あの日から70年、広島市は6日、「慰霊の日」を迎えた。
原子爆弾に十四万人もの命を奪われ、『焦土の闇』と化した広島の地獄。
その街の片隅で、命懸けで取り上げられた小さな命が生まれた。
自らも被爆して四十度近い高熱があった助産師が名乗り出て、赤ちゃんを取り上げ、
焼けたトタンを盥にして産湯を使わせた。
「とても動ける状態ではなかったが、本能的に『生ませんといけん』と思った。
生まれたときは暗がりに光が差し、みんな痛みに耐えて喜んだ」
その地下室でのドキュメントを聞いた詩人の「栗原貞子」さんが一気に書きつけた”詩”
『生ましめんかな』 が、吉永小百合さんの朗読によって、生まれた光を語り継がれている。
多くの人に助けられて生かされたことに感謝したいというこの詩のモデルとなった
小嶋和子さんは、この詩を読み返すとき母を思い、地獄の底のような地下室で、不安を押し
殺して自分を生んでくれた母を想像すると涙が溢れるという。
生ましめんかな
栗原貞子
こわれたビルディングの地下室の夜だった
原子爆弾の負傷者たちは
ロウソク一本ない暗らい地下室を
うずめて、いっぱいだった。
生まぐさい血の匂い、死臭。
汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から、不思議な声がきこえてきた。
「赤ん坊が生まれる」というのだ。
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりで
どうしたらいいのだろう。
人々は、自分の痛みを忘れて気づかった。
と「私が産婆です。私が生ませましょう」
と言ったのは
さっきまでうめいた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくたあかつきを待たず産婆は
血まみれのまま死んだ
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも
毎日うだるような暑さが続いていますが、体調を崩さないよう気をつけながら、忙しい毎日を
過ごしています。 結社の句誌が届いて、生活の中から生まれた一句が師より嬉しい講評を得て
時に落ちがちな創作意欲に励みを貰っています。
想い切 他人は宿命と言うけれど
想い切 治療方針それぞれに
馴染み店 今日はマスター元気つけ
(講評) ほとんどの句は、その店で心癒されるという着想だったが、
この句はその逆で、今日は落ち込んでいるマスターを元気
付ける破目になってしまった。売り上げのことともなれば
気休めにしかならないが。
馴染み店 通院終えて花求め
灼ける道 「はだしのゲン」読み目を覆う
性悲し 我欲も含み燃ゆ花唇
水中花 時に淋しい独り言
(講評) そんなに深刻なことでなくとも人に話したり聞いて欲しくない事
を誰もいない部屋で細い声を出している様子を浮かべます。
段々年を重ねると、若い時のように喜怒哀楽をはっきり表現
しなくなるのでしょう。
魂迎え 哀しみ少しずつ癒ゆも
・・・ 結社掲載句
趣味を追いかけながら、自分の気持ちを虹色に染められる事、とても嬉しいと思います。
一度の人生、一杯欲張って念願の夢を叶えることが出来ればいいなぁと、困難な中にいても
前向きになれることに、生きる意味を強く思います。
私のブログに目を留めて頂き、有難うございます。