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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

古典保存会は原本の真面目を伝へむを期せり

2014-07-21 05:35:25 | コラムと名言

◎古典保存会は原本の真面目を伝へむを期せり

 昨日の続きである。古典保存会から刊行された「古事記真福寺本」の下巻(一九二五)の末尾にある、山田孝雄による「解説」を紹介している。本日は、その五回目(最終回)。昨日、紹介した部分に続き、改行した上で、以下が続く。
 なお、明日は話題を変える。

 本書の書写はかく応安年間のものなるが、その本づく所は文永の本にあること奥書にて明かなりとす。これらの事及び、本書が古事記の研究上に貴重なる資料たることは既に菅政友〈カン・マサトモ〉の「真福寺古事記由来考」に明かにせる所なれば、今贅言〈ゼイゲン〉せず。
 本書中巻には札記〈サッキ〉四葉あり。その用紙は薄き楮紙〈コウゾガミ〉にして第二十九張左、第三十八張右、第三十九張左、第四十六張左に之を貼せり〈チョウセリ〉。その札記の文を案ずるにいずれも占部兼文〈ウラベ・カネフミ〉の案にして第二十九張及び第三十八張なるは古事記裏書なると同文なること知らるる所なるが、しかも文句に異同あるは研究上貴重すべき〔だいじにすべき〕点なり。その他の二葉も同じく古事記裏書なるべけれど、現存の本には見えず。この中巻にはなほ、兼文の注文〔注記〕を頭書〈トウショ〉にせるところあり。この事は上下の二巻と趣を異にせるものなるが、既にその奥書に見る如く中巻は別本を以て補写せるものなればなるべし。これらの事は古事記の伝来を研究するに重要なる事項なるべけれど今言及する遑〈イトマ〉を有せず。
 本書は従来極めて名高かりし〈ナ・タカカリシ〉に反して之を資料として真に研究せる者あらざりしは要するに容易に座右に置くを得ざりしに由る。今本会〔古典保存会〕はすべて原本の真面目〈シンメンモク〉を伝へむを期せり。学者まさに信をおいて可なり。
 大正十四年三月十五日       山田孝雄識

 

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