private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over10.41

2019-05-05 12:56:36 | 連続小説

「少年も、悩み多き、年ごろか。ホシノって抱え込むタイプだったんだな」
 朝比奈が、俳句でも詠むようにそう言った。
 家に帰って来くる道すがらで、朝比奈のスクーターが玄関先に止まっているのが見えたもんだから、おれは、なにごとかと早足になっていた、、、 走れる範囲で、、、 すぐに心臓があぶった、、、 別の意味でも。
 玄関にある我が家のプリンスの宮殿の横に座り込んで、プリンセス朝比奈はプリンセスとじゃれあっていた。プリンセスはご機嫌麗しい様子だ。こいつ、おれが青春のわななきの中で気苦労が絶えないっていうのに、のほほんと日々を暮らして、、、 それがネコの普通の暮らしだ、、、 そんな決めつけをすると、ネコだって楽じゃないなんて反発されるかもしれないけど。ただ朝比奈とイチャつくのは、コイツだけに与えられた特権のような気がしてなんとも許しがたい。
 今日の夕立が、おれの一日のすべての流れを演出しているようで、朝比奈が家に帰る途中、、、 いったいどこに、毎日、足しげく通っているのか、、、 運悪く夕立にみまわれ、それが丁度おれの家のそばだったもんだから、とにかく玄関先に駆け込んだということだ、、、 運良く、、、 運、良過ぎだな
 これほどうまくストーリーが進むのは、やはりフィクションだからだろうか、、、 前回、否定したのにな、、、
 朝比奈が軒先で雨宿りしているところに買い物から母親が帰って来て、家に上げてもらい、バスタオルを貸り、シャワーも勧められたけど、さすがにそれは断ったと、、、 シャワー浴びて欲しかった、、、 しかしバスタオルだけでも大収穫だ、、、 お宝にしなければ。
 見れば朝比奈が着ているのは、おれが大切にして一度もそでを通していない、メジャーリーグのレプリカユニフォームではないか。胸のチーム名が盛り上がって、なんともいえないフォルムをかもしだしている。やはり女性のユニフォーム姿はいい。
「ああ、これ? お母さんが、服が乾くまで着てなさいって。部屋の壁にいつもかけっぱなしになって、着てるところ見たことないから、よかったらあげるわよって」
 いやいや、大切に飾ってあったんだけどね、、、 それをあげるって、、、 そりゃそのユニフォームだっておれなんかに着られるより、朝比奈と密着している方がよっぽどいいに違いない。でもそのユニフォームは悪いけどあげたくないなあ。ぜひ取り戻して今後は部屋にも飾らずにもっと大切に保存しておかなくちゃ、、、 そのままの状態で、、、 ああ、おれの変態指数がどんどんあがっていく。
「あら、イッちゃん。帰ってたの、なんだか玄関先が騒がしくなったと思ったら」
 と、ふたりのあいだをひき裂く、いけずな声が割りこんできた。
「ゴメンなさい。お騒がせしちゃって。わたし、そろそろ失礼します」
 いえいえ、さっさと失礼するのはウチの母親のほうで。
「いいのよ、ゆっくりしてって。洗濯物だってまだ乾いてないし。せっかくだから部屋にあがってもらいなさい。わたしも勧めたんだけどね、イッちゃんが帰ってくるまで、ここで待つって聞いてもらえなかったのよ」
 よっしゃ。洗濯物、乾いてなくてラッキー。
「よかったわね、イッちゃん。部屋にある、いろいろと不都合なものがバレなくて」
 そう爆弾を落として立ち去っていった。まったく母親らしかぬ言動だ。あんなこと言ってますけど、別になんにもないんですよ、、、 何にもないわけはない、、、 こちとら現役バリバリの男子高校生なんだから、、、 さっきも妄想したし。
「…だって。だいじょうぶよ、なにも物色するつもりないから。それに、なにか出てきたっておどろかないわよ、高校男子なんだから。逆になにもなかったらおかしいでしょ。それじゃあ、おじゃましまーす」
 そういって、さっさとあがっていってしまった、、、 おれの部屋わかるのか。
「わかるわけないでしょ。エスコートしてくれないの?」
 エスコートするほど大きな家でもなく、おれは廊下と階段を先に進み、朝比奈を部屋へ向かい入れた。部屋でふたりになってなにか話題をとあたまを巡らしたんだけど、話題に貧困なおれは、きょうの出来事をかいつまんで話していた、、、 じゅうぶんショッキングな出来事ではある。
 それにおれとしても、自分の気持ちを整理させるためであり、自分の行動の是非を朝比奈に聞いてもらいたかったからだ。そんな重要な話しをしてる最中になのに、お約束のように、母親が、飲み物と、オヤツをそれもわざわざ二回に分けて登場して、話の腰を折り、さらにはおれの慾情をなえさせてくれた。そして冒頭のセリフに戻る、、、 律儀に戻らなくてもいいけど。
 しかし少年って、、、 いい意味でとらえればいいか。どうせあたまの中も、やってることも子どものときとなんら変わってないんだし。
「わたしは、正解捜しなんかしなくてもいいと思う。ツヨシくんの人生にホシノが関わってそれで良い結果になったのか、最大の失敗だったのかなんて、もうホシノの手を離れてるじゃない。ナガシマさんの言ったことって、そういうことだと思うんだけど。もし、ツヨシくんがホシノとの出逢いのせいで悪い人生を送るハメになったと思ったんなら、それは誰と出逢っても誰かのせいにする人間でしかない。少なくともわたしはそう思ってこれまで生きてきた」
 
