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123便事件と芸能界の闇(11) - 甘い記憶の終焉

本シリーズも11回目となりました。これまで、1980年代のアイドル歌手、岡田有希子さんを中心に、当時の歌謡に込められた123便事件に関する「言葉の呪詛」について分析を進めてきました。

本ブログもスタートから10年以上が経過している訳ですが、今思えば、もっと早くメディアによる大衆洗脳の仕組みについて気付いていれば、123便事件の真相解明のステップはより短縮されたはずだと、少々悔やまれるのです。

なぜなら、「言葉の呪詛」には、事件の予定や指示など計画の全体像が含まれているだけでなく、首謀者側の根本的なカルト思想まで垣間見れ、誰がどのような目的で123便事件を起こしたのか、その推測まで容易にするからです。

今回はいよいよ、1980年代の超大物アイドル、松田聖子さん(以下「聖子ちゃん」と記す)を取り上げたいと思います。とは言っても、当時、聖子ちゃんに全く興味がなかった私にとって、この方の歌を当時の臨場感を持って分析するのはかなり難しいと感じています。

しかし、1曲だけ聖子ちゃんの歌でお気に入りがあったのを思い出しました。それは

 Sweet Memories

です。


画像1:「Sweet Memories」は「ガラスの林檎」のシングルB面だった
作詞:松本隆/作曲・編曲:大村雅朗 1983年8月1日リリース


■読者の抱いた違和感
私の場合、この歌の歌詞はほとんど気にしておらず、何よりもメロディが大好きでした。歌謡曲を演奏することはまずなかったのですが、当時はこの曲のピアノアレンジを柄にもなくあれこれ試行錯誤していたのが懐かしく思い出されます。

歌詞を改めて眺めると、「かつての恋人と再会し過去の甘い記憶が蘇る」という、歌謡曲にはありがちのテーマではありますが、とにかく歌詞と旋律のバランスが絶妙で、なおかつ聖子ちゃんのややハスキー掛かった声がピッタリなので、これが昭和の名曲に挙げても遜色のない楽曲であることは間違いないでしょう。

123便事件との関連性を追って1980年代の歌謡曲を調べてきた私ですが、こと"Sweet Memories"に関してはもう調べるところはないだろうと思っていました。

ところが、これまでの芸能界の分析記事を読まれた読者様から、知人を通しこの曲が何故だか気になるとの連絡を受け、合わせてその分析まで提示して頂きました。以下はその分析に更に私の分析を加えて導いた結論です。やはり、ここには大事なメッセージが隠されていたのです。


■飛べないペンギンの暗喩
その読者様からの指摘は、曲そのものではなく、"Sweet Memories"をイメージソングに採用した次のCMにあるというものでした。まずはそのCM動画をご覧ください。


動画1:サントリービールのCM「泣かせる味じゃん」

このCMへの読者様の分析を以下にご紹介します。

まず「スイートメモリー」といったら、80~90年代を青春時代にしていた人には「ペンギンズメモリー」の印象が非常に強いモノと思います。

サントリーのCMで可愛らしいペンギンが出てきて松田聖子の美声とともにホロリと涙するペンギンがCMの大まかな内容です。結びに所ジョージさんの「泣かせる味じゃん」というキャッチも聞けばすぐに当時を思い起こされる方が多いかと思います。

個人差があるかもしれませんがそれほど強烈にいつまでも鮮明に記憶に残るプロモーションであることは事実です。

ちなみにペンギンの名前は「パピプペンギンズ(1985/6/22)」といい後にスピンアウトさせたアニメ作品まで作られています。

以下、この作品の印象を特徴づけた要素を稚拙ながら呪詛(もしくは暗号)として列記してみました。

 「泣 か せ る 味 じ ゃ ん」

N A K A S E L U A J I J A N
        ↓
 J A L---JU NI SAN---EAAK
【JAL】 ---【123便】---【アーク(荒船山)※?】

 → JAL泣かせ(の)暗示

 ぺンギンズ 飛べない鳥

いや、参りました。非常に的確な指摘だと思います。私はこれを単純な平仮名のアナグラムとして次の様に分析しました。


画像2:「泣かせる味じゃん」のアナグラム考

日本航空(JAL)が出てきたのだから、もっと単純に同じ航空会社の全日空(ANA)も入っているのだろうという発想です。なぜ、そう考えられるのかと言えば、123便撃墜計画は政府と日本航空1社だけに根回しすればできるというものではないからです。

