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private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

継続中、もしくは終わりのない繰り返し(事務所の中で6)

2025-03-30 15:45:18 | 連続小説

 立場が弱い者でも、やり方次第では勝てる方法があるはずなのに、それを放棄しては権力者の下僕として生きるしかない。それがイヤなら闘うことを止めないことだ。
 多くの人たちは、それを放棄しているのにもかかわらず不平不満だけを綴ることで、闘っていると勘違いしてしまっている。
 それが権力者の思うツボだと理解できている者は少ない。いたならそうなるはずはないのだから。
 エイキチは迷っている。代理人がチラつかせる問いかけのような指示に反応すべきなのか。疑問を解決して代理人のハナを明かしたとしても、自分はいったい何と闘って勝利したというのか。
 よく出来たとホメてもらいたいわけではない。そうして有頂天にさせておいて、エイキチを通じて情報がリークしている実態や、軽々しい会話をする官僚たちの実情を暴く材料に使われているだけだ。
 何にしろ、もうそういった時期は過ぎたのだ。だからマリイもそろそろケジメをつけようとしている。そうだと思いたいのはエイキチも、もうその手前まで来てることの裏返しだからだ。
 論理的に考えれば今回の大国との会合で、この国に不利な条約なりが締結され、共同発表されれば、報道機関がこぞって相手国の強権を非難しつつ、我が国の日和り見な政策を罵倒するだろう。
 報道陣が相手国にカメラを向けて非難するような問いかけをすれば、その後の関係性も悪化し、ますます現政権の立場は悪くなる。非難の目は我が国の腰抜け政府に向けさせなければならない。
 それには相手国の関係者を即刻に国外に出してしまいたい。相手国の要人もそんな報道陣の相手をする義理はない。
 軍基地を選んだのは、防衛上の理由からと、治外法権が行使でき、軍事的理由からスクランブル発進が可能だからだろう。
 ホテルから軍基地に直行して運んで、軍用機で離国させればいい。次の予定が前倒しになったとか、急遽に新しい会合が決まったとか理由はなんでもつけられる。
 攻め込む相手がいなければ、いる者に襲い掛かるしかない。その方が報道機関もやりやすい。相手国に食い入ってコメント取るには、それなりの力量と、親会社の腹を括った対応が必要となる。
 無理してスクープでも狙おうと、ヘタな行動にでれば逆に餌食にされ、やり込められて、親会社から切り捨てられればこの業界で食っていけなくなる。
 だったら、この国の政治家をしぼり上げて、庶民の留飲を下げるような記事を書けばいい。すでに仕込み済みだ。困り顔で汗を拭きながら、不細工な言い訳をする政治家の映像を流せばそれで幕引きとなる。
 どうせそんなところだ、すでに描かれている絵の評価をして、自分の存在を知らしめてなんになるのか。代理人の空拍手が聞こえてきそうだった。ただ、マリイが運ぶのはそちら側か、コチラ側かはわからない。
 真実を訴えればすべてのひとが幸せになるわけではない。誰かを踏み台にしなければ生きていけないひともいる。それを甘んじて受け入れてるのも優しさであり、現実から目を背けさせる原因にもなっている。
 奥の部屋の扉が開いてマリイが出てきた。もう少しすれば午後の7時になる。今日着ていた服のまま横になっていたのか、あちらこちらにシワができていた。口にサンドウィッチを咥えている。
「おいおい、これでも客商売なんだから、、」エイキチが眉をひそめて窘める。たぶん通じていない。
「客商売って、、 短いスカートでも履けって?」遠からず、近くもなかった。
「あっ、いや、それで客が増えるわけでもないから」
 エイキチはつまらない返答だと、渋い顔をしてモニターに向かった。マリイはエイキチに寄ってきてアタマを叩いてきた。
 エイキチが言いたかったのは、流しで客を拾うわけではなく、すべて代理人から回ってくる仕事なので、客足に支障がないという意味だった。マリイがミニを履いても魅力がないという意味に取られた。
「エイキチも、ナンか食うか?」とはいえ根にはもっていないようだ。
 いま腹に入れとかないと、食いっぱぐれるだろうからと、頼むよと返答すると、マリイは台所に戻っていった。フウと息をついて肩の力を抜く。ひとりで考え事をしていると妙に力が入ってしまう。
 マリイとの他愛のない会話で身が解されていく。きっとそれがいまの自分にとって、最も大切なことであると実感できた。こういう時に、マリイとの関りなしで生きていくには辛いだろうと感じる。
 マリイが戻ってくると、先ほどとは別のサンドウィッチを咥えていた。少しずつ口の中に収まっていく。プレートを片手で持って運んでくるカチャカチャと小気味いい音がした。
 プリントアウトした資料が何枚も置かれたテーブルの上に、マリイはプレートを遠慮なく置いてきた。
 プレートに置かれた皿の上にはハムとチーズのサンドウィッチ、もうひとつはレタスとタマゴだ。マグカップにコーヒーが入っている。
