『ゲゲゲの鬼太郎』の最終回

 『ゲゲゲの鬼太郎』の最終回というと、どの話を連想されるだろうか。
 私にとっての「鬼太郎の最終回」は、なんと言ってもアニメ第3作の最終話「鬼太郎ファミリーは 永遠に」だ。

 アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』は、今までに5作のシリーズが制作されているが、その中で最終回らしい話が作られる事もあれば、そうでない場合もある。
 各シリーズの最終話を簡単に紹介すると、


・第1作 第65話「妖怪ほうこう」:普通の話で終了

・第2作 第45話「死神のノルマ」:普通の話で終了

・第3作 第108話「鬼太郎ファミリーは 永遠に」:ぬらりひょんとの因縁の対決、最後はみんなで主題歌大合唱

・第4作 第114話「絶体絶命!死神の罠」:死神&ヒ一族の巫女との対決。鬼太郎の母がピンチを救う

・第5作 第100話「さらば父よ! 脅威の天狗王」:妖怪四十七士が選ばれて、まだまだ続くというところで終了


 以上のような感じだ。

 このうち、第5作は話半ばのところで終了してしまったので特殊な例だが、これを除くと、第1作・第2作は普通の話、第3作・第4作は最終回らしい話での締めくくりとなっている。意外な事に、これだけ長きにわたって話数も多いシリーズでありながら、最終回に前後編以上の長い話を持ってきた事は、一度もないのだ。特に、第4作では「妖怪王シリーズ」という4話にわたる長い話をやっているにもかかわらず、それが最終回というわけではない。
 また、たまたまだろうが、「死神」がサブタイトルに2回登場している点は興味深い。第4作はレギュラー悪役であったぬらりひょんではなく、死神を最後の敵に持ってきたのだ。

 そんな中で、個人的には「鬼太郎ファミリーは 永遠に」が印象深いが、それはやはり私にとって「初めて観た鬼太郎の最終回」であるから、なのだろう。
 幼い頃、初めて観たアニメ鬼太郎のシリーズは第2作だが、前述の通り第2作の最終話「死神のノルマ」は普通の話であり、最終回らしくはない。無理に最終回らしさを求めるならば、それまで数度にわたって鬼太郎と対決した死神が、パシャの持つ魂を得てようやく地獄に戻れる事になった点くらいだろうか。
 それに対して、第3作は「初めて本放送で観た鬼太郎」であり、その最終話は「初めて観た鬼太郎の最終回」であったのだ。
 1話完結である点は多少物足りないが、それでも敵味方の妖怪が多数登場しており、最後の敵となった妖怪本所七ふしぎもスケールが大きく、最終回として見応えはあった。
 ちなみに、この最終話の原作となったのは、コミックボンボンに連載されていた『最新版ゲゲゲの鬼太郎』の中の一編である。クレジットは水木しげるではなく水木プロ作品となっている『最新版』だが、この最終話をはじめとして何本かのエピソードがアニメ版に採用されている。

 ただ、「鬼太郎ファミリーは 永遠に」は、第3作本編の最終話ではあるが、第3作にはこの後も「つづき」がある。それが、時間帯を移して放映された『ゲゲゲの鬼太郎 地獄編』であり、全7話と短いシリーズでありながら、鬼太郎誕生の秘密なども盛り込まれた重要なエピソードである。
 その『地獄編』も最終話もきっちり最終回らしいエピソードではあるので、人によってはこちらを「第3作の最終話」と見なす場合もある。
 しかし、『地獄編』の放映時間帯はローカルセールス枠であったため、私の住んでいた名古屋では同時ネットされず、半年ほど遅れて夕方の再放送枠でようやく放映されたのだ。だから、個人的に『地獄編』は、あくまで番外編という印象が強い。私にとっての第3作の最終回は、「鬼太郎ファミリーは 永遠に」なのだ。

 せっかくなので、第4作の最終話「絶体絶命!死神の罠」についても、触れておこう。
 前述の通り、第4作にもレギュラー悪役としてぬらりひょんがいたが、そのぬらりひょんを最終回ではなく一回前の「鬼太郎対三匹の刺客!」(傑作ギャグ編!)で退場させて、最終話には死神とヒ一族の巫女を持ってきている点は面白い。しかし、1話でやるには詰め込みすぎた感のある内容であり、できれば前後編で観たかった話だ。なお、死神役は故・塩沢兼人氏。少々意外なキャスティングではあったが、しょぼくれた死神を好演していた。