計画実行時には、当然他の航空機からの無線傍受、あるいは無線交信がある訳ですから、計画をスムーズに実行するためには、日航以外の航空会社にも計画を含め聞かせておかなければいけません。

この考え方を基本とすると、①は「全ての航空会社が戦時下に置かれる」、②は「どこの航空会社かを問わない」と解釈でき、日航、全日空の両航空会社に対して計画への服従を求める「脅迫」と読めるのです。なぜ「脅迫」と読めるのか、それこそが「ペンギン」の持つ意味であり、飛べない鳥であるペンギンを出すことで

 お前の会社の飛行機を飛ばせなくしてやる

の意を伝えているのです。

ここまで書くと、航空業界にちょっと詳しい人はこう疑問に思うでしょう、「当時、国内線専門航空会社であった東亜国内航空(JAS)を忘れていないか?」と。

大丈夫です。アナグラムに入ってない分は別のメッセージでしっかりと補足されていますから。それこそが「パピプペンギンズ」の意味なのです。


画像3:「パピプペンギンズ」の深意

これだけでは、まだ誤解されると思ったのでしょうか、念には念を入れて次のような細工もしています。当時、キリン・サッポロ・アサヒと比較してビールメーカーとしては明らかにマイナーだったサントリーをCMのスポンサーとした点です


画像4:スポンサーが「サントリー」である必然性

つまり、このCM自体が国内航空3社宛てのメッセージであることをスポンサー名で宣言しているのです。

ここから分かることは、少なくてもこの曲とCMが流れる1983年の中頃までは、日本航空も含め各航空会社は同計画に対して態度を逡巡していたことが分かります。誰も彼もが好き好んでこの計画に従った訳ではない事情を知り、少しは救われる思いもしますが、できれば最後まで抵抗して欲しかった、そう思わざるを得ません。

1985年の123便撃墜計画を境に世界は大きく変わるはずだった。"Sweet Memories(甘い記憶)"とは、この計画が実行されることで失われる、それまでの全ての良き思い出のことだったのかもしれません。

SWEET MEMORIES

歌:松田聖子
作詞:松本隆
作曲:大村雅朗

なつかしい痛みだわ
ずっと前に忘れていた
でもあなたを見たとき
時間だけ後戻りしたの
幸福?と聞かないで
嘘つくのは上手じゃない
友だちならいるけど
あんなには燃えあがれなくて

※失った夢だけが
美しく見えるのは何故かしら
過ぎ去った優しさも今は
甘い記憶 Sweet memories ※

Don't kiss me baby we can never be
So don't add more pain
Please don't hurt me again
I have spent so many nights
Thinking of you longing for your touch
I have once loved you so much
あの頃は若過ぎて
悪戯に傷つけあった二人
色褪せた哀しみも今は
遠い記憶 sweet memories

(※くりかえし)

参考:黒霧123便関連記事ガイド


 * * *


123便事件が第1計画なら、私たちはいま第4計画(コロナ作戦)の最中に居ます。このようなテロを成立させるためには、まず一般大衆に恐怖心を植え付けなければなりません。そして、それはメディアを通して周到に行われるのです。

残念ながら、私を含めた今の40,50代以上の年齢層は、70,80年代のメディアを通して恐怖の種を心の中にたくさん植え付けられています。逆に言うと、第4計画の首謀者側としては、種をたくさん抱えているこの世代の言動を操ることこそが、今回の計画においても成功の鍵だと考えているのです。

その表れは、ここ数年間のテレビ番組で70,80年代の昭和歌謡がやたら盛んにリバイバルされていることに見られます。


動画2:Sweet Memories 2020 (マクドナルドのCM)

私が芸能界の闇シリーズを書くのは、123便事件の真相を追うためだけではありません。あの時自分に埋め込まれた災いの種を取り除くためでもあるのです。


TUNC INTELLEXERUNT QUIA NON DIXERIT CAVENDUM A FERMENTO PANUM SED A DOCTRINA PHARISAEORUM ET SADDUCAEORUM
その時、弟子たちは、イエスが注意を促されたのは、パン種のことではなく、ファリサイ派とサドカイ派の人々の教えのことだと悟った。
(新共同訳聖書 マタイの福音書 第16章12節)


