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JAL123便墜落事故-真相を追う-蘇る亡霊(7)

本日は私たちを追いかける殺人集団のことを報告させていただきます。私にとっても不本意なことですが、あまりに程度が酷かったので無視するわけにもいかず、告発の意味を込めてここに掲載させていただきます。


■状況説明と映像

2010年2月25日木曜日

のぞみ52号 東京行き 関西地方の取材の帰りにS氏と共に京都から乗車(20:16)。

4号車2列D、Eの指定席に着席する。

21:40 静岡駅を通過したあたりで車掌が車内を巡回。

車掌が座席脇の通路を通過後、鼻を突く整髪料系薬品の匂いが漂う。

遅効性の毒薬と判断し、すぐに車掌を追いかける。

8号車の車掌室の前で所属を詰問した。こちらを向いて話そうとしない。

正規の車掌と思われる別の人物が現れ「大阪の田中」と代理で名乗る。

なぜ本人が言えない?

一般乗客はもちろん、同車両に同乗し私たちを追跡していた、警察・公安関係者もまとめて毒薬を浴びた模様。

当局の要員、携帯を片手に次々に席を立ち、洗面室へ。このときばかりは彼らを気の毒に思う。

この「田中」を、乗務員として入り込んだニセ車掌と判断。以下に顔写真を掲載します。

残念ながら、JR東海も国営テロ集団(国賊)のお友達企業と認定。



写真1:車内の様子(乗車率 80% 位か)と 特急券



写真2:ニセ車掌の「田中」と呼ばれた人物



写真3:正規?車掌 と 車掌室に並んだ携帯電話、外部から指示か?

* * *

S氏はこのような状況に何度も遭遇しているとのこと。これまで何人の要人が同じ手段で葬られ、苦しめられたのか。想像するだけでも恐ろしい。これが「法治国家」日本の実態なのです。


QUI SPERNIT ME ET NON ACCIPIT VERBA MEA HABET QUI IUDICET EUM SERMO QUEM LOCUTUS SUM ILLE IUDICABIT EUM IN NOVISSIMO DIE
わたしを拒み、わたしの言葉を受け入れない者には、彼を裁くものがある.わたしが語った言が、終わりの日に彼を裁くのである。

管理者
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JAL123便墜落事故-真相を追う-折れなかった垂直尾翼(1)

※訂正情報(2010.2.23 13:20) ×竜ヶ崎ウィング → ○尾ヶ崎ウィング

周囲の危険な状況は相変わらずです。そんな中でも調査は進み、日航機事故の全貌がほぼ解明できました。S氏や私を追いかける狂った連中のことも告発を続けなければいけませんが、まずは当初の目的である123便の真相についての発表を急ぎましょう。本シリーズでは、反証を示すことにより、事故調査報告書もとい、ボイスレコーダー(CVR)やフライトレコーダー(CFR)が真実を伝えていないことを証明していきます。

その前に、日航機事故とは何だったのかおさらいです。

これまでこのブログでご紹介した事実を総合すると、その本質は軍事物資輸送を巡る日米ソを巻き込んだ軍事衝突であり、闇夜の戦闘の秘密、そして政治的弱みを抱えた日本国政府(あるいは裏政府・軍産複合体)が国民を欺くために仕組んだ壮大な虚構なのです。

事故当日山に入った複数の地元住民の証言などを聞く限り、事故生存者は最大100名前後はいたと思われ、罪深くも、救出された4名以外は全て秘密隠蔽のため、放置されたか、薬剤、火炎放射機、ナイフ等で惨殺されたか、あるいは拉致連行された痕跡があります。なお、本件に直接関与し国際関係における大きな秘密を共有したという意味では、米国・ソ連(現ロシア)ともに日本政府と同じ罪を負う立場にあると言えるでしょう。そもそも無辜の民間人が巻き込まれ、命を落とす理由など全くないのですから。日本の未来、これからの国際関係を展望したとき、今こそ日航機事故の真実を、国民に向け、世界に向けて明らかにしなければなりません。

■小川さんは何を見たのか?

