礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

広島に原爆を投下するという予告放送あり

2016-08-03 03:30:31 | コラムと名言

◎広島に原爆を投下するという予告放送あり

 先月三〇日からの続きである。黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)から、八月三日の日誌を紹介する(二四五~二四七ページ)。
 この日、ついに、ニューディリー放送が原爆投下の予告報送をおこなった。「ついに」というのは、この本のタイトル『原爆投下は予告されていた』は、この事実に由来するからである。「来る八月六日、原子爆弾投下第一号として広島を計画した模様」という内容で、この日、三回、同じ放送があったという。

 八月三日 (金) 晴
 午前八時、勤務に上番する。午前九時、今日もニューディリー放送が朝から流れてくる。
 ――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。信ずべき情報によりますと、米軍は来る八月六日、原子爆弾投下第一号として広島を計画した模様です。原子爆弾とは原子核が破裂するものであって、核の破裂にともない高熱を発し、すべてのものは焼き払われることでしょう。繰り返し申しあげます。…………。――
 七月十五日の原爆実験に成功してからこの方、鬼畜米軍のこと、あるいは使うのではないかと危惧していたが、とうとう使うという。何がしてよいことで、何がしていけないことであるかは、キリスト教を信ずる米国民の大多数はわかっているであろう。その大多数が選出した米国の大統領は、気でも狂ったのであろうか。国際法上禁止されている毒瓦斯以上の化学的兵器である原子爆弾の投下を許可したものだ。
 真実を知ったら大統領よ。アメリカのキリスト教徒は泣くぞよ。しかもそれがよりに選って、なんと広島というではないか。とにかく山陽路の各都市は攻撃しても、広島だけははずしていた意味がわかったような気がする。
 自分の生まれは広島県東部の片田舎府中町だが、小学校四年のとき広島市大手町小学校に転校、さらに広島二中に通った五年間、あわせて八年間。もの心ついてからのほとんどの時期を過ごした広島に、なんで世界で最初という原子爆弾が落とされねばならないのか。そして家には老婆が叔母の家族と共に。
 だれかにこの話をしたい。原隊の野高砲第五十五大隊も今は広東防衛で、たしかこの近所にいると聞いているのだが、永山少尉も広島だし、同年兵には大下が平沢が高畑がと、広島出身の者の顔がつぎつぎと浮かぶがどうしようもない。先月二十六日に提出されたポツダム宣言に天皇制存続を条件に受託はできないものか。
 自分の頭の中をいろんなことがくるくる回ってゆく。自分が一人、南支に疎開しているようですみません。老婆をはじめ広島のみんなに謝りたい。大手町小学校の桧垣先生、広島二中の英語の中島先生、国漢の広畑先生、物理の桑原先生、英語の落合先生、美術の市川先生と謝るべき人の顔がつぎつぎと浮かんでくる。
 自分の頭の中に入り込んだこの情報を、広島のみんなに知らせたい。なのに、この話はだれにもできないではないか。だれに話すのか。申し送りに田中や田原にしか話せないではないか。ほかにだれがいるのか。だれ一人としていないではないか。ああ、ああ。
 正午にもニューディリー放送があって、今度も原子爆弾投下のことを、今朝とまったく同じ文面で同じように繰り返し放送している。
 隊長は連隊長のもとに、広島が八月六日に原爆投下の対象になったと報告にいかれた。
 午後四時、下番する。午後四時を待っていたとばかりに内務班に帰ると、洗濯をして入浴したが、何かしら気が気でない。じっとしておれない。どうしよう。
 夕食を当番兵が持って来てくれた。食事も口から胃袋にどんどん流し込むが、味もわからず、量もわからずにただ食べただけだった。
 内務班でくよくよ思うより、情報室にいる方が新しいニュースでも聞けるかもしれないと思って、服装を正しくし勤務の形で情報室に入る。隊長も上山中尉もおられない。
 午後九時のニューディリー放送が流れる。またも、広島への原子爆弾投下のことを、朝や昼とまったく同じ文面で同じように放送する。田中は自分の顔を見た。田中は申し送りでは知っていたものの、直接聞くのははじめてなのだ。
「朝から同じこと三回目や」と彼の顔に答える。三回目の同じ放送を聞いて席を立ち、内務班に帰った。呉が空襲でやられているのに、なぜ広島がやられたいのか不思議に思ったこともあった。今にして見れば、広島には原爆が用意されていたということか。

*このブログの人気記事 2016・8・3(3・4・6・7位に珍しいものが)

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