 アニメの鬼太郎はそんな感じだが、そもそも原作からしてあまり最終回らしい最終回というのは存在しない。
 強いて最終回らしいエピソードを挙げるとすれば、週刊少年サンデー版の最終回「悪魔ブエル」だろうか。この話では、ヤカンズルを出した責任を取って、鬼太郎親子自らがヤカンズルに飲まれるのだが、外に出るには運がよくても7年はかかるだろうと言われており、悲壮感のある結末になった。ただし、アニメ版(第2作)では何の説明もなく鬼太郎が脱出に成功しており、やや不満の残るアニメ化だった。

 『鬼太郎』は週刊少年マガジンにも二度にわたって(1965~69年、1986~87年)連載されたが、いずれの最終話も最終回らしい話ではない。
 マガジン系列の雑誌で最終回らしいエピソードと言えば、1970年に読みきりで別冊少年マガジンに掲載された「その後のゲゲゲの鬼太郎」がある。
 これは、南方の島で最終的に鬼太郎が酋長に収まってしまう話であり、全鬼太郎エピソードを見ても、この話がいちばん最終回らしいかもしれない。しかし、その後もアニメ第2作とのタイアップで週刊少年サンデーに登場したのをはじめとして、長きにわたって鬼太郎の物語は描かれ続けており、「その後のゲゲゲの鬼太郎」の展開もどこかへ消えてしまっている。

 なお、水木しげる先生が生涯最後に描いた鬼太郎作品と言う意味では、『水木しげる漫画大全集』別巻1「未発表作品/未完成作品・未定稿集」に収録された「墓場の鬼太郎 妖怪小学校」がある。
 幼き日の鬼太郎が、妖怪小学校に四年生として入学したときのことを描いており、タイトルを「ゲゲゲ」ではなく「墓場」にしているあたり、いかにも古い時代の初めて明かされる秘話という感じだが、当然ながら終わりを感じさせるエピソードでは全くない。おそらく、水木しげる先生がまだご存命なら、さらに鬼太郎作品が描かれた事だろう。


 そんなこんなで、一口に「鬼太郎の最終回」と言っても、色々とある。
 今回は、久々に「鬼太郎ファミリーは 永遠に」を観たので、このように最終回についてまとめたくなってしまった。本来なら観られたはずの「第5作の最終回」についてもまだ未練があるが、放映終了からもう10年が経ってしまったからなあ。劇場版「日本爆裂」を最終回と解釈して、我慢するしかないか。
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実家暮らしの一ヶ月間

 それが起こったのは、忘れもしない4月23日の事だった。

 その日は、日曜日。特に予定も無くだらだらと過ごしており、正午少し前に昼食の準備をしていた。
 そんな時、電話が鳴った。発信元を見ると、母からとある。何かな、と思いつつ出てみると、母ではなく叔母の声がした。「お母さんが倒れた」と言うのだ。最初は、何のことだかわからなかった。後から考えると、あのときは叔母もかなり混乱していたのだが、とにかく母が倒れてA病院に救急車で搬送されるところだと言う。いまいち要領を得ないところがあったが、緊急事態なのは確かなので、すぐにA病院に向かった。

 A病院は自宅から電車で40分ほど。病院に着くまで、なるべく事態は軽いものであってくれと祈り続けた。
 病院に到着すると、叔母がいた。母は、くも膜下出血との事。はっきり言って、想定していた中では最悪の部類に入ると言っていい。やがて医師が来て、説明を聞いた。この病気が発症すると、3分の1の人はその場で亡くなること、そして回復して歩いて家に帰ることが出来るのは10分の1ほどであること、などなど。聞いているうちに、余計に暗澹たる気持ちになっていった。
 正直なところ、この時点で心配していたのは、母の葬儀のことだ。このような説明を聞けば、誰だってそうなると思う。運良く命は助かったとしても、なんと言っても脳内の出血なのだ。どんな後遺症が残るか、わかったものではない。母がどうなろうと、これからかなり大変なことになるだろうと、覚悟したのだった。

