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JAL123便墜落事故-真相を追う-折れなかった垂直尾翼(4)

※2012.09.03 09:00 一部追記があります

北方領土、竹島問題、そして尖閣諸島と、最近になって突然降って沸いたように領土問題が騒がしくなっています。長く本ブログにお付き合いいただいた読者様なら、これら日本の隣国であるロシア、韓国、中国が、日航機123便事件に密接な関係を持つ国々であることにすでに気がついておられることでしょう。

 ・ロシア > 御巣鷹事変の紛争直接当事国-物証による確認
 ・韓国  > 在韓米軍、在日米軍朝鮮人部隊による事件処理関与疑惑
 ・中国  > 旧帝国陸軍(関東軍)と北京情報部との戦時コネクション

これらの国々は、旧帝国陸軍参謀、伊藤忠商事元会長である故瀬島龍三氏を通して一つに繋がることに改めて気がつかされます。瀬島龍三氏は中曽根康弘当時首相のブレーンとして、123便事件以後も日航人事に大きな影響力を及ぼした人物です。その瀬島氏は、韓国の情報機関であるKCIA、在日・部落運動組織、その政治工作部隊である国際勝共連合を影で操っていたと言われてます。これら朝鮮系組織とグリコ・森永事件の繋がり、そしてグリコ・森永事件と123便事件との更なる繋がりを考察すれば、やはり瀬島氏の関与抜きに123便事件を語ることはできません。

その意味で、現在の丹羽駐中国大使が、伊藤忠出身の民間大使であるということは大変興味深いです。瀬島氏が作り上げた中国・朝鮮半島コネクションは現在でも健在であり、シベリア抑留中、あるいはそれ以前から築いたとされるロシアコネクションも含め、日本の極東外交において今以って大きな影響力を保っているように見えます。


写真1:故瀬島龍三氏(左)と丹羽宇一郎駐中国大使(右)
    123便事件だけでなく、戦後日本の暗部に伊藤忠商事が深く関与
    していたことは、いずれ明らかにされるであろう

これら三国の中でも、中国・朝鮮の軍事技術が日本の産業技術に深く依存している可能性については、本ブログでも度々触れたかと思います。中国の核ミサイルしかり、北朝鮮のテポドンしかり、核兵器製造技術を含む日本の産業技術がなければ達成し得なかったと言えるかもしれません。

このように、社会の闇で日本と深く繋がるこれらの国々が、領土問題で派手に争そうことに、何か胡散臭い策略を感じるのは私だけでしょうか?このような時、最初に考えられるのが、日本国民(当事国国民)の目を何かから逸らそうとしていることです。では、その「何か」とは何なのか?私が最も危惧しているのは、国(日本の闇組織=クロカモ)は、福島第一原発による関東・東北地方での健康被害が、数ヶ月以内に顕在化することをすでに想定しており、その予防線として、国民感情を操作誘導する目的で、茶番の領土問題を関係各国共同で打ち上げたとするものです。

事実はいずれ分かってくるとは思いますが、御用マスコミの扇動に乗じることなく、私たちは事の推移を冷徹に見守るべきだと思います。


■海上保安庁も事件隠蔽に加わっていた

前置きがちょっと長くなりました。下記の写真2は、改めて123便事件関連資料を整理していた時に見つけた新聞記事です。まずは、ご覧ください。



写真2:横浜港に陸揚げされた垂直尾翼を報じる記事
    「海上保安庁職員たちによって陸揚げされた日航機の垂直尾翼
     部分 = 13日午後10時45分、横浜市中区の新港ふ頭で」

<記事全文>
1985年8月14日(123便事件発生から2日後) 朝日新聞 朝刊

「尾翼の一部が横浜港着」
 事故機の垂直尾翼の一部は、第三管区海上保安本部の巡視艇「あきづき」で横浜港に運ばれ、十三日午後四十五分、同港新港ふ頭4号岸壁に引き揚げられた。

 甲板に置かれていた垂直尾翼の一部を、十二、三人がかりでかかえ上げ、船から下ろした。細長い台形をしており、日航のマークであるつるの羽の先端が一部見えた。両端の白い金属板がめくれ上がり内部の骨組みが露出しており、衝撃のすさまじさを物語っていた。しかし、物がぶつかったような跡はなかった。

