◎駐留軍関係者の刑事裁判権は日本側にはない
海野普吉・森川金寿『人権の法律相談』(日本評論新社、一九五三)から、当時の人権侵害事件を紹介してきたが、本日を以て、その最後とする。
本日は、いわゆる「駐留軍」による犯罪について論評している部分を紹介する。
第七章 駐留軍による人権侵害とその救済
第一節 刑 事 裁 判 権
轢かれ損殺され損 敗戦以来昭和二八年〔一九五三〕三月末までに進駐軍又は駐留軍関係の事故で非業の死を遂げた者は二、〇〇一名、傷害を蒙った者は一、六一八名の多きに上っているという(調達庁財務課六月二五日調べ――『サンデー毎日』二八年七月二一日号所載)。もっとも、この数字は被害者から補償の申請(見舞金の支給をうけるため)をしたものだけだから権利放棄をした者や強姦等で泣寝入りを余儀なくされた者も相当数あるものとみられ、実際には右の倍数に達するのではないかと推定されている。ひと頃はジープや軍用トラックなどによる事故が多く、一般に落ちついて町を歩けないという気持にすらなった時代がある。講和後の今日でも依然として事故の発生件数は多く、昭和二七年〔一九五二〕四月二八日以降二八年四月末まで調達疔に報告された件数は約四、一〇〇件(うち、交通事故三、四〇〇件、航空機事故六〇件、海上事故七〇件、その他(暴行、無銭飲食等)五七〇件)となっている(調達庁資料による)。
これらの事故は、当然日本刑法の強窃盗、住居侵入、強姦、暴行、過失傷害致死その他の罪になるのであるが、その刑事裁判権は周知のように日米行政協定によって日本側にはない。
日米行政協定 この協定第一七条によると「合衆国の軍事裁判所及び当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族(日本の国籍のみを有するそれらの家族を徐く。)が日本国内で犯すすべての罪について、専属的裁判権を日本国内で行使する権利を有する」ことを定めている(これを属人主義という)。つまり軍人、軍属やその家族までが、公務上であろうと公務外であろうと、また場所の如何を問わず罪を犯しても、その裁判権は専ら米側にあるのである。この根本方針に従って、犯人の逮捕についても詳細なとりきめがあり、日本側当局は米軍使用の施設、区域外では 犯罪の既遂又は未遂の軍人、軍属、家族を逮捕することができるが、これは直ちに米軍に引き渡さなければならない。右の施設、区域内では米人であろうと日本人であろうと、すべて米軍当局が専属的逮捕権があるほか施設、区域の近傍で、施設、区域の安全に対する犯罪の既遂又は未遂の現行犯があれば米側で逮捕することができる。また日本側当局は右の施設、区域内にある者や財産について、又は所在地のいかんを問わず米軍の財産については捜索や差押〈サシオサエ〉をする権利はない。施設、区域外でも日本側は原則として軍人、軍属、家族の身体・財産を捜索したり差し押えたりすることはできないが、前記のように犯罪の既遂、未遂で逮捕することができる者に関する場合や、日本国の裁判権に服する犯人の逮捕のために右の捜索が必要とされる場合は捜索、差押ができる(すなわち被疑事件の証拠収集のために、被疑者たる軍人、軍厲や、被疑者以外の軍人、軍属の身体・財産について捜索、差押ができる)。以上のことは行政協定に伴う刑事特別法に定められている(このほか刑事特別法には行政協定二三条に従って、合衆国軍隊の使用する施設又は区域を侵す罪、合衆国軍事裁判所の刑事裁判事件の証拠を隠滅する罪、偽証等の罪、軍用物を損壊する罪、合衆国軍隊の機密を侵す罪、同上の陰謀、教唆、せん動罪、合衆国軍隊構成員の制服又は類似品を不当に着用する罪等が規定されている)。