 やがて、A病院からH病院へと移されることが決まった。医師や設備など総合的に判断しての事であり、よりよい対応が出来ると言われたので、断る理由はない。
 救急車で15分ほどかかって、H病院へと着いた。救急車への同乗という初めての体験をしたが、一刻を争う状況であり、今思い返してもあまりよく覚えていない。
 H病院で、母は手術を受けることになった。H病院の医師の説明によると、カテーテルですめば「コイル塞栓術」を行い、それではダメな場合は開頭してクリップで出血部を止める手術になるという。開頭手術なんて大変なことだぞと思ったが、運よく開頭には至らず、手術はコイル塞栓術で行われた。待つこと約3時間。その間に、名古屋から妹もやってきた。やはり、最悪の場合を覚悟していたようで、喪服も持ってきたと言っていた。

 そして、手術は無事に終了した。医師によると、手術後2週間が山だという。血管が収縮する「れん縮」が起きたり、頭に水がたまる「水頭症」になったりして、生命に危険があるのだ。
 「水頭症」については、『ブラック・ジャック』をお読みの人ならよくご存じだろう。チャンピオンコミックス版第6巻の最後に収録されているアレだ。私も、まっさきに『ブラック・ジャック』を思い出したが、まさか自分の身内が水頭症になるかもしれない事態になろうとは、全く想像だにしなかった。

 医師から説明を受けた後、母の意識が回復したというので、面会。妹を見て「娘です」と言っている。とりあえず、意識はまともらしくて一安心だ。
 これ以上付きそっていても仕方が無いとの事だったので、その日は帰る事になった。帰ると言っても、自宅ではなく実家の方だ。実家は両親の二人暮らしであり、母が倒れたら父が一人になってしまう。父は、一人ではちょっと危なっかしい状態なのだ。同じ敷地内に住む叔母もいるが、今回の事でかなり憔悴しているらしく、あまり頼れない。妹は、名古屋に住んでいるので、翌日には帰ってしまう。と、なると私が実家に泊まり込むしかない。

 そんなわけで、思わぬ形での実家暮らしが始まった。
 父の世話をしつつ、昼間は母のいるH病院に見舞いに行くという生活が、約一ヶ月間続いた。はっきり言って、非常に神経を使う毎日だった。老人との二人暮らしが、こんなに疲れるものだとは思わなかった。これが自分の親じゃなかったら、放り出していただろう。その意味で、介護などの仕事をしている人はすごいと思う。

 時は流れて5月18日。母が退院した。非常に幸運な事に、五体満足な状態で、だ。
 車椅子を使うような事にはならなかったし、頭もはっきりしている。つまり、10分の1の運のいい人の中に入る事が出来たわけだが、母がこれで一生分の運を使い果たしたのではないかと、ちょっと心配ではある。

 ともかく、4月23日より前とほぼ変わらぬ日常が戻ってきた。母はまだ、寿命ではなかったのだろう。
 今回の事で、親を看取るとはどういう事なのか、そして親の介護の大変さなど、色々と考えさせられた。いずれは、本当の親との別れがやってくるのだろうが、その時になってあわてる事のないように、今のうちに出来る事はしておかなければならないと、強く思わされた。

 この一ヶ月間、ネットは主にスマホで見ていたが、やはり身内が大変な事になると、ネットへの書き込みなど積極的な参加は精神的に無理になってしまう。
 ツイッターも一ヶ月間放置してしまったので、ご心配をおかけしたのではないかと申し訳ない気持ちだ。

 アニメは、実家で普通に観ていたが、母の発病から三日間くらいはやはり落ち着いて娯楽作品を楽しむという余裕もなかった。その頃に観た作品は、上の空だったのであまりよく覚えていない。
 録画については、数日に一回自宅に戻って設定していたので、録り逃したものはない。この点、大阪に引っ越していて本当によかった。名古屋だとこうはいかなかっただろう。時間的にも金銭的にも、負担が大きすぎる。

 長くなってしまったが、この一ヶ月間は、このような事がありました。と、言ったところで、この項を終わります。
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CD『決定盤!NHKみんなのうたより大全集』を入手

 本日、1987年版のCD『決定盤!NHKみんなのうたより大全集』全8巻(キングレコード)を、手に入れた。





 このCDは長い間探していたもので、元々は高校生時代にレンタルCDとして借りたのが聴くきっかけだった。だから、25年くらい前のことになる。
 全8巻・200曲(各巻25曲)収録という大ボリュームで、古めの曲も多く含んでおり、初めて聴く曲も多かったので、「このCDが欲しい」と強く思ったものだが、当時はパソコンも持っていなかったので、仕方が無くカセットテープにダビングして、そのテープを繰り返し聴いていた。今なら、PCでリッピングするところだ。