 同岸壁に待機していた運輸省の航空事故調査委員会の、門田利周・次席調査官と、樫原福二郎調査官が、検分を始めた。日航職員も見入った。門田調査官は「回収されたものは垂直安定版にほぼ間違いない。この安定板は事故機の物である可能性が高い」と述べた。
 また、安定板の底の部分についていた製造番号は、「65B03286-1」と確認され、「747」とも記されていた。

 垂直翼の一部は巡視船「みうら」の甲板に移され、同夜はそのまま同船に保管された。


写真に写る人物の身長から推測すると、この垂直尾翼破片は1.5m×5.0m以上はあろうかというたいへん大きな物です。また、12、3人で持ち上げたということですから、重量は軽くても2~300kg程度はあったと推測されます。外板を支える骨組まで付いていたということですから、いくら軽量に作られている航空機材料とは言え、それなりの重量であったことでしょう。

鶴のマークの断片、写真2に写る物体の形状から判断すると、この物体は垂直尾翼の左側前縁部であると考えられます。写真3から分かるように、ボーイング747の垂直尾翼と鶴のマークの位置関係、それらの実寸などから、この推測でほぼ正しいことが確認できます。破れた外板から反対側が透かし見えていないことから、右側前縁部を含む垂直尾翼前縁上部が丸ごともぎ取られたことを示しているように見えます。


写真3:回収部分の機体推測位置

事件翌日の夜に横浜港に陸揚げされたということですから、かなり早い回収だったということになります。すると、回収は13日の日中、日本中が大騒ぎになっている最中に行われたことになります。公式発表では墜落場所が確認されたのが13日の早朝であり、同日日中は事故の発生した明確な場所も、事故原因もまだはっきりとわからないはずの時間ですから、海上保安庁の巡視艇はたまたま相模湾の巡視行動中に、海上で123便の尾翼破片を見つけたのか、何か特別な情報を得て現場に急行したということになります?残念ながら、この記事には「あきづき」の海上行動の経緯が一切書かれておりらず、その辺は推測でしか語れません。

この早すぎる部品回収の他、これまでに浮上した垂直尾翼海上破壊説の疑問点を列記してみます

(1) 圧力隔壁破壊、急減圧はなかった
(2) 日航鶴のマークは陸上でも複数目撃されている
(3) 海上自衛隊の不自然な回収部品の陸揚げ地選択
(4) 金属部品は、通常海上で浮遊するはずがないのに、海上で回収されている

そして、この記事から伺える新たな疑問点として次の項目を加えたいと思います

(5) 海上保安庁の早すぎる部品回収
(6) どう考えても、垂直尾翼前縁部が海上で浮いてるはずがない
(7) 鶴マークを含む最重要証拠なのに、事故調査報告書で検証されていない

(1)については、「折れなかった垂直尾翼-番外編」でも簡単に指摘しましたが、多くの専門家、書籍等でもその不合理性に疑問の声が投げかけられており、生存者4名の証言とも全く噛み合いません。本来ならば、この1点を洗うだけでも十分に事件の隠蔽を覆せるはずなのですが、客観的知見を提供するはずの学識経験者がこぞって体制側に着いており、この事件の根本をなす疑問は20数年間無視され続けたままです。

(2)と(7)は「鶴マーク」で関連があります。鶴マークのペイントを含む垂直尾翼の一部が本当に海上に落ちていたのならば、その周辺部を含む垂直尾翼の大部分が相模湾上空の異変で破壊されたという事故調査委員会の報告は正しいことになります。しかし、「見えざる人々神の鉄槌(1)」で掲載した証言のように、墜落現場近くで複数の目撃者が、「鶴マーク」を目撃しているのです。123便の陸上での目撃証言は初期の報道で多く取り上げられていますが、「飛び方がおかしい」というものはあっても、「尾翼がなかった」、「機体の一部が壊れていた」という証言は全くないのです。一つ一つの証言には不正確さが残るとは思いますが、何十もの目撃証言が尾翼について語っていない不自然さをどう説明すればよいのでしょうか?尾翼は折れていなかったのです。

