あべまつ行脚

ひたすら美しいものに導かれ、心写りを仕舞う玉手箱

中国古代の暮らしと夢 大倉集古館

2006-12-06 15:54:00 | 海外美術
この、ホテルオークラの通りは、外国のコロンの香りがする。
行き交う人も外人さんが多い。

六本木はこの多種な人々によって、支えられているところなのだ。
各国の大使館も多く、そこでお仕事ができるエリートの空気がちょっと
こそばゆい。

大倉集古館のエントランスには、
箱根の富士屋ホテルの感じに似て、
オリエンタルなもの雑多においてあり、
ベンチに腰掛けている大きな銅像の羽織袴のおじさんもいる。
もしかして、初代大倉のお姿か???
美という範疇を逸脱しているように思えて、
おじさん、そりゃないだろう~と、ニヤニヤしてしまう。

それはともかくとして、
今回の展覧会は、中国における埋葬品の数々。
古代中国では、魂は不滅で、墳墓が永久の住まいと考えたそうだ。
そこで理想郷に連れて行く現世のさまざまのものをやきものにして、
埋葬したのだそうだ。
体は動かなくとも地下に眠る理想郷で、永遠の生活を営むと思われたのだろう。

だから、なんとも生き生きとした生活が伝わってくる品々。
厠付きの豚小屋(猪園、となっていたから、豚も猪の仲間だ)
には、母親の乳にぶら下がっているうり坊達。
お墓を守る鎮墓獣達、牛や、ワンコ達、鶏、池に住む水鳥や、ナマズ、スッポンなどなど・・・猫はいない。
一緒に生活してきた、仕えの人達などもいる。
立派な楼閣。
食器などもあった。
耳杯の入れ子になりそうなお皿の数々。
耳杯は、韓国のものかと思っていたのだが、ルーツは、中国だったのだ。
お椀の内側に彩色された赤が強かった。

そこここに龍の文様があり、鳥たちは楼閣を覆い尽くしていた。
沢山の形に見つめられ、守られ、さぞ骸となった人は安心して、
永遠の住居に住み続けられたことだろう。

普段の暮らしに、いつも粘土を焼いて、やきものがあった生活が
想像できる。これらを作って商売したお店もあったらしいから、
沢山の埋葬品を入れた人がそれだけの生活レベルが保証されるということだったのだろうか。

いずれにしても、亡くなった人をこれだけ大切にされるのなら、
命の終わりはそんなに怖いものじゃなさそうだ。

そうだとするならば、埋葬品の数々がここにあるということは、
不安な生活をしているどなたかがいるということなのか?

どうか、ここで、沢山の人々に見守られていることに安心して頂きたい、と願った。

次回は新年らしく、「花鳥画展」だそうだ。
ホテルオークラに新年のデコレーションを見ながら、
こちらに足を伸ばすのも、一興かも知れない。

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2 コメント

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Unknown (遊行七恵)
2006-12-06 20:48:37
この展覧会は巡回展で、京都では春にありました。
母の日だったので母と一緒に出かけました。
中華ドールハウス。
そう思うととても可愛くて・・・

ところでお正月は花鳥画でしたか。
てっきり泉屋とコラボの能ウォーキングかと思ってましたが・・・
返信する
遊行さま (あべまつ)
2006-12-06 21:59:25
ちょっと前なら、息子はシルバニアセットにうっとりしてました。
ミニって、なんだか嬉しいですよね。

ところで、能ウォーキング情報はパンフレットには載っていなかったので、大倉のHPを確認した方がいいのかも知れません。
また、新年がやってきますね。
返信する

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