礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「ごまかされないぞ」といきり立つ軍部

2023-02-19 02:00:11 | コラムと名言

◎「ごまかされないぞ」といきり立つ軍部

 雑誌『別冊知性』第五号「秘められた昭和史」(河出書房、一九五六年一二月)から、荒木貞夫の「日華事変突入まで」という文章を紹介している。本日は、その三回目。

  戦雲を呼んだ張作霖爆死
 こうして内外ともに軍の威信を失墜したときにワシントン軍縮会議(一九二一年、大正十年)があつた。このときが五・五・三の比率で主力艦が制限された、ということだけが有名になつてしまつたが、それよりも、日本に対する支那発展の阻止が問題だつた。日本を中国全土から駆逐しようとしたものであり、アメリカの野望を実行に移す第一歩でもあつた。日英同盟はこれ幸いと一方的に廃棄され、今次大戦〔第二次大戦〕の原因はこのときはやくもほの見えた。
 主力艦だけでなく、補助艦も問題になつて次のロンドン会議(一九三〇年、昭和五年)となつたわけだが、五・五・三の劣勢にあるだけ、日本には一歩も退けない大事な会議だつた。そのギリギリ線が次の三原則である。
 一、一万トン八インチ(二十サンチ)砲巡洋艦においては、米英いずれを問わず、彼らの大なる方の七割
 二、潜水艦は現勢力、七万七千九百トン 
 三、その他の補助艦は、協定総トン数より一万トン級巡洋艦および潜水艦をのぞいた範 囲において、補助艦総括約七割
 結果はアメリカに対し、大型巡洋艦六割二分、軽巡七割、駆逐艦十割、潜水艦十割、これは平均すると六割九分七厘にあたる。幣原〔喜重郎〕外相が「七割主張のわが要求は、これをもつて一応成功したと考える」と答えた通り、なるほど比率の上からみればそうである。しかし、ごま化されないぞと軍部はいきり立つた。つまり、こうなのだ。
 一、八インチ(二十サンチ)砲巡洋艦は七割が六割二分
 二、七万八千トンの潜水艦保有も一擲されて、アメリカと同じトン数これは五万二千六百トン減らされたことになる
 三、アメリカの巡洋艦建造に十分の整備機能を与える
 けつきよく浜口〔雄幸〕首相は窮地に追いつめられた。
 原敬はじめ、山県〔有朋〕、大隈〔重信〕、加藤(友三郎)、松方〔正義〕、加藤(高明)らなき政界は、指導力薄く、全くドングリの背くらべの感であつた。 動乱の起る気運は、こんな中に少しずつ醸成されていつた。
 前述した通り、大戦の代償として得た二十五億は、戦後のインフレのあふりを受け、金解禁などを伴い、アレヨアレヨという間に正貨は底をつきだした。緊縮政策の凸凹のため、一般官公吏は減俸〈ゲンポウ〉となり、下級俸給者は生活苦から赤化思想を慕いだす。工場労働者は続々とストライキを敢行したのである。
 そしてアメリカは排日により移民を圧迫し、二十一箇条をつきつけられた中国また排日から抗日と旗幟〈キシ〉をハッキリさせてくる。日本の国際孤立化は、次第に表面化してきたのである。満州でも張作霖〈チョウ・サクリン〉の横暴により、満鉄の経営は危機に陥つた。「この分では線路をはずして、日本へ引揚けるほかなし」と本気になつて考えざるを得なくなつた。そんなとき、それは昭和三年〔一九二八〕六月四日、午前五時三十分だつた。張作霖の爆死事件が起きたのである。
 場所は瀋陽線と奉天線の中間、クロッス地点で、爆発と同時に前部六輌は、そのまま二百メートル走つて顚覆、七、八、九輌は爆発と同時にはねとばされ、とくに八輌目から火をふいた。張作霖はこの特別列車の八輌目にのつていたのだから、ひとたまりもなかつた。
 誰か下手人であるか判明しなかつたが、中国紙はもちろん、ノース・チャイナ・デリー・ニュースは、背後に日本ありと書き立てた。日本側もこれを否定し去る証拠がなく、議会で中野正剛〈セイゴウ〉に喰いさがられた田中〔義一〕首相は「知らぬ存ぜぬ」「目下調査中」の連発だつた。世間で下手人と噂されたのが関東軍参謀河本大作〈コウモト・ダイサク〉大佐だが、私には当時から今日まで動かざる持論がある。しかしこの稿では語りたくない。
 あとで満州へきたリットンも「当時既に張作霖殺害の責任は、日本が共謀したという嫌疑がかかつているだけに、日華関係に一層緊張を加える原因になつた」と云つた通り、いつまでも尾をひいたことはたしかである。【以下、次回】

 文中、「ノース・チャイナ・デリー・ニュース」とあるのは、中国で発行されていた英字新聞「The North China Daily News」(字林西報)を指す。同紙は、一九六四年に上海で創刊され、一九五一年に終刊したという。

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