(4)と(6)については、「折れなかった垂直尾翼(3)」と内容が重なるので詳細は省略します。とにかく、物事を隠すにしろ、やり口があまりにも杜撰です。海上保安庁が回収したとされる部品は、その形状、その大きさ、重量から見て、海上を何時間も浮いていたとは到底思えません。(7)に関連しますが、事実だったら超が付くほどの重要証拠であっただろう当該部品が、事故調査報告書で何故か十分に検証された形跡がないこと、この記事そのものの扱いが極端に小さいこと(*1)、その後、この部品に関する追跡記事がないこと(*2)など、不明瞭な点が多すぎます。

ここからは推測になりますが、海上で異常が発生したとする国民印象操作シナリオが事件直後に急遽作成され、それに基づいて、誰にでも分かりやすく印象的な鶴マークの刻まれた部品が海上で回収されたという事実を急いで捏造したのでしょう。但し、それがちょっと急ぎ過ぎでした。また、隠す側でも、まともな基礎科学知識があればこんな嘘はすぐにばれることに気が付き、その後に「鶴マーク」の目撃証言が幾つか出た頃から、大きく取り扱うのを止めたのだと考えられます。この場合、鶴マークの強調は彼らのシナリオをかえって危うくするものだと気が付いたのでしょう。

では、この鶴マークの部品はどこからやってきたのか?一番考えられるのは、123便の墜落現場から陸上自衛隊のヘリを使って巡視艇まで空輸したことです。

<2012.09.02 09:00 追記>
http://ncode.syosetu.com/n6415q/3/によると、この垂直尾翼前縁部は海上自衛艦の「まつゆき」から「あきづき」に一部引き取られたとあります。「まつゆき」とは、自衛隊標的機衝突説で悪役にされている艦船ですが、同説にかなり無理があることは「自衛隊撃墜説を切る(2)」で既に解説しています。しかも、「まつゆき」は試験航行中であり、その運用は防衛庁(当時)の整備課の管轄下にあり、本隊ではありません。ここに書かれた経緯が事実であるとすれば、海上保安庁巡視艇への引渡しの意味は何だったのかということになります。いずれにせよ、両艦とも中央官庁のコントロール下にあったこと、浮いてるはずのない大きな断片をどうやって海上で回収したのか、その疑惑を払拭するものではありません。


*1 小さな扱い:事件直後は犠牲者の安否が優先で、大きく取り上げる余地がなかったとも言える。必ずしも悪意があったとは考えられず、逆に、このおかしな状況に気がついて欲しいという、記者の必至の訴えだったのかもしれない。

*2 追跡記事がない:私の調査範囲でという意味。追跡情報があれば教えていただきたい。


 * * *


今回の記事で、ご注意を頂きたいのは、海上での証拠捏造に加担したのが、海上自衛隊でなく、海上保安庁である点です。同庁は現在は国土交通省の管轄ですが、当時は運輸省の配下でした。事故調査委員会の出鱈目など、これまでの経緯を踏まえれば不思議はありませんが、運輸省は海上保安庁という自前の実働部隊を投入してまで日航機事件の隠蔽にやっきになっていたことが伺えます。

同時に、事故調査報告書に部品回収で登場した海上自衛隊がこの時関与しなかったことに、同事件の取り扱いに対する海上自衛隊内の激しい抵抗を感じます。私は、報告書に記載された、すぐにインチキだと分かる海上浮遊部品の項目、また上記(3)にある海上自衛隊が見せた不自然な陸揚げ行動については、彼らの声に出せない抵抗であったとも見ています。

現在起きている領土問題において、海上保安庁は日本の守りの要です。現職員の多くは本件と直接関係ないことは分かっていますが、彼らの一部、また旧運輸省上官の一部が123便犠牲者の血で汚れた人物であることは、疑いようがありません。前から唱えているように、私は罪を責めるつもりはありません。しかし、事実を隠し続けることは新たな罪を作るのと同じことです。どうか真実を私たちに話してください。私は、あなた方も救ってあげたいと本気で考えているのです。


