正さん日記

世の中思いにつれて

外国旅行へ行って困ること

2006-07-31 22:51:13 | 旅行
 外国へ行って困ることが幾つかある。1つは我々レベルでは日本の情報がほとんど分からないことだ。その気になって電話などで聞けば一部の情報を手にすることができるだろうが、そんな面倒な事をしてまで日本の情報をいち早く知る程の事もないので何もしないから、滞在期間中は全く日本のことが分からない。中国でもテレビでCNNニュースなどをやっているので画面の絵からイラクやレバノン情勢等世界の最新情報は有る程度は知ることができるが、日本の政治、経済、社会情勢などほとんど分からないし、当然のことながら、野球や大相撲等スポーツの結果など分かる筈がないので、この期間は一時的に、日本における総ての関心事のインプットが機能停止状態になる。もう1つ面倒なことは、帰国してから新聞に目を通すことである。一週間留守をすると2紙取っているので朝夕刊で28部に目を通さなければならない。勿論、細部まで読めないのでさっと読み流すだけだが、それでも結構時間がかかる。そんなに拘らなくても良さそうなものだが、自らの性格がそれを許さない。中国から帰って3日経ったが、参加者への写真入慰労のハガキ、会員への帰国挨拶ハガキ、その前に、写真屋へ撮った写真のCDRM依頼、ビデオのダビング、ホームページへの掲載、ブログのトラブル、持ち帰り品の整理、活動センター連絡会会議、祭りの宮番、その間を縫ってテレビ野球観戦等忙しく、ようやく留守の間に溜まった新聞を一応全部読み終わって今ブログに向っているところである。

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中国7日間の旅

2006-07-29 23:25:59 | 旅行
 7月21日(金)から27日(木)の延べ7日間、中国内蒙古自治区恩格貝クブチ沙漠の植林を中心に中国旅行をした。この旅はポピラーな中国ツアーとは違って余り日本人が行かない所に行けることが良い。今年は内蒙古自治区の首都フフホト市から暫らく車で入ったシラムレン草原のパオに泊まり、モンゴル馬に乗っての乗馬、モンゴル相撲、羊の肉が主菜のモンゴル料理などを楽しむことができた。帰りは人気の古都西安に2泊、丸1日、兵馬俑博物館、華青池、大雁塔を見学した。2000年にもこの地を訪れたが、兵馬俑博物館が近代的に様変わりしていたのにはびっくりした。この辺にも中国の景気の良さが窺い知れた。さて肝心の沙漠植樹だが、炎天下の中、1日半作業に励み23人の参加者で約400本のポプラの苗を植えた。沙漠でのポプラの活着は3年が目途とのことであり、2年前に植えた苗は来年大きく育つか否かの別れ目か来る。今回植えた苗が沙漠の気候に負けずに丈夫に育ってくれることを祈って沙漠を後にした。この旅で中国の一部を垣間見た分けだが、オリンピックを控えて首都北京の建設ラッシュは凄まじい。また、車の数は大変なものだ。しかし、その影にやはり貧しい今までの中国が混在している。北京でもそれがあからさまに見えるし、われわれが行った内蒙古当りはほとんど貧しさが現存している。また車の事故が増大している様子で、死者は年間10万人を超えているとのことである。言われている貧富の格差は歴然としている。世界経済に台頭してきた中国とはいえ、内側からみると、貧民の生活向上は先の先といった状況に見受けた。ただ、伝えられる反日感情は極一部の層の間だけで、大多数の中国人はそんな風には見えない。日本人とも自然の付き合いができることは間違いない。
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明日から中国砂漠へ植樹活動に

2006-07-20 22:30:09 | 旅行
 明日から中国内蒙古自治区恩格貝クブチ沙漠の植樹ボランティアに出向く。所属会では今回が3回目、自身は2回目の参加である。駅から成田空港まで往復チャーターバスの大サービス付きだが、明朝は家を4時50分に出るという強硬スケジュールだ。成田から上海経由で北京入り、北京から夜行列車でフフホト迄、フフホトではモンゴルの家パオに一泊する。ここでモンゴル相撲見物や遊牧民族料理などを楽しむ。目的地中国内蒙古自治区恩格貝のクブチ沙漠で植樹作業をして、帰りは古都西安経由で成田へ戻るほぼ1週間の旅となる。今日までブログを始めて6ヶ月後の昨年12月から約7ヶ月、つまらぬ記述を休まず続けてきたが、この旅行で残念ながら7日間記述ができない。帰ってきたら、また「思いにつれて」勝手なことを書きたいと思う。
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国内外で自然災害が発生、多数の犠牲者が出る

