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富士山は本当なのか?

以下の写真はネット記事を見て拾ってきた写真です。これをみて「アレッ?」と思ったので貼り付けます。


画像1:大黒埠頭から見た横浜ベイブリッジ

実は先日、埼玉県の川越方面に調査へ向かったのですが、その時も同じように「アレッ?」と思ったので、思わず反応してしまったようです。調べてみると実はこういうことなのです。


画像2:背景が異様に大きい


画像3:距離から投影面の見え方を計算

この写真の撮影条件やカメラの設定が分からないので即断できないのですが、異様に富士山が大きい、しかも、かなり手前の横浜ランドマークタワーも計算より大きく写っているのです。

圧縮効果などレンズそのものの特性もありますし、最近のカメラは被写体を演算補正していることなどもあり、この計算が必ずしも正しいとは言えません。そして、何より自由自在に写真加工が可能になった現在、他人の撮影した写真1枚を以てして判断することは非常に危険です。そしてこれはテレビなど各種メディア報道の騙しの手口にも通じることです。

しかし、123便事件の調査で静岡県の沼津市など駿河湾周辺に行き慣れ、富士山を見慣れている私にとって、富士山より明らかに遠く離れているはずの、川越や横浜で異様に大きな富士山の山体が見えると、何とも不可解な感覚に陥るのです。

それを裏付けるかどうか判断はお任せしますが、次のようなほぼ同地点からの写真もあります。


画像4:富士山のサイズはこんなに変わるのか?

そしてこの話は、前回の記事で掲載した次の画像にも関連してきます。


画像5:オーストラリアは東南アジアの一部になった?

若い頃、私はニュージーランドや周辺諸島への移住を真剣に考えたことがあるので、同地域の地理についてははっきりと記憶があります。その時調べに使った地図は明らかに左のものなのです。

私はこれまで、本ブログを通して「人類が宇宙に出たことは一度もないのでは?」との疑いを科学的根拠を基に提示し、現在の世界的な宇宙開発関連ニュースを「宇宙開発詐欺」と呼んできました。

 参考:
  ・宇宙開発の未来-ロシアと米国の決断 2018-10-14
  ・宇宙開発の未来-宇宙飛行士は生還できない 2018-10-19
  ・祝!はやぶさ2小惑星着陸 2019-02-22
  ・はやぶさ2、初号機とは違うのだよ! 2019-02-26

もしも、宇宙空間が虚偽の概念であるなら、地上から私たちが見る星々はもちろん、遠くに見える山が本当の地上の姿とどうして言い切ることができるのでしょうか?今は根拠を明確に示せませんが、私は「宇宙開発詐欺」があるなら「空間詐欺」もあるのではないかと考えています。要するに、皆さんが学んできた地上世界の地形概念も全て幻影であるということです。

そういえば、富士山には昔からおかしな伝承もありますし、現在に残る地名も不可解です。そしてここはフォッサマグナの上であると同時に米軍が管理する横田空域の範囲でもあります。何より、周囲の山々とは規模が全く異なる形状のほぼ均等な独立峰が、ポツネンとそこに生じた地学的成立過程(*)が不明です。

 参考:
  ・アルプスに残る海地名の謎 
  ・富士山は突然現れた? 
  ・改めて問う、横田空域とは何なのか? 

*火山とは何なのか?

富士山は休火山と呼ばれていますが、私は「火山」という地球物理学の概念についても極めて懐疑的です。何故なら、噴火活動の根拠である高熱のマグマやマントルが地球内部に存在するというなら、熱力学第二法則に従って、とっくに地表の気温は平均化していなければおかしいからです。ですから、マグマ・マントル説も地球史40億年という学説も極めて胡散臭いのです。

 参考:温暖化しないといけない地球


空間そのものが人が手をかけた幻影であるならば、時に手違いなどで昨日とは違う大きさ、違う位置関係で富士山が見えてしまうこともあるのではないでしょうか?