QUAE DIXIT NEMO DOMINE DIXIT AUTEM IESUS NEC EGO TE CONDEMNABO VADE ET AMPLIUS IAM NOLI PECCARE
女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」
(ヨハネの福音書 第8章11節)


遠い祖霊の始まりの地より
管理者 日月土
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日本航空123便事変から27年-123から全てが変わった-

現在、九州のとある土地でこの記事を書いています。27年前のこの日、群馬県境の高天原山(*1)周辺で発生した123便事変において、犠牲になられた乗客乗員の皆様、短時間の壮絶な戦闘行動で命を落とされた各国軍関係者の皆様、事変後の隠蔽工作等で人知れず犠牲となった皆様、全ての尊い命の犠牲に対して、心より追悼の意を表します。

*1:高天原山:本記事は、一般で言われる日航機事故を日航機事変に、御巣鷹山を、地形的に墜落現場の峰に連なる高天原山(タカアマハラヤマ)に言い換えています。単なる言い換えでなく、実際に基いた対応であることをご理解ください。


■123便事変と福島原発事故

私が123便事変の関連調査を始めてから、3年以上の年月が経ちました。この短い期間に、東北大震災、福島第一原発事故など、日本社会を大きく揺るがす災害が発生し、私自身も南方のフィリピン国へ約一年間の避難を強いられることとなりました。123便事変調査の思わぬ進展と大規模災害の発生及びその後の成り行きは、母国日本に対するそれまでの概念を大きく変えるものでありました。

本記事では詳細を省略しますが、123便事変が墜落事故などでなかったことは多くの物的証拠から、もはや明らかであります。そして、有名大学教授に、もはやあり得ない隔壁破壊による事故メカニズムを強弁させ、それに合わせるようにフライトレコーダを捏造してまで、国はそれを徹底的に隠蔽しました。何より驚きなのは、私自身の調査活動を通して、国家権力をはるかに凌駕する正体不明の闇組織の存在が露になったことです。

読者の皆様がお気づきのように、この構図は福島原発の放射能災禍における隠蔽構造にそのままピタリと当てはまるのが分かります。関東・東北地方で未だにヨウ素が検出され、東京都心でもウランやプルトニウムが検出されているにも拘わらず、一部の学者はそれを「安全」と言い、国は同事故を「収束」と宣言し大飯原発を再稼動させます。同時に、報道機関による宣伝を通して、事故自体がもはや遠い過去の事の様に印象付けるのに躍起です。ネット社会では「原子力村」とか「白蟻」などと呼ばれているようですが、議会審議を経ずして日本政府を直に動かすことのできる、特権的階級(官僚等含む)がどうやら存在していることも公然と囁かれるようになってきました。

四半世紀の時間を隔て発生した、二つの出来事から見えて来る事実とは、国の意思決定機関(日本政府)が実はただの飾りでしかなかったということ。すなわち、戦後の民主主義政治は全くの虚構でしかなかったという、たいへん根の深い、日本の国体そのものが問われる深刻な状態を指します。何より認め難いのは、両事件とも、闇組織の利益のためなら国民の命の犠牲は厭わないという独善性と残酷さが見られることです。もっとも、民主社会でない、事実上の独裁国家なればそれも当たり前なのかもしれませんが。


■世界はそれに沈黙した

もう一つ、両事件に共通しているのは、世界がそれに沈黙しているという、やはり理解し難い事実が含まれていることです。123便の場合は、繰り返しになりますが、自衛隊のみならず、米軍、ソ連軍の航空機、戦闘車両、ミサイル等の破片が墜落現場周辺から相当量見つかっており、物的証拠の数だけでなく、当時の世界的冷戦構造から言えば、世界史に大きく記載されてもおかしくない国際的軍事紛争であったことが分かります。


写真1:墜落現場で発見された米国の偵察機U-2(右)の破片(左)-再掲-
    見つかった軍機破片は数々あれど、米国の国家安全保障局(NSA)が
    直接介入したことを示すこの物証ほど、軍事・政治的に衝撃的な
    ものはない。123便事変とは何だったのか?改めて問い直したい。
    (墜落死は必至と思われる同機操縦士にも謹んでお悔やみ申し上げます)