 さて、『みんなのうた』CDに昔からつきまとっていたのが、オリジナル・カバーの問題で、最近は「全曲オリジナル歌手」のCDも各社から発売されているが、昔は様々な事情から放送版とは別の歌手がカバーした曲も含まれていた。
 この『決定盤!NHKみんなのうたより大全集』でもその問題は避けられず、ぶっちゃけた話、放送版のオリジナル歌手の割合はそんなに高くない。しかし、実際に聴いてみると、カバーの歌手でも極力放送版に似せようとしていることが伝わってきて、印象は悪くない。アポロン版の「南の島のハメハメハ大王」なんて、自分の色を出しすぎて水森亜土の面影が全然無いが、そういうのに比べるとかなり原曲に忠実ではある。
 ちなみに、カバー歌手としては、ダントツにたいらいさおの曲が多い。その次が、芹洋子か。たいらいさお、アニメソングで仕事が無いと思ったら、こんなところで歌っていたんだなあと妙な感慨に襲われてしまう。
 もちろん、このCDでも原曲に似ていない曲もあるのだが、聴き慣れてしまったのでそれはそれで味として許容できるようになってしまった。

 オリジナル歌手の割合はそんなに高くないが、それでもオリジナルで聴ける曲もそれなりにあり、「夢を盗むギャングたち」や「ぼくは大きな石ころさ」などがオリジナルで聴けるのは、貴重だと思う。
 それに、オリジナル歌手でなくても、「えんぴつが一本」のようなレア曲が収録されているのは注目に値する。ちなみに、放送オリジナルは坂本九だが、こちらは未だにCD化されていない。

 そんな感じで、個人的に非常にお気に入りのCDだったが、とっくの昔に廃盤だったので、中古品をずっと探していたのだが、見つかるのは1987年版ではなく全10巻(各巻20曲収録)の1991年版ばかり。こちらの1991年版は、一部の収録曲が異なる上に、なぜか歌手だけ差し替えられた曲もあると言う不可解な内容であり、私としてはあくまで1987年版が欲しかったのだ。
 以前、第2巻のみ見つかったが、その後はずっと入手できないままだった。それが、先日とうとう某所で全8巻セットで売り出されているのを発見したのだ。定価よりは安いが、全8巻セットなのでそれなりのお値段ではあった。しかし、次はいつ出会えるかわからないので、思い切って購入したという次第。本日、無事に全8巻セットが届いた。

 と、言うわけで、この文章はそのCDを聴きながら書いている。
 長年の宿題を一つ、片付けることが出来た気分だ。『みんなのうた』関連では、DVD-BOX以来の大きな買い物になった。このCDは、これからも繰り返し聴くことになるだろう。

 なお、このCDの収録曲については、こちらのサイトにまとめられているので、気になる方はご参照を。
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『スーパーサラリーマン 左江内氏』感想

※ドラマ『スーパーサラリーマン 左江内氏』の内容に触れています


 昨日、藤子・F・不二雄作品『中年スーパーマン左江内氏』を原作としたドラマ『スーパーサラリーマン 左江内氏』が、最終回を迎えた。

 思えば、藤子不二雄両先生の作品は、いままでアニメ化のみならず、何度もドラマ化されてきた。それらを振り返ってみると、


 『エスパー魔美』(連続ドラマ)→一応、全話完走。原作とは「超能力」の解釈が大きく違っていた点に引っかかったのを覚えている。後半のストーリーはほとんど記憶にない。原作から大きくかけ離れていたことだけは覚えている。

 「キテレツ」(単発ドラマ)→特番の一回きりだったこともあって、無難にまとめたなという印象。コロ助役が初代アニメ版の小山茉美さんだった点は好印象。オチは、「帰ってきたドラえもん」を連想した。

 『笑ゥせぇるすまん』(連続ドラマ)→全話完走。原作ありきの作品だったので、ストレス無く観ることが出来た。ただ、1時間枠だったために、どうしても間延びする印象は否めなかったが。伊東四朗の喪黒は、アニメ版を意識していた節もあり。