2006-07-20 16:52:36 | 世界
  海外ではインドネシア・ジャワ島で津波により500人を超す犠牲者が出た。同国の津波被害は、2004年12月のスマトラ島沖大地震による大津波で多数の犠牲者が出たばかりで、又かの感が強い。そして我が国では、ここ数日の集中豪雨で長野を中心に8府県で、昨日まで死者12名、行方不明者12人という惨事となっている。自然災害の防御は極めて困難性があるが、総てが止むを得ないものでは無く、人事を尽くせば被害者が抑えられたという例は多い。中でも以前発生した時の学習効果をどれ程発揮したかが大事になる。ジャワ島の津波被害や、8府県の集中豪雨被害で、どのような事前の防災処置が成されていたかは分からないが、尊い犠牲者を出したことを教訓に次の災害に備えて防災の強化に努めるべきである。併せて様々な自然災害と、地球温暖化との因果関係については、研究者の一層の探求が必要になっている。

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自衛隊のイラク撤収無事終了

2006-07-20 16:24:05 | 政治
  イラク・サマーワに約2年半駐留し、復興支援に当った陸上自衛隊600人が無事撤収を完了した。この間心配された犠牲者も無く任務を完了したことは幸運と言えよう。しかし、航空自衛隊は依然イラクに残り、今までとは違い危険地域とも言えるバクダット周辺で輸送業務に当たることになるので、100%安心という訳には行かない。自衛隊のイラク派遣については、いろいろ理屈をつけて実行に踏み切ったが、実際には超憲法の上で断行したという疑念は残っている。この2年半に述べ5500人の自衛官がイラクに渡り、イラク人を延べ49万人近く雇用し、学校などの補修を請け負わしたとのことだ。これらに要した金額は今年3月末まで約743億円に及ぶ。自衛隊派遣の功罪は少し時間が経たないと明確には語れない。何故サマーワかという点も良く分からない。大体、イラク復興の必要性が地方の1都市サマーワだけに限るものではない。そのことから見えてくるのは、日本は、どうしてもアメリカに協力することが求められ、その任務地、業務は極めて限定された条件のもとに定められた。その結果、アメリカとは良好な関係を保つことができたが、国際社会からの評価については、イラク派兵に批判的だったフランス、ドイツを始めとしてどのように見られたか、イラク国内でも、アメリカに批判的なグループからの見方は、現地サマーワでも良否が分かれたように必ずしも良い評価だけではないようだ。いずれにしても、未だ航空自衛隊をイラクに残しているので、いわゆるイラク支援活動が総て終わった訳ではないが、超法規的に実行されたイラク支援活動については正確な検証が必要だ。

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パレスチナ、イスラエル紛争の解決は、双方の歩み寄から

2006-07-19 22:29:10 | 世界
 イスラエルとレバノン・イスラム教シーア派民兵組織ヒズボラ、パレスチナ・イスラム原理主義組織ハマスとの戦闘は双方に市民を中心に犠牲者が続出して止まるところを知らない。国連も仲裁をするための国際部隊派遣を検討しているが、これにはアメリカがいい顔をしていないようだ。大体アメリカは、はなから今回の紛争の元凶はハマスやヒズボラだと決め付けている。その先にはイランやシリアを見据えている。また、アラブ同盟の中にもシリアとイランの対イスラエル戦略に危険性を感じている国もあり問題を複雑にしている。しかし、イスラエルとパレスチナの終わりなき紛争を客観的に見た場合、非はどちらにあるかが問題である。確かにパレスチナはイスラエルを認めていないハマスが政権を取り、一時イスラエル、パレスチナの接近が遠のいたかに見られたが、その後ハマスのハニヤ首相とファタハのアッパス議長が協議し、ハマスの強硬姿勢緩和に向け合意形成をしたところにガザ海岸の砲撃でパレスチナ人家族7人が死亡するという事件が起きた。その後ハマスによるイスラエル兵の拉致で一気に険悪な流れになり、ヒズボラのイスラエル兵拉致が続いてイスラエルのベイルート攻撃に発展した。パレスチナにおけるイスラエル兵の拉致は、レバノンにいるハマスの強硬派が実行したものと受け止められたが、その後にシリアなどがバックアップしているとの判断が、アメリカがイスラエルを擁護している理由になっている。中東における戦闘の連鎖はなかなか断ち切れない。しかし、国連に、アメリカも同調し、イスラエル、パレスチナ双方が少しずつ妥協しない限り何時までたっても中東に平和は訪れない。
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死者は20人に、パロマガス器具事故

