「東京国際アニメフェア2008」感想(1)

 土曜・日曜日と泊まりがけで「東京国際アニメフェア2008」パブリックデーに行ってきた。
 以前から興味のあったイベントだが、昨年は3月が異様に忙しくてこんな状況だったので、身動きが取れなかったのだ。そんな訳で、今年初参加となった。

 初めてなので、昨年どのような様子だったかを調べた上で、今回のイベントの中から目当てを決めて自分なりに計画を立てていたのだが、はっきり言って見通しが甘かった。


 一日目、29日。
 確実にステージの整理券を取るために始発で会場入りする人もいるようだが、私がそれをやろうとすると前日に東京入りするしかない。一日目は、そこまで必死になってどうしても見たいイベントも無かったし、そもそも初参加なのだから無理せずにのんびり会場を回ろうと考えて、開場時刻の10時に国際展示場駅に到着するようにした。
 コミケ同様に入場待機列があるのだろうと人が並んでいるところを探していたら、ビッグサイトへと上がる階段の上から下へ列が延びており、それが右に曲がって「夢の大橋」方面へ向かっている。驚いた事に、列を適当な長さで区切って整理する事もなく、一列のまま延びていたのだ。
 夢の大橋を渡って、大観覧車のあたりにようやく列の最後尾があったので、私も並んだ。これなら、国際展示場駅ではなく東京テレポート駅で降りた方が早いくらいで、実にバカバカしい(状況がわからない人は、この地図を参照して下さい)。

 この時点で列が長い事はよくわかっていたが、それでもまだ甘く見ていた。
 もう開場しているのだから徐々に列は動くだろうし、せいぜい1時間もあれば会場に入る事が出来るだろうと思っていたのだ。
 しかし、順次会場内に人が入場しているはずなのに、なかなか列が動かず、ビッグサイト内に入る事が出来ないうちに11時が過ぎた。ゲートを壊した人が出たために入場規制がかかったと言う噂も聞いたが、真偽は定かではない。ともかく、ビッグサイト内に入るまでに1時間以上かかり、それから会場にたどり着くまでに、さらに1時間。気が付いたら、12時10分を過ぎていた。
 あわよくば観に行こうと思っていた午前中のイベントは、当然全て観られず、それどころか入るまでにかなりの体力を消耗してしまい、会場内の人混みが思ったより激しかったせいもあって、すぐにグッタリしてしまった。

 それでも、とりあえず特設ステージの様子を確認したのだが、すでに凄い長さの入場待機列が出来ており、柵の外に若干の立ち見ができるようにはなっているものの、ステージからかなり遠くてあまりよく見えそうにない。
 入場待機でさらに時間を潰すのもバカバカしいと思い、この時点で特設ステージのイベント観覧はすべて諦めて、この日は会場内を一通りブラブラしつつ、個別のブースでのイベントのうち整理券がなくても観覧可能なものを観る方針に決めた。

 と、言う訳で、この日に観覧したイベントは、以下の二つ。せっかくなので感想を書いておく。



・13:15-13:45「しゅごキャラ!」Webラジオ公開録音(ポニーキャニオンブース)
 出演:伊藤かな恵、阿澄佳奈、加藤奈々絵、豊崎愛生

 「しゅごキャラ!」アニメ本編は欠かさず観ているが、Webラジオは聴いていない。それでも、4人の掛け合いが楽しめた。

 アニメの役の上での立場とは違って、伊藤かな恵が一番下っ端として扱われているのが面白かった。アスミスは子供向け作品でも独特の黒さは変わらず。加藤奈々絵は地声もミキとほぼ変わらずびっくり。4人の中で一番先輩として場を引っ張っていた。豊崎愛生は妙にマイペースで本人と役のキャラが一番シンクロしていた。
 公開録音ならではの趣向として、絵を使った企画があり、伊藤かな恵の描いたあむちゃんが観られたのはよかった。最近は「画伯」などと呼ばれる声優もいるが、ここで披露された絵はそれなりの域に達していたのではないかと。

