礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「三十年間は草木も生えない」と放送

2016-08-04 06:36:30 | コラムと名言

◎「三十年間は草木も生えない」と放送

 昨日の続きである。黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)から、八月四日の日誌を紹介する(二四七~二五〇ページ)。
 
 八月四日 (土) 晴
 連日のように四十度を越える炎暑ながら、朝のうちの壕内情報室は温度が上がっても三十二度前後で、扇風機の風が気持よい。それでも汗拭き用の手拭は要る。午前八時半ごろか、隊長、上山中尉とつづいて部屋に入って来られる。
 午前九時、今日もニューディリー放送が流れ出した。
 ――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。信ぜられるところの情報によりますと、米軍は来る八月六日、原子爆弾投下第一号として広島を計画した模様です。原子爆弾とは原子核が核分裂し、核分裂にともなう高熱高温で、すべてのものは焼土化し、生物は住むことは不可能、草木も三十年間は生えることは困難となるでしょう。繰り返し申しあげます。…………。――
 芦田隊長は上山中尉に、
「おい上山。昨日は草木【くさき】三十年間生えることは困難などといってなかったが、実際はどうなんだろう」
 上山「はい。確かに三十年も草木が生えないということはないと思います。これは威しでしょう。しかし、一週間から十日の間は核分裂のエネルギーの余波が残って、生物にも影響があることでしょう」
 芦田「広島に落ちたとしたらどうなるか。もう一度説明してくれ」
 上山「原子爆弾が投下されることは、すなわち爆発が同時とすれば、原子爆弾によって核分裂したエネルギーは非常に強烈で、何万度、何十万度という高熱高温は、広島の道路を焼き尽くすでしょう。おい黒木、貴様、広島と聞いていたが、広島の道路は主に何でできてるか」
「はッ、市電の通っているところは石で、そのほかはほとんどがアスファルトの道路です。中にはコンクリートだけのところもあります。細い道では地道もあります」と自分は答えた。
 上山「市内の石やコンクリートは割れ、アスファルトは瞬時に燃えあがり、木造の建物はこれもまた燃えあがるでしょう。したがって、人の着ている着衣も同様に燃えあがり、人体は火だるまで全身やけどの症状となるでしょう。防空壕などに居【お】れば助かるでしょう。やけどの重いときは皮膚の窒息死となり、軽くても血液中の白血球の破壊を行なって衰弱させ、草木も同様に栄養分を止めて人と同様に衰弱するでしょう。
 自分はいつか隊長殿の御質問に答え、原子爆弾禁止協定はないものの、毒瓦斯以上の殺戮〈サツリク〉化学的武器であること、非戦闘員である老若男女をみなごろしにすることとなるので、人道上から考えて毒瓦斯禁止協定がある以上、それ以上のものは使うべきでたいと申しましたが、本当に考えてもらいたいと思います。
 落とす側の敵さんも、強烈な爆弾と知っていても、一部の人問を除いて毒瓦斯以上の非人道的な爆弾とは知らないでしょう。命令する米国大統領自身も、強烈な爆弾だと思っているだけかも知れません。おそらく広島の人口の八割は、このために死亡することになるでしょう。地図で見ますと、広島の街の東部に比治山という山があって、山蔭になる一体のところは、まず大丈夫でしょう。ところで黒木、広島の人口はどのくらいか」
 黒木「はッ、三十万であります」
 上山「死亡者は推定で約八割と計算すると、二十四万人死亡という計算になりますが、二十四万人が一度に死亡するというのでなく、何年もかかって、この原因で死亡する人が二十四万人になるということです。しかもこれは一発の投下でです」
 芦田「そうすると、爆弾投下する側も、自分の運転する飛行機にも影響があることになるなあ?」
 上山「おそらく高度一万メートルから一万二千メートルくらいの高度をとり、その地点で投下し、投下後、地上百メートルくらいの地点で爆発させるようにするのが上策でしょう。自分ならそうします。航速高度の関係で、爆発の瞬間は三万メートル以上離れているはずで、飛行機にはいささかも影響ありません」
 芦田「回避する方策は?」
 上山「ポツダム宣言の受諾以外にはないでしょう」
 芦田「西郷隆盛と勝海舟の話し合いによって江戸市民を救ったように、国体護持を条件に政府は、今すぐにでも米国にポツダム宣言を受諾した方がよいのではないかなあ。毎日の爆撃を考えても、広島への爆撃投下でも一日延ばせば、一日被害は多くなる。いま第五航空軍に、一機も使える飛行機はないんだよ。南支軍には制空権がないなんて、おれの口からはいえないけど」
 上山「隊長殿、前回、原子爆弾投下に当たって連隊長殿に御報告なされ、昨日も御報告に行かれたと伺ってますが」
 芦田「うん。連隊長殿も、なんとかして原子爆弾は食い止めなければならないとおっしゃっておられる。大局的に見られる連隊長殿はともかく、この事態をどう収拾するかを知らないで、航空機もガソリンも海軍力もなくなったことを忘れ、ただがむしゃらに声高〈コワダカ〉に必勝、必勝といっている一部の幹部のあることも事実だ。しかし、連隊長殿からは、さらに上司に上司にと報告されていることは大変有難く期待したい」
 昼のニューディリー放送も、今朝とまったく同じことを放送していた。
 午後四時下番。下番後は洗濯、入浴、夕食となる。何をしているのもうつろな自分がよくわかる。広島に原子爆弾が落ちる。広島に原子爆弾が落ちる。明後日【あさつて】落ちる。明後日落ちる。だれかに話したい。だれかと話したい。広島の人、みんなに知らせたい。
 一緒に転属した一年先輩の秦伍長、白雲山の超短波警戒器をやっている石原、それに山根。今どうしているんだ。みんなは広島市出身ではないが、みんな広島県人だ。聞いてくれ。おい広島に原爆が落ちるんだ。原子爆弾が落ちるんだ。明後日おちるんだ。明後日なんだ。どうしよう。どうしたらよい。どうしたらよい。みんなみんなに、走り回ってでも知らせてやりたい。知らせたい。
 情報室内で知り得たこと、知り得た知識は、いかなる理由があろうと、口外したるときはこの拳銃で射殺する――隊長の拳銃がこちらに向かうのを感ずる。

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