S氏が事故現場周辺で機体破片やミサイル破片を拾ってくる以前、この事故の唯一の物証と言われていたのが、乗客の小川哲さんが機内で撮影した数枚の写真です。この写真は、ご遺族のご判断から、事故から4年後の1990年10月14日に朝日新聞の朝刊および、他のメディアにて公表されました。

まずはその写真をもう一度ご覧ください。


写真1:小川さんが機内から撮影した写真 手前の丘陵とその先の湾 (YouTube、TV報道ビデオより)


写真2:小川さんが機内から撮影した写真 深い入り江の港湾 (朝日新聞 1990 10月19日朝刊より)


写真1,2共に共通するのは、窓の外に景色が写り込んでいること。写真1は丘陵と海岸線、写真2には奥まで続く深い入り江、おそらくどこかの港が写っています。これから、これらの写真を分析していきますが、まずは撮影者の小川哲さんがどこの座席に着座していたのかを、下図1で確認してください。図では、機体後方右側の窓から2番目の席に着座していることになっていますが、実際にはご家族の中で任意に席を決めていたと思われます。しかし、写真2の写真に機体主翼の右端が写っているので、少なくとも小川さんが右側に窓を見る位置に座っていたことが確認できます。


図1:小川さんの着座位置 赤丸:小川さん御一家、黄丸:川上慶子さん(生存者)
   敬称略


■三浦半島でない理由

件の朝日新聞の記事では写真1は「相模湾と江の島、富士山」、写真2は「川崎の工業地帯」であろうと仮説を挙げています(ただし、断定はしていない)。まずは写真1が本当に朝日新聞の仮説通りなのかを検証してみましょう。まずは叩き台として、事故調発表の123便の飛行経路図(図2)を掲載します。


図2:事故調査委員会発表の飛行経路

この経路図から、江ノ島・富士山に向かって手前の丘陵と奥に相模湾が広がる方向を探し出します。図3の矢印の方向を見てください。


図3:三浦半島から江ノ島・富士山を眺める方向?


この時123便は4000m近く上空の、三浦半島の沿岸からは7~9km離れた地点を飛んでいます。もしも事故調発表のこの飛行経路上から富士山を眺めたのだとしたら、手前に見える丘陵は写真に写った部分だけでも1000m位の標高がないと、このようには絶対に写りません(計算方法は後で説明します)。三浦半島に1000m超級の山地などない、せいぜい200m程度であることは、神奈川県に在住の方ならご存知のはずです。

仮に、200mの程度の小山が写真1のようにそれなりの丘陵に見える位置を飛んでいたとするならば、123便は三浦半島上空400~500m、横須賀市の南西を南に向かっていたとみなすしかありません(計算過程は省略します)。しかしそれだと、江ノ島とみなされる沖合いに浮かぶ小島と、その先の小田原・熱海までの距離感、あるいは写真中央よりやや左側に鎮座しているはずの箱根山との高さが全く折り合いません。海岸線の形状も、どうも地図にみる相模湾とは著しく異なるようです。

どうやら、朝日新聞の「三浦半島から江ノ島・富士山を望む方向」という仮説は、事故調発表の飛行経路との整合に無理があるだけでなく、飛行経路を無視して地形と突き合わせ場合でも、写真にピタリと合致させるのは難しいようです。「富士山」と呼ばれている山型の黒い輪郭も、実際には雲の影のようにしか見えません。


■写っているのは伊豆半島東岸の白浜海岸

三浦半島でなければ写真に写った背景はどこなのか?S氏と私は、何度か伊豆半島の入り江の形状を調べに現地に向かい、ついに、小川さんの写真に写り込んだ背景と思われる場所を発見しました。

以下、その場所と特定するに至った根拠を示します。写真3は写真1の注目ポイントにマークを施したもの、写真4-Bは私たちが特定した、写真の背景と思われる場所(白浜海岸)の写真です。


写真3:写真1のチェックポイント


写真4:A ジャンボ窓枠(実物)と、B 尾ヶ崎ウィング(休憩所)から窓枠を通して見た白浜海岸


図4:白浜海岸付近の地形図(Googleマップより)


ここで、写真3のチェックポイントと写真4、図4を対比させます。なお、地形を比較する上で、事故当時と取材時の潮位の違いを考慮しなければなりません。

 写真3撮影時刻 1985年8月12日 18:00- 19:00 平均潮位 152cm (東京港湾局)(*1)

