礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

言論自由人権尊重ノ主旨ニ悖ルコトナキヲ期ス

2023-02-28 02:35:44 | コラムと名言

◎言論自由人権尊重ノ主旨ニ悖ルコトナキヲ期ス

『国家学会雑誌』第五〇巻第八号(一九三六年八月)から、田中二郎の論文「不穏文書臨時取締法に就て」を紹介している。本日は、その三回目。
 昨日、引用した部分のあと、一行あけて、次のように続く。

 此の法案が議会に提出せられるや俄然大きな波紋を描いたことは勿論である。庶政一新の名に於て却つて弾圧政治を行ひ、専制政治を強化するものであるとの非難が囂々〈ゴウゴウ〉として起つた。事実此の法案は、先に述べた通り、反動的立法の名に値する内容を持ち、言論出版の自由を保護するの上からは危険極まるものであつたから、此の非難は寧ろ当然過ぎる程であつた。併しこの法案に対する反対論の中には、二の立場を区別しなければならない。一は出版の自由を確保するの見地から此の法案の成立に絶対に反対し、修正の余地さへも認めない者である。之に対して他の多くの論者は、成る程、原案のままでは到底之を承認し得べくもないが、之を適当に修正することによつて、不穏文書防遏といふ現実の必要を充さうといふ考を有して居たもののやうである。
 議会の大勢は、結局、怪文書の横行を防遏する実際上の必要に応ずる為めに法律制定の必要を承認しつつ、而も一方此の目的の為めに加へられる言論出版の自由の制限は之を最少限度に止めねばならぬとの立前から、本法案の修正通過を期することとなつた。そこで衆議院の委員会に於て此の法案の成立を必要ならしめる現実具体的な事象を仔細に検討批判し、結局、政府の意図が本法によつて怪文書即ち秘密出版の方法による不穏文書の取締を主たる目的として居ることを確め、此の直接の需要を充す上に必要な最少限度の規定を設けるに止めることとし、其の他附随的な而も一面運用上多大の危険を包蔵する法条を修正削除することとなつた。即ち本法案の主眼は、政府の説明する所によると、第一条第二項及び第二条に在り、よつて以て怪文書の取締を厳にすることに在つた。之に対して第一条第一項及び第三条は、所謂怪文書の取締を厳にする結果、形式的には出版法又は新聞紙法による成規の手続によりながら、而も内容的には、人心を惑乱し軍秩を紊乱し又は財界を攪乱する目的を以て治安を妨害すべき事項を掲げる不穏文書の出版が予期せられねばならぬと共に、通信其の他出版以外の方法に逃避して、同様の目的を達せんとする危険も考へられるので、前者に対しては之を厳重に処罰し、後者も亦之を厳重に取締ることによつて、不穏文書取締の目的を全うせんとするものに外ならなかつた。併し怪文書の横行を防遏するの必要は之を認めねばならぬとしても、此等の第二次的な規定を設けるの必要は、さほど直接現実的でないのみならず、其の用語が甚だ曖昧である為めに、此の規定の運用如何によつては、之だけの為めに言論出版の自由を全く犠牲に供せねばならぬ結果となるを免れない。そこで一方怪文書の取締の必要を充す為めの最少限度の要求を容れると共に、他方、出来るだけ言論出版の自由を傷害しないことを期し、結局、第一条を「軍秩ヲ紊乱シ、財界ヲ攪乱シ其ノ他人心ヲ惑乱スル目的ヲ以テ治安ヲ妨害スベキ事項ヲ掲載シタル文書図画ニシテ発行ノ責任者ノ氏名及住所ノ記載ヲ為サズ若ハ虚偽ノ記載ヲ為シ又ハ出版法若ハ新聞紙法ニ依ル納本ヲ為サザルモノヲ出版シタル者又ハ之ヲ頒布シタル者ハ三年以下の懲役又ハ禁錮ニ処ス」と修正し、且つ第三条を削除するに至つた。かくて成規の手続を履んだ出版物及び私的通信は本法の適用を受けないこととなつた。
 併しこれでも尚ほ用語は漠然たるを免れず、其の運用上の危険が感ぜられるので、衆議院は之に附帯決議として「一、本法ハ其ノ制定ノ趣旨ニ鑑ミ臨時立法タルベキモノトス仍テ〈よって〉政府ハ最善ノ努力ヲ払ヒ現下ノ社会不安ヲ一掃シ速ニ本法ヲ廃止スベシ、二、本法ヲ施行スルニ際シ政府ハ厳ニ之ガ運用ヲ慎ミ苟モ言論自由人権尊重ノ趣旨ニ悖ル〈もとる〉コトナキヲ期スベシ」との希望を附し、名も不穏文書臨時取締法と改めて之を通過せしめ、直ちに貴族院に送付した。貴族院に上程せられたのは会期終了の前日(五月十五日)であつた。政府は改めて提案理由を説明し、衆議院に於ける修正を述べて後、其の修正の「趣旨ハ、本法案ノ非常時立法タルノ性質ヲ明カニシテ、且取締ノ対象ヲ秘密出版ニ限ラムトスルモノデアリマシテ、本案ノ主眼トスル所謂怪文書取締ノ目的ハ大体達成シ得ルモノト考ヘラレルノデアリマス」と附言した。貴族院も此の修正案をそのまま承認し、ここに国民注視の的であつた法案の通過を見るに至つた。同法は〔一九三六年〕六月十五日に公布、即日施行せられた。【以下、次回】

 要するに、全五条の「不穏文書等取締法案」は、修正されて全四条の「不穏文書臨時取締法」となり、衆議院の「附帯決議」が付されて両議院を通過し、公布・施行された、ということである。

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