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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

民間人逮捕の件で極秘の申合せをおこなう

2024-02-26 02:43:34 | コラムと名言

◎民間人逮捕の件で極秘の申合せをおこなう

 木内曽益の「二・二六事件の思い出」という文章(初出は1952年2月)を紹介している。本日は、その後半。引用は、木内曽益『検察官生活の回顧(再改訂版)』(私家版、1968)より。

 二・二六事件には民間側も北一輝、西田税〈ミツギ〉等右翼の大物が関係しておつたので、これらを一括して軍法会議の管轄にすべきかどうかという事が重要な問題になつたのである。というのは、平時は軍関係者は軍法会議の所管であり、民間人は普通裁判所の管轄に属することはいうまでもない。ところが戒厳令が布かれると、民間人もまた軍法会議の所轄に移すことが出来る事になつているが、戒厳令が解ければまた平時の状態に復し、民間人は再び普通裁判所の所轄に戻るのである。二・二六事件処理の為の戒厳令は、暫定的なものであるから、戒厳令に基き民間人を軍事裁判に移したとしても、戒厳令解止後はこれらの民間人は当然普通裁判所に戻ることになるのである。
 そこで、軍側としては、戒厳令解止後も引続き民間人をも軍法会議の管轄にしておくために特設軍法会議を設けようという意見が強かつた。然し、当時の司法大臣小原直〈オハラ・ナオシ〉氏以下司法部の首脳者は司法権擁護の建前から特設軍法会議の設置に強く反対してこの事件処理についても軍人は軍法会議で処理し、民間人は普通裁判所で処理すべきだとして軍側と意見が対立しておつたのである。しかし、軍側の主張が通つて、特設軍法会議を設けることになつたが、ただ軍側と司法部側との間の了解事項として「民間人の場合は憲兵隊で逮捕したものは軍法会議の管轄にするが警視庁で逮捕したものは検事局に送致する」という事にして漸く落着したのである。
 私は司法部に職を奉ずる以上司法部側の主張に同調すべきであることは当然ではあるが、一方、当時の裁判所の裁判の進行状態を見れば(裁判所側としてはそれ相当の理由もあらうが、今も同じ様に)裁判は遅々として進まず、殊に二・二六事件のような大事件が普通裁判所に繋属したとすれば、急いでも四、五年を要することであろう。私は二・二六事件のような一般国民は勿論、国際的にも重大関心を持たれておる超重大事件は一日も早く結論を出して国民の前にその真相を明かにしなければならないと考えておつたので、私個人としてはこの事件処理に関する限り、始めから特設軍法会議の設置には賛成であつた。
 結局、特設軍法会議が設置されることになつたが、前にも述べたような了解事項がついておるのでこの了解事項をどのように運用するのがよいのか、ということがまた次の問題であつた。
 私もこの了解事項は小原法相の苦心の存するところだとは思つておつたが、第一線をあずかる検察官としての私の考えからすれば、私が特設軍法会議の設置に賛成であつたと同様の理由でこの了解事項をそのまま全面的に実行することには承服出来なかつた。もつとも、この了解事項を実際に運用するのは、第一線をあずかる私たちであるので、当時の東京憲兵隊長の坂本〔俊篤〕大佐と警視庁の安倍〔源基〕特高部長、毛利〔基〕特高課長と私との間で話合いの結果次のような取扱にすることに極秘で申合せをしたのである。それは、
 ㈠民間人でも、この事件の主要関係者は、警視庁単独で逮捕し得た場合でも、これを憲兵隊に通報して、憲兵隊と共同で逮捕し、憲兵隊が単独で逮捕したことにして軍法会議の管轄に移すこと
 ㈡従犯的な民間人は、憲兵隊で逮捕した場合でも、これを警視庁に引渡して検事局に送致すること
 ということにしたのである。その結果、北一輝や西田税などの民間側の首謀者は、実際は警視庁がその所在を突きとめたものであつて、普通ならば警視庁だけで直ちに逮捕することが出来たのであるが、この申合せがあるので予め憲兵隊に連絡し憲兵隊と一緒になつて逮捕し身柄を軍法会議に廻わしたのである。
 この申合せは、私等第一線をあずかる三捜査機関が縄張り根性を捨てて全く国家的見地から期せずして一致し出来上つたもので、お互が文字通り虚心坦懐にこの申合せを実行したのであつて、私は、今でも尚この取扱はよかつたと思つている。もし北、西田等の大物が普通裁判所にかけられることになつたとしたならば、何年かかつて裁判が決つたことであろうか。恐らく裁判は遅々として進まず、一般国民が忘れたころになつて決つたことであろう。これを軍法会議にもつていつたからこそ、国民の前に迅速にこの事件の真相と結果とを明かにすることが出来たのである。
 当時を顧みて、洵に感慨深いものがある。

 木内曽益「二・二六事件の思い出」のうち、注目に値するのは、本日、紹介した後半部分である。この部分についてのコメントは、明日。

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