私がその考えに執着するのは、そこにこそ123便の飛行ルートを解明するヒント、そして、前から予告している「2機の123便」の謎を解明するヒントがあるからと考えるからなのです。

そしてまた、空間幻影のメンテナンスがいよいよ難しくなってきた、それこそが飛行機を初め、私たちに移動することを禁ずる現在の世界的なコロナ狂騒曲の真の理由ではないかとも考えるのです。

多くの読者様には荒唐無稽に聞こえるかと思います。実は私も自説を疑いつつ書いています。しかし、今のところこれで辻褄が合ってしまうから恐ろしいのです。


 * * *


昨年12月、朝の8時台、北西方向に進む特急電車の左側の窓席に座りました。朝の陽射しが眩しく、ブラインドを降ろしたのですが、その時ハッと気づきました。

 「えっ?西から陽が射してるってどういうこと??」

西と言ってもかなり南寄りなのですが、車両内を見渡すと、左側、すなわち南西側の窓席の多くでブラインドを降ろしており、反対側(右側席)にはその様子は見られません。

その後、到着駅で太陽の位置を確認したのですが、その時には特に異常は感じられませんでした。

その話を知人にしたところ

 「いや、おかしなことは私も観察しています。昨日、南中した太陽が前方のビルの上方に見えたのに、今日の南中はビルに隠れて見えるのですよ。」


画像6:1日違いで南中高度が激変した?

この他にも、ビルの谷間にある家だが、去年の冬と陽の射す場所が違い洗濯物が乾かせない、いつもの冬と日の照る時刻が2時間くらい違うなど様々な声を聞きました。読者の皆様のところでは如何でしょうか?

お天道様だけは間違いないと思っていた私たちの世界観が、どうやらかなり怪しくなってきたようです。これを宇宙の大変動と取るか、それとも今まで教え込まれてきた宇宙概念・地球概念そのものが誤りであったのか、こうして今日も昨日と同じように生きていることが何よりも多くを物語っていると思うのですが、如何でしょうか?



VENIT CONTRACTIO SUPER TE QUI HABITAS IN TERRA VENIT TEMPUS PROPE EST DIES OCCISIONIS ET NON GLORIAE MONTIUM
この地に住む者よ、お前の順番が来た。
時は来た。その日は近い。
それは大混乱の日で、山々には喜びの声が絶える。
(エゼキエル書 第7章7節)


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管理人 日月土
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飛行機はもう飛ばないだろう

先週14日、政府により唐突にGoToトラベルが停止されました。せっかく活気が戻ってきたところなのにがっかりという旅行業関係者は多い事でしょう。

しかし、それも国内旅行の話であって、海外旅行に関してはこの4月からほとんど動きが止まったままであり、もはやメディアも世間も気に掛けることすら止めてしまった感があります。

以下は先月11月下旬、成田空港を利用した際に、昼食場所を探しに国際線がメインの第2ターミナルを訪れた時の写真です。写真を見ればお分かりになりますが、結局ここで食事をすることは叶いませんでした。


写真1:ガラガラのチェックインカウンター


写真2:ほとんど欠航で1日の便もわずか


写真3:シャッター街と化したレストランエリア

読者の皆様はおそらく、コロナが収束すればいつかあの時の活気が空港に戻ってくると考えておられることでしょう。だからその時までじっと耐えるしかないと。

ここで私の予想を述べさせてください。残念ながら、特別な状況が訪れない限り、

 往時の活気が戻ることは二度とないでしょう。

おそらくほとんどの方が「コロナ感染を防止するためにやむなく飛行機での移動を制限している」とお考えかと思います。また、コロナが本当は脅威でないと思ってる方も、「意味のない移動制限によりエアラインがとばっちりを食った」と理解しているのではないでしょうか?

私はどちらかというと後者の立場に近いのですが、こと飛行機の運航停止については別の考え方をしています。それは

 飛行機が飛ばせなくなったのでコロナという理由を持ち出した

というものです。もちろん、飛行機が理由の全てであるという意味ではありません。あくまでも重要なファクターの一つであろうということです。

これはどういうことか?記事「翼で飛べないジャンボジェット」で触れたように、現代の航空機は翼による空力のみで浮上している訳ではなく、どうやら未知の原理、別の言い方をすれば未知のエネルギー系を用いているようなのです。ここでは未知と表現していますが、一般に技術が公表されていないだけで、おそらく製造関係者の間では昔から知られていることなのしょう。

車を走らせるのにガソリンが必要な様に、乗り物が移動するということは、何かしらのエネルギー源が必要になります。もしも現代航空機が石油系燃料以外のエネルギー源を必要としているのなら、その未知なるエネルギー源が供給不足になれば、ガソリンの供給不足に直面した車両と同じく、当然飛行機として運用することは難しくなります。