 写真4撮影時刻 2009年12月7日 16:00- 17:00 平均潮位 141cm (東京港湾局)

また伊豆半島東岸、伊東市の年平均潮位の推移から、伊東市、初島付近を中心に顕著な隆起(*2)が観測されています。データから類推すると、1985年からおよそ30cm程度の隆起が見込まれます。その分だけ現在の海面は低くなる、すなわち、事故当時の東京港湾の値に対する潮位の低下として現れていると考えれば、事故当時の潮位と、現地取材時の潮位の差は

 141 - 152 - 30 = -41 (cm)

となります。データの示す水域が異なるので、必ずしもこの通りとは言い切れませんが、取材時の見かけの潮位は事故当時に比べておおむね 3~40cm 前後は低かったであろうと予想されます。これだけ潮位が異なっていれば、細かい海岸線の形状は小川さんの写真に比べて大きく異なっていると考えなければなりません。簡単に言えば写真4-Bは海上部分の増加として映像に現れてくるのが当然です。

[*1]東京港湾局 http://www.kouwan.metro.tokyo.jp/choui/kako-harou/kako-index.htm
[*2]伊東の潮位 http://cais.gsi.go.jp/cmdc/center/graph/kaiiki3.html


■白浜海岸が写真の背景と認められる3つのポイント

写真3に示した比較用のチェックポイントについて解説します。

 ① 海に突き出した部分
 ② 海上に見える小さな影
 ③ 本根岬山頂部の形状
 ④ 空中に浮かぶ黒い物体 (これについては次回以降に解説)

①の先端部分は、写真4-B では海面上に小高く現れた岩の周囲、図4からは本根岬の南側の付根に突き出した小さな岬とその先に小さく固まる岩礁地帯であると推測されます。この小岬から独立した先端の岩礁地帯の特徴がはっきりと写真3に現れていませんが、これは手前の山が重なって写り込んでいるためか、あるいは、写真4-Bをよく見ればわかるように、この岩礁地帯の平たい部分は人工建造物であり、港湾整備のため24年前と地形が変化したことなども考えられます。②の影については、写真4-B、図4によればそのすぐ岸側に見えるのが小さな漁港であり、状況からみて、この影は岩礁ではなく、漁港を出たばかり、あるいは漁港に戻る途中の漁船であったと考えられます。

判断にとって決定的だったのは、写真4の手前に写った丘陵③の形状で、左側の円錐形の頂上部と右側にかけて緩やかに上る鞍型の尾根の形状が、図4に示した本根岬の等高線と見事に合致しています。この他、対岸の海岸線が描く緩やかな2段構成のカーブラインがたいへん酷似している点、背景の寝姿山に続く丘陵の傾斜の度合いなど、全てを考え合わせると、この地が写真1の背景である可能性はかなり高いと判断されます。

これまで私たちは、地図上における地形の検証、および三浦半島から伊豆半島の全海岸線を経由して、静岡県の焼津まで全ての沿岸を実施調査し、写真1、および写真2の該当地域を探してきましたが、写真1については、伊豆の「川奈」など、複数の候補地があったものの、結局この白浜海岸付近以上に写真に近い特徴を有する場所を他に見つけられませんでした。

御巣鷹の尾根に至るまで、123便は1度ならず何度か、必ずどこかの海岸線を横切っています。小川さんの写真の背景となる所は、三浦半島から焼津までの海岸線上のどこかに存在しなくてはなりません。ですから、前述した現場検証を以って、伊豆半島東海岸、下田市白浜海岸・本根岬一帯が、小川さんが撮影した写真1の背景であるとここに断定したいと思います。


■事故調査報告書に現れない高度と進路

背景となる場所が特定できたことにより、地図データと、実測値を用いて123便の飛行位置、飛行方向と飛行高度の計算が可能になります。幸い、私たちは123便の窓枠の実物を御巣鷹の尾根で回収しており(写真4-A)、その横幅が31cmであることが測定できています。ガラスが取り付けられたときの実際の内のり幅は、3cm減の28cmとみなし、小川さんが窓から50cm離れたところで撮影したと仮定すれば、飛行位置と方向は図5のように、高度については図6の様に、三角測量の要領で計算式を使って求めることができます。


