礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

江原三郎君より修正の動議が出たのであります

2024-02-04 00:26:23 | コラムと名言

◎江原三郎君より修正の動議が出たのであります

 1940年(昭和15)3月20日に開かれた衆議院本会議において、国民優生法案委員会を代表して、村松久義理事がおこなった「委員会経過及び結果に関する報告」の全文(720~721ページ)を紹介している。本日は、その後半。
 出典は、『官報号外 衆議院議事速記録第三十号』(1940・3・21)。原文は、カタカナ文だが、条文などを除いて、カタカナをひらがなに直した。

 政府の之に対する答弁は、第一の家族制度に関しまする点に付ては、優生手術は家族の中、該当疾患に罹つた者にのみ施すのであつて、其の患者の家族全部に施すのではないから、其の家の血統を絶つ虞〈オソレ〉はない、現行民法に於ても既に斯る患者に対しては、廃嫡の制度を認めて居り、又別に養子制度もある次第であつて、決して家族制度に反するものでないとの答弁がありました、第二の治療可能なる者には、優性手術は不要ではないかと云ふ点に対しましては、容易に治療可能なる者は除外して、現在の医学を以ては治療困難なる者に対してのみ適用する方針である、又治療に依つて症状は沈静するかも知れぬけれども、病気の根源である遺伝素質其のものに対しては、何等の改善をも為すことは出来ないとの答弁がありました、第三の環境改善で足りるではないかと云ふ点に対しましては、遺伝病の発病は、環境ノ影響も勿論あるけれども、其の根源は人間の遺伝素質にあるのであるから、此の根源を除く為には、優生手術以外に根本的の方法がないと云ふ答弁がありました、第四の遺伝を認むる根拠と云ふ点に対しては、最近に於て遺伝学は大いに進歩して居り、各疾患の発病率に付テは外国の研究のみならず、厚生省に於て行つた全國三千の精神病者家系調査の結果を資料として提出されたのであります、第五の収容施設を充実すべしと云ふ点に対しましては、勿論今後其の点に十分の力を尽すけれども、本制度を伴はなければ遺伝病防止には不十分であると云ふ答弁がありました、第六の効果の少いではないかと云ふ点に対しましては、短日月に非常な効果を挙げることは難かしいかも知れないけれども、他の施設と相俟つて国家将来の発展の為、十分な効果があるとの答弁がありました、第七の結核、花柳病、癩、下痢腸炎等に対する施設を充実すべしと云ふ点に対しましては、政府としては本年の予算にも相当計上されて居るけれども、今後大いに努力するとの答弁がありました
 第八の本制度の秘密主義に対する点でありますが、本制度の秘密主義の建前は飽くまで守る、併しそれに依る実際上の不都合な点は、施行に際して十分に考慮をすると云ふ答弁でありました、第九の優性手術の悪影響がないかどうか、是は既に我国に於ても相当多数に癩患者等に付て経験も致して居るのであつて、又外国に於ける実例もあり、殆ど全く悪影響がないとの答弁がありました、第十の妊娠中絶に付ては既に其の患者が優性手術を行ふべき者であると決定しましたる以上は、更に一歩を進めて之をやることが当然であると云ふのでありまして、而も実際上の適用は極めて少数であらうとの答弁がありました、委員外の議員の質疑に対して、第三条の規定の方法に対しまして、本規定の仕方に付ては専門家の意見も聴き、十分調査研究をした上に、法文として本法案を出したのであるから、極めて適当であると思ふ、施行命令等に於て考へて見たいと云ふ話がありました、次に精神病の遺伝の点に付ては、精神病は悉く遺伝であると云ふことは出来ないが、其の相当の部分は遺伝病であることが確実であると云ふ答弁があつたのであります、其の他詳細に付ては速記録に依つて御諒承を願ひたいと思ひます 
 以上に依つて昨日質疑を終了し、本日委員会を開きまして討論に入つたのであります、先づ江原三郎君より次のやうな修正の動議が出たのであります、之を朗読致します
 第四条第一項及第五条第一項中「二十五歳」ヲ「三十歳」ニ改ム
 第十四条ヲ削ル
 第十五条ヲ第十四条ニ改メ同条中「又ハ前条ノ妊娠中絶」ヲ削ル
 第十六条ヲ第十五条ニ改ム 
 第十七条ヲ第十六条ニ改メ同条第一項中「又ハ第十四条」ヲ削ル 
 第十七条優性手術ヲ受ケタル者婚姻セン卜スルトキハ相乎方ノ要求ニ依リ優性手術ヲ受ケタル旨ヲ通知スベシ
 第十八条中「第十六条」ヲ「第十五条」ニ改ム
 第十九条第一項中「若ハ第十四条ノ妊娠中絶」ヲ削ル
 第二十条中「第十七条第一項又ハ第三項」ヲ「第十六条第一項又ハ第三項」ニ改ム
之に対しまして村松久義、山川頼三郎〈ヨリサブロウ〉君、中野寅吉君、杉山元治郎〈モトジロウ〉君よりそれぞれ各所属党派を代表致しまして、賛成の意見を述べられたのであります、尚ほ杉山元治郎君よりは五点の希望条件がありました、斯くして採決の結果、修正案並に修正案を除きましたる政府原案は全会一致を以て議決せられたのであります、政府は此の際発言を求められまして、此の修正案に対しては十分尊重する旨の発言があつたのであります、尚ほ杉山元治郎君より次のやうな附帯決議が提案せられたのであります
    附帯決議
  強度ナル酒精中毒者ニ対シ優性手術ヲ為スノ可否ニ付政府ハ速カニ権威アル調査機関ヲ設ケ調査スベシ
此の附帯決議は採決の結果、多数を以て可決せられたのであります、以上御報告申上げます(拍手)

 こうした記録を見ると、「国民優生法案」と「国民優生法」との間には、重要な違いが生じたことが確認できる。特に重要なのは、旧「第十四条」が削られたことであろう。これは、衆議院の委員会で江原三郎が出した修正動議によるものである。
 ところが、『断種法』の著者である藤本直は、「附、我が国に於ける国民優生法の成立」という文章の冒頭で、「此の法第は後に述べるやうに極めて僅かな修正しか受けず、従つて後に行つて出来あがつた法律の文言を態々別に記す必要はないくらゐのものである」と述べている。彼は、この間における帝国議会の法案審議や、そこでの法案修正に、ほとんど関心はなく、法案修正の価値も見出していなかったようだ。
 藤本直という学者については、まだ、ほとんど調べていない。博雅のご教示をお願いしたい。

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