この仮説の中では、未知のエネルギー系は一般に公表されていない、すなわち世界的な機密事項であるということになります。機密であるが故に、それを理由に飛行機の運航を停止する訳にはいかない、ならば別の理由を‥‥そう考えた時、世界的なウィルスの流行は、航空機運用の計画的大幅削減にとって格好の理由となり得るのです。

ところで、未知のエネルギー源がいつか枯渇することが分かっていたなら、当然その対策が予め取られていたと思うのですが、実際にパンデミックを理由に飛行機の運用は大幅に削減されています。この状況を説明する理由は一つしかありません、それは

 未知のエネルギー源を代替するものは現状では存在しない

ということになります。

つまり、未知のエネルギー系とは異なる新しいエネルギー系の技術が導入されない限り、現在、空港で留め置きされている大量の航空機が、再び大空に飛翔する機会はないということになります。


■紛争の世が訪れる
以上はあくまでも仮説なのですが、これをベースに未来予測をすると、次のような事象が今後発生すると考えられます。

シナリオ1:
 未知のエネルギー源が不足すれば戦闘機やミサイルなどの武力も制限される。完全枯渇する前にストックされた残りの未知エネルギー源で軍事力を展開させ、軍事的覇権を確立しようとする動きが現れる。

シナリオ2:
 枯渇が進むと各セクター共に軍事力の大規模展開が難しくなり、決定的な抑止力を欠いたまま地域紛争が多発する世界になる。


飛翔型兵器が事実上無力化される社会が現れた時、人々に平和な世の中が訪れると期待したいところですが、よくよく考えると、この状況は兵装が一昔前のスタイルに戻っただけのことでしかありません。人の心が根本的に変わらない限り、争い多き世もおそらく変わらないだろうし、むしろ西欧史にある30年戦争、100年戦争のような泥仕合的紛争の続く世が再び出現する可能性の方が高いと考えられるのです。

また、聖書の黙示録の視点で今後の世界を考えた時、そこに記述されている3年半で人類の半数が失われるような事態もこの予想に合致してきます。獣の刻印(666)がコロナワクチンのことを指しているなら、また、7月から繰り返し出現している火球の出現を天から示されたラッパと置き換えるなら、現在の状況はまさに黙示録の世界であると言うことができます。

 参考:火球はやっぱり現れた

この12月には、ホロスコープでいうところの水瓶座の時代が訪れ、嘘のない素晴らしい世界が訪れると言われる方もおられますが、そのこと自体は特に否定しないものの、どんな変化にも産みの苦しみはある訳で、その辺を素通りした楽観論には同意しかねるものがあります。

なぜなら、聖書預言的解釈では、産みの苦しみを通過しない限りその素晴らしい世界に移ることは叶わず、また通過できる人は極めて少ないとあるからです。

仮説をこれ以上引っ張ることに意味はないのでここで止めておきますが、私が予想する「飛行機が飛べない世界」は同時に「紛争の世の始まり」であるとご理解いただければ幸いです。それはまた、地上に落ちた日本航空123便ジャンボジェットが、その直後から数々の災厄に見舞われたあの事件に例えることができるかもしれません。


画像:123便遭難現場で収拾した未知のパーツ(2010年)


 * * *


千葉県浦安市にある巨大遊興施設は、聞くところによると発電所1棟分の電力を必要とするそうです。しかし、その為に発電所を1つ建設したという話を聞いたことがありません。

また、神奈川県の某所にはタワーマンションが複数建ち並び、住民入居後に使用電力が飛躍的に増えたにも拘らず、そのために送電線を増やしたという話も発電量を増やしたという話も聞いたことがありません。

これらのエネルギー源は事情が分からなければ「未知」のエネルギーのままなのです。ところが、本ブログでは、大電力の送電不可能性という事実から、それらが地下に建設された地下原子力発電施設から供給されており、実に日本の電力の99%以上が地下原子力発電から供給されているだろうという現実的な予測を立てています。

 参考:大電力送電の大嘘

ここでは簡単に「原子力」と呼びましたが、実は原子力発生の基本的物理現象として知られている「核分裂」の理論が極めて疑わしい理論であることは、これまでその時の話題に応じて触れてきました。そもそも、「原子核」なるものが存在していること自体が完全に証明されている訳ではないのです。私たちはそこに起きてる物理反応を見て、これは核分裂だと「思い込んでいる」だけなのです。つまり、私たちは「未知のエネルギー」を使って現代生活を営んでいるのです。

これは、翼で飛べない飛行機を、翼で飛んでいると「思い込んでいる」、そのアナロジーと全く同質のものなのです。水瓶座の時代、あるいは黙示録が提示する患難の時代とは、まさに、嘘の科学理論で塗り固められた文明が根底から瓦解する、そんな混沌とした世界の始まりを示しているのではないでしょうか?


