礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

二・二六事件と不穏文書臨時取締法

2023-02-26 04:21:42 | コラムと名言

◎二・二六事件と不穏文書臨時取締法

 二・二六事件が収拾されて四か月弱が経った一九三六年(昭和一一)六月一三日、「不穏文書臨時取締法」という法律が成立した。この法律は、どういう内容の法律なのか。なぜ、この時期、「不穏文書」を取り締まる法律が作られたのか。
 同年八月、行政法学者の田中二郎は、「不穏文書臨時取締法に就て」という論文を発表した(『国家学会雑誌』第五〇巻第八号)。この論文を読んで、「不穏文書臨時取締法」という法律に関する基礎知識を得ておきたい。かなり長いので、何回かに分けて紹介する。

   不 穏 文 書 臨 時 取 締 法 に 就 て      田 中 二 郎

    制 定 の 経 過
 未曾有の大事変のあとを承けて〈ウケテ〉戒厳令下に開かれた第六十九議会は、我が議会政治の歴史の上に重要な意義をもち、いろいろの意味で注目せらるべき特色を現はして居る。兎も角〈トモカク〉、此度〈コノタビ〉の議会は或る程度に国民の言はんと欲する所を言ひ、国民代表機関としての自己の存在意義を新らしく国民の脳裡に印象づけ、多少とも国民の信頼を取戻すしたと言ふことが出来よう。又或る意味では国民の意思がここに代表せられることによつて、ひたむきな独裁的傾向への前進を堰止めるに多少の貢献を為したと言つてもよいであらう。其の多くの論議の一の具体的現はれとして政府提出の不穏文書等取締法案の議会に於ける論争を挙げることが出来る。此の法案は近時の所謂怪文書横行の防遏〈ボウアツ〉を目的とするもので、目的そのものは兎も角として、内容的には、反動的独裁的な寧ろ「恐怖的立法」であり、之が提案は痛く一般国民を刺戟し注目せしめたものであつた。何となれば此の法案通過の暁〈アカツキ〉は、其の解釈運用の如何によつては、憲法の保障する言論出版の自由は事実上全く無きに等しくならざるを得なかつたからである。議会が茲に決然立つて之に猛烈な批判を加へ、そこにつきつめた論議を展開したことは当然である。此の法案は結局不穏文書臨時取締法の名を以て、既に去る〔一九三六年〕六月十五日より実施されるに至つたが、之は議会に於ける真摯な論議の末、政府の譲歩により、取締の対象を必要なる最少限度に修正したもので、原案とは形式内容ともに相当に距り〈ヘダタリ〉のある比較的穏健なものとなつて居るのである。ここ迄に至るに付て、議会の立法府としての役割は相当に評価されてよいと思ふ。
 いま本法を紹介しようとするに当つては、先づ政府が如何なる趣旨目的を以て本法原案を提出したか、而して如何なる見地からそれが修正せられたかの経過の大体を述べておかねばならぬ。
 政府提出の原案は左の五条より成つて居た。
【一行アキ】
 第一条 人心ヲ惑乱シ、軍秩ヲ紊乱シ又ハ財界ヲ攪乱スル目的ヲ以テ治安ヲ妨害スベキ事項ヲ掲載シタル文書図画ヲ出版シタル者又ハ之ヲ頒布シタル者ハ三年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 前項ノ罪ニ該ル文書図画ニシテ発行ノ責任者ノ氏名及住所ノ記載ヲ為サズ若ハ虚偽ノ記載ヲ為シ又ハ出版法若ハ新聞紙法ニ依ル納本ヲ為サザルモノヲ出版シタル者又ハ頒布シタル者ハ五年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 第二条 前条第一項ノ事項ヲ記載シタル文書図画ニシテ発行ノ責任者ノ氏名及住所ノ記載ヲ為サズ若ハ虚偽ノ記載ヲ為シ又ハ出版法若ハ新聞紙法ニ依ル納本ヲ為サザルモノヲ出版シタル者又ハ頒布シタル者ハ三年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 第三条 通信其ノ他何等ノ方法ヲ以テスルヲ問ハズ出版以外ノ方法ニ依リ第一条第一項ノ目的ヲ以テ治安ヲ妨害スベキ流言浮説ヲ為シタル者ハ三年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
 第四条 第一条乃至前条ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス但シ印刷者印本引渡前ニ自首シタルトキハ其ノ刑ヲ免除ス
 第五条 発行ノ責任者ノ氏名及住所ノ記載ヲ為サズ若ハ虚偽ノ記載ヲ為シタルモノト認ムル文書図画又ハ出版法若ハ新聞紙法ニ依ル納本ヲ為サザル文書図画ニ付テハ真実ノ記載ヲ為シ又ハ成規ノ納本ヲ為ス迄地方長官(東京都ニ在リテハ警視総監)ニ於テ其ノ頒布ヲ差止メ必要アリト認ムルトキハ其ノ印本及刻版ヲ差押フルコトヲ得
 前項ノ規定ニ依リ頒布ヲ差止メラレタル文書図画ヲ頒布シタル者ハ三百円以下ノ罰金ニ処ス
    附 則 
 本法ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス     【以下、次回】

 冒頭に、「未曾有の大事変」とあるが、これが「二・二六事件」を指すことは言うまでもない。また、そのあと成立した「不穏文書臨時取締法」は、法案の段階では、「不穏文書等取締法」と呼ばれていたという。

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