図5:123便の飛行位置と方角 伊豆の東海岸を東に向かって飛んでいる


図6:123便の飛行位置と高度を計算するための初期条件


計算は、相似や三平方の定理など、中学校レベルの数学の知識があれば十分可能です。三角関数の近似計算法(高校数学)を知っていればより計算が楽になるでしょう。これらの計算から導かれた結論は次のようになります

-- (新)日本の黒い霧 結論 --
「JAL123便は、伊豆半島下田東岸にある天領山の上空をほぼ真東に向かって飛行している。その高度はおよそ 700m。」

ちなみに、事故調発表の飛行経路からは

-- 事故調発表 --
「JAL123便は、伊豆半島下田、白浜海岸の上空 7000m西に向かって飛行した。」

と読み取れます。事故調ではレーダー記録とフライトレコーダ(CFR)を解析した結果ということですが、方角も高度も私たちの導いた結論とは全く異なります。ジャンボのような大型機が今にも着陸せんばかりの超低空飛行をしていたわけですから、コクピット内の会話も公表されたボイスレコーダー(CVR)とは明らかに異なっていたでしょう。この時すでに「何か爆発したぞ」などと、のんびり機体の状況を確認していられるような状況でなかった。少なくとも、小川さんの写真はそのことをはっきりと私たちに伝えているのです。

では、123便はなぜこのような異常な飛び方をしたのか?、そして写真2に写った場所はいったいどこなのか?これらの疑問の回答については次回以降に本シリーズの続きとしてお知らせします。また、123便が御巣鷹上空まで操舵能力を保ち続けた事実(迷走飛行はなかった)、相模湾上空に旧ソ連軍のMIG-25戦闘機が現れ、少なくとも海上で1機が撃墜された可能性についてなど、これまで日航機事故の真相究明で取り上げられることが無かった新事実についてもお知らせしたいと思います。


* * *


以前の記事で、私がなぜボイスレコーダー(CVR)の分析を行わないのか、その理由について少し触れたことがありましたが、今回、改めてその理由がご理解いただけたのではないかと思います。小川哲さんの写真を厳密に解析して得られた結論は、公表された事故報告書や、CFR や CVRのデータを真っ向から否定するものなのです。

CVRを聞いて心を震わせた皆さん、CVRを分析し真実を突き止めようとした皆さん、残念ながら、CVRの音声が公表されてからのこの10年間、皆さんはその良心・良識を悪意ある人たちにただ弄ばれていただけなのです。このまま誤った道を歩み続けても、真実に辿り着くことは永遠に叶いません。これまでの手法を改め、もう一度足元から事実を積み上げること、それ以外に真実に近づく王道はないのです。


DIXIT EIS IESUS SI CAECI ESSETIS NON HABERETIS PECCATUM NUNC VERO DICITIS QUIA VIDEMUS PECCATUM VESTRUM MANET
イエスは彼らに言われた、「もしあなたがたが盲人であったなら、罪はなかったであろう。しかし、今あなたがたが『見える』と言い張るところに、あなたがたの罪がある。」

管理者

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JAL123便墜落事故-真相を追う-そしてミサイルは発射された(10)

ご心配をおかけします。今日も何とか生きています。昨日、1週間ぶりに千葉県市川市内の喫茶店で国際軍事評論家のB氏と打ち合わせを行いました。いつもどおり、公安、警察の関係者数名に周りを張り込まれた、緊張の中での接見でしたが、何とこの中で電子銃を向けられるというとんでもない事態に遭遇しました。

鈍感な私は相変わらずなのですが、打ち合わせ後半にはB氏がすっかり神経を参らせてしまい、場所の移動を余儀なくされました。場所が場所なので人にカメラを向けられませんでしたが、電磁波測定機のメーターを動画に撮りましたのでそれをご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=0b-B2mPDGB8

