あべまつ行脚

ひたすら美しいものに導かれ、心写りを仕舞う玉手箱

森川如春庵の世界(後期) ・ 三井記念美術館

2008-11-30 15:41:27 | 日本美術
世の中には、とんでもない人が時々現れて、
下々の届かないため息を集める。
そんな人が名古屋の茶人、森川如春庵。

三井のビデオによると、
野球少年だった如春は、普通の少年時代を過ごしていた、
そうだが、
その野球の合間をぬって、
茶道の稽古に勤しんでいたというところが、
今の現代社会には理解しにくい。
名古屋方面では、そんなに珍しいことではなかった、とか。

つまりは、そういった名家が多く、
子息達への教育も熱心だったのかとも思う。

今の時代にかけているのは、そういった文化教育への
情熱なのかも知れない。

そんな類い(←たぐい!)希なる環境で、
あり得ない話がある。
如春がまだ十六才の頃、
光悦の「銘 時雨」を見た瞬間、手に入れたいと執心した。
そういう機会があること自体、理解ができないが、
その執心は親がかりで成就してしまうあたりが驚愕。
その後、彼は十九才でこれまた光悦の「乙御前」を
手に入れる。これも親がかりだ。
いったいどんなお家なのやら。
そのあり得ない噂は大茶人達の耳に届くこととなり、
やがて、かの名茶人益田鈍翁の心を動かした。
その後、二人は39才離れた茶人仲間として、
深く交友を続けてゆく。

確かに気の合う、感性の通じる人との出会いは
なによりも嬉しい事だし、
何でも言い合える関係において、
様々な茶事を楽しめる、恰好の相手として尊敬しあえたことだろう。
そういった一期一会にかける感性と
それを表現できる才能を備えていた者同士の喜びが
展示されている作品達からも
響き合って伝わってきた。

茶人とは、いかなる人種なのだろう。
歌を読み書きし、茶碗を作り、
絵も描く。
茶会を催し、主人として会を切り盛りする。
茶事の記録もまた面白い。

佐竹本の切断の時に一番くじを引く、
くじ運の強さとか、
鈍翁所有だった虫食いの茶杓「銘 敵国降伏」は
如春が鈍翁より借りたものなのに、
気に入って返さない替わりに送った手紙には、
大切なものを貸し出した方が負けだと
言い切っていた。
よって、銘は「敵国降伏」となったのだろう。
爺さんが小気味よく振り回されている様子が
微笑ましい。

気に入った物を列挙
織部筋甲合 小さな筋の入ったお椀を伏せた形が可愛らしい。

織部さげがみ香合 いかにも織部の色が心地よい。

瀬戸黒茶碗 銘「小原女」ギリギリに張り出した姿に前衛を感じた。

黄瀬戸一輪菊香合 ふくよかな最中のような温かさ。焼き印が効いている。

黒楽茶碗 銘「時雨」 如春の事始め。

佐竹本三十六歌仙絵巻 複製本 田中親美筆 大正
           この複製があるから、本歌の元が知れるという物だが、            写せる技量があったのだから、凄いと思った。    

黄瀬戸菊菖蒲文輪花鉢 今回の黄瀬戸はみんな姿が柔らかい。だからいい。

黄瀬戸草花文蓋物 丁度鍋焼きうどんが食べたくなった。

茶杓 銘「つつがなし」 アジアのどこかのスプーンが茶杓として見立てられ、
            その袋がまた縞の良いキレで仕立てられている。
 
和歌短冊「木のもとの・・・」光悦筆・宗達下絵
和歌短冊「時わかぬ・・・」光悦筆・宗達下絵
            彼らのコンビは永遠だ。また、表装の布も素晴らしい。

信楽水指 森川如春作  茶碗なども作っているけれど、これが一番気に入った。
            鈍翁、如春二人とも茶碗は大作りでたっぷりしていた。

茶室如庵は、掛け軸が如春が大事にした「稲の図」
床の間には青磁の花入れ、羽田盆だけが置かれていた。
他の茶器は、見た人にお任せのようにしたのだろうか。

私なら、瀬戸黒茶碗銘「小原女」
    茶杓 銘「敵国降伏」
    黒塗折溜棗
    信楽水指 森川如春
にしてもらおうかしらん。

とはいいつつも、この二人のあり得ない交友関係は
ともかく憧れるし、嫉妬さえ感じる位の感性の響き合い。
こんな人がちょっと前に日本にいたのかと
ひたすら感じ入ってしまった展覧会だった。

この後、如春をとらえた鈍翁を特集する
畠山記念館に行く事にした。
会期は30日で終了。

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