2006-07-19 16:40:15 | 社会
 パロマ工業(名古屋市)のガス瞬間湯沸かし器による一酸化炭素中毒死が相次いだ事故は件数27件、死亡者は20人になっていた。問題が大きくなってからずっと会社の責任を否定してきたパロマとパロマ工業も、1985年以降毎年のように事故が発生し、それを通産省(当時)に届け出ていたことの事実や、器具の改造をした業者も同社関連であったことなどから、会社責任としても逃れることができず、昨日両者の社長が初めて責任を認め頭を下げた。しかし、20人の犠牲者のほとんどが時効の5年を過ぎていることにより賠償責任の取り方をどうするかが次に注目の的になる。いずれにしても、老舗の大企業にあるまじき今度の対応の仕方は見苦しい限りだ。また、事故の報告を受けていた経済産業省(当時通産省)の危機管理はお粗末そのものである。

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王監督に捧げた神がかりの逆転勝ち

2006-07-19 16:18:20 | スポーツ
  王監督の手術が成功した18日、パリーグ首位攻防戦ソフトバンクVS西武は9-5でソフトバンクが劣勢の8回裏の大逆転劇で西武を破り、その差を1.5ゲームに縮めた。1-5で迎えた8回、3連打で無死満塁のチャンスをつくり、敵失で2点を返すと、松中の適時打や、押し出しで同点。さらに9年目辻の2点適時打で勝ち越しに成功した。この日は、王監督手術の日で特別な試合と位置づけて戦ったが、8回を迎えるまでは敗色濃厚だっただけに、9回の攻撃は神がかっていた。この勝利で、既にオールスター前の首位折り返しを決めている西武に対し、後半、何とか食らいついていける望みを膨らませた。

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 米山豪憲君殺害事件、動かなかった警察の責任は重大

2006-07-18 16:39:51 | 社会
 秋田県藤里町の町立小1年米山豪憲君殺害事件で、畠山鈴香容疑者が今日の午後、自身の長女彩香さん殺人容疑で再逮捕された。殺人動機は、本人の口からは疎ましかったと言っているようだが、当初警察が事故死と認定したのに、事件を主張し警察の再調査をしつこく要求したのは何か意図があったのか。今朝のテレ朝では、コメンテーターがいろいろ分析していたが、1つは自らが殺害したことに対するカモフラージュ、1つは事件にして犯罪被害者救済資金を貰おうとしたのではないか、とする2点の仮説を立てていたが、警察が事故として一件落着としていたものを穿り返す必要性は無く、そうすると生活が相当苦しかったとのことから推察すると、若しかしたら、犯罪被害者救済資金の知恵をどこかから仕入れ、疎ましかったという我が子を殺して事件に仕立て、犯罪被害者を装うとしたことが充分考えられる。それにしても、彩香ちゃんを川に投げ込んだとされる大沢橋近くに、当日畠山親子を目撃したという情報は、近所では広範囲に知られていたようで、警察が把握していない訳が無く、その段階で、畠山容疑者を拘束していれば、米山豪憲君の殺害は無かったことになる。何故、警察は動こうとしなかったのか、警察の責任は重大だ。

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王監督胃がん、手術成功 10日で退院も

2006-07-18 15:59:07 | 社会
 昨日、胃の手術を受けたソフトバンクの王貞治監督の容体について、担当した慶応大医学部の北島政樹教授らが今日午前、東京都新宿区の慶応大信濃町メディアセンターで記者会見し、王監督が早期の胃がんだったことを明らかにした上で、手術は成功したと語った。
 がんは胃の上部から中部にかけて約5センチ。医師団は「リンパ節1カ所に転移していたが、切除した。肉眼上は(他の臓器への)転移はない」と説明し、一般的には10日前後で退院可能という。
 王監督は18日朝に集中治療室から病室に戻って室内を歩き、医師の問い掛けに「特に痛みはない」と語るなど、経過は順調という。17日の手術は午前9時40分から始まり、午後6時47分に終了。出血は72ccと少なかったとしている。
「王監督の手術成功を祈るフアン」
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