礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

坂上信夫『土地争奪史論』(1922)について

2014-07-22 05:39:21 | コラムと名言

◎坂上信夫『土地争奪史論』(1922)について

 昨年一月三日に、「坂ノ上言夫、坂ノ上信夫は同一人物、ではその本名は?」というコラムを載せた。ソコデハ、坂上信夫=坂ノ上信夫=坂ノ上言夫の略歴、業績などを紹介し、その本名について考察した。
 ちなみに、坂ノ上信夫『幕末の海防思想』(東洋堂、一九四三)ノ掲げられている「著者略歴」の冒頭は、次の通り。

 著者略歴
 坂ノ上信夫 さかのうへしのぶ 鹿児島に生れ、明治四十五年三月、県立第二中学校を卒業し、上智大学哲学科に学び中途退学す。爾来法制史を中心としてひろく日本思想史を独学自修す。
始め拷問史、日本刑罰史藁等の刑罰史に関する二三単行本と、約五十篇の雑誌論文を発表し、また「土地争奪史論」(大正十一年、神田大同館)を発表したるが、大正十二年、徳

川幕府編纂として林大学頭述斎以下二十三名の儒官により二十四年間の日子を費して撰られたる内閣文庫秘本「朝野旧聞▲藁」〈チョウヤキュウブンホウコウ〉の覆刻を独力編輯し、その第一巻(四六倍判千五十頁)を刊行し、第二巻編輯中、関東大震災によりて事業停廃のやむなきに至る。

 ▲という字がプレビューで出ないが、衣という字を上下ふたつに分け、その中央に臼という字である。
 その後、略歴中にあった『土地争奪史論』を入手した。この本の著者名は、奥付および背表紙では「坂上信夫」。しかし、本扉では「■上信夫」となっている(表紙には、書名・著者名ともなし)。■というのは、偏が山、旁が反という字で、おそらく「坂」の異体字であろう。
 このあとしばらく、この本について、紹介してみたい。ただし、都合で、明日から数日、ブログをお休みさせていただく。

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