うっ、言いきっちゃって、、、 そりゃ、そう言ってもらえるのはうれしいけど、それは成功体験が積み重なった結果で、おれみたいに失敗の記憶しかないヤツにとっては、誰かのせいにしないと生きていけないわけで。朝比奈のように超ポジティブシンキングになれれば、もう少しいい人生を生きてきたはずだ。
「そうだろうな… 」
 朝比奈はうれしそうな笑顔で頬杖をついて、うわ目づかいでおれのほうを見た、、、 すいません超ネガティブで。
「こともの時に、ひとりぼっちになった記憶って、いつまでも忘れないんじゃない。わたしにもそんなことあったし。誰にだって一度はそんな体験あると思うけど」
 そう言われてなんとなくあたまの中に蘇ってきた過去の記憶に、おれにもこんなことがあったって映像がよみがえってきた。
 ツヨシみたいに母親から一方的に言われて、ひとりで外に待っていたわけじゃなく、子どもの頃に、どこかデパートの屋上の遊具施設みたいなところではぐれて、ひとりぼっちになってしまった。
 あたりまえのように不安になり、バカみたいな話しだけど、どうやってこの先、生きてこうかなんてとこまで考えていた、、、 子どもの時ながら自分の不安の尺度が情けない。
 しばらくひとりで突っ立っていると、係りの人がやってきて、大丈夫? とか、おかあさんはどうしの? とか、そんなことスラスラと答えられる迷子がいたら、誰も苦労しないような声かけをしてくるもんだから、本音じゃ、これで母親を呼び出してもらえる。ああ助かったなんて思ってたけど、やっぱり素直に受け入れられずに、おかあさんにここで待っているように言われてるから大丈夫。なんて後悔すること間違い無しの返答をしていた。
 母親からはいつも、迷子になってもうろうろせずにその場で待ってなさい。おかあさんが必ず探してあげるから。と言われていたから、間違いではないはずだが、そこんとこで素直になれない。
 ただ、係員としても、ああそうですかと子どもをほかってはおけないから、いや事務室まで来なさい、放送かけてあげるから名前を言いなさい、果てはまったくこんな小さな子をひとりにして、ひどい母親だとまで言い出した。
 子供にだってプライドはある。たとえ人ごみで母親とはぐれ、不安な気持ちがあったとしても、知らないひとに自分の母親を貶められるような言葉を言われれば、否定的な気持ちになる、、、 だよな、ツヨシ。
 だからなんだけど。だから、そうやって母親のことを、とやかく言われるのが我慢ならないんだし、おれだって我慢ならなかった。意味も理由もなく庇っているわけじゃない。自分で思う分にはまだしも、ひとに言われるのは受け入れられないってのは、子どもといえば、子どもってことなんだよなあ。
 だけどデパートでそんな担当をしていれば、大勢の迷子を日々相手にしているから懐疑的になるのもあたりまえで、おれたちだって、今日そんな気持ちをいだきながらツヨシと関わっていたんだし。
「記憶って、あいまいだから。特に子供のころって。自分では本当にあったこととして記憶してるけど、実はそうでもないことっていっぱいあるみたい。おかしいでしょ、自分は経験してるはずなのに、実際ではなく。まわりの誰もが認識していない。歴史って自分の認識ではなくまわりの評価で成り立ってる。だから自分の時間軸が違っているようで、でもそれって、悪い話じゃないでしょ。いま生活している世界と、別の世界に生きてきたあかしがあるみたいで」
 朝比奈は、我が家の安物の紅茶をいつしか飲みほしていた。おれは朝比奈の言っている意味が半分もわかっていなかったけど、そうだよなあ、なんて感心したふりをしていた。 ツヨシをキッカケにして、たぶんこの先、生きていても思い出すはずもなかった記憶のフタが開いてしまった。
 そこでだ。もしおれの母親も、自分の興遊目的で、、、 つまり、パチンコとか、父親以外の男性と、、、 うーん、鳥肌が立つな。ツヨシも将来そんな気分になるんだろうかなんて、すこし同情してしまう。
 朝比奈はおれのベットに腰かけて、窓から見える月を見ていた。おれのはなしを聞いていたのか、いなかったのか。ゆっくりとうなずいたり、微笑んだりしている。月のひかりがメジャーリーグレプリカユニフォームを透かし、朝比奈の曲線を浮かび出していた。
 この瞬間も状況も本当は現実でないのかもしれない。おれが勝手にそう思い込んでいるだけで、あとから聞いてもたら誰もそんな事実はないっていわれるのかもしれない、、、 とりあえず今日は、あの場所に顔をうずめて寝る前にいそしもう、、、
「夏ってさ、ながくていつまでも終わらない感じがある。それが冬だと、はやく暖かくなればいいのにと、春が待ち遠しいのに、夏は、ながくてもはやく終わってほしいとは思わない。それって、夏休みってのが関連してるのかもしれないけど。だとしたらずいぶん罪なこの国の決まり事だな」
 そりゃおれもそう思ってる。特に朝比奈と一緒の時間はずっと続いてほしいとも。それなのに、楽しい時間はあっというまに過ぎてしまう。てことは夏休みもあっというまに過ぎてしまうんじゃないか。いやなことが多ければ長く感じるのってでは、意味がないんじゃないだろうか。
「いいことも、いやなことがいっぱいあっても、夏はながいんだから、どうにかなるんじゃないの」
 と、さすがのポジティブさ。どうせ明日になにが起こるかなんて、わかるはずないのに、わかった気になりたいのは勘違いがはなはだしいだけで、でも、そうでないと明日を迎える用意ができない日だってある、、、  これがきっかけで、おれの人生が好転すればいい、、、 それもすべて自分の考え次第なんだけどさ。