それにしても、無関係な店のお客さんや店員さんはもちろん、同じく内偵に来ていた当局の調査員まで、この店に来ていた全員がこの強い電磁波を浴びせられ続けていたわけです。荷物を隠して怪しいそぶりを示していたのは店の奥に座っていた、既に退官していると見られる初老の元自衛隊員風の男性。場所を選ばず、敵味方の識別などもおかまいなし。こんな狂った連中なら、日航機を落とそうが、生存者を抹殺しようが、サリンやVXガスを撒き散らかそうが、菊の御紋を踏み荒らそうが、とにかく何でも平気でやってのけるわけです。それはともかく、当局関係者を含め、店にいた他の皆さんの健康状態が気になります。


■写真に刻まれたRC-135のエンジン

今回は少しだけ本題に触れたいと思います。「そしてミサイルは発射された(9)」で、第3エンジンの写真がB747(ジャンボジェット)のものかRC-135のものか考察を行い、結論としてB747のものと判定しました。ところが、先週、上野村の「慰霊の園」の展示室を訪れたとき、それに関連するとんでもない写真を見つけてしまいました。まずは、その写真をご覧ください。


写真1:エンジン回収作業中の写真(「慰霊の園」に展示してあったもの)

ここでもう一度、両機種のエンジン径に関する情報を掲載しましょう。

    B747: P&W JT9D系 約2.3m (モデルにより数センチ程度異なる)
  RC-135: P&W TF33系 約1.0m (軍機なのでカタログ通りとは限らない)

上の写真はどちらのエンジンに見えるでしょうか?もしこのエンジンがB747のものだとしたら、ここにいる作業員は全員プロレスラー張りの大男たちということになります。まどろっこしい表現は止めましょう。径から見れば、このエンジンはTF33系エンジン、B707もしくはその軍用版であるRC-135のエンジンなのです。


写真2:米空軍のRC-135

オバマ大統領訪日に寄せて」で、その機体破片から米軍RC-135の墜落可能性を指摘しましたが、回収されたエンジンからもそれが裏付けられたわけです。これが言い過ぎだとしても、少なくともB747以外の航空機が、事故当日に墜落していたことを証明する貴重な一枚であると言えます。

このブログで出したからには掲示を取り下げられてしまうかもしれませんが、ぜひ、読者の皆さんもこの写真を見に、群馬県上野村にある「慰霊の園」に訪れてみてください。この写真がなくなっていたら、上の写真のプリントを見せて「ここに掲示してあったはずだ」と管理人に問い合わせてみてください。また、慰霊の園の右奥の林の中には、目立たぬようにECCM(対電子妨害攻撃)アンテナ塔が立っています。こんな所に立てておいて、携帯電話用アンテナとは言わせません。こちらもぜひ見学していってください。よろしければ、現地の民宿に宿泊して事故当時の話などを尋ねてみれば、きっと今でも新しい知見を得られることでしょう。


写真3:慰霊の園の傍に立てられたECCMアンテナ塔


* * *


OMNIS QUI ODIT FRATREM SUUM HOMICIDA EST ET SCITIS QUONIAM OMNIS HOMICIDA NON HABET VITAM AETERNAM IN SE MANENTEM
あなたがたが知っているとおり、すべて兄弟を憎むものは人殺しであり、人殺しはすべて、そのうちに永遠のいのちをとどめてはいない

管理者
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JAL123便墜落事故-真相を追う-蘇る亡霊(6)

------------------------------- ご注意 ------------------------------------
昨年12月よりコメントの返事を「管理者」なる名で書いたことは一度もありません。賢明な方ならお気づきでしょうが、熊谷の工作員もだいぶ入り込んでます。彼らのレベルが世界に通じるものか、そちらの観察もよろしくお願いします。回答が必要な場合は記事中にて記載したいと思います。
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最近、本題の日航機事故調査の報告ができなくて心苦しく思っています。前回の記事にも記したとおり、国営テロ集団の圧力が日増しにひどくなっており、安全確保に時間が取られてしまうような状況です。家を出てから買い物に行くまで、全て監視付きの状態で、片時も気が抜けません。この国の民主主義とか言論の自由とかは、全くの幻想であったことが、今はっきりとわかりました。

権力も武器も持たない我々に反撃の術はありません。ささやかな抵抗として、テロ集団がどんな連中かをこのブログを通して訴えるのが精一杯の手段です。本当にもう、明日はないとの気持ちでこのブログを書いています。もしこのブログの更新が止まっても、彼らの非道な行いに立ち向かう方、123便の犠牲者の御霊に尽くす方がきっと現れんことを、せめてもの慰めとしたいと思います。

