手塚治虫というと、「鉄腕アトム」や「リボンの騎士」など、子ども向けのマンガ家というイメージが強いが、この「アドルフに告ぐ」は明らかに大人向けだ。
もともとは、「週刊文春」に1983年から1985年にかけて、およそ2年半連載された作品だ。
私はすでに社会人になっていたし、わざわざ週刊文春を買って読む習慣はなかったので、当時は目にしたことはなかった。
単行本や文庫となって出版されたことは知っていた。
手塚治虫の名作の一つだということは知っていたが、あえて購入してまで、と思い、今まで読まずにいた。
このたび、図書館に全4巻が並んで置いてあったのを見て、なんだか今こそ読まなくてはいけない気がして、全巻借りてきて読んだ。
「アドルフ」という名前を聞いて、「アドルフ・ヒットラー」を思い浮かべる人は多いだろう。
そう、このマンガには、ヒットラーを含めて、「アドルフ」という人物が3人出てくる。
この本は、第2次世界大戦前から大戦時の日本とドイツを舞台にし、その3人の運命を描いたマンガだ。
思っていた以上にシリアスなストーリーが展開された。
内容にはふれないが、「火の鳥」のシリーズとはまた違う、非常に重みのある作品だった。
一気読みはできず、1巻1巻読むたびに時間をおかないと次に進めなかった。
読み終えた後、まるで映画か長編の大河ドラマを見終えたような気になった。
ヒットラーをはじめ、実在の人物も多く登場したり、年ごとに何章かの間に日本と世界の年表が登場したりするので、本来はフィクションであるこの話自体がすべて本当の話のようであった。
そうさせるのは、手塚治虫自身が少年期に味わった戦争体験があるからだ。
特高やゲシュタポの拷問やユダヤ人の銃殺、空襲時の大量死など、今見ると残酷なシーン、悲惨なシーンも多いが、事実に基づくものゆえに、マンガであっても凄惨さが伝わってきた。
改めて戦争はしてはいけないと思いながら、読み進んだ。
だが、現在、ウクライナでは間違いなく戦争が起きているのだ、とも思う。
第2次世界大戦の反省がいつのまにか薄れ、世界中に影を投げかけている現在だから、読んでいてなおのこと、怖さを感じる。
それはきっと、手塚治虫が自らの経験も交えつつ、戦争の無慈悲さを伝えたいという強い思いがあって、この作品を描いていたからだろう。
ヒューマニズムに基づく作品が多い中、この作品でも人種や民族を差別する見方の醜さが取り返しのつかない悲劇を生むのだということが、痛いほど描かれている。
彼の没後、30年以上がたっても、世界のその現実は変わっていない。
むしろ、時にはひどくなっているような気さえして、がく然とする。
手塚は、この作品の連載中にも体調を崩したことがあったらしいが、連載終了後わずか6年もしないうちに亡くなっている。
それからすでに30数年だ。
人々が手塚マンガから次第に遠ざかっていく。
これを機に、私は、彼の遺した貴重な作品を、もう少し読んでおくことにしようと思っている。