INTRATE PER ANGUSTAM PORTAM QUIA LATA PORTA ET SPATIOSA VIA QUAE DUCIT AD PERDITIONEM ET MULTI SUNT QUI INTRANT PER EAM
狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。
(マタイによる福音書 第7章13節)


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管理人 日月土
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You Missed It!

I guess it's so disappointing for you. Don't you think it's time to give up stealing control of nature? :-)




Oh my god! The seismic wave didn't relay to the next zone perfectly!!

最近、本当に大きな地震が少なくなりましたよね。連日続くというのも久しぶりです。起死回生の乾坤一擲の大勝負、見事にコケてしまったようですが。

そもそも、小さなエリア内に起きた地学的変動だけで、その何百倍、何千倍以上もの重量の大地が動くはずがないのです。気象庁や学者が語る地震の定義は根本的に何かが間違っているのです。

すなわち、真の地震メカニズムを知る者だけが大地を操れるのですが、その人たちに足りないのは、知る者は自分たちだけではないという自覚です。

 参考:宮城でまた地震-地震は人為的に起こされる


The Sun, The Moon and The Earth
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Osiris, REx of What ?

So far, I have insisted on the deceptions concerning space technologies and development in the view of practical science. This fact inevitably makes me read the following articles as a kind of message to the world, particularly to Japan.


1.Citation from Scientific American "Article as of Oct.16, 2020"
NASAのオサイリスーレックスが小惑星ベヌーから破片を持ち帰ろうとしている
宇宙空間内の岩石表面から物質を採取する初めての試みは、歴史上、月以外でのサンプル採取としては最も大きなものとなるでしょう。


2.Citation from Scientific American "Article as of Oct.21, 2020"
NASAのオサイリスーレックスが小惑星ベヌーへの接触に成功
この宇宙船は、小惑星からサンプルを採取し最終的に地球へ帰還することを目的としています。

*訳文では「Osiris」を米国式発音に従い「オサイリス」としています。一般には「オシリス」の方が通りが良いでしょう

In ancient times in Japan, we had a great king who had 3 siblings, like Osiris in the Egyptian myth had Isis, Set, and Neftis. As same as space scientific fantasy today, isn't it possible to say that the world myths were created at a time based on a single historic fact? Then what is it for?

科学技術的見地から現実に宇宙航行することは不可能であると、これまでも何度か記事にしてきました。今更それに触れる気もないのですが、ここに来て、米国NASAが昨年の「はやぶさ2」フィーバーで沸いた日本と同じように、小惑星から岩石のサンプルを採取するミッションを伝えて来てます。

当然、このストーリーの中では日本の「はやぶさ」、「はやぶさ2」が先駆者なのですが、なぜか上記見出しでは、オサイリス-レックスに対して「初めて」だとか「歴史上」などの言葉が使われており、まるで日本の事実はなかったかのような扱いです。

もちろん、記事本文では「はやぶさ1,2」について触れてはいるのですが、それはせいぜい数ミリグラム、多くて1グラムの採取がやっとなどと、そんな程度では話にならないとも読めるような記述になっています。それじゃ少し申し訳ないと思ったのか、21日の記事では、JAXAのメンバーと共同で運用してるなどと、しっかりとフォローもしてはいますが。

主人公がJAXAであろうとNASAであろうと、ファンタジーであることは変わりませんのでどうでもよいのですが、問題なのは、どうしてこのタイミングでこのような興行を打ってきたかです。

私はこれが日本に向けた重大なメッセージであると解釈しました。解釈のためのキーワードは次になります。

 1. オシリス > エジプト神話の神、冥界の王
 2. REx    > ラテン語の「王」、REが大文字
 3. ベヌー  > エジプト神話の不死鳥

また、オシリスとはやぶさの両プロジェクトに共通して現れる事象は次の2点です。

 a. 鳥の名前を使用していること
 b. 遠い場所から何かを持ち帰ること

オシリスは「王」ですから、神話的に持ち帰る必要があるものは「王位継承の印」と考えられ、これは日本神話的に表現すると「三種の神器」となるでしょう。

「鳥(はやぶさ)」が持ち帰った神器を、今度は「王」が「鳥」から奪い取る。何故か上記英文記事では、岩石サンプルを持ち帰る表現として「heist」や「steal」など「盗む」という表現が時々使われているのです。

ここで、2.の「RE」が大文字なのは、明らかに「やり直し」を意味します。つまり「はやぶさ」、すなわちそれに象徴される日本は何かをしくじった、と読むことができます。

日本は何をしくじったのでしょうか?