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(仮称)日本国政府からのメッセージ

いつもながらの回りくどいメッセージ、ありがとうございます。コロナ作戦に失敗し、死体の山を積み上げてもまだ挑戦するというならどうぞご自由に。


政府広報:https://www.kantei.go.jp/jp/content/000061234.pdf
芸能界よろしくカルトに牛耳られた現政府は仮の政府と呼ぶしかありません

上メッセージは、本ブログを長年読み込んで頂いた読者様でもまだ意味不明ではないかと思います。当然、123便事件に絡んだものです。先方は今年中にケリを付ける気が満々のようです。

本件については、近日中に解説するので今しばらくお待ちください。メルマガで先行して情報を出します。これは、私の活動にご助力いただいた方々へのささやかな返礼です。

参考:


https://boosuka-asuka.hatenablog.com/entry/2017/06/14/173418


(C)円谷プロ 1966


QUIS ENIM DICET TIBI QUID FECISTI AUT QUIS STABIT CONTRA IUDICIUM TUUM AUT QUIS IN CONSPECTUM TUUM VENIET VINDEX INIQUORUM HOMINUM AUT QUIS TIBI INPUTABIT SI NATIONES PERIERINT QUAS TU FECISTI
「あなたは一体何をなさったのか」
などと誰が言うだろうか。
誰があなたの判決にあらがうだろうか。
ご自身が造られた諸国民が滅びたことについて
誰があなたを訴え出るだろうか。
不義の者たちの弁護を買って出て
あなたと争う者がいるだろうか。
(新共同訳聖書 知恵の書 第12章12節)


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123便事件と芸能界の闇(10) - ドリフのゴー・ウェスト(死の国へ)

タレントの志村けんさんがたいへんなようです。まずは報道から。


重症化…志村けん 人工心肺装着 新型コロナ感染公表 芸能界に“濃厚接触者”がいる懸念
[ 2020年3月26日 05:30 ]


 タレントの志村けん(70)が新型コロナウイルスに感染していることを25日、所属事務所が公表した。23日に検査で陽性と判明した。重症のため感染症の専門病院に転院し、人工心肺を装着して治療中。容体は安定しているという。日本の芸能界では初の感染公表者で、出演番組を放送するテレビ局など関係各所は対応に大わらわ。国民的スターのコメディアンの感染に激震が走った。

 発表によると、志村は17日に倦怠(けんたい)感があったため自宅で静養。19日に発熱、呼吸困難の症状が出た。20日に訪問診察をした医師の判断で、東京都港区内の病院に搬送された。この際に「重度の肺炎」と診断され、新型コロナウイルスの検査を実施した上で入院。23日に陽性と判明した。
(以下省略)

引用元:スポニチ https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2020/03/26/kiji/20200325s00041000526000c.html


ドリフターズは本当に懐かしいですね。子供の頃の話題と言えば一にも二にも当時の超人気テレビ番組「8時だよ全員集合」でしたから。ドリフのリーダであるいかりや長介さんがお亡くなりになった後も、加藤茶さんや志村けんさんがテレビに登場すると、あの頃がしみじみと思い出されます。

しかし、ドリフターズが人気のピークだったのが1970年代から1980年代。ちょうど123便事件の前でした。日本の芸能界/放送界が呪術思想にかぶれたカルトに牛耳られていることが判明した現在、懐かしいからと言ってドリフを無視する訳にはいきません。

ここでは、ドリフが声で出演した人形劇「飛べ!孫悟空」について分析を掛けてみます。まずはこの番組の基本情報をWikiから引用します。

 タイトル:「『ヤンマーファミリーアワー 飛べ!孫悟空」
 放映時期:1977年10月11日 - 1979年3月27日
 声の出演:ザ・ドリフターズ、他
 出演者 :ピンクレディー、トライアングル、あのねのね
 放送系列:TBS
 

画像1:「飛べ!孫悟空」のテレビシーンカット(引用元:ミドルエッジ)

はい、思い出しますね。少しピークを過ぎた頃のピンクレディーが歌でレギュラー出演し、ドリフの軽快なギャグと共に非常に楽しい作品であったことを覚えています。

ただ、作品タイトル中の「飛べ!」が今では非常に引っ掛かりもするのです。孫悟空は確かに筋斗雲に乗って移動しますから、そんなに違和感もないのですが。少なくとも放送当時は自然に受け止めていました。