 エイキチがありがとうと礼を言う。見ていた資料はトレーの下だ。それについて文句は言わない。
 マリイが咥えていたサンドウィッチは、すべて口の中に納まった。そのまま冷蔵庫に向かい炭酸水を取り出してコップに注いでいる。
 滅多にひとに会わないと、却ってひととの付き合いの感覚が研ぎ澄まされていくようだった。このひとはいったい何を考えて、この行動をしているのか。エイキチには見えてしまう。
 少しの息遣い、言葉の発し方や順番、一緒にいれば目や口の動きや、表情であったり仕草は、言葉以上に雄弁にそのひとの心内を語ってくれる。
 それが自分だけの能力なのか、みんなが持ち合わせているものなのか、近くのサンプルはマリイしかおらず、たまに来る訪問者だけで証明するには少ないエビデンスだった。
 そして当のマリイは顔や言葉にまったくと言っていいほど感情を表さない。それがまたエイキチに刺激を与える。マリイとの接触はエイキチに新たな興味を植え付け続ける。
 それがいつまで続くものなのか、そんな刹那的な関係が、自分を余計に昂らせているとは信じたくなかった。まったく見えないマリイの気持ちも考慮しなければいけない。
 マリイは炭酸水を飲みほし口からガスを抜き出す。その明け透けな行動にエイキチは脱力した笑みをこぼす。自分の前で何の気負いも、てらいもないマリイに愛おしさを感じている。
「悪りいな。こんなんで。いまさらだけど、、 」そう言ってエイキチの背後にまわる。
 そのままエイキチの肩に手を置く。そしてその手をスルスルと胸の辺りまでおろしてくる。心音を確かめるように。エイキチは戸惑っていた。やはりマリイは特別だった。
 表情からも、行動からも、言動からも、それがどうして結びついていくのか、自分の理解の範疇を超えていた。これは代理人とのやりとりより解読が難しい。
「食えよ。早く。うまいぞ、たぶん、、 」
 そう言われてエイキチが手を伸ばそうとすると、アラートが鳴った。マリイはエイキチから離れインカムをセットし、そのまま事務所を出てガレージに向かう。出動がかかるのは間違いない。
 アルファに乗り込みエンジンをかける。この頃は始動にムラがある。なだめすかせるようにして暖気を行う。少しずつカブレターにガスを送り込み、プラグの発火が安定するまで待つ。
 明日にでもエイキチに見てもらわなければならないだろう。マリイのウデだけでエンジンを動かすのも、そろそろ限界に来ているようだ。それも次があればの話しだ。代理人とエイキチの会話は続いていた。
『マリイはホテルにやってくれ。”フタマル”キッカリに出発するから裏口で待たせるんだ』
「てことは、運ぶのはあちら側か」その質問だけで、すべての答え合わせをしようとしていた。代理人は少しだけ間を置いた。
『そうだな。軍専用機が飛ぶのが”フタマル、サンマル”がギリギリだ。受け入れ側の都合があって、そこがリミットになる。超えると今夜は飛べない。そうすると、、 』
「メディアが軍基地周辺で騒ぎ出す、、 」そこまで言ってしまってから、言わされたことに舌打ちする。
『誰だって昨日より明日の方が幸せになると望んでいる。それも自分の手を使うことなく。そんな民衆が大多数を占めているこの国を、その幻想の中で生きていかせるためには、どうしても仕方がない、、 エイキチならわかるだろ』
 心がまだやめていない。それを認めたくはない。認めたほうが楽になるとわかっているのに、そうしたとたんに自分自身が空になってしまう。
「エイキチ、大丈夫だ。オマエはまだ堕ちるタイミングじゃないから」マリイがささやく。
 エイキチとマリイのあいだだけで通じる通信で言ってきた。それでエイキチは自分を保てた。
「代理人。そんなおだてを聞いている時間はないですから。マリイを出します。何かあったら連絡ください」
 そう言って、エイキチは一方的に通信を切った。それがせめてもの反抗心だった。そんなものと闘ってなんになるのか。無駄だとわかっているのに行動にでてしまう自分の小ささに舌打ちする。
 他人であろうと、仲間であろうと、忠義も誠意も損得勘定の範囲内だ。いつ、何が、どちらが有利なのかアタマが良いヤツは即刻に、そうでなくともそれなりに判断できる。
 そうして下した判断によって、自分の一生と、まわりとの関係性が構築されていく。その先に損だったのか、得だったのかは見えてくる。
 大概が自分の思い通りにはなっていない。損得はその時の感情に左右される。誰かのためにしたことは、自分の満足度も向上させるし、そのひとからの思わぬリターンを得ることもある。
 最終的にはそのほうが効果的だとわかっていても、ひとは目先の儲けに目が行ってしまう「マリイ、出れるか?」。マリイを使いこなせてこそ自分の存在価値があると思い直す。
「エンジンきついから、もうちょっと時間かかる。 、、あした、見てくれ」
 エイキチはため息を漏らす「早く言えよ、髪切ってる場合じゃないだろ」。
「いいんだよ、次で、、、」そんな含んだ言葉にエイキチは笑みを含んでしまった。
 終わりにするにはまだ早い。そう尻を叩かれている気がした。


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