 予定から少し押して、ひとまず終了。ここで、伊藤かな恵は13時50分より次の予定(特設ステージIIの「鉄腕バーディ」)が入っていたため先に退場、残り三人と司会の吉田アナ(ニッポン放送)によって放送やグッズなどの告知が続けられて、最終的に14時頃終了した。
 ラジオを聞いていなくても面白くて十分に楽しめたいいイベントが、伊藤かな恵退場時に合わせて無理矢理前の方から抜け出して行った人がおり、ちと迷惑だった。他の人への配慮は忘れたくないものだと、「人の振り見て…」のことわざが頭をよぎった。
 配慮と言えば、「なかよし」連載作品のアニメだけあって、子供を最優先で入場させる心配りがあったのはよかったと思う。ファミリー入場で優先的に入れるとは言え、整理券を確保している子供がいる事自体が驚きだが。

 そう言えば、イベント開始前にステージにいた男性は、「次は「しゅごキャラ!」です。今日、観てから来られた方もいらっしゃるのではないでしょうか」なんて言っていたが、「しゅごキャラ!」を観てから10時以降に家を出ていては、ファミリー入場でない限り絶対に13時に会場にいるのは無理だろうと突っ込みたくなってしまった。今は、ワンセグなどを利用すれば、待機列でアニメを観て待っている事は可能だろうけど。



・15:00-15:30「瀬戸の花嫁」トークショー(avexブース)
 出演:桃井はるこ、水島大宙、野川さくら

 「しゅごキャラ!」は出演者達のいるステージが一段高くなっていたので整理券なしでも周囲から十分に出演者の顔が見られたのだが、こちらはステージが特に高くないので、様子がほとんど見えなかった。かろうじて背伸びをしたら三人の顔が見えるくらいか。何しろ、整理券組だけで250人もいたので、人の頭に遮られてしまうのだ。

 トークは、制作決定したOVAの話題がメイン。「いつOVA化を知ったか」という話題で、水島大宙だけが「今日、進行台本を見て」と激しく乗り遅れていたのが笑えた。この日トークショーを行う事になったのも、DVD完結記念か何かだと思っていたらしい。
 他にも、「OVAに期待する事」などの話もあったが、トークを聞く限り、声優陣はOVAがどんな内容になるのか知らされては無さそうだ。

 後は、本人が直接来た訳ではないが、ビデオ出演で政さん役の村瀬克輝が登場して観客へ応援感謝のメッセージを語っていた。髪型を合わせてサングラスをかけるだけで、どこからどう見ても「リアル政さん」になっていて、真面目に感謝の言葉を述べているにも関わらず、吹き出しそうになってしまう。普通に喋るだけで笑えるというのは、ある意味ずるい。
 政さんメッセージはビデオ出演だったためスクリーンに映し出されたので、後ろの方からでもしっかりと見る事が出来た。

 かなり人口密度が高くて苦しかったが、こちらも面白かった。この作品なら、このような形でなく単独でトーク&ライブをやっても十分に客が入るのではないだろうか。



 「瀬戸の花嫁」トークショー後は会場を一回りして、一応全てのブースを一通りチェックした。
 やる気の有るところと、あからさまにやっつけの展示をしているところの温度差が激しくて興味深かった。日本アニメーションあたりは単に力を入れていないのだろうけど、ユーフォーテーブルなどはどこまで狙ってやっているのか判断に苦しむ。

 結局、一日目は17時頃に会場を出た。とにかく「疲れた」と言う印象が強く残った一日だった。

二日目に続く)
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墓場鬼太郎 #10「ブリガドーン」感想

・墓場鬼太郎 第10話「ブリガドーン」
(脚本/堤 泰之、絵コンテ/佐藤順一、演出/羽多野浩平、作画監督/袴田裕二・窪 秀巳)


