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private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

継続中、もしくは終わりのない繰り返し(軍基地から帰り道10)

2025-04-27 18:45:34 | 連続小説

 基地の手前から軍事車両が先導に付いた。段取りが良い。そのクルマは道を塞いで待ち構えていた。窓から覗いてマリイのアルファを確認すると、ヒューっと感心したような口笛をふいた。
 手を上げて着いて来いと合図する。マリはそのクルマについて行った。リアウィンドからドライバーと助手席のふたりのやり取りが見える。ドライバーが助手席の兵士に何枚かの紙幣を渡した。
 もう時間的には問題ない。あとは気絶しているふたりをこのまま運ぶだけでことは済む。どの飛行機に搭乗するか知らないので付いて行けばいい。マリイも少しは気が楽になった。
 このタイミングで代理人から連絡が入った。基地内に入れば通信はできなくなる。
『エイキチ、マリイ。よくやった。任務は完了だ。あとは向こうの指示に従って行動すればいい』
 それだけだった。先導車がつくことは知っていたようだ。そして、運んだ者が本人だかどうかを説明するつもりはないらしい。
 エイキチたちが勝手にオトリかもしれないと推測しただけで、代理人からは本人として依頼されている。今回は変に勘ぐり過ぎたのか、それで普段は遣わない神経を変に使って疲れを感じていた。
 そしてなにも知らされていないエイキチは状況がわからない『マリイ。もう大丈夫なのか。基地に着いたのか?』。
 いちいちそんなことを説明するのもはばったいマリイは、あとでな、と言って通信を切ってしまった。
 着いて行った先には、軍基地には似合わないプライベートジェットが待ち構えていた。先導車が止まった。高い位置にあるテールランプがマリイの目に煩かった。
 数人の兵士がアルファを取り囲む。無造作に後部ドアが開けられる。ふたりはまだ気絶したままだ。何か言われるのかとマリイは身構えた。
 その兵士は振り向いて何か指示を与える。女性士官だった。すぐに複数の兵士がタンカを持って来た。慎重に運び出していくと、そのままジェットに搬入していった。
 本人は知らずとも、彼らはこの状況を予測していたのか、それともどんな状況であっても、任務の遂行を優先しているのか。
 ふたりがジェットに収まったのを見届けた女性士官が、後ろのドアからマリイに顔を近づけてきた「グッジョブ」。そう言って手を伸ばしてきた。
 まさかの展開に、マリイはなんだか照れくさい気持ちがありながら、右手で握手をした。手が離れるとマリイの肩を2度たたいてドアを閉じた。
 ジェットが離陸していく。時計を見ると8時半ちょうどだった。あとを追うように戦闘機が一台離陸していった。
 護衛するほどの人物なのかと考えたあと、首を振るマリイ。それほどの対応をされているとは思えない。別件だろう。
 お役御免となり、マリイはアルファをUターンさせて出口へ向かう。女性士官はサムアップをして見送ってくれた。感謝されたのだろうか。少なくとも文句は言われなかった。
 不平等な条約を締結しただの、報道陣に追いかけられるだの、そんなことよりどうしてもこの時間に、この国を発つ必用があったのではないか。
 代理人もこの時間がリミットだと言っただけで、エイキチが勝手に報道陣の餌食になると言わされただけだ。マリイにとってもギリギリの走りであり、幸運なところもあって間に合ったに過ぎない。
 この場の雰囲気を知ったマリイだけが感じることのできる、得体のしれない気味の悪さがこみ上げてきた。余りも出来すぎている。作られた空間がここにはあった。間に合わなかったときに一体何が起きたのか。何故かマリイも肝が冷えてきた。
 この国の人々には知ることのない特別な時間が流れている。知らなければ何も気にならずに過ごしてしまったあいだに、普段なら起きないような事象が起きたかも知れない。
 帰りのゲートはアルファ1台だけだ。お付きのクルマはいない。入る時は愛想の良かった詰め所の門番は、無表情で事務的にゲートを開けると、すぐに端末をいじりはじめた。他に気になることがあるらしい。
 何も特別ではないように。日常の一部のように。それがマリイを余計に嫌な気分にさせていった。一刻も早くここから離れたくなった。
『マリイ、なにかあったか?』基地を出て、通信が回復したところでエイキチが堪えきれずに訊いてきた。
「さあな、、」これではエイキチも話しを続けようがない。訊きたいことは山ほどあった。
 マリイはもはや悠々とナイトドライブを楽しむことにした。エイキチに話しをしたくても、実際に何が起きたのかマリイにもよくわかっていない。
