苦しかった、苦しくって苦しくってたまらなかった。もがいてもがいてもがき続けた日々。

「2004年6月5日

1.この授業を受けて、感じたこと、考えたことを自由に書いて下さい。

遺伝ということに関心をもっていました。
母が本当に病気なのか、病気であるならどういう病気なのかわかりませんが、自分もどこかおかしいのではないかという思いを常に抱いてきたからです。
遺伝は無視できないが、それよりも環境の影響が大きいという先生のお話に安心しました。
苦しくても、外で働き人と関わり、社会生活を営んでいくことは大切であると感じています。
母をなんとかすることはできないのだろうか。
母をどう捉えたらいいのだろうか。」

 実際統合失調症の人は世の中にたくさんいます。100人に一人とも60人に一人ともいわれているのだからそりゃあいます。一度発症してしまうと完全に治ることはなく、入退院を繰り返しながら低空飛行でどうにか生きている人がたくさんいます。発症に至る経緯がそれぞれあるのでしょうが、日々の業務の中で一人一人の生活歴を丁寧に読み込んでいる時間は実際のところないし、まともに受けると何十人もいるのでお腹いっぱいのふらふらになります。関わりの中で最低限必要な情報しかいれません。それ以上の情報は全く入りません。時間的にも業務量的にも無理なのです。なんでこんな病気があるんだろうなって思いながらやっています。手帳を取得しているレベルの方々と日々関わるのは実際のところたかなりきついです。それで事務処理をしなければならないなんて、彼らが理解できない事務処理をしながら、彼らが理解できないのでフォローしなければならないなって大変すぎちゃって、もういいかなって思います。それ以外の人たちもたくさんいるし大変すぎます。普通の生きられることがいかにかけがえのないことかよくわかりました。そういう意味では学ばせてもらっています。つまらない自己顕示欲はなくなりました。そんなちっぽけなもんはいりません。ただ、残りの限りある人生の時間を普通に生きていきたいです。無事業務終了までたどりつけたとして、その先どこでどう生きていけばいいのか全くわかりませんが、過去にがんじがらめになったままの自分で生き続けるのは苦しすぎます。過去から解き放たれて、自分は自分の人生としてこれからの時間を生きていきたいです。特にやりたい仕事はないし、具体的には全くわかりません。ただ今の業務をとおしてそういう気持ちにすごくなっているだけ。明日からまた長いしゃくねつのなかの一週間が始まります。引きこもりのオッサンとやりあったのか隣のチャラ坊の大騒ぎはなくなりました。でもこの部屋にはいられません。断捨離しながら少しずつ、少しずつ、進んでいきます。気持ち焦りますが、少しずつ、少しずつ。こうして生き延びているだけで十分に尊いと思います。