 原作は「ボクは新入生」。「ゲゲゲの鬼太郎」の「朧車」の原型となった作品だ。

 「ゲゲゲ」アニメ版では、第3作の劇場版「激突!!異次元妖怪の大反乱」が最も有名だろう。カロリーヌちゃんとねずみ男の物語は感動的だったが、後から原作のカロリーヌちゃんを見て、感動よりもっと大きな衝撃を受けてしまった。
 その点、本話のカロリーヌちゃんはきちんと原作に忠実なデザインで登場しているので、初見の人もそんなショックを受ける心配は無さそうだ。


 さて、今回は漫画家「水木しげる」先生とその一家の描写に特に注目していたのだが、こちらは正直なところ、それほどパッとしなかった印象だ。原作は、(登場人物の)水木先生が主役と言っていい物語だが、今回のアニメ版ではあくまで登場人物の一人として扱われている感じだった。
 それでも、「人だまプロパン」「お化けタイムス」の勧誘など、原作で好きなネタは入っていたのは嬉しかった。できれば、「まるでアルキメデスのような人だなア」も入れて欲しかった。水木先生役は島田敏だったが、気弱そうな感じがなかなかよかった。

 そして、今回一番印象的だったのは、怪気象=ブリガドーンの描写だった。
 怪しげな雲、それをとりまく周囲の状況、そして雲の中のいわゆる「白日夢の世界」と呼ばれるお化けの町など全てが実に念入りに描かれており、日常が変質して現れた異世界の不気味さを味わう事が出来た。アニメ「鬼太郎」で、ここまで原作寄りの「ブリガドーン」の描写にこだわったのは初めてではないだろうか。さすがに、サブタイトルに「ブリガドーン」を持ってきているだけの事はある。

 ブリガドーンを調べるために呼ばれた千里眼の僧は、トムポ。うーむ、馴染んだ名前と違うので、違和感がある。やはり、テレビアニメで人名に「チンポ」はまずいのか。こうなったら、ディレクターズカット版となるDVDに期待するか。できれば、「チンポ」「トムポ」両バージョンの収録を希望する。
 なお、トムポは京極夏彦が演じると聞いていたので、「言霊使いの罠!」の一刻堂のイメージで想像していたのだが、それとはがらっと違い、重々しい感じの発声でちゃんと高僧らしく聞こえており、感心した。他にトムポ関連では、雲の内部を解説するだけで去っていく役立たずっぷりが、去った後の一同の「ぽかーん」とした場面で強調されていて面白かった。

 今回も、尺の関係からか色々と省略された部分はあったが、ブリガドーンの描写は見応えがあったし、他にも原作の面白い部分がいくつも映像化されており、楽しめた。「ゲゲゲ」第4作以来、久々に佐藤順一が「鬼太郎」に参加した点も嬉しい。今度は、「ゲゲゲ」の方にも登場して欲しいものだ。


 とうとう、次回は最終回。これまで東海テレビはフジテレビ、関西テレビに続く三番手で放映してきたが、関西テレビは3月25日の放映が休止なので、最終話のみ東海テレビが二番手になる。どっちにしても、フジテレビではもう最終話まで放映が終わっているのだが。
 なお、後番組「図書館戦争」でも、東海テレビが二番手を維持する予定になっている。
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今年もひどかった「新魔界」TV放送

 21日に、昨年公開の映画「ドラえもん のび太の新魔界大冒険 7人の魔法使い」がテレビで初めて放送された。


 昨年の「ドラえもん のび太の恐竜2006」テレビ放映は、OP・ED及び本編一部カットで2時間枠に無理矢理押し込んだひどい物だった。今回は18時~20時48分の3時間枠(正確には2時間48分)なのでノーカット放映を期待できるかと思っていたのだが、結局今年もEDはカットされた。
 「のび太の新魔界大冒険」では、EDは本編ラストにかぶる形で歌が流れて、そのままエピローグへと続くのだが、それを機械的にスタッフロールが流れる部分をばっさりカットしており、歌の途中でいきなりエピローグへ場面が飛んでいる。
 本作のEDは、スタッフロールが流れるタイトルバックの部分も本編の続きとして話が描かれているので、作品冒頭で描かれた現実世界の危機など、今回のテレビ放送だけでは意味不明の場面がいくつか生まれてしまった。その点で、昨年以上にひどいカットの仕方だと思う。

