礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

松川事件と平田福太郎老人

2015-09-06 10:18:21 | コラムと名言

◎松川事件と平田福太郎老人

 先日、書棚を整理していたところ、吉原公一郎『松川事件の真犯人』(三一書房、一九六二)という本が出てきた。ここで吉原氏が「真犯人」と名指しする人々が、本当の犯人であるのかどうかについては判断を保留する。
 しかし、この本が引用している資料、紹介している事実等は、すこぶる興味深いものがある。本日は、ここから、事件当時、現場近くにいた平田福太郎老人の証言を紹介してみたいと思う(一六一~一六三ページ)。

現場で《口笛》を聞いた
 村上〔義雄〕証人が九人の男たちに会った後、藁束のなかに身をひそめて、煙草をすっていたころ、現場で吹く口笛をきいた人がいる。きいた人は平田福太郎氏といい、現場から六〇〇メートル離れた金谷川村薬師堂に住む物乞いだった。
 昭和二四年〔一九四九〕八月一九日の倉住敏雄、三村季雄両巡査による捜査復命書は次のように報告している。
一、金谷川村大字浅川地内の国道踏切より約二百米現場方向に行った処の右上手の森の中腹にある俗に云う薬師様(小さい神社)に三、四ケ月前より住んで居る乞食より左の様な事実を聞き込みました。
「昭和二十二年六月一日樺太より函館に引揚げて来た平田福太郎と云う当年七十三年になるものですが私は丁度事件の起きた夜、小便が出たいので小便に起き様かなと思ってうつらうつらしている時、下の鉄道の橋の附近でピーピーと口笛が聴こえました。その時は村の若い連中が夜遊びに行って釆て二、三人で帰る処で遅れた者でも呼ぶ様な感じがしましたが別に不思議にも思わず小便に起きてやって居りましたら、上りの客車が下を通りました。丁度松の木の間から後尾の赤い電気が見えますので三時の汽車だと思って中え入ったらガチャンと底力のある音がきこえました。これは汽車がショウトツでもしたんだろうと思いましたが後尾の赤い電気はそのままなんの音もなくなったのでそのまま寝てしまいました。翌朝眼がさめてから何時〈イツ〉も来て居る小供に列車が顛覆したのだと云うことを聞いて驚きました」
「この前の細道は山を越えて松川の裏道に出るのですが、普通はこの辺に畑を作っている農家の人以外はほとんど通らない処ですし、橋を渡って右に行きますと、畑の脇を通って行きますと踏切りより松川町の方え約百米行った籠屋(金谷川村大字浅川字辻石川政蔵)の前に出るんですが、私はその口笛を吹いた人はその道を行ったか鉄道の沿線にそうて踏切の方に出たかは見たのではないからわかりません」
「その口笛を吹いたのを聴いてから約十分か十五分位で上りの列車が来たのであります」
 尚本名は乞食をして居るものの普通の人間と何ら変りなく見受けられます。
二、更に右の言う籠屋、石川政蔵方外四、五軒について捜査致しましたが、何れも午前五時頃起きたので、半鐘に依って事件を知ったので人が通ったかどうかは全然わかりませんでした、との事であります。
 平田老人は、事件後まもなく、留守中におこった昼火事のために焼け出されて、安達郡の嶽下村の阿武隈川の河畔の笹小屋にすんでいたが、二六年〔一九五一〕九月はじめ、郡山養老院に入り、二八年〔一九五三〕二月に死亡している。
 いまは彼から何事も聞き出すことはできなくなってしまったが、ふだん、火の気のあるはずもない薬師堂が昼火事になって、結果としてはそこを去らなければならなくなったのは、偶然と考えるにはあまりにも不自然で、「真実をのべたために、警察で相当おどかされたのではないか」「何事かを知っているために、やっかい払いで追い出されたのではないか」という疑いさえおこさせる、と松川事件調査団ではいうのである。
 ちなみに、平田福太郎老人の住んでいた薬師堂と口笛の鳴った木橋とは三〇メートルくらいの距離である。おや指と人さし指とで輪をつくり、口にくわえて鳴らす鋭い口笛は、占領軍の兵隊などがよく吹いているのをみかけたものである。口笛の音はまさにそんな音であったという。それは真犯人たちが、顛覆確認、引揚げの合図に鳴らしたものであったのかも知れない。

「平田老人は、事件後まもなく、」以下は、吉原公一郎のコメントである。
 平田老人の、「後尾の赤い電気はそのままなんの音もなくなった」という証言は興味深い。おそらく、この老人は、転覆事件の「最初」の目撃者だったのではないか。

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