private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over17.32

2019-10-06 06:51:19 | 連続小説

 左折の列に並ぶ。コンピューターゲームで聴くような安っぽい音が一定の間隔で鳴り続ける。音楽の授業で聴いたメトロノームのあの音を思い出していた。早かったり遅かったりしたその音に、学級全体が操られていて嫌な感じしかしなかったなあと。
「ホシノの家ってさあ… 」
 自分が曲がろうとしているのか、この音が鳴っているから曲がるのか、なんだかそんな疑問にさいなまれていたところだった。
 唐突の質問にイメージの世界から現実に引き戻された。そういう言い方ってよくあるよな、だったらおれたちはいったいどの世界に生きているのだろうかと、現実というものがすべてが虚空であり、自分の記憶だけが唯一の頼りならこれほど脆いものはない。
 この時間だって、こんなに長く一緒にいる場合じゃないはずなのに、おれにとってはとても短く感じられる、、、 朝比奈はどうなんだろう、、、
「 …これまで、なにかカッタことあったの?」
 勝った? 誰に? おれの家が? おれ自身は誰かにまさった記憶はない。走っていた時だって、一位になったことはなく、そこそこの順位、それが伸びしろがあると言えるうちに走れなくなったのは好都合だったのかもしれない。どちらにしろ負け続けの時代、、、 この先もそれほど大差ないはずだ、、、
「ああ、そうじゃなくって、動物。いま子ネコ飼ってるでしょ。これまでになにか飼ったことあったのかなって?」
 ああ、動物。ないない。だいたいあの母親が生き物を飼うって考えられない、、、 はて、どうして今回は飼う気になったんだ。
 小学校のときハムスターを飼うのが流行った時期があった。おれも飼いたいって言ったら、ウチはウチ。ヨソはヨソと、一刀両断で、部活をはじめた時にジョギングのお伴に犬を飼いたいっていったら、町内会長が飼ってるジョンとでもいっしょに走って、ついでに散歩のバイト代貰ってなにか御馳走してちょうだいと言ってたかられた。
「そうなの、今回はイレイなのね」
 慰霊、仏壇に供えるアレ? 親ネコは死んだみたいだけど、ウチに慰霊を飾る予定はないはずだ。
「じゃなく、これまででは考えられないことだったのかって?」
 朝比奈のツッコミの言葉も短くなっていく。おれにはこうして引き続き、朝比奈の貴重な時間を浪費させるぐらいしかできない。
 でもさ、すべての言葉が相手との意思を疎通させるわけじゃないんだから。いやきっと、そうでない方が多いのに、おれたちはわかったように会話をして、裏切られ、期待を超え、そうして生きている。
 そこでおれは母親がネコを飼おうとした理由を考えてみた。そうだなあ、なんでだろ。考えられるのはあの時、朝比奈が居たということと、その前に庭先でネコが死んでいた。それぐらいの起因ぐらいしか思い浮かばない。
 さすがに子ネコを無下にするには寝覚めが悪いと思ったのか、朝比奈の手前、捨ててこいとは言えなかったのか。母親にだってさまざまな理由があり、それにともなう行動がついてくる。一緒にいればそれにつきあわされ、それがいやなら離れるしかない。それが誰だったおなじのはずだ。
「要因はいろいろとあるものね、それがあの子ネコの持っていた運なのかもしれないし。いいわね、そうゆうのって、動物だけじゃなく、人が生きていく過程にも、それなりのモチベーションや、エモーショナルがあるって思い知らされてるみたいで」
 なんだか小難しい横文字を並べられてもよくわからないままうなずいておき、おれにはマスターベーションかエロチシズムぐらいしか言えないけど使いどころはない。
 おれの理解力で言わせてもらえば、おれたちは単調に毎日過ごしているようで、すべてが偶然の積み重ねで成り立っているとしてもなんらおかしくないってことで、マンホールのフタが外れていれば、壁のブロックが倒壊すれば、ビルの窓が外れれば、いつ自分が死ぬかなんてわかったもんじゃないとか。そういう不幸なニュースは日々散見されているというのに、誰も次は自分だなんて思いもしないんだから。
「じゃあ、あの子ネコちゃんは、ホシノ家で初めて飼われた動物ってことか」