 今回、3時間枠をとったにもかかわらずEDが流れなかった原因の一つには、番組最初の30分で「ドラえもん」テレビシリーズの中編「特撮ウラドラマン」を流した事が挙げられる。「ウラドラマン」は2パート構成で、尺は全体で21分30秒。レギュラー枠の本編が22分なので少し短めではあるが、ほぼレギュラー枠用作品の転用とみていいだろう。
 特番にテレビシリーズの新作を加えるのなら、初めから尺を考えて作るべきだと言いたいところだが、もし尺を調節していたら、おそらく「宇宙大魔王」上映会の自主製作映画本編部分がカットされただろう。この部分はアニメならではのアレンジで面白いと思ったので、個人的にはここを切れとは言いにくい。

 それで、今回の特番をDVD-RAMにコピーして、チャプターを分割して各パートの時間を調べてみたのだが、別に「ウラドラマン」をいじらなくてもEDを流せた事が判明した。
 CM明けに流れた歴代の映画紹介(各10秒)と、プレゼント告知の「ドラえもんニュース」を合わせると約3分40秒。それに対して、カットされたEDの尺が約3分10秒。つまり、映画紹介を付けず、プレゼント告知を30秒にまとめれば、EDは流す事が出来たはずだ。なお、ここで尺をカウントした「ドラえもんニュース」はOP前に流れた1分間を含んでいないし、更に言えば番組冒頭の1分20秒にわたる番組紹介部分も。もっと短くする事は可能だったろう。
 結局、番組を構成したスタッフがEDを作品に不可欠な要素と考えていないからこんな事になったのだろう。本来EDで流れるスタッフロールはOPで表示したから、EDは切ってしまおうと言う程度にしか考えていなかったのではないか。「完全版はDVDで」商法だと言う可能性もあるが、それにしては歌の途中でブッツリ切れる編集は杜撰すぎる。そんなに深く考えずにカットしてしまった結果のように思えてならない。

 3時間枠を用意してもこんな有り様では、今後「ドラえもん」のみならず、「クレヨンしんちゃん」なども含めてテレビ朝日でのアニメ映画の放送には一切期待しない方がよさそうだ。最初から、完全な放送はないと思っていた方が、精神衛生上いいだろう。


 ところで、映画と言えば今年公開の「ドラえもん のび太と緑の巨人伝」公式ファンブックが発売されたので、映画本編の疑問点が監督インタビューで少しでも解消される事を期待して、買ってきた。
 しかし、渡辺監督の場面場面での「見せ方」の意図はある程度語られていたものの、「なぜその場面であのような描写をしたか」という根本的な部分はよくわからないままだった。インタビュアーも映画がよく理解できない状態でインタビューを行ったために、疑問点をズバリ付いた質問が出来なかったのではないかと勘ぐりたくなってしまった。

 とりあえず、この本で一番よかったのは、原作短編「さらばキー坊」の初出版扉絵がカラーで掲載されていた点だ。「ぼくたち地球人」キャンペーンについて触れられていたのも、懐かしくて嬉しかった。両方とも、今回の映画には直接は関係の無い部分だが。
 しかし、1,200円と言う値段を考えると、映画自体に興味のない人には勧めにくい本だ。昨年の「新魔界」ファンブックに比べると、原作関連の記事は少なくなっている。買い逃してあとから後悔したくない人は、一応押さえておいた方がいいですよとだけ言っておこう。


 それにしても、今月は年に一度の「ドラえもん映画公開月間」なのに、映画に対してあまりいい印象が無く、ここ数年で一番楽しくない3月だった。来年こそは、映画を楽しく観ていい気持ちになりたいものだ。
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新作「ヤッターマン」は4話で視聴停止