写真2:墜落現場で発見された旧ソ連の戦闘機MIG25(右)の破片(左)-再掲-
    ミグの墜落が確認された時、私たち日航機調査チーム内でもその
    事実を受け入れるのに大いに困惑したのを覚えている。しかし、
    ミグの本土飛来を示す物証はこの機体破片だけに留まらなかった。
    (同機操縦士にも謹んでお悔やみ申し上げます)

事変当時に超大国と呼ばれた米ソ2カ国が、日本国内で軍事衝突、あるいは軍事紛争に巻き込まれながら、どうして日本の隠蔽工作に合わせるように事実を沈黙しているのか?日本の国情は別として、当時、ソ連のSS20中距離ミサイル配備に関連して、激しく対立していたはずの米ソが何故ここで歩調を合わせたのか、この点に関しては今もって謎だらけだと言えます。もちろん、冷戦構造自体が初めから東西陣営了解の下のヤラセ劇であれば説明はある程度可能ですが、それでも、墜落現場で発見され、激しく破壊された軍用機の破片は、それが本物の戦闘、殺し合いであることを雄弁に物語っており、ヤラセの一言で片付けられない事実性を含んでいます。

一方、福島原発は、大量の放射性物質を大気と海洋に垂れ流し、今でも地球を汚染し続けています。私に入ってきた個人的情報では、太平洋南部のマレーシア、インド洋のタイ沖で獲れた魚介類までもが放射性物質に汚染され始めていることを伝えています。ネット上でも、米国西海岸で獲れる魚が汚染されていることを伝える記事を目にするようになりました。

国によって日本からの食品輸入が厳しく制限されていることは既出の情報ですが、それ以上に、日本国外でも海洋や土地、空気が福島から大量放出された放射性物質でこれからも益々汚染されてくるだろうことは、もはや明らかです。私も、昨年何度となく目撃したフィリピンはルソン島上空に漂う、灰黄色に淀む異常な雲を忘れられません。本来ならば、世界各国は自国民に警戒を呼びかけ、日本に事故収束の強要と莫大な損害賠償を迫ってもおかしくない状況にも拘わらず、欧米の主要メディアを眺める限り、そこまで深刻なものは何故か見かけません。本当にたいしたことがなければ良いのですが、これがIAEAなどの国際機関と日本ならび世界の原子力産業、もとい闇組織が結託した世界的隠蔽工作であるなら、それこそ世界人類の存亡に関る大問題であり、そして、その可能性が非常に高いことは、本ブログでも再三お伝えしてきた通りです。

世界は何故、日本に対しこれほどまで沈黙を守り続けるのでしょうか?


■123便事変は日本と世界の転換点

123便事変が発生した1985年を起点に、日本の政治・経済体制が大きく変化し、今に至ることは「見えざる人々と神の鉄槌(3)」で記述したとおりです。前段で「世界は沈黙」と述べましたが、確かに言葉で表現されることはありませんでしたが、各国、特に米国の対日本政策が、123便事変直後に電撃締結されたプラザ合意後に大きく転換されたことは、それ以後に発生したバブル経済を含む社会の変遷を通し、40歳前後以上の方なら肌身で感じてきたのではないかと思います。

1985年直後、大きな事件が発生したのは日本だけではありません。高天原山の123便事変に関ったと見られる米国、ソ連国内でも重大事件・事故が発生します。

 (1) 1985年8月 日航機123便事変(日本)
 (2) 1986年1月 NY株暴落、スペースシャトル爆破(米国)
 (3) 1986年4月 チェルノブイリ原発事故(ソ連)

詳細は別記事に譲りたいと思いますが、米国は(2)の爆破事故後に、1983年から進めていたSDI(戦略防衛構想)を更に加速させます。SDI計画は表向きは対ソビエト戦略と説明されていますが、対ソ軍備計画としては過剰とも言える宇宙戦争計画であったことは、今更指摘することでもないでしょう。しかもそのソ連自体が、(3)の事故による原因も加わってか、3年後の1989年に始まるベルリンの壁の破壊からあっという間に崩壊してしまい、SDI計画の存在理由自体が消滅してしまいます。しかし、国際軍事評論家のB氏によると、1980年代のこの時期に、ステルス素材やレーザー光線など、現在の超兵器につながる基礎技術の殆どが誕生したのだと言います。

