◎縄文時代の言葉は一型アクセント(山口幸洋)
山口幸洋『方言・アクセントの謎を追って』(悠飛社、2002)を紹介している。本日は、その三回目で、同書の第四章「博士論文」から、「日本語アクセントの成立を巡って」の節を紹介する。
日本語アクセントの成立を巡って
しかし、日本方言ではないが、日本周辺のアイヌ語、朝鮮語、旧満州語、モンゴル語、旧台湾語も全部一型アクセントである。日本語の一型アクセントを、日本平安時代のアクセント組織が崩壊したというなら、アイヌ語、朝鮮語……はどういうことなのだろうか。
二型アクセントは、九州の一型アクセントの南に隣接している鹿児島県のアクセントのことで、ここのアクセントには型が徹底して二つしかない、その単純な点では一型アクセントにもっとも近いものである。
曖昧アクセントは、全国の一型アクセントの隣接周辺には、必ずといって良いほど存在し、これまで一型アクセントと分類されている方言の中にも存在するかも知れない。特徴として、型があるのかないのか分からない不安定、不確定な状況があり、アクセント調査でも、一型アクセントなのかどうかの判断が難しい。
これに対する平山〔輝男〕さんの見解は「日本語のアクセントの型組織が崩壊して、一型アクセントになる一歩手前の状態だ」というものであった。
【一行アキ】
垂井式アクセントというのは、従来近畿式アクセントの変種のようにされて来たが、アクセントの性質からすると、東京内輪式アクセントと良く似ていて、純粋な近畿式アクセントとはっきり違う。これが近畿式アクセントの円の外側で、お互いは離れているのに独特の共通点もある状況は、これまた遠隔一致している。だから東京アクセント三種より更に内輪に位置するから近輪〈キンリン〉と呼称して東京アクセントの一種と考えても良い。
【一行アキ】
それに対し、近畿式アクセントは一型アクセントと正反対で、アクセントのメリハリ、上がり下がりがはっきりしていて、日本語というより中国語の四声のような性質がある。その意味で東京式四種(外、中、内、近)は全部近畿式アクセントと一型アクセントの中間的なものだといっても差し支えない。そして、それぞれの中間形態には、すべてが相互に、連鎖的な関係(垂井式は近畿式と内輪式、内輪は垂井式と中輪式、……)があると見られる現象が発見される。
それは、現在の東京式アクセントも、元はそれ以前に非近畿全部に存在していたアクセントが近畿式アクセントの性質を摂取して、近畿式アクセントを順々に獲得する過程を示すものであると考えることが出来るものである。
そうすると、非近畿全部に存在していたアクセントというのは、全国アクセント分布中、歴史地押的な意味で日本の辺境と言える八丈島、北関東、大井川上流、九州などにある一型アクセントが大きな有力候補になる。
日本語で大分類的に七種類ある方言アクセント中一番古いということは、それが日本の縄文時代にまで遡る可能性がある。わかりやすく言うと、弥生時代を経て大和政権が制覇する前の日本列島は縄文時代で、その時代にも言葉があり、アクセントがあった。そのアクセントは、おそらく一型アクセントで、現在日本のアクセント分布は、一型アクセントの国に、四声に近い大陸系の複雑なアクセントが入ってきたとき、型の区別を持たない一型アクセント言語が型を獲得するようなことが起きるのではないか。
日本アクセントの周圏分布はそういう、日本語アクセントの発達を示すものではないか。だから、「曖昧」も、アクセントが失われる過程のものでなく、元はなかったアクセントを獲得する過程の曖昧なのではないか。それは社会交流、教育や、ラジオ、テレビの発達とともに当然ありうることだと考えれば「習得途上方言」と呼ぶことが出来るのである。
【一行アキ】
しかしながら、これは、日本の大権威者による伝統の説に真っ向から反対する考え方なので、学界では、正面きって私を支持してくれる人は出てこなかった。
そうであっても、学界を代表する「国語学」に数度採用された私の研究が無視されたままでは片手落ちなのではないか。表面的に支持してくれる人が出ないのは学界の力関係の故で、何と言ってもアマチュアの研究が大権威者の説を上回るというようなことがあっては、学界の秩序が乱れるからだろう。
西洋の地動説のガリレオや、遺伝の法則のメンデルのように、学問の世界でも昔から真理が認められるのはよほど後になる例は無数にある。考古学や物理学のようにブツで証明されにくい方言、目に見えないアクセントの考察は、宿命としてこんなものかも知れないと思っていた。
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