 今週で第10話までが放映された新作「ヤッターマン」だが、第1話の感想OP主題歌騒動の件以降、当ブログではこの作品をとりあげていない。
 実は、録画は続けているが、すでに観なくなっているのだ。第4話を最後に視聴停止してしまった。


 以前にも書いたが、タイムボカンシリーズは放映開始から何話か過ぎて、作品中の人間関係やお約束がある程度確立されてからが本番だと思っている。ワンパターンギャグで笑えるのは、その基礎となる設定・世界が出来上がっていてこそだろう。
 だから、今回の新作「ヤッターマン」も最初の1クールはきちんと観た上で作品の出来を見極めようと考えていたのだが、残念な事に私にとっては第4話の出来が酷すぎた。

 第4話「北の国キャラ2008だコロン!」は、ドラマ「北の国から」のパロディネタだったが、私が「北の国から」をよく知らないせいもあって、ゲストキャラの「~なわけで」の口癖が鬱陶しく感じてしまい、それに加えてアイちゃんは相変わらず「○パー」を連発して、更にはナレーターまで「~なわけで」口調で喋りはじめて、まずセリフで非常にいらつかされてしまった。
 何か一つが引っかかると、他の部分も気になってしまうもので、三悪の声の衰え(特にボヤッキー)や、おだてブタの喋り方、戦闘で流れる変な新曲BGM(「アーウー・オジャママン」アレンジ?)など、これまであえて目をつぶっていた部分が一気に「欠点」として感じられてしまい、これまでは「新作だからキャラが変わってもいいのでは」と思っていたヤッターマン1号の情けなさも、ただただ鬱陶しく感じた。
 本編の後にタイアップEDでとどめをさされたせいもあり、第4話終了後は苦痛な30分と言う印象しかなかった。たとえ「ヤッターマン」の新作であっても、いや、「ヤッターマン」であるからこそ、この内容で毎週観続けるのはつらいと思ったのだ。

 と、言う訳で、すっかり観続ける気がなくなってしまい、第5話以降は録画したっきりだ。自分でも、こんなにも早く見切りを付ける事になるとは思っていなかった。
 8年前の「怪盗きらめきマン」の時も、1ヶ月を過ぎたあたりで「期待していたけど、なかなか面白くなって来ないなあ」と感じていたのだが、新たに投入されたギャグなどに光るものはあったし、何より観ていて不快になることはなかった。
 それと比べると、今回の新作「ヤッターマン」は、色々な仕掛けや新設定があざとすぎて、どうしても鼻につく。


 新作「ヤッターマン」を観なくなってから、今はどうしているかと言うと、DVDで「タイムパトロール隊 オタスケマン」を最初から観返している。
 「オタスケマン」はタイムボカンシリーズ中で私が一番最初に本放送で観た作品であり、DVD-BOXは発売時に買っていたのだが、これまでは気になる話を何本か観たのみだった。何度も観た作品で、しかもいつでも観られるとなると、かえってなかなか観なくなるものだ。
 しかし、新作「ヤッターマン」に失望して、タイムボカンシリーズはこんなにつまらない作品だったのかを自分にとっての原点である「オタスケマン」で確かめたいと思い、あらためて1話から観てみたのだ。

 結論としては、「やっぱりタイムボカンシリーズは面白い」と声を大にして言いたい。
 「オタスケマン」も第3話くらいまではぎこちなさが感じられたが、第4話でゲキガスキーが登場してからどんどん面白くなっていった。
 タイムパトロール隊基地での日常のやりとり、三悪とトンマノマントの掛け合い、トンマノマントの主張する変な歴史、毎回色々な人物がモデルになる顔メカ、そして締めの「愛の特訓」と、本編はたった20分程度しかないのにネタが満載で、どの話も笑って観ているうちにいつの間にかエンディングまで来てしまう。
 特に、顔メカに面白いものが多く、個人的には「宮村義人君メカ」(出演声優の顔メカ)や、聖徳太子メカ(破壊されるともっと細かいお金の人物が中から出てくる)、それにオタスケマン1号&2号メカ(ナナちゃんがわざわざヒカルの顔を攻撃する→ヒカル「ブレー」)などが笑えた。