ところが、改めて同番組の挿入歌「ゴー・ウェスト」の動画を観るとやはり少し違和感を覚えます。Youtubeに掲載されていた動画をまずご覧になってください。


動画1:「飛べ!孫悟空」から挿入歌「ゴー・ウェスト」

この動画の最後の方では、なんと三蔵法師一行全員が飛行機に乗って移動をしてます。そして、不安定な挙動のまま地上に向かうシーンで動画が終わっています。


画像2:一行を乗せた飛行機はフラフラと地上に向かう

そして、この挿入歌の歌詞ですが、九九の表現を用いるなど、登場人物の名を呼びながら、やたら数字を強調しているような不自然さがあるのです。

 ニンニキニキニキ ニンニキニキニキ ニンガ 三蔵(サン・ゾウ)
 ニンニキニキニキ ニンニキニキニキ ニンガ 悟空(ゴ・クウ)

それが如実に表れているのが、動画中の次のカットでしょう。


画像3:飛行機には数字の59がペイントされている

私も初めて観た時は数字「59」の意味が分からなかったのですが、そのうちそれが悟空(ゴ・クウ)=59を指していることに気づきました。つまり、この描写は登場人物名と音読みの数字がリンクしていることを示しているのです。いわゆる年表暗記などで使う語呂合わせのそれです。

そこで、登場人物と数字の関係を調べてみました

 三蔵法師 → サン   → 3  (声:いかりや長介)
 孫悟空  → ゴ・クウ → 59 (声:志村けん)
 猪八戒  → 八    → 8  (声:高木ブー)
 沙悟浄  → サゴ   → 35 (声:仲本工事)

ここで問題となるのは、オリジナル西遊記の設定にない謎の登場人物「カトウ」です。しかし、これはむしろあからさまで

 カトウ → トウ → 10 (声:加藤茶)

と読めます。馬については番組内では名前が設定されていないようなので省略します。さて、ここまで出た数字を足し算すると

 3+59+8+35+10 = 115

となります。「なんだ、特別意味は無さそうだな」と思った瞬間、この歌のもう一つのおかしな点にハッと気づいたのです

 そういえば、「ニンニキニキニキ」って何なのだろう?

この歌に繰り返し現れるこの珍妙なフレーズには「ニ」の字が4回現れます。「ニ」は数字の「2」に通じますから、つまり

 2+2+2+2=8

となり、これを登場人物名から得た数字「115」に加えると

 115+8 = 123

やっぱり「123」が出てきました。どうやら、この意味不明なフレーズは初めから数合わせのために考え出されたようです。ここで出現キーワードをもう一度整理してみると

 ・「飛べ!」と「飛行機」
 ・「123」
 ・ゴー・ウェスト(西へ向かえ)

となりますが、「西へ向かえ」とは、仏教でいう「西方浄土」すなわち死者の国へ行けという隠喩とも受け取れます。すなはちこれらのキーワードが示す意味とは

 123便は死の国へと向かう

となるのです。なるほど、この番組の全体的にへんてこりんな設定・歌詞にはこんな意味があったのだと納得するしかなく、その本来の奇異さを当時の大人気コメディアングループ、ドリフターズの絶大な人気とそのギャグセンスがきれいに包み隠していたのです。

もう結論ははっきりしています。

 「飛べ!孫悟空」は123便撃墜計画を予告し、その死を呪う

番組だったのです。悲しいのは、自分がこんな呪いの見世物を喜んで見ていたこと、そして、知らず知らずの内に自分が呪いの駒として使われてしまったことです。

志村さんがどうなのか分かりませんが、無自覚に呪いの道具にされる芸能人のような方々を、「呪いの盾」と呼ぶことがあります。返し矢はその盾を貫き、射放った射手に返ります。ですから仮に無実であっても、盾はある程度の痛みを受けることになります。

もしも現役芸能人の方がこれをお読みになっているのなら、出し物で自分が何をやらされているのか、演出に何か隠された意図があるのではないか、それを十分自覚され気を付けてもらいたいのです。


 * * *


当時テレビを見ていた方なら、あの時はやたら西遊記物が多かったのを覚えておられるでしょう。故夏目雅子さんが出演され、ゴダイゴが音楽を担当した「西遊記」(1978~1980)もその一つです。


画像4:ドラマ西遊記、夏目さん美しかったなぁ・・(© 日本テレビ)

そして、洋楽でも

 ヴィレッジ・ピープルの「Go West」(1979)
 ペットショップボーイズ「West End Girls」(1984) ※事件の前年

など、「西へ向かへ」が大流行でした。当時は全くその意味を理解していませんでしたが、こうして振り返ると、芸能の世界では、まさに世界規模で123便への呪いが進められていたのだと認識を新たにします。