■国営テロリスト達の素顔

今回も、我々が記録した映像とその解説を掲載します。


(1)銃を持ち、待機姿勢をとる謎の人物


写真1:膝に横置きしている物に注意

時期が前後しますが、今年の1月頃、雄巣鷹の尾根周辺を歩いていたS氏が目撃した人物です。国際軍事評論家のB氏によると、膝に置かれているのは、世界の特殊部隊で採用されている'FNN daks'という特別な拳銃の銃身だとのこと。ただし自衛隊への導入実績はないはずだとおっしゃっています。S氏はこの人物にかなり接近していますが、その拳銃は膝に置いたままで、特に警戒態勢も取っていません。よく目立つオレンジ色のキャップも不可解です。この時、S氏に対しての敵意はないと判断されるのですが、猟銃ならともかく、特殊拳銃を持った人物が雪積もる御巣鷹に鎮座しているというのはどういうことか、理解に苦しみます。


(2)ニセ交通警官


写真2:一見、普通の交通警官だが・・

S氏がスピード違反で車を止められた時、警官の挙動がおかしいので警戒してビデオと写真でその様子を撮影したものです。B氏によると、この人物は交通警官ではないとのこと。一般に交通隊は事故で意識を失った場合に拳銃を抜き取られないよう、違反取締り時には銃を携行しません。また、この写真の警官は左手に手袋をはめているのに、右手は素手で拳銃のそばに置いている。隙あらば銃撃する体制が整っています。S氏が無防備に応対したら、頭を一発やられていたでしょう。


(3)S氏の自宅周辺をうろつく工作員

ゼンリン動態図の調査員を語って、S氏の自宅を覗き込む工作員。その挙動を見れば多くを語る必要はないでしょう。彼らは、ヤマト運輸、佐川急便、etc. 何にでも化けてやってきます。これらの企業が彼らの協力者(お友だち企業)でないことを祈るのみです。

http://www.youtube.com/watch?v=XexKmdyJoyg

http://www.youtube.com/watch?v=6LGacfr9I68


(4)尾行する車と運転者


写真3:尾行車両(麻賀多神社の駐車場にて)


写真4:尾行車両の運転者


写真5:麻賀多神社、菊の神紋の鳥居

我々は、現地調査の後には、なるべく千葉県成田市にある麻賀多神社へ寄って慰霊報告の参拝をすることを常としています。神社の駐車場に止めた私たちの車の後に、ライトを消してピタリと付けている軽自動車。明からさまな嫌がらせを受けたので、運転者をフラッシュを焚いて撮影しました。この運転者、目を見ればわかるように、完全に薬物で逝った目をしています。また、手元のタバコの吸い口をギュッと握り締め、極度のストレス状態に陥っていることが見て取れます。車のナンバーも「1248」という等比数列型の番号です。これは、旧日本陸軍の典型的な採番方式で、富士や熊谷の連中のものであることがすぐにわかります。明らかに偽造プレートであり「習志野」の地方名も、習志野駐屯地(正規側)を犯人に仕立てる意図が見受けられます。そもそも、このラリった婦人自衛官のおばちゃん、フラッシュを焚かれたことに文句の一つ、怪訝な顔一つ見せませんでした。

S氏は言います、「神社という神聖な領域を薬物依存者のような人間が汚すのは許しがたい」と。そのとおり、この連中は、菊の御紋を掲げるこの伝統ある神社を平気な顔で陵辱しているのです。どうしてこんな人たちが、愛国者などと言えるのでしょうか。思想も崇敬の念もない、つまり「テロリスト」と呼ばれる資格すらない。ただの「人殺し集団」、いいや、国賊と呼ぶのが最も相応しいと私は思います。


* * *


私はクリスチャンですが、信仰とは己の心の中の神性に従うことだと思っているので、狭義の教派・教条、形式主義には囚われないよう常に注意しています。祖先が古くから神宿る場所と定めた地は、まさに祖先の神性を投影した聖なる土地です。どんな民族、宗派であれ、心の聖地は守られなければなりません。そして、理不尽な死を遂げた我が同胞達(日航機事故犠牲者)の魂を彼らの聖地に取り戻すことこそが、私たちが危険を冒して調査を続ける一番の理由であり、原動力なのです。