 『怪物くん』(連続ドラマ)→1話のみ視聴して脱落。怪物くんのキャラクターがあまりにも原作の印象とかけ離れていて、ダメだった。あれはミスキャストだろう。

 「未来ドロボウ」(単発ドラマ。『世にも奇妙な物語』枠内で放映)→主人公の年齢が上がっていたが、基本的には原作通り。これも、無難にまとめた感じか。



 と、言った感じ。上記以外にも藤子ドラマはあるが、観ていないのでここでは触れない。「山寺グラフティ」のドラマ版「逢いたい」なんかは、結構原作に忠実だと聞くので観てみたいのだが、関西ローカルのドラマでソフト化もされていないとあっては、どうしようもない。『夢カメラ』あたりは、今観るとどうなんだろうな。

 さて、それでは今回の『左江内氏』はどうだったか。

 正直言って、最初の方は相当に強い違和感を持って観ていた。左江内氏の「責任を取りたくない」という性格付けや、鬼嫁など家族のキャラ付け、小池刑事などドラマ独自の設定が原作からかけ離れているように感じて、また本筋のストーリーもオリジナルのものばかりで、これなら別に『左江内氏』ではなくてもいいのではないかと思ったためだ。

 しかし、中盤以降は基本的に楽しんで観ることが出来た。
 私が福田雄一監督の独特の演出に慣れたというのもあるだろうし、コピーロボットを登場させたりと言ったF作品を意識したお遊びがあったり、原作をモチーフとしたストーリーが展開されるようになってきて、藤子・F・不二雄作品のドラマ化としての意義が見出せるようになってきた事も大きかったと思う。
 今挙げたほかにも、悪人のスーパーマン化や、左江内氏以外のスーパーウーマン(女性なので「スーパーさん」を意識しているのか?)を登場させるなどの展開は、面白く感じた。

 最終回では、原作と違ってパーやんは登場しなかったが、その代わりにバードマンをモチーフにしたと思われる「キャプテンマン」が登場して、忘却光線ネタを絡めつつ、それまでの伏線が回収された。
 正直なところ、パーやんは出さないだろうなとは思っていたが、それでもパーマンっぽい人を出してくれたことは素直に嬉しい。それにしても、役者の顔がでかいせいもあるのだろうが、実写でパーマン(っぽい)マスクを被ると、非常にマヌケに見えると言うことをあらためて確認できた。
 最後には、原作でも触れられたスーパーマンの条件が挙げられて、ある意味では原作1話につなげる感じで終了。まあ、きれいにまとまったと思う。

 このドラマに不満があるとすれば、前半は色々と雑な部分が目に付いた点だろうか。特に、第1話で左江内氏がスーパーマンになっているところをテレビ中継されていたのにはびっくりした。
 F作品では『T・Pぼん』でも触れられていたが、いくら忘却光線があっても映像として残ってしまってはどうしようもないはずで、それで押し通すなら押し通すで、何らかの説明が欲しかったところだ。そういう細かい設定の部分のきまりごとをしっかり守るのが藤子・Fテイストだと思うのだが、その点については無頓着な部分が観られたのは残念だった。そういう所も含めての、福田監督の作風だったのかもしれないが。


 とは言え、2017年と言うこの年に『中年スーパーマン左江内氏』がドラマ化された意義は大きい。
 原作は新しい単行本が出て脚光が当たった。『ドラえもん』だけでなく、藤子・F・不二雄作品は他にも色々とあるのだということが、少しでも多くの人に伝わったとしたら、非常に嬉しい。それだけでなく、地上波テレビのゴールデンタイムで堂々と『左江内氏』が放送されているというのは、観ていて妙に可笑しいというか、愉快なことだった。
 と、言うわけで、このドラマを観てよかったと思う。4月からはアニメ『笑ゥせぇるすまんNEW』がスタート。こちらも、楽しみだ。2~3月に放映されたインド版『忍者ハットリくん』第4期も含めて、藤子作品の映像化という点で今年は非常に恵まれた年になりそうだ。
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手塚治虫記念館の一日

 3月11日は、久しぶりに宝塚の手塚治虫記念館へ行ってきた。





 目的は、この日開催された手塚るみ子さんとつのがいさんのサイン会だ。
 当日、それぞれの著書を購入することで、先着50名にサイン会の整理券がもらえるというシステムだったので、念のため開館時間よりも前の午前9時には記念館に到着するようにした。サイン会とは別にトークショーも予定されていたのだが、こちらはすでに事前に参加申し込みを締め切っており、私はそれに間に合わなかったので、参加できなかった。
 記念館に到着すると、すでに20人ほどの人が並んでいた。その中には、先週名古屋のドラえもん映画鑑賞会でご一緒した藤子ファン仲間の方のお姿も。藤子ファンとは言え、藤子以外の趣味で一緒になることもあるのだ。