最後に、あまり目立ちませんが、この流れにしっかり乗っていたのが、あの超人気ロボットアニメ「機動戦士ガンダム」(1979~1980)に登場した額にヒンディーを付けた少女「ララア」だったのです。西遊記とは天竺へ行く物語。天竺とはつまり、現在のインドのことです。この123便と「西」の呪いについては、改めて取り上げたいと思います。


画像5:ララア・スン(「機動戦士ガンダム」より)

参考:
 ・Look West End
 ・黒霧123便関連記事ガイド


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管理人 日月土
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Kyoto, Yokosuka and The Man of Fox Eyes

When we hear the word "Kinugasa", it might remind some of us, whose age is probably higher than 40, of the Japanese famous baseball player known as an ironman and a title holder of "Most Consecutive Games Played" like Lou Gehrig in MLB.

He hit his best in the middle of the 1980s, during the term, the Japan Airline Flight 123 (JAL123) crash incident which killed 520 crews and passengers occurred on the day of Aug 12, 1985.

On that day of the incident, the declaration of termination for Glico-Morinaga Affair which is one of the most mysterious and hard to understand affairs in Japan I have ever seen and carved an unforgettable portrait "The man of Fox Eyes" in our heart was abruptly issued by its criminal. In spite of lots of evidence and testimonies, the affair had ended unsolved.

From the word "Kinugasa", the other Japanese people also may imagine Mt Kinugasa, a small mountain located in the north-west area of Kyoto or "The Park of Mt Kinugasa" in Yokosuka famous for Naval town.

Glico-Morinaga Affair began in Kyoto, and JAL123 lost its control in the sky above Sagami bay, beyond Yokosuka. "Kinugasa" means "A silk parasol used by noble persons" and Kyoto is the town where noble persons have gathered and lived for a long time with its center, The Palace of Kyoto.


Mr. Ironman, Sachio Kinugasa born in Kyoto


The Palace of Kyoto and its shinto priest


Mt Kinugasa in Kyoto


The Park of Mt Kinugasa in Yokosuka
From here, he was probably seeing it came across the awful destiny


Kinugasa parasol (from Kojien dictionary)

過去記事『123便事件と芸能界の闇(3)-「グリコ森永事件」というエンタメ』でお知らせした通り、グリコ森永事件と123便事件が一つの関連する事件であることがほぼ明らかになってきました。キツネ目の男とはいったい誰であり、何のためにあの似顔絵が繰り返しメディアに流れたのか、それらも含めキーワードはやはり「京都」であり、123便が上空を通過したと考えられる水軍の町「横須賀」も新たにそれに加わることになりました。

参考:黒霧123便関連記事ガイド


The Sun, The Moon and The Earth
Written on the ground of Jesus Christ
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123便事件と芸能界の闇(9) - プリプリとプリンプリン物語

本シリーズの前回記事「DIAMOND PRINCESS」では、1980年台後半の大ヒットガールズバンド「プリンセス プリンセス」(通称プリプリ) のバンド名と、コロナ騒ぎで注目された豪華クルーズ船「DIAMOND PRINCESS」との関連、及びその大衆心理操作の構造について解析を試みました。

今回はその続きとなりますが、まず元ネタとしてNHKが放映した次の人形劇を思い出して頂きたいのです。




『プリンプリン物語』(プリンプリンものがたり)は、1979年4月2日から1982年3月19日までNHK総合テレビで放送された人形劇。主人公の少女プリンプリンが、まだ見ぬ故郷を探し求めて仲間たちと旅をする、ミュージカル仕立ての物語である。全656回。

引用元:Wikiペディア (画像はNHKエンタープライズ)


とは言っても、もはや40年近く前のテレビ番組なので、子供向け番組だったとはいえ、現在40代より若い方にはそもそも厳しいアイテムなのは重々承知の上です。よろしかったら、Youtubeなどで過去の放送などをご覧になり、雰囲気などを掴んで頂くと、ここで書かれた言葉の意味が理解し易くなるかと思います。


■プリンプリン物語とプリプリの狙いは同じ
これはもう、番組タイトルをご覧になっただけでハッと気付いた方は多いのではないかと思います。人形劇の主人公プリンプリンがまさに「どこかの国のプリンセス(姫)」という設定ですから、タイトルそのものが実質上「プリンセスプリンセス」と同じ、つまり二人、あるいは双子のプリンセスを暗示しているのはもはや間違いないと言えます。

