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折れなかった垂直尾翼(5) - 伊豆沖低空飛行の不合理


12/10、土肥港付近で見かけた、駿河湾に停泊する地球深部探査船「ちきゅう」

つい先日、伊豆半島を回ってきました。この事件の調査開始から10年近くが経過した現在、事件発生の原点である伊豆半島を再び訪ねるべき時であると思われたからです。

1985年の123便事件で、目撃談が多かった伊豆半島。また乗客の小川さんが機内から撮影した外の風景は明らかに伊豆半島の相模湾側を上空から眺めたものです。そして、それらを基に伊豆半島沖における123便の飛行ルートの分析について記述した「折れなかった垂直尾翼(1)」、「折れなかった垂直尾翼(2)」を公開したのが9年半前ですから、あれからずい分長い間、伊豆上空の解釈については分析を加えてないままでした。

2019年末を迎えた現在、伊豆の123便の飛行に関してさらに幾つかの情報が加わっています。アップデート情報としてそれを箇条書きにすると以下の4点となります。

 (1)当時のジャンボ機パイロットから私の推定したような飛行は困難であると指摘を受けたこと
 (2)現代の大型機の飛行原理が既存の航空力学では説明不能であること
 (3)当時から既に伊豆半島、房総半島、湘南地域に特殊兵器があったという情報
 (4)静岡県沼津市に関する各種情報


■元日航パイロットの証言
(1)については、社内で高濱機長とも交友のあった元日航パイロットと直接お話する機会をいただき、証言を得ています。乗客の小川さんが撮られた写真の解釈については異論がないとのことですが、私の推定ルート、特に1000m以下の低高度を飛行していたとの計算についてはキッパリと否定されました。しかしながら、御巣鷹の尾根にまで至った経緯については本人も不可解な点が多いようです。

写真の解釈について:
 1万フィートも高空を飛んでいたらここまではっきりと海岸線が見えるはずがない。そんなことは飛行機に乗れば確かめられるだろう

ルートの解釈について:
 高度1000mを切ればジャンボ機は着陸態勢を取らざるを得ない。フラップは全開であろうしエンジン出力も最大となる。高度700m前後でもはや通常飛行などできるはずがない。

伊豆沖から群馬県まで飛行した件について:
 伊豆沖でここまで高度を下げておきながら、どうして群馬県の1600m前後の山岳地帯まで飛行できたのか、その理由については解からない。

この元パイロットの証言について、国際軍事評論家のB氏に再び意見を伺ったところ、次のようなやり取りがありました。

 B氏 :「ええ、その方のおっしゃる通りだと思いますよ。」

 日月土:「しかし、Bさんは前に、高濱機長の神技的技量によって伊豆沖の難を潜り抜けたのだと、仰られてませんでしたか?」

 B氏 :「はい、普通に考えたらそんな低高度から再び機体を立て直すなんて絶対に不可能なんです。しかし、結果として123便はそこから飛び続けた。だから私は高濱機長の神技であるとしか表現できなかったのですよ。」

2人の専門家が口を揃えて、常識的には伊豆沖で墜落か不時着していなければおかしいと判断される状況の中、どのようにして123便は飛び続けることができたのでしょうか?その理由を1人のパイロットの「神技」と断定して良いものでしょうか?


■飛行機は本当に飛んでいるのだろうか?
 子供の頃、私は紙を折って紙飛行機を飛ばすのが大好きでした。どう折れば遠くまで飛ぶのだろうと、紙片を目の前に何日も真剣に取り組んでいたのを思い出します。しかし、金属の薄板を折って飛ばしたことはさすがにありませんでした。例えば銅板を折り紙と同じように折って、同じように飛ばすことはできるでしょうか?それについては、読者様に直に実験して頂きたいと思います。

 大学に進み理系の研究室に入ると、そこで友人同士で交わされる会話もまた変わってきます。ある日、その後東大の大学院に進んだ友人にこう尋ねられたのが今でも忘れられません

 「飛行機がどうして飛べるのか解かってない、って知ってる?」

 その後、私も自分で計算をしてみましたが、確かに飛行機、とくにジャンボジェットのような大型機が飛べる物理的な根拠がはっきりと解からないのです。これについての詳細は、記事を別にしたいと思いますが、123便事件との関連で強調しておかなくてはならないのが、123便はもしかしたら、既存の航空力学によらない

 未知の原理で飛行していた

のではないかということ。もちろん、それは現代の飛行機の殆んどに言えることなのではありますが。


大型機が離着陸可能な日本の主要国際空港が、同一ベルト帯にあるのは単に大都市近郊だからなのだろうか?それならばなぜ大都市は同一ベルト帯に作られるのだろうか?