 うーん、どうだろうか、なんか小学校の時に、縁日で売られていたカラーヒヨコを買った記憶があるんだけど。これは前もって母親には相談しなかった。赤やら、緑やら、青のヒヨコがめずらしくて、ニワトリになったらどうなるんだろうと、お祭りの行くからって母親から貰ったなけなしの100円で緑のヒヨコを、、、 好きな色はみどりだ、、、 ひとつ買った。自慢げに家に持って帰ると、母親に呆れられた。
「そんなヒヨコすぐに死んじゃって、ニワトリになんかなるわけないでしょ。かき氷でも食べた方がよっぽど良かったのに」って、、、 友達はカラーヒヨコも買って、かき氷も食べて、おれは両方買えるお小遣いをくれなかった母親に文句は言えなかった。
「あったね、そうゆうの。わたしは遠巻きに見てたけど。とにかく怪しげで、あの口上とか、まわりの雰囲気で買わなきゃいけないような気になるのか、小学生としては。引いた位置で見てるとね、近過ぎて見えないモノが見えるから。 …それで、どうなった? ヒヨコ」
 次の日に、野良ネコが咥えて逃げていくのを見た。キャベツかレタスかと思ったんだろうか、、、 ああ、ネコだからふつうか、、、 
 夏休みが終わると、友達のだれもカラーヒヨコの話題にはならず、どこかで色のついたニワトリを見たなんて話しもなかった。
「あたりまえでしょ。スプレーで色付けただけなんだから。もしうまく成長したとしても、もとの白いニワトリに戻るから。そこまで成長するのはまれだろうけど。その時からの縁なのかもね。ネコ飼うのも」
 ああ、そうか。だから、今回のネコはその償いか、、、 そのわりには態度でかいな、、、 なんてふざけたこと考えてたら朝比奈は口を閉じてしまった。もういいかげん生産性のない会話を続けることに飽きてしまったんだろうか。
 そこで朝比奈はポケットから腕時計を出して目を向けた。サイズが大きく男がする時計で、高級なモノに見えた、、、 そんな小道具のひとつひとつにも、おれの知らない朝比奈の過去がある、、、 日焼け跡が残るのが嫌で手首に巻くのは敬遠したという想像はできる。
「思ったより混んでる。スクーターとは勝手が違うから」
 閉口していた朝比奈は時間が心配になったからだった。行く先で事故か、工事でもあったのか、左折のクルマはなかなか進まなかった。そりゃ、スクーターならクルマの合間を縫ってスイスイと進むことも可能だ、、、 それが交通違反であっても、、、
「そう。行ける選択肢があるのは良い。ホシノって見た目によらず、形式ばったとこあるから、なにかを始めるのにカタチから入る。文章の内容より誤字脱字を気にする。正しいおこないをすれば間違いは起きない。少なくともうしろ指は差されない。でもそんなものは生きていく上でなんの役にも立たない」
 いや、それほど強気に言われると返す言葉もない。それに、いまここで人格を全否定されるような言葉をあびたけど、それほど大それた発言をしたつもりもなく、ただあえて犯罪者のお仲間になりそうな方へ進むのは賛同できないだけで、なんだか聞いた方が悪者のような気にさえさせるほどの強権発令はさすがというしかない。
「矛盾だらけでしょ人生は。あれも食べたい、これも食べたいって毎日想像してるとね、実際にそれが実現したとき食傷になっていて食べれない。食傷、わかる? 簡単に言えば、胸やけして食が進まないってとこかしら。地球が30分ほど先に進んでいたのね、きっと」
 そうやって、朝比奈はおれをけむに巻く言葉を並べる、、、 ついていけないおれが悪いのか、、、
 左側に小道があった。この列に入ろうとするクルマがジリジリとあたまを突っ込んでくる。朝比奈はチンクを進めず、一台分が入れるスペースを確保してやるようだけど、時間を気にしているのにその行動は意外だった。
 そのクルマの男はイライラしていたが、朝比奈が、、、 美人で若い女の子が、、、 道を譲ってくれたことにすっかり口角をさげて何度もあたまをさげる。
 朝比奈も人の子だ、困った人に救いの手を差し伸べる。それが自分の不利益になろうとうも、、、 なんて、感心しているおれはなんにもまだ朝比奈のことをわかっていなかった、、、


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