ここで年代的な順序を整理します。

 1979~1982:プリンプリン物語の放送
 1985-8-12 :123便事件の発生
 1986~  :バンド名「プリンセスプリンセス」で再デビュー

ここで、プリプリは再デビューとありますが、正確にはこのバンド名は次の様に改変されています。

 1983: バンド名「赤坂小町(あかさかこまち)」でデビュー
 1985:バンド名を「JULIAN MAMA」に改名

つまり、1985年の123便事件を挟んで「プリプリ」の符丁自体は10年以上継続され続けていたのです。これが何かの作為で無くして、どうこれを説明すればよいのでしょうか?やはり「偶然」なのでしょうか?


■プリンの符丁とは何か?
さて、「プリンセス」という言葉ならそのままダイレクトに「お姫様」が連想できて分かり易いのですが、「プリン」という言葉からだとどうしてもお菓子のプリンを想像しがちです。特にその言葉を聞かされるのが番組視聴者の子供たちならなおさらです。

私の場合は主人公プリンプリンの声優兼アイドル歌手であった「石川ひとみ」さんが大好きだったので、当然それを目当てにこの番組を観ていました。これはまあ、要らない情報だと思いますが。


画像1:当時の石川ひとみさん。公衆電話がまた懐かしい

さて、「プリン」という言葉を聞かされて読者様は何を連想するでしょうか?この質問だけでは色んな答えが返ってきそうなので、少し質問内容を変えてみます。当時の子供の頃に戻った気分で考えてみてください。

 どこのプリンが一番好きですか?

すると、当時ならこんな答えが返ってきそうです

 グリコのプッチンプリンがいいな!

 ハウスのプリンが私は好きだな!

他にも菓子製造メーカーはあるとは思いますが、テレビCMによる圧倒的な宣伝力により、当時の子供たちがすぐに連想するプリンとは

 グリコ、またはハウスのプリン

すなわち、二つの著名な食品メーカが製造したプリンだったはずです。ここで次の事実を再度確認してください

 ・123便事件の前年1984年に京都でグリコ社長が誘拐される(グリコ森永事件)
 ・123便事件の当日1985年8月12日にグリコ森永事件の終結宣言
 ・123便に搭乗していたハウス食品社長が犠牲者の一人となる

なんと、ここでも123便が深く絡んでくるのです。これも本当に偶然だと言い切れるのでしょうか?

現代はとても便利な時代で、40年近く前のCM映像でもネットで確認ができたりします。当時のプッチンプリンのCMがありましたのでそれを以下に掲載します。


動画1:CM グリコ プッチンプリン 1982年

この中で、次のようなカットが目に留まりましたのでここに分析を含めて掲載します。


画像2:二人のプリマドンナ。中央の象徴は誰なのか?

このように、当時のCMの中でも「プリプリ」が遠回しに強調されているのです。このプリマドンナは誰を、そして中央の正装をしたカバのキャラクターは誰を象徴しているのか?これまでの「123便事件と芸能界の闇」シリーズをお読みになられた読者様なら、もう答えはお分かりになっているかと思います。

ちなみに、このCMに出ている若い女性は、2006年7月10日に自殺で亡くなられたとされている甲斐智枝美(かいちえみ)さんです。


■プリン大好きおJAL丸
プリンが大好きな子供のキャラクターと言えばご存知「おじゃる丸」。こちらのキャラクター分析については既出ですので、そちらを参考にしてください。その要点だけを列記すれば以下の様になります。

・主人公はプリンが大好きという設定
・尺を常に手放さない高貴な存在が主人公
・おじゃる丸は「おJAL九」+「、(点)」と書ける。九は坂本九さんと読め、点は刃の一突、すなわち殺意の象徴


画像3:おじゃる丸(©犬丸りん・NHK・NEP)

参考:
 神々の落涙(6)
 神々の落涙(7)


■123便事件は多くの日本企業・業界が関わっている
事件当時の様々な表現物を分析していくにつれ、123便事件が極めて壮大かつ周到な計画の下に仕組まれていることが明らかになってきました。その中で、今回のテーマ「プリンプリン」を中核にキーワードがどのように分散し、また関連しているかを分析したのが以下の図です。


