礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

治安維持法は国体と私有財産制の抱きあわせ(河原宏)

2018-02-11 04:33:22 | コラムと名言

◎治安維持法は国体と私有財産制の抱きあわせ(河原宏)

 本日は、河原宏氏の『〈新版〉日本人の「戦争」』(ユビキタ・スタジオ、二〇〇八)から、Ⅱ-2〝「国体」を支える社会構造〟の一部を引いてみたい。なお、同書のⅡは、次のような構成になっている。

Ⅱ 「開戦」と「敗戦」選択の社会構造
 ――〝革命より戦争がまし〟と〝革命より敗戦がまし〟
 1 〝戦争か平和か〟の選択でなく
 2 「国体」を支える社会構造
 3 二・二六事件の後に
 4 農業調整法と企画院事件
 5 先制攻撃を受ける懸念
 6 内戦への懸念
 7 革命か敗戦かの選択

 2 「国体」を支える社会構造
【前略】
 一九二五年〔大正一四〕三月、第五十議会を通過して治安維持法は制定された。これこそ、その後敗戦まで二十年間にわたって国民の思想、言論、社会生活を抑圧し続ける体制権力の槓桿【こうかん】をなすものだった。ある意味でそれは戦争の不可避性を決定づける役割を果たしたともいえる。
 しかし当面、治安維持法の意義は、それまで単に観念的な用語に止まつた「国体」という言葉をはじめて法律用語として登場させ、権力的強制の裏づけをあたえた点にある。その第一条は次の通りだった。
《国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁固ニ処ス》
周知のようにこの治安維持法は、皮肉にも護憲内閣と呼ばれた加藤高明内閣によって、同年同月、普通選挙法との抱きあわせで成立する。その意図は、成立以前の新聞論調にすでに指摘されていた。「所謂護憲内閣が、為す所の政治は依然として旧態を維持し、社会政策に於いては保守的に、金権資本家の希望を容れて、普通選挙による新有権者階級の権利を無視し、民衆の政治参加には危険あり……」との観点に立つものとみなされていた(「治安維持法は許すべからず」、一九二五年一月十七日、東京朝日新聞)。当時の政党内閣は、一方で多年民衆が要求してきた普選〔普通選挙〕の実現に答えなければならず、同時に、民衆の政治参加を革命的情勢の進展とみる支配層の不安と恐怖にも同調しなければならなかった。その直近には日ソ基本条約調印(一九二五年)があった。治安維持法はこれらの要求に答えるものであり、普選との抱きあわせは民衆・政党・特権的支配層三者の相剋、妥協という天皇制国家の政治構造を反映している。
 さらに治安維持法は、その条文にもしめすように国体と私有財産制度との抱きあわせだった。後者、私有財産制度が資本主義経済体制を指していることはあきらかであろう。資本家勢力は、ロシア革命(一九一七年)、米騒動(一九一八年)、三・一運動、五・四運動(一九一九年)以来、国内外にあらわれる革命への潮流に脅えていた。彼らは審議の途中に提出された、私有財産制度の否認に「暴力を以て」という制限をつけようという修正案すら否決した(高橋亀吉「五十議会の史的本流」、「改造」一九二五年四月号、一七四ぺージ。)ひよわな日本のブルジョアジーは、ひたすら国家、国体の庇護の下に逃げこむことによって、その危機感をまぎらす策を求めた。抱きあわせの法律はこうして生まれた。
 この点で治安維持法は当時の社会構造を反映したものとなる。日本資本主義は全体として国家の庇護により存続と発展を保証されていたばかりでなく、個々の企業経営のレべルでも低賃金、長時間労働は経済外的強制によって維持されていた。さらに労働運動も警察権力の介入によって防遏【ぼうあつ】してゆくのである。私有財産制度の否認を法的に抑圧しようとする治安維持法は、このような日本資本主義の実態を忠実に反映していた。

 ここで河原は、「国体と私有財産制度との抱きあわせ」という表現を用いている。つまり、治安維持法が成立したことによって、「国体」の担うべき役割に変化が生じたことを示唆したのである。
 一方、三島由紀夫は、一九六九年(昭和四四)に発表した『文化防衛論』(新潮社)のなかで、治安維持法は、「天皇の国家の国体を、私有財産制度ならびに資本主義そのものと同義語にしてしまった」と述べていた。
 三島由紀夫と河原宏とでは、イデオロギーも違うし、言語表現も異なっている。しかし、治安維持法という法律の捉え方においては、明らかに共通するものがある。
 なお、河原宏が、過去に、三島由紀夫の『文化防衛論』を読み、そこから示唆を得ていた証拠はない。しかし、その可能性が全くないと言い切ることはできない。

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