米ソのヤラセ対立的な東西冷戦については、陰謀論に関する多くの著作が指摘するところではありますが、SDI計画に関しては、戦争を煽ることによる軍事費のバラ撒き以上に、何か奥深い謀議を感じます。それはまるで、米国にソ連以外の強敵が別に存在する、あるいは米ソ共通の敵が存在し、それに対し地球科学の全英知を注ぎ込もうとするかのような振る舞いとも見て取れます。

この敵を日本とみなすことも可能ですが、そうだとしても、超大国の米国あるいは米ソ両国が恐れるくらいですから、私たちが認識する日本国とは全く別ものであると考えられます。私は、ここに、日本でもなければ、米国やソ連でもない、強大な軍事力を擁する第4の勢力が存在し、日航機123便事変に関っていたことを確信するのです。その勢力が果たして、私が呼ぶところの日本の闇組織=「クロカモ」そのものであるのか、あるいはクロカモを背後で操る、さらに謎めいた神秘的ハイテク集団であるのかはまだよく分かっていません。

はっきりと言えるのは、その存在を認めない限り、日米ソの当時最新鋭機が高天原山周辺の狭い領域であれだけバタバタと打ち落とされてしまった理由と、その後の当事国の沈黙の理由、何より、以下の図1を説明するその根拠を、私は全く見い出すことができません。


図1:墜落直前の123便の外観(イメージ)
   群馬県上野村での目撃証言と現場調査を基に描いた想像図。
   垂直尾翼は破壊されていない。この後を、複数の飛行機やヘリが
   追いかけていたと証言者は語る。東京都上空でも同じような赤い
   火球(かきゅう)の目撃証言がある。

この隠された第4勢力を明らかにすること、それが本ブログの新シリーズ「見えざる人々と神々の鉄槌」の目指す最終ゴールであり、その結末は、123便事変の真相を明らかにするのみならず、私たちの世界観、歴史観、そして自己認識までをも根底から覆すものになることはおそらく間違いないと思われます。


 * * *


私が滞在しているここ九州も、6月に福岡県北九州市で汚染瓦礫が燃やされてからは、空気の明らかな異常と、現地生産野菜や果物に違和感(*2)を感じるようになりました。この春までは比較的大丈夫かと思われた玄海灘の魚介も、今はほとんど口にできるものはありません。福島の事故が、実際は収束しておらず、今でも放射性物質を吐き出している現状と、汚染物質を人為的に国内・国外に撒き散らかしている、およそ非科学的とも言える政治的蛮行が、日本人だけでなく、世界人類をこれからもじわじわと苦しめていくのは間違いないと思われます。

そんな世紀末的な非常事態の中で、123便事変の真実を明らかにすることは、一つには犠牲者の皆様との魂の約束という面もありますが、私が生きた日本とは、世界とは本当は何だったのか、その姿を記録に残したいという、私自身の切実な思いの表れでもあります。

最後に、特に根拠はありませんが、図1に描いた火球を、近い将来、私たちも目にするような予感がします。もしも、空に赤く輝く第2、第3の太陽を見たとき、この記事と、123便犠牲者のことを思い出してくださるよう、読者様にはお願い申し上げます。

(*2)違和感:あくまでも私個人の感覚的なものとお断りしておきます。


ADHUC MULTA HABEO VOBIS DICERE SED NON POTESTIS PORTARE MODO CUM AUTEM VENERIT ILLE SPIRITUS VERITATIS DOCEBIT VOS IN OMNEM VERITATEM NON ENIM LOQUETUR A SEMET IPSO SED QUAECUMQUE AUDIET LOQUETUR ET QUAE VENTURA SUNT ADNUNTIABIT VOBIS ILLE ME CLARIFICABIT QUIA DE MEO ACCIPIET ET ADNUNTIABIT VOBIS
言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。
(ヨハネの福音書 第16章12-14節)


遠つ祖霊の始まりの地にて
管理者 日月土



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