礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

16日、昨日の一団が今度は和田の宅に来り……(木戸幸一)

2021-08-16 01:08:19 | コラムと名言

◎16日、昨日の一団が今度は和田の宅に来り……(木戸幸一)

 極東軍事裁判研究会編『木戸日記――木戸被告人宣誓供述書全文――』(平和書房、一九四七年一一月)に拠って、七十六年前の今ごろを振り返っている。本日は、その九回目。

三一八 鈴木内閣総辞職  其朝〔一五日朝〕四時半頃赤坂私宅の焼跡に憲兵特高隊と称する者七、八名が各々手榴弾、ピストル、抜刀等を持つて来り〈キタリ〉私を捜索し護衛の警官と押問啓を為して警官の一名は負傷すると云ふ様な事件もありました。
 鈴木首相は愈々終戦の詔書が渙発せられ、御放送も無事に行はれましたので、自分の任務は終れりとして、総辞職を決行せられ辞表を捧呈せられたのでありました。そこで陛下は三時五十分私を召されまして、後継内閣首班の選定に就いて御下命がありました。依つて今回は重臣を集めることなく、平沼〔騏一郎〕枢相と相談の上奉答すべき旨申上げて御許を得たのでありました。
 四時半平沼枢相の来室を求めて篤と協議の結果、今後の陸海軍の向背等を考へる時は到底臣下では乗り切り得るものは無いので、東久邇宮〔稔彦王〕殿下に御出ましを願ひ、御輔佐の役に近衛公を煩はすことに意見の一致を見たのでありました。
 陛下に其旨奉答して御嘉納を得ました。昭和二十年八月十五日附私日記には次の如く記述してあります。
  昭和二十年八月十五日 (水) 晴 
「午前三時二十分戸田〔康英〕侍従来室。今暁一時半頃ヨリ近衛師団ノ一部反乱セルモノノ如ク行動ヲ起シ本省ノ通信施設ヲ占領遮断シ御文庫モ包囲セラレ居リ連絡トレズト云フ容易ナラヌ事態故直ニ起床、一度ハ皆ノ勧ニヨリ侍医宿直室ニ入リシガ再ビ部屋ニ帰リ機密重要書類ヲ破リ便所ニ流シソレヨリ四時二十分頃石渡〔荘太郎〕宮相ト共ニ金庫室ニ入リテ事件ノ進行ヲヒソカニ観察ス。八時頃三井〔安弥〕待従来リ解決セリトノコト故直ニ御文庫ニ至リ八時二十分ヨリ同二十五分迄宮相ト共ニ拝謁、天機ヲ拝伺ス。
 九時二十分安倍〔源基〕内相来室面談。
 十時十分ヨリ十時半迄御文庫ニテ拝謁。
 十時五十分鈴木首相参内、御文庫ニテ拝謁。
 正午陛下御自ラ詔書ヲ御放送被遊感慨無量只涙アルノミ。
 二時五十分ヨリ三時半迄御文庫ニテ拝謁。
 鈴木首相参内内閣総辞職ヲ決行辞表ヲ奉呈ス。
 三時三十五分ヨリ同四十分マデ拝謁。
 三時五十分ヨリ四時迄御召ニヨリ拝謁、後継内閣主班ノ選定ノ御下命アリ。
 依ツテ今回ハ重臣ヲ集ムルコトナク平沼枢相ト懇談ノ上奉答スベキ旨言上御許シヲ得タリ。
 四時半平沼枢相ノ来室ヲ求メ篤ト協議ノ結果主班ニ東久邇宮稔彦王殿下ノ御出マシヲ願ヒ近衛公ヲシテ御助ケセシムルコトニ意見一致ス。
 午後五時高松宮〔宣仁親王〕同妃来室。
 六時三十五分ヨリ同四十五分迄御文庫ニテ拝謁。 
 平沼枢相ト協議ノ結果ヲ言上御嘉納ヲ得タリ。
 十時半町村総監来室。一刻モ早ク後継内閣ノ成立ヲ希望ス。
 今夜ヨリ寝室ヲ替フ。
 今暁四時半頃憲兵特高隊ト称セル者七八名赤坂宅焼跡ニ来リ余ヲ捜索セリト。警官一名負傷セリ。」
三一九 暴徒の来襲  翌八月十六日午前三時頃、昨日の一団が今度は私の仮寓にして居た和田の宅に来り、私を求めたのでありますが居らない事が判つたので被等は帰つたとのことでありました。其時に応対に出た私の姪である都留正子の話に依れば、矢張り六、七名で其中の一名は三宝の上に短刀の如きものを乗せて持つて居たとのことでありました。之は恐らく私に自刃を勧告して、之に応ぜざれば殺すと云ふ計画であつた様に思はれました。
 彼等は昭和二十年八月十五日に赤坂の私宅焼跡に来た一味であり、翌十六日に和田宅に来たのも同じ仲間でありまして、後に愛宕山で手榴弾自殺をした連中でありました。【以下、次回】

 八月一五日と一六日の両日、木戸幸一を訪ねてきた一団というのは、飯島与志雄を首領とする「尊攘同志会」のメンバーだったと思われる。彼らは、その後、愛宕山に立てこもったが、警官隊に包囲され、八月二二日、集団自決した(ウィキペディア「愛宕山事件」)。
「和田の宅」の和田とは、実弟で航空工学者の和田小六(一八九〇~一九五二)を指す。都留正子は、和田小六の長女。正子の夫は、経済学者の都留重人である。なお、木戸幸一、和田小六とも、その私宅は赤坂区新坂町(しんざかまち)にあった。

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