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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

西神田「日本書房」と四天王寺の扇面写経

2017-08-16 03:33:33 | コラムと名言

◎西神田「日本書房」と四天王寺の扇面写経

 本年五月二六日の当ブログで、〝西神田「日本書房」の包装紙に見られる経文〟というコラムを書いた。そのときは、この経文が書かれている扇面が、どういうものかを知らなかった。
 その後、たまたま、中村清兄〈キヨエ〉著『日本の扇』(大八洲出版株式会社、一九四二年八月初版)という本を読んだところ(読んだのは、一九四六年五月の再版)、この扇面は、「扇面写経」と呼ばれる貴重な文化遺産であることがわかった。
 とりあえず、同書の一一二~一一六ページにある記述を引用してみよう。

 王朝のかをりを伝へる有名な扇面写経は、それを所蔵する四天王寺が聖徳太子の御建立といふ特別な御寺【ミテラ】であるので、はやくから、同じ太子の御筆になると言ひ伝へられてゐる。しかし、その写経の書体といひ、その料紙の粉装と言ひ、決して、そんなに古いものではない。が、又決して鎌倉盛時のやうな武骨な時代の所産でもない。あの美はしい下絵、あの豊潤な書風、金銀のこまやかな装ひ、それは平安の時代の香り以外の何物でもない。既に、後白河法皇が八条女院と御ともに、文治四年〔一一八八〕九月に四天王寺で、九条兼実〈クジョウ・カネザネ〉と観性法橋〈カンセイホウキョウ〉が檀越〈ダンオツ〉となつて出来〈シュッタイ〉した扇面如法経を供養せられた事がある。それは恐らく、同じ十日に兼実が「余調進写経具、并装束等、以定長為使有御感、此事雖不可必然、如法経之間、於事有甘言等、且為謝其恐、且依思結縁也」と述べた写経であらう。その後早くも十六日には十基の宝輿に各々一巻づゝ捧ぜられ十種の供養が催されて、「法皇動随喜之叡念、動万念之駕、八条女院、依結縁御志、調十種供養、洛中之緇素貴賤、殆残人少々」といはれる盛儀を見たその扇面写経こそは、今こゝに伝はるこの国宝扇面古写経であらう。扇面の様な特種な料紙を用ひた写経の如きは、それほど数あるものとも思へない。まして、善美を尽され、しかも優しさの溢れたこの扇面写経は、四天王寺に御帰依深かつた八条女院によつてこそ寄進せられるべきものであらう。
 今は硝子板にはさまれたこの扇面写経は、明治の初年迄はまだ冊子で、春の日のつれつれにみ寺の雛僧〈スウソウ〉がうとうととながめくらしたといふ逸話もつたへられる程に、貴重がられてはゐなかつた。多分この頃は、もつと全い〈マッタイ〉形で備つてゐたものであらう。しかし、現在は四天王寺に開経の無量義経の殆んど全部と、法華経の第一巻の一部と、第六巻、第七巻の略ぼ〈ホボ〉全部が残り、別に、西教寺と法隆寺とにそれぞれ第一巻と結経の観普賢経〈カンフゲンギョウ〉との一葉づゝが、又二、三の個人に数葉分蔵せられてゐる。これらは皆今は冊子の形をとゞめすに一葉づゝはなされてゐる。しかし、東京帝室博物館には第八巻が一冊もとの姿の扇面形の粘葉装〈デッチョウソウ〉、即ち、一枚の扇面を二つ折にして、それを幾つかかさねた重ね目に糊を入れて冊子とした装禎〔ママ〕のまゝで秘蔵せられてゐる。元はすベて各巻とも粘葉帖であつたに違ひない。従つて、扇面の表にかゝれた絵は二頁置きに二頁づゝ見通しで表はれてくる事となる。寧ろ、下絵にも充分の注意をはらひ、これを見せる為に粘葉帖にしたのであらう。帝室博物館のこの第八巻の冊子を基準にして考へると、一巻の経文が下絵のある面で終る場合は不必要であるが、下絵のない扇面、つまり扇面の裏で経文が終る場合は、更に一枚経文の書かれない扇面を折り重ねた事であらう。又開経の無量義経巻の第十六面に見られる様に、故意か不意か一面飛んで経文が写される様な事もあるのであるが、とにかく、最も少く見積つても、十巻完存の場合は、扇面の総計は百二十六枚を越えたであらう。
 今はその略〈ホボ〉半数の六十三枚ほど現存することは、むしろ幸である。
 この扇面は、単なる写経料紙として扇面形に造られたのではない。扇骨に張れば立派な夏扇となる扇地紙【ヂガミ】である。この当時、扇地紙のみを鑑賞する事がすでに行はれてゐたのは時々日記などに見える所である。かうした趣味的なものとして扇地紙がたまたま写経料紙に用ひられたにすぎない。
 従つて、この扇面にほどこされた装飾は、この時代の扇の地紙のそれを示してゐる。扇に調ずる為に出来上がつてゐた扇面であるので、写しかゝれる経文とはおよそ無縁な、かへつて、扇として一般にむかへられる様な絵がかゝれてゐるのは当然である。世にいふ様な森羅万象をありのまゝ草木国土悉皆成佛、引いては娑婆即寂光土と見ようとするのが妙典の精神であるので、あの様な様々な扇面の絵も、実は妙典の心を表はしてゐるのである、とする必要もない。この扇面画の中には当時人々のもてはやした「源氏物語」や「伊勢物語」など其他の物語絵とおぼしいものが多くふくまれてゐる。【以下、略】

 これによれば、この扇面写経は、扇用に用意されたものはなく、何枚かを重ね、冊子の形にされたのだという。
 前掲『日本の扇』の一一四ページと一一五ページの間には、扇面写経の全貌を示した表が綴じ込まれている。その表によれば、日本書房の包装紙にある扇面は、法華経第一巻の第一一面にあたることがわかる。
 なお、文中に、「この扇面写経は、四天王寺に御帰依深かつた八条女院によつてこそ寄進せられるべきもの」とあるが、最近の研究は、この見解を否定している。ウィキペディア「扇面法華経冊子」の項によれば、この扇面写経は、鳥羽天皇の皇后・高陽院〈カヤノイン〉藤原泰子〈フジワラ・ノ・ヤスコ〉が、仁平〈ニンペイ〉二年(一一五二)に奉納したものであるとする説が、今日では有力だという。ちなみに、ウィキペディアの同項の参考文献欄には、中村清兄『日本の扇』は挙げられていない。

今日の名言 2017・8・16

◎ここにお前たちの居場所はない

 ヴァージニア州のテリー・マコーリフ(Terry McAuliffe)知事が、8月13日、白人至上主義者やナチ支持者(all the white supremacists and the Nazis)に向けて発したメッセージ。英語では、There is no place for you here. 同州シャーロッツビル(Charlottesville)では、前日の12日に、白人至上主義者らによる大規模な集会があり、これに反対するグループとの間で衝突が起きた結果、反対するグループの女性一名が亡くなっている。

*このブログの人気記事 2017・8・16(7・8位に珍しいものが入っています)

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