私は、政府・警察・自衛隊の中にも国営テロ集団に属さず、良識に従う人々も多いことを知っています。ですから、これまでなるべく両者を一緒にしないよう、表現に気をつけてきたつもりです。しかし、テロ集団と化したニセ自衛隊やニセ警察(公安)をこのようにのさばらせ続けていては、やがてはその不作為を国民から問われることになるのは必定です。それは同時にあなたたちが国賊に成り下がることを意味します。大義を以って身中の虫を排するか、国賊に成り下がるか、決断するのはまさにあなたたち一人一人の心の神性にかかっているのです。

SANCTIFICA EOS IN VERITATE SERMO TUUS VERITAS EST
真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言(みことば)は真理であります

管理者
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JAL123便墜落事故-真相を追う-蘇る亡霊(5)

123便の調査活動を続けて1年余り、事態は全くもって憂うべく様相を見せています。S氏の自宅ならび私の自宅周辺を不審車両、不審者が頻繁に行き交うようになりました。時には自宅敷地内にも侵入してきます。危険レベルとしては、極めて高い状況に追い込まれています。それもまたそのはずでしょう。私たちは、ここに至って、とんでもないものを発見してしまったのですから。

2010年1月26日、ちらほら雪が残る厳寒の事故現場、その中でも4人の生存者が見つかったスゲノ沢の上流付近で、S氏は次のような瓶(写真1)を拾ってしまったのです。これまで、多くの機体破片、ミサイル破片を探し出してきたS氏も、このガラス瓶を見つけた時には直感的に危険を感じ、直接手に触れないようビニール袋に何重もくるんで私の所まで持ってきました。


写真1:スゲノ沢上流付近で拾ったガラス瓶

精密分析にはまだ出していませんが、(1)瓶および栓の形状とサイズ、(2)プルアップ式に開栓されている状況から多くのことがわかりました。

知人の医薬関係者にこの写真を見せ、(1)の観点で判断を求めたところ、次のようなコメントを得ました。

「このような薬瓶は見たことがない。瓶にある程度の厚みがあり、栓の密封性が高いことを考え合わせれば、液体爆発物か毒物のどちらかを保存する容器だと思う。」

また、国際軍事評論家のB氏には実物を見ていただき、判断を仰いだところ、

「携行に便利なサイズと強度で、栓の密封度は強固。しかも、プルアップ式開栓を採用することで、必要時には即座に使用できるようになっている。軍用の様式を満たしており、断定はできないが、液化した毒ガスが入っていた可能性が高い。」

との回答を得ました。

このガラス瓶、日航機事故に関係するものなら24年以上も風雨にさらされており、残留物があったとしても極々微量のはずです。ところが、これを届けてくれたS氏は2日間ひどい頭痛を患い、B氏に至っては鑑定途中で身体に異変を覚え、即座に袋に戻すよう私に指示し、その後帰宅してから1両日寝込んでしまいました。ケロッとしているのは、身体的に鈍感な私だけという始末。極微量で人体にこれだけのダメージを与えるものとは何か?B氏によると「サリンでないことははっきり言える、推測による発言を許してもらえば、これはおそらくVXガスの容器でしょう。根拠は何かと問われれば私の身体反応です。」

(2)のプルアップ型開栓からも多くのことがわかります。開栓してある状態であることから、積荷であることは考えづらいし、少なくとも特殊な薬剤であろうこの瓶を、揺れる機内でわざわざ開けることも有り得ない。考えられるのは、後から誰かがここに来て、この瓶の蓋を開けたということです。この瓶の蓋を開けて何をしようとしたのか?おそらくそれこそが、「闇夜に蠢くもの(4)」のM氏の証言[10]にある「(1時間後には)谷の呻き声がピタリと止んでいました」の答えなのだと想像されます。暗視装置を装着し、アーミーナイフを手にした彼らは、生存者殺害の目的で何か毒を携行していたとは考えられないでしょうか?だとすれば、それがVXガスだったという推測も、それほど的外れでないと思えるのです。

