昨日のブログで書いたので詳細は省くが母の病気の報を聞いて不安のまま新幹線に乗った。親孝行とは遠い存在であった。父が60代で亡くなった。母は一人で生きてきた。年に一度母に会う生活を続けた私。最近は電話すると「いつ来る」と必ず言った。「行くよ」と返し中々足が向かなかった。車窓の景色は母との思い出を写し流れて行った。
昨日のブログで書いたので詳細は省くが母の病気の報を聞いて不安のまま新幹線に乗った。親孝行とは遠い存在であった。父が60代で亡くなった。母は一人で生きてきた。年に一度母に会う生活を続けた私。最近は電話すると「いつ来る」と必ず言った。「行くよ」と返し中々足が向かなかった。車窓の景色は母との思い出を写し流れて行った。