礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「局長室が大事だ」が、「局長室が火事だ」と聞こえた

2021-03-08 03:26:10 | コラムと名言

◎「局長室が大事だ」が、「局長室が火事だ」と聞こえた

 石橋恒喜『昭和の反乱』の上巻(高木書房、一九七九年二月)から、「十五 白昼の惨劇」の章を紹介している。本日は、その三回目(最後)。

 血塗られた軍務局長室
 これより先、十二日早朝、西田〔税〕宅を辞去した相沢は、将校マントを羽織り、手にはトランクをさげて陸軍省へ向かった。裏門口でタクシーから降りると、まっすぐ整備局長・山岡重厚〈シゲアツ〉の部屋へ通った。山岡は相沢が士官学校生徒時代の生徒隊長で、彼が私淑する上官の一人である。型どおりの転任のあいさつをすましたところへ、給仕の少年がお茶を持ってきた。
「給仕君、すまんが軍務局長閣下が部屋におられるか、見てきてくれたまえ」
 相沢は丁重に少年にたのんだ。これを間いて、山岡はまゆをひそめた。
「なぜ永田に会うのかね……」
「転任のごあいさつにうかがいたいのです」
「イヤ、行っちゃいかん」
「イヤ、どうしてもお会いしなければならない用事があるのです」
 二人が押し問答を繰り返しているところへ、給仕が永田の在室を知らせてきた。ここでトランクを手にした相沢は、「あとでご説明いたします」と言いおいて出て行った。
 八月の中旬といえば猛暑のさ中である。軍務局長室のドアは大きく開かれたままで、入口近くに簀【す】の衝立【ついたて】が立てられてあった。折から永田は事務机をはさんで、二人の大佐と対談していた。机の上には、例の怪文書、「粛軍に関する意見書」数部が置かれていた。大佐の一人は軍務局兵務課長の山田長三郎〈チョウザブロウ〉で、いま一人は東京憲兵隊長の新見英夫〈ニイミ・ヒデオ〉である。
 その朝、憲兵隊長は、銀座裏の印刷屋から押収した「粛軍に関する意見書」をたずさえて、兵務課長を訪れた。怪文書の取り締まり状況と、一部将校の動静を報告しようというものだった。ところが 山田は、そのような報告なら直接、軍務局長にして欲しいといい、連れ立って永田の部屋へ出かけた。すると永田は、そうした報告ならば軍事課長も同席させた方がいいといったので、山田がすぐ席を立って隣室の橋本〔群〕課長を呼びに行った。そして、山田が席へ戻ろうとした瞬間である。相沢が音もなく局長室へ入ってきた。衝立のかげにトランクを置くと、マントをぬいでその上へ置いた。衝立を透かして永田の姿を認めると、すぐ軍刀を引き抜いて衝立の右側からツカツカと永田の左側へ迫った。無言である。足音を耳にして永田が顔を上げると、相沢が大上段に振りかぶっている。ハッとして立ち上がった瞬間、相沢の第一撃は右肩から背部へ振りおろされた。浅手である。永田は事務机を回って、隣りの軍事課長室へ通じるドアのノッブをつかんだ。隣室へ避けようとしたものであろう。 しかし、そのドアは局長室の方へ引かないと開かない仕組みのものだった。相沢はこれを追って直突〈チョクヅキ〉の姿勢をとるや、力いっぱい背部へ刺突〈シトツ〉を加えた。彼は剣豪をもって鳴る。切っ先は永田を刺し貫いたうえ、さらにドア深く貫いたほどである。相沢も左手掌で軍刀を握りしめたため、指四本に骨に達する傷を負った。
 これは永田にとって致命傷であった。相沢が取刀を引き抜くと、永田はよろめきながら応接用のテーブル忖近まで逃れようとした。相沢は追いすがって、さらに永田の頭部に一刀を浴びせた。永田はついに力尽きて、バッタリあおむけに倒れた。これを見すました相沢は、なおもとどめの第四刀を右頸部に加えた。
 同席していた新見は仰天した。相沢の背後から腰へ組みついたものの、小柄な彼は相沢の敵ではない。たちまち振り払われて、しりもちをついてしまった。そのとき相沢の軍刀が触れて左腕に重傷を負い、気を失ってしまった。この惨劇は一分とかかっていない。相沢は終始無言、永田も沈黙のままだった。
 相沢は凶行を終えると、無理矢理、血刀を鞘へおさめた。ドアを刺し貫いた際、刀身が曲がったからだ。彼は再びマントを羽織りトランクをさげて、悠々と整備局長室へ戻ってきた。左手からタラタラとしたたり落ちる血が、長い廊下を染めていた。
 凶行現場は悽惨【せいさん】そのものだった。じゅうたんは血の海で、遺骸はその中に浮いていた。当時、軍事課員だった池田純久は、この時の情景を左のように綴っている(日本の曲がり角)。
「午前十時ごろだったと思う(略)背の低い将校がわれわれの部屋に駆け込んできた。指揮刀を抜き身でひっさげている。斬れもせぬ指揮刀を抜いているのが、いかにも奇異に感じられた。彼は大声で怒鳴った。
『軍務局長室が火事だ、火事だ』よく見ると、その将校の左腕の軍服が裂けて、白いワイシャツは真っ赤な血に染まっている。真夏の火事とは変だなと思いながら、われわれは局長室へ一目散に駆け込んで行った。あとでわかったのだが、『局長室が大事だ』と叫んだのが、『火事だ』と聞こえたのであった。背の低い将校は東京憲兵隊長新見英夫大佐であった(略)武藤〔章〕中佐が先頭で、私がそれに続いた。なんたる悽惨なことであろうか! 局長は鮮血に染まって、片ひじついて絨毯の上に倒れているではないか。まだ息はあるようだ。だが頭はざくろのように裂けて、そこからドクドクと血がほとばしり出ている。武藤中佐がうしろから、私が前から抱きかかえるようにし、
『局長、局長』
 と数回叫んでみた。しかしなんの反応もない。かすかな呼吸の音が聞こえるばかりで、まさに虫の息である。顔は流れ出る血潮で真っ赤に染まり、さながら血だるまである。これでは手のつけようもない(略)しばらくして局長は、皆の見守るうちに、最後の息を大きく吸って、ガックリと首を垂れてしまった。臨終である。五十二歳であった。私はほとばしる血しぶきを浴びて、軍服を朱に染めた。居並ぶ人びとの間から『ああ』という嘆声が漏れ、一同は合掌して局長の死を見送った」

 石橋恒喜『昭和の反乱』の上巻には、この章のあとに、「十六 乱れ飛ぶ怪文書」、「十七 揺れ動く東京第一師団」、「十八 陸軍空前の永田事件軍法会議」、「十九 二・二六行動計画進む」の各章がある。当ブログでは、このあと、十九の章を紹介する予定である。ただし、明日は、いったん、話題を変える。

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