画像4:プリンプリン分析図
    ”#プリン”がタグとなり、計画の深奥へ無意識に心が誘導される
    ドラマ・CM・歌謡・事件、全てが舞台装置として一体化していた

この図で注釈すべきは「赤坂小町」でしょう。ご存知のように、「小町(こまち)」とは古くから美人女性を表す決まり文句です。また、赤坂と言えば普通は東京の赤坂を指します。その赤坂にも色々ありますが、広く一般性を持たせるなら、ここでは赤坂御所と解釈するのが適当でしょう。つまり赤坂小町とは

 赤坂御所に居られる美しい女性

の意となります。このバンド名が存在した1983年から1985までの期間で、この言葉の定義に当てはまる方を想像してみてください。もうお分かりになりましたよね?それでも分からないなら「プリンセス〇〇子」と呼ばれた方を思い出してください。


追加画像:プリプリが赤坂小町時代のレコードジャケット

「赤坂小町」から唐突に「プリンセス プリンセス」へと大きくバンド名が変わったように見えますが、実は両者の間には意味的に共通する暗示があったのです。気をつけるべきは、「赤坂小町」の名前変更が123便事件の年、1985年に行われたことです。

1985年に付けられた名前は「JULIAN MAMA」。プリプリはこのバンド名で1枚も楽曲をリリースしていません。この奇妙な暫定名を呪詛解析すると

   JULIAN MAMA  → JAL AMA MINU (アナグラム)
 → JAL AMA MINU → JAL 天 見ぬ (語呂合わせ)

 → 「日航機(JAL)が天空を仰ぐことはないだろう」

の意を抽出することができます。そして、このメッセージを掲げるとともに、この年「赤坂小町」は消滅したのです。

1984年11月に当時の大ヒットメーカー、チェッカーズが「ジュリアに傷心」をリリースしています。プリプリ前身の「JULIAN」も当然その符丁を受けていると思われますが、それに関しては別途分析の対象としたいと思います。


さて、図中の「ダイヤモンド プリンセス」については既出事項なので説明を省略します。「ダーリン・イン・ザ・フランキス」については(神)ブログの「ダリフラ」カテゴリーをご参照ください。この作品については、プリン関連アイテムというより、全体の構造を解明する鍵のような役割を担っていると私は見ています。

最後に、この分析図から総じて言えるのは

 123便撃墜計画は現在でも継続中であること

そして、この壮大な計画には芸能界・放送界のみならず、一見被害者のように見える大企業までもが、その製品、そのCMを通して国民の心理誘導に深く関与しているということです。これらの取りまとめに関しては、おそらく電通などの大手広告代理店が中心的役割を果たしている。これについては今更言うまでもないでしょう。

ここで忘れてならないのは、広告代理店や経団連などの経済界をその背後から指揮する、呪詛を能く操る特殊技能集団です。グリコ森永事件は京都から始まった。これこそが123便事件の首謀者を特定する大きな鍵なのです。

参考:黒霧123便関連記事ガイド


 * * *


1985年前後の日本社会。この時まだ世の中をよく知らなかった私や、私と同年代の読者の皆さんは、今回取り上げた世の中の事象に純粋に驚き、涙し、またテレビで流れる様々な見世物について、バブル経済の余波を受けつつ大いに興じていたのではないでしょうか?

認めたくはありませんが、私たちのその一喜一憂が、実は全て計算ずくの心理誘導であった可能性は否めなくなりました。そして、このメディアを通した狡猾な誘導が、私たちを(心理的な)123便撃墜計画の加担者に仕立て上げ、いざ事が起きればロボットのように計画通りのアクションを起こすよう飼い慣らされていたのです。

一つ幸いなのは、メディアに飼い慣らされたままの犬のような一生を終える不幸だけは何とか免れたという点でしょうか。多くの時間と資源を失った10年間の123便事件調査活動でしたが、代わりに得たものはとても大きいと思えるようになりました。

123便が真実の姿を現わすまで、もうあと僅かです。


RESPONDERUNT EI SEMEN ABRAHAE SUMUS ET NEMINI SERVIVIMUS UMQUAM QUOMODO TU DICIS LIBERI ERITIS
彼らは言った。「私たちはアブラハムの子孫です。今まで誰かの奴隷になったことはありません。『あなたがたは自由になる』とどうして言われるのですか。」
(新共同訳聖書 ヨハネによる福音書 第8章33節)


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管理人 日月土
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