「結局は、アタシたちは代理人に踊らされていただけだ。ハナを明かしてやろうとか、期待を上回ってやろうとか言っても、それはやっぱり代理人の思惑通りだ」
 それぐらいが精一杯だった。現実は知らないところで勝手に動いている。どうしたって自分達でできることは限られている。
「そうかも知れないけど、代理人だってそこに賭けるのはリスクが高いだろう。オレたちを煽ったからって必ずうまく行くとは限らないし、失敗したとき責任を取らなきゃならないのは、代理人であり、オーナーだ」
「だからだよ、、」マリイはそんなふうにわかったような口をきいた。エイキチは何もつかめない。
 だからこう言うしかなかった「何が?」。
「保険をかけているんだ、、」つけっんとんにマリイが言う。
「保険?」それはエイキチも気にはなっていた。ことが大きくなればなるほど、仕事にかかるリスクは高まるばかりだ。
「運んでみてわかった。迎え入れた兵士の様子をみてわかったんだ。あれはオトリだ。今ごろ本人は、高級ホテルでゆっくりくつろいで、明日にはファーストクラスでご帰還だ」
 確かにエイキチもそのスジは予想していた。マリイが何かをみて、それを確信したのだろう。
「でも、9時キッカリに飛んだんだろ」そこがポイントになるはずだった。
 走行音が続いた。それが途切れると信号待ちだ。気の抜けた息もれだけが届く。
「どうだかな、9時キッカリでないと困るのはアチラさんじゃないんだ。上ばかり見てると下が疎かになり、下ばかり見ていれば上に隙ができる」
 マリイはそんな禅問答のような言葉を吐いた。それではエイキチは何も答えようがない。
 事務所の部屋で寝転がった時に、天井のダクトが汚れていた事を思い出して、それにかけて言ってみただけだった。
「この国の閣僚が困ることになるから、仕込んだってことか?」
 エイキチもマリイが何処まで確信を持って言っているのか疑心暗鬼だ。これでは自分の領分が侵されてしまう。
「エイキチ。心配するなよ。すべてわかって言ってるわけじゃないから。そういうニオイがするって、それぐらいのものだ」
 そういう感覚的な部分は馬鹿にできない。理論で固めるタイプのエイキチには特に弱いところであり、これまでも何度も痛い目をみている。
 マリイは、そういったひらめきを持ち合わせている。エイキチもそれには一目置いていた。当の本人は当てずっぽうで言っているので、それほど記憶に残っておらず、得意げでもない。
 アルファは軽快に夜の街を快走していく。マリイは窓を少し開けて空気を入れる。甘い香りがした。車内に残っていた嫌な毒素が浄化されていく。
 エイキチが見るモニターに気になる一文が目についた。自国のエアバスが他国のプライベートジェットとニアミスを起こしそうになったとある。
 プライベートジェットの飛行計画は提出されておらず、目下、原因を解明中とまで表示して直ぐに消えた。エイキチもモニターを見ていなければ見逃していただろう、一瞬の出来事だった。
 この場合考えられるのが、介入不可のお達しが出たということだ。エイキチはすぐさまエアバスの予定航路を調べた。
 先のプライベート機が、1分毎に進む飛行空域を割り出し当てはめる。5分遅ければ衝突していたのがわかる。
 自分の中に溜まった毒素もなくなっていけばいいと、マリイはクルマを走らす。いくらスピードをあげてもそれは消えないようで、単なる気の紛らわしにかならなかった。
 どういうことだ。エイキチが訝しがる。もちろん航路が重なるとしても、必ず衝突するわけではない。回避行動は取るだろうし、民間機が路線に侵犯してくること自体あり得ない。
 プライベート機のあとを追うように同じ基地から戦闘機も離陸している。要人を守るためという名目で軍機が護衛し、航路のさまたげになるエアバスを仕方なく撃墜する。そんなストーリーがアタマに浮かんだ。
 有り得ない。エイキチはアタマを振った。表舞台にでるのは皆、なにも知らない者達ばかりだ。実際は要人でなくてかまわない。そう設定された人物であれば名目は立つ。
 権力者がその地位を護るために、もたらされた力を継続するために、いつだって犠牲になるのは、そんな名もなき人々だ。
 マリイとエイキチが護ったものは何だったのか。それは同時に、どこか別のところの、多くのものを護れなかったことになる。
 エイキチの脳裏に今日の文字起こしが思い浮かんだ。”ホントに、やるのか?”。”おかでは溺れんだろ”。地上で撃墜すれば溺れることはない。
 いくら走っても、マリイの気は晴れなかった。いくらモニターを凝視しても、エイキチの疑問は晴れなかった。それでもまた明日も同じことを続けている。誰にも逃れられない。


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