今日も損切り!徒然なる列車

損切続きの人生ですが、そんな事は忘れて鉄道旅や鉄道模型とかの話、日常生活での発見や思い浮かんだ話とか書いてみます。

31年前の北海道旅行46

2008-10-09 21:50:46 | 鉄道旅行
   YH付近からクッチャロ湖方向を見たところ

  1977.8.27 Sat.
  6時に起きる。私の下のベッドのヘルパーは先に起きていていない。浜頓別駅では7時40分頃に3方向に向かう列車が出るため、それに乗るものは6時30分食事である。顔を洗う水が冷たい。北海道はどこでもそうだ。朝食はまたパン。それにホットミルク、マカロニのサラダ、その他目玉焼きがあったように思う。ビンにマーガリンとジャムが入っている。トースターもあったが利用しなかった。おかずがわりに多くパンは一枚でやめた。私の隣にはミニスカートをはいた大阪の女性がいた。鏡を見なかったのだろうか、鼻から下を白い粉を塗った下手な化粧をしていた。今日札幌方面へ戻ると言う。どこに行くのか聞いてくるので利尻へ行くと言うと、鴛泊YHは面白いと言う。特に見送りが面白かったそうだ。礼文は行かないのかと聞かれ、行かないと言ったが、礼文の桃岩荘YHもよかったと言っていた。
 朝食を食べ終わるとトイレに行きたくなった。列車に乗る組は7時10分くらいに出発して行ったが、私は準備に手間取ったのとトイレに入っていたことで7時20分頃に出る。林の間からクッチャロ湖がかいま見えるところを写真に収めて駅へ急行。YHと北オホーツク荘との間の東西の舗装された道を駅方向に歩く。この道を真直ぐ行くと、浜頓別駅構内をまたぐ歩道用陸橋があり、北側に腕木信号機や機関庫が見え、南側は駅舎、ホームが見渡せる。すでにどこ行かわからないが、3本あるホームのうち2本に列車が入っている。この陸橋を渡り右に曲がるとすぐ駅である。昨日のようなややこしい道を通らなくてもこんな近道があったわけである。
我々はすぐ改札を通り、橋を渡って3番線へ。ちょうど稚内行が到着したところで、高校生らがドッと降りてきた。740発稚内行はキハ22の2連だったと思う。我々が乗ったときには空いたボックスがなかったが、SがYHで会ったあの東大生を見つけ、そのボックスに座る。何やらSと東大生が話し出した。話が鉄道の話になってきて周遊券の話、ATCなど専門的な話、私鉄、そして鉄道模型の話まで進んでいる。東大工学部相手なので専門的な話が多く私はついていけない。
 外の景色は、浜頓別を出て間もなくクッチャロ湖が見えてくる。周囲30kmはあるとYHのペアレントが言っていただけあって広い。また美しい。時間さえあれば連泊して歩いてみたいなぉと残念に思う。列車は広い放牧地や所々に木々が散在する一面の草原の中、シラカバなどの広葉樹に覆われた低い山と言うより丘陵地の間を走ったりする。稚内は新しい市街と思われる南稚内付近は別として、今まで車窓から見てきた中標津、北見、紋別などの町に比べて薄汚れた家が多いように思う。

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