 開館時間の9時30分になったので、さっそく手塚るみ子さんとつのがいさんの本を購入して、整理券をゲット。結果的には、結構遅くまで整理券は残っていたので、9時に来る必要は無かったのだが、「はたして、まだ残っているのだろうか」と思いつつ記念館に向かうのは精神衛生上よくないので、9時に来てよかったと思う。









 その後は、一階から順番に展示を観て回った。
 特に、一階はもうすでに何度も観ている展示だが、複数人で回ると色々としゃべりながら観られて、なかなか楽しかった。





 二階の企画展示室は「アトム ザ・ビギニング展」を開催中。4月からNHK総合でテレビアニメも始まる作品だが、私は未読。
 今回、展示を見て、手塚漫画のオマージュという点で色々と興味を惹かれたが、はたして漫画の方から読むべきか、それともアニメを先に観るか。漫画の方は、まだ単行本が4巻までしか出ていないようだが、アニメは1クールなんだろうか。


 その後、一度外へ出て食事を済ませたあと、再び記念館へ。
 13時からトークショー、14時10分からサイン会という予定だったので、私はサイン会が始まるまでは二階の「手塚治虫ライブラリー」コーナーで本を読んで、時間をつぶした。
 手塚治虫漫画全集をはじめとして、これまでに出た主な手塚単行本が揃っているコーナーだが、さりげなく貴重な本もあった。どう貴重なのをか書くと、盗むようなバカが現れないとも限らないので詳細は伏せるが、現在あまり容易には読めない作品が収録された単行本が、置かれていたのだ。
 あとは、「情報・アニメ検索機」で手塚アニメを鑑賞。ここでは、主だった手塚アニメの好きなエピソードを選んで観られるのだが、今更ながらそのラインナップの中に『ふしぎなメルモ』(オリジナル版)があることに気がついた。1998年に音声をリニューアルした『ふしぎなメルモ リニューアル』が制作されてからは容易には観られなくなってしまったオリジナル版だが、記念館に来れば全話鑑賞することが出来るのだ。
 個人的な思い入れから言っても、やはり『ふしぎなメルモ』はオリジナル版の方が好きなので、これは嬉しいところだ。できれば、自宅で普通に観られれば、一番いいのだが。


 そんな感じで14時過ぎまで時間をつぶして、その後サイン会に参加。つのがいさん、手塚るみ子さんの順に、著書にサインをいただいた。










 手塚るみ子さんの著書『定本 オサムシに伝えて』には、手塚るみ子さんのサインの他に幼いるみ子さんの絵も入っているが、これはカバーイラストを担当された桐木憲一先生がいらしたので、「とくにたのんで」(スネ夫の自慢風)描いていただいたもの。おかげで、いっそう貴重な本になった。

 サイン会終了後も記念館でだべっていたのだが、驚いたことに16時を過ぎた頃、富野由悠季監督と高橋良輔監督が、記念館に現れた。
 お二人は、翌日3月12日に宝塚でトークショーをされる予定だったので、それで前日に宝塚入りされたのだろう。超ベテランアニメ監督の出現に、妙に焦ってしまったが、おそれおおくて話しかけることも出来ない(と言うか、お付きの人がいたので話しかけられない)。
 しかし、レジェンドとも言うべきお二人を、初めて生で拝見することが出来たのは、いい体験だった。世の中、何があるかわからないものだ。


 記念館は17時で閉館し、その後は宝塚駅前で飲み会。私などが参加するのがおそれおおいような、すごいメンバーだった。
 そのすごいメンバーで『けものフレンズ』について語り合ったりしているのが、妙に可笑しかった。『けものフレンズ』が、本当に今注目されているのだということが実感できる時間であった。それにしても、ケモナー的には『きりひと讃歌』ってどうなんだろうな。気になる。


 と、言った感じで、朝から晩まで宝塚にいた一日だった。手塚治虫づくしの一日を過ごすことが出来た。トークショーに参加できなかったことだけは残念だったが。ご一緒していただいた皆さん、ありがとうございました。
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