The Japanese character of "Hayabusa" can be read as "Trampling down on the cross and honoring the master wearing the Lorraine cross".

参考
 ・宇宙開発の未来-ロシアと米国の決断
 ・宇宙開発の未来-宇宙飛行士は生還できない
 ・祝!はやぶさ2小惑星着陸
 ・はやぶさ2、初号機とは違うのだよ!
 ・コロナ祭の間に宇宙航行を考えてみた(*)

*宇宙空間では反動を得られませんので、噴出力の反動で航行するという理解は誤りです。但し、燃料(質量)を高速噴出させれば運動量保存則により宇宙空間での移動は可能です。ところが、これでは往路の加速のためだけに大量の燃料(質量)を消費することになるので、現実的な運用は不可能であると結論できます。


Say to the king, and to the queen: Humble yourselves, sit down: for the crown of your glory is come down from your head.
DIC REGI ET DOMINATRICI HUMILIAMINI SEDETE QUONIAM DESCENDIT DE CAPITE VESTRO CORONA GLORIAE VESTRAE
王と太后に言え。「身を低くして座れ。輝かしい冠はあなたたちの頭から落ちた。」
(Jeremiah 13:18)



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「学」とは何か-日月神事から

私の事を日月神示を引用して、科学偏重の神の破壊者だと批判する方が居ます。私の書いた科学系記事を読んでどうしてそんな解釈になるのか、その時点で理解に苦しむのですが。



その方の引用ロジックが著しく間違っていると思われるのでここで指摘しておきます。

[月光の巻、第三十四帖]
 かみかかりはよしなされよ。
 そなたは学に囚われて御座るぞ。
 科学を越えて神の学に生きて下されよ。
 そなたは自分で自分の首をしめるようなことをして御座るぞ。
 自分で勝手に小さい自分の神をつくってゐるぞ。
 一度その神をすてなされ、

この引用を以って、私を「学に囚われた」偏狭な人物だと指摘されたいのでしょう。しかし一方、日月神示にはこういう一文もあります。

[日月の巻~第11帖]
 学も神力ぞ、神だぞ。学が人間の智恵と思っていると とんでもないことになるぞ。

引用文中の「科学を越えろ」とは、学を修めてきた人に向けられた言葉です。これまで学をさぼってきた人たちを肯定している訳ではありません。学無き審神者(さにわ=霊言の判定役)は神力なき審神者と心得るべきで、そんな審神者が何人集まっても正しい判定などできるはずがありません。

科学の限界は科学を学んだ当人が一番よく知っています。それは学んだからこそ到達した境地なのです。そこから目指した神と、これまで学びをさぼってきた人たちが目指す神が全く違うことを理解する必要があります。

日月神示は記述全体で一つの意味をなす、他者ではなく読む者に向けた気付きのヒント集だと私は捉えています。日月神示を語ろうと思うなら、通しで最低10回、できればそれ以上は読み込む必要があります。そうでないと、都合の良いところだけ拾い読みして何かを予言したり誰かを批判して終わりの有害文書となってしまいます。

私はクリスチャンですが、聖書以上に日月神示にも目を通しています。これまで20回に届かないくらいは通読したでしょうか。しかしそれでも、その意味の1/100も理解できたとは思っていません。ですから日月神示を語る資格は私にもないのかもしれません。

しかし、世の中にあまりにも安易な引用、霊言・予言の類が出回っているので、私なりに「読み方」の注意を喚起させて頂きました。

こういう話に関心がない方にはお詫び申し上げます。本の勉強、学校の勉強もそれなりに大事なのだと理解して頂ければ幸いです。


 * * *


 よきことは 人にゆづりて 人をほめ 人たてるこそ 人の人なる
 (春の巻 第35帖)


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管理人 日月土
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