あべまつ行脚

ひたすら美しいものに導かれ、心写りを仕舞う玉手箱

せいのもとで ・SHSEIDOGLLERY 資生堂ギャラリー

2014-09-08 12:29:54 | ギャラリー


 この日、京橋からずっと銀座8丁目まで移動して、
 ラストに訪ねたのが、資生堂ギャラリー。

 前回の展示がとても好評ということでしたが
 残念ながらチャンスを逃しました。
 今回はたまたま、初日であるのと、
 キュレーターが 植物の超リアル木彫家の須田悦弘さんであり、
 志村ふくみさんも参加されていること、
 それでぜひ行ってみようと思ったのでした。

 「せいのもとで」資生堂ギャラリーのサイトはこちら

 こちらの地下に降りる階段が油断も隙もないことを知っているので、
 気をつけて天井もチェックすれば、案の定。
 なにか細い糸で編まれたような筒状のものが階段の両端をつなげています。

 受付テーブルには須田さんの椿がウエルカムブーケが出迎えてくれます。

 志村ふくみさんと、娘の洋子さんの作品は大きな機織りのような枠に
 壁面から絹糸をつたって光源のような淡い色の瀧となって流れ落ち、
 染め糸の変化を見せてくれます。

 クリスティアーネ・レーアさんは動植物を素材にする作家で、
 極細の繊維が集合して発する繊細ながらも力強い確かなものとして
 小さなもののなかの妖精が集まって作品が構成されています。
 超絶技巧の精神に自然素材が癒合しています。

 宮島達男さん作品はおなじみのデジタルカウンターで
 刻々と刻み続ける時を壁一面に散らします。
 時限爆弾がいつ稼働するのか、そんなハラハラした
 ざわつかせる強迫観念にとらわれる、
 怖くもクールな点滅を繰り返しています。

 銀閣慈照寺研修道場の花方教授の珠寶(しゅほう)さんが花を
 活ける姿を映像化して放映しています。
 そのたたずまいと、しぐさと、活けられていく花のありさまを
 カメラが追いかけてゆきますが、
 その神々しさ、というのか、厳しさというのか、
 ひたむき、というのか、
 珠寶さんの手によって野の花たちが選別され、
 そのための花器に活けられ、
 慈照寺の寺内の選ばれた部屋に飾られてゆくさまは
 尼僧がお経を唱えているかのようでもあって、
 息を潜めて見入ってしまいました。

 しかし、花をさばくその手はとてもなまなましく、
 生けられていく花も選ばれたという喜びに満ち、
 迎える花器も仕舞われていた時から解き放たれて輝き出し、
 置かれた空間は
 まさに神様への荘厳に満ちていくような、そんな舞踊にも似た、
 歓喜の歌を感じました。

 いけばなを学んでいる私にとって、とても刺激のあるシーンでしたが、
 とても及ばぬ手の届かない向こうの方、のようにも
 感じたのは、花の立場があまりにも違うことへの
 畏怖、のようなものだったのかもしれません。
 珠寶さんはこともなげに、普段の自然との関わりで、
 ご自身の花も咲かせていて、つややかななまめかしさが
 溢れているのでした。
 
 私の花は、生活している現場のバタバタの中の
 おやつ、休憩みたいなもので、次元が違いすぎます。
 自分の足下をみて、その中でできること、それでいいと
 得心するまで、銀座の移り変わるさまを見ながら歩きました。


 
 この展覧は10月12日まで。
 実物を見ないと、なかなか伝わらないと
 もどかしさを感じます。

 資生堂の機関誌、「花椿」をひさしぶりに手にしました。
 じつに美しい仕上がり。



 誌面もとても切れ味が良く、無駄がなく、
 白石かずこ さんの 「こえる」という詩の希望の響きに喜びます。

 スマート、クールであることのおしゃれ度に感激しました。

 京橋から銀座までの一日散歩は資生堂で終了。
 とても有意義な豊かな一日となりました。
 夏休み終了し、秋到来という実感もじわじわ。

 大型展覧会もめじろおし、あまり気合いを入れすぎないで、
 なにごともマイペースを保つことを大切にしながら、
 美味しいものにありつきたいと思っています。

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