■特殊兵器の情報
 現代の航空機が私たちの知らない特殊な原理で飛行しているのだとすれば、その原理を知っている者がその飛行をコントロールすることもできると考えられます。私の元に届く情報は、そのような特殊原理に基いた兵器が、伊豆半島、房総半島、湘南エリアに存在し、123便に向けてその能力を行使したというものです。

 実は、この原理についての一部を実験、公開された方とかつてお会いしたことがあります。10年以上も前の事で、その方は既に故人となられてますが、原理についての説明を直接伺いました。当時の私にとってかなり突飛な内容ではありましたが、航空力学による飛行の説明が困難であるならば、そのような異説も馬鹿にせず考慮の対象にしていかなければなりません。

現代航空機の飛行の謎と共に、それに代わる新原理及びそれに基いた現代兵器の存在については、稿を改めて取り上げたいと思います。


2019年初頭、伊豆半島某所で撮影された無音かつ肉眼では捉えられない特殊飛行体。機体周囲の画像の乱れは光学迷彩の影響か?


■沼津に関する各種情報
 伊豆半島の付け根に当たる静岡県沼津市については、ご存知のように別枠でカテゴリーを設け詳細に123便事件との関係を調べ始めたところです。伊豆半島全体の知られざる統治体制、その根幹がこの土地にあること、そしてそれが123便事件の、特に事件処理において深い関りを持つであろうことは、これから新たな事実として明らかにしていく予定です。


123便目撃情報の多い伊豆の河津町、○印は今回の調査で発見したエリア。前の写真の特殊飛行体と関係がありそうだ。

参考:黒霧123便関連記事ガイド


 * * *


私は、自分のブログが陰謀論の類に分類されるべきものだとは思っていません。あるとすれば、事実だと思うことを論理立てて組み立てたら社会常識と異なる結果になってしまった。それだけだと思っています。そうしたら、山中の送電線を通して大電力が行き来してることも、飛行機が翼で空を飛んでいることも原理的にあり得ない(=嘘)と結論が出てしまっただけです。

123便事件が一般の事件に比べて難しい理由は、そういう社会常識の誤り、あるいは技術的原理を誤解している部分が如実に現れているからだと言うことができるでしょう。正直、理化学的知識に乏しい方、数字を扱えない方にはなかなか手強い分野だと思います。そこを理解しようと努力もせず、本文を引用しては、浅い共感・反感だけで肯定したり批判されたりするのは、私にとって迷惑以外の何物でもありません。

123便事件について関心を持ち始めた方に気付いていただきたいのは、今回証言をされた元日航パイロットも、写真から123便が伊豆半島周辺でかなりの低空飛行をしていたのを認めていることであり、これはすなはち、公式発表されたフライトレコーダーが捏造されたものであること、またそれに合わせ込んだようなボイスレコーダーも限りなく捏造に近いことを物語っているのです。もういい加減、両レコーダーの記録を基に事故原因を探るなどというアプローチは無意味であることに気付いてください。ここ数年の政府による文書改竄騒動を見ていながら、123便の事故調査報告書並び公式記録に真実が刻まれていると考えるのならば、それはもはや本件の真実解明を放棄したのも同様なのです。


伊豆半島某所にて(この画像は関係者向です)。123便事件発生の翌1986年、英国チャールズ皇太子と共にダイアナ妃は初めて日本の地を訪れます。


NON OCCIDET ULTRA SOL TUUS ET LUNA TUA NON MINUETUR QUIA DOMINUS ERIT IN LUCEM SEMPITERNAM ET CONPLEBUNTUR DIES LUCTUS TUI
あなたの太陽は再び沈むことなく/あなたの月は欠けることがない。主があなたの永遠の光となり/あなたの嘆きの日々は終わる。
(新共同訳聖書 イザヤ書 第60章20節)


キリストの御国にて記す
管理人 日月土
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