あべまつ行脚

ひたすら美しいものに導かれ、心写りを仕舞う玉手箱

なんにもしない日

2006-10-27 17:28:31 | つらつら思うこと
人生を半分以上この私に付き合ってくると、
いい加減なところのツボがわかってくる。

今日はお天気もイマイチだし、
腰もなんとなくだるいし、
ついでに気分も乗らない、

そういう日は、なんにもしない。

そうはいっても朝ご飯をしっかり食べる夫と息子のために
ご飯とおみそ汁と簡単おかずははずせない。
お洗濯だって、たまったら、嫌になるのは私だ。
だから、洗濯機は回す。
物干しもする。

家事といったら、その程度に終わらす。

そうだ、昨日はしっかり掃除もしたし、お洗濯もお片づけも割合やった方だ。
お買い物にも出かけたし、そうそう、お花もお稽古にも行ったのだ。

家の中にも新しいお花が新しい形で収まっているし、
古くなったお花たちはしっかりさよならし、使える枝は、ドライ枝にして遊ぶ。

ふ~~ん、これでよし。

今日はそういうわけで、なんにもしない日。

ダラダラTVを眺め、色んな感想を頭で一杯にし、
本をぱらぱらやって、気が乗らなきゃ、昼寝する。

主婦が一人、誰ともお話ししないで、寡黙にお家にいる時間。
私のような主婦は、あまりご近所にお話相手がいない。
かといって、仕事人間の友人に長電話するわけにもいかない。

主婦の友人もちょっと遠方だから、サンダル履きで、気軽に出かけられない。

暇ができたら、一人で美術館めぐりする主婦はあんまりいないのだろうか。
いや、東京国立博物館の休憩ベンチに結構いらっしゃるもの。
探せばいるだろうけれど。

だいたい小学校も高学年となると、お母さんもお仕事に出るようになってしまう。

昼間にお家にいる人は、私の様な主婦か、高齢者か、そんなところなのだろう。

ウィークデイのお家の中、それもマンションの中、
ガチャンとしめられたドアの向こうには、
なにか、ぐずぐずした空気が充満しているのだ。

それに気が付いて、体力が盛り上がってきた時を見計らって、
よっとこしょ。
それでようやく私は、気が晴れて美術館の前にたどり着くことができるのだ。

脳みそに充填できる電池の容量が段々少なくなってきているのを実感する
秋の空、なのだ。

のんびりも大切な年頃となってきた。
こういう時は、バラードでも聴きながら。
ボーイズ・トゥ・メン ブラックの麗しい声に癒されております。

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