VXガス・・・史上最強の毒ガスと言われ、オウム真理教が、坂本弁護士を殺害するのに使われたと言われる、神経性毒ガスです。しかし、坂本弁護士事件については、「週間金曜日」などによると、真犯人はオウム真理教ではなく公安であり、公安のこれまでの犯罪行為を告発しようとした坂本弁護士を彼らが殺したという説もあります。

私たちの活動を妨害し、あわよくば殺害の機会を伺う集団、それは熊谷基地を初めとする自衛隊の非正規部隊、そして公安。B氏によれば公安にも2種類あり、通常のそれの他、謀略・殺人を専門とする「謀略隊」、通称「ゼロ部隊」があると言います。航機事故の真実追求活動を通して、明らかに彼らが一体となり、国営テロ集団を形成していることが、朧げながらわかってきました。当初、この問題究明に取り掛かった時には全く予想もしていなかった展開です。

「VXガス」、「公安」というキーワードから、やはり日航機事故が前世紀の怪事件である松本・地下鉄サリン事件と繋がってきました。もはや日航機事故の真相とは、本件単独の問題で完結するものでなく、戦前戦後から連なる日本社会の黒い霧の中に潜む鵺(ぬえ)のような組織の存在を抜きにして語れないものであると確信しています。

以上、推測を含みますが、写真1のガラス瓶にスペクトル分析をかければ全てが判明するでしょう。薬瓶の中身から、その製造者、そして、坂本弁護士事件で使用された薬剤との共通点まで。ただ唯一の問題はこれを告発するまでS氏や私が生きていられるかどうか、それだけなのです。しかし、できることならば、分析云々の前にやっぱり関係者から真実の告白を聞きたいです。陸上自衛隊大宮駐屯地、化学学校の井上先生、あなたはこの写真の瓶がいったい何であるかをご存知のはずです。日航機事故、そしてサリン事件と、あなたたちがどう関わったかを国民に向けて全て話してください。それができなければ、科学的データを以ってあなたたちを売国奴以下の、ただの人殺し集団と認定するしかありません。

なお、国営テロ部隊の妨害活動については、取材中に撮影したビデオ動画をアップロードして、この問題に関心を寄せる全ての読者様にお知らせしたいと思います。この平和ボケと言われる日本には、政府でないニセ政府が存在し、自衛隊でないニセ自衛隊や、警察でないニセ警察を使って国民を弾圧し続けている現実があることをぜひ知っておいてください。その前提知識を抜きにしたまま、日航機事故の真実を理解することは永久に不可能です。

---- 以下 公開映像 ----

(1)電子銃搭載車に襲われた時の様子(付電磁波計による計測)

表向きは人体攻撃用の電磁兵器は存在していないことになっていますが、自身の経験から、実際には、警察・公安・自衛隊内に国民弾圧用の非殺傷兵器として広く導入されていると考えられます。いったい、これまで、どれほど多くの国民が事故という形で電磁兵器に殺されていたのでしょうか。日航機事故だけでなく、こちらの問題についても深く追求していかなければなりません。ちなみに、123便の墜落後、雄巣鷹山周辺に展開した米軍機や人員、ソ連機、自衛隊機、それらを最終的に(一瞬で)殲滅したのは、臼田宇宙空間観測所のパラボラアンテナから発射された電磁パルスビームであると私は見ています。その根拠については、後日、現地取材したデータを元に解説したいと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=V6dGLuWlzTM


(2)道路上で国営テロ集団に襲撃された時の様子

中央道から圏央道に入ったところ。それまで後ろを付けていた部隊車が中央道からガラガラの圏央道に流れ込む様子。高輝度ライトを点灯させ自損事故を誘う危険走行を繰り返す。追跡してくる車の数から、そこに投入される予算の規模を計算してみてください。一民間企業・団体でこのレベルの動員を毎日繰り返すことが不可能なのは一目瞭然です。明らかに国家単位の資金が投入されています。

http://www.youtube.com/watch?v=sBRAHu4o8CI

http://www.youtube.com/watch?v=o_2JdvtMCqA


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ET HOC MANDATUM HABEMUS AB EO UT QUI DILIGIT DEUM DILIGAT ET FRATREM SUUM
神を愛する者は、兄弟をも愛すべきである。この戒めを、わたしたちは神から授かっている。

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