 現在、第17話まで視聴完了。週に2話ずつ観ているペースで、新作「ヤッターマン」の放映話数を追い越してしまった。正直なところ、今改めて「オタスケマン」を観て面白くなかったらどうしようと少し心配だったのだが、杞憂だった。これだけアイディア満載で精一杯視聴者を楽しませようとしている作品が面白くならないわけがないし、実際に今観ても十分に楽しめる。時事ネタも結構多いが、元々リアルタイムで観ていた作品なので問題ない。


 とりあえず、今後はこのまま「オタスケマン」を観続けていきたい。新作「ヤッターマン」は、一応録画保存は続けるが、元祖タイムボカンシリーズとの違いをはっきり確認してしまっただけに、今後も観る事はなさそうだ。今の「ヤッターマン」は、現代の子供が観て楽しめるのであれば、それでいいと思う。
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墓場鬼太郎 #09「霧の中の ジョニー」感想

・墓場鬼太郎 第9話「霧の中の ジョニー」
(脚本/長谷川圭一、絵コンテ・演出/うえだひでひと、作画監督/岡 辰也)


 今回は「「霧の中のジョニー」初のアニメ化」と言うよりは、アニメ版「吸血鬼エリート」(「ゲゲゲの鬼太郎」第1作・15~16話)の素直なリメイクという印象を受けた。

 原作の描かれた年代を考えると順番が逆なのだが、私自身は原作もアニメも「吸血鬼エリート」を先に観ているので、どうしても「エリート」の印象が強いのだ。特に、アニメ版「ゲゲゲ」第1作の「吸血鬼エリート」は、昨年に初めて観たところなので、まだ頭に強く残っている。
 なお、「ゲゲゲ」第4作でも「吸血鬼エリート!」としてエリートの話がアニメ化されているが、こちらは大幅にアレンジされて原作とは異なる展開になっており、少なくとも私は原作版「エリート」や「霧の中のジョニー」と混同する事はない。


 とは言え、今回は「墓場鬼太郎」の1エピソードとして作られているので、さすがに単なる「吸血鬼エリート」の引き写しには終わっていない。「墓場」ならではの描写を楽しむ事が出来た。
 特に、体を溶かされて骨になった鬼太郎の描写は、特にインパクトが強かった。ジョニーのギターに合わせて鬼太郎のしゃれこうべと壺が踊る場面は、不気味な中にも滑稽なところがあり、なるほどこれが「モノノケダンス」なのかと、今更ながらOP主題歌に納得してしまった。
 ちなみに、「ゲゲゲ」第1作では、しゃれこうべの役割はゲタに置き換えられている。前話のリモコン手にも言える事だが、アニメ版「ゲゲゲ」では鬼太郎の象徴としてゲタが重宝されていたようだ。

 また、今回は鬼太郎がライスカレーをたべている場面が妙に印象に残った。
 「墓場」独特の色遣いと相まって、あのライスカレーは微妙にまずそうに見えてしまうのだが、だからこそ鬼太郎が美味そうにたべている様子が面白い。
 そう言えば、後半で目玉親父がくみ取り式便所に捨てられていたが、あそこに溜まっていた「もの」も同じような色だった。こちらは、しっかり汚く見えてリアルさが感じられた。


 それにしても、「ゲゲゲ」の方で印象的だった「コロリポン」や「けんかはよせ。腹がへるぞ」などのセリフが「ジョニー」の方で既にあり、それを「ゲゲゲ」第1作のトリオがまた演じているのだから面白い。
 ただ、今回は霧の中のジョニーのキャラクターが、期待していたほど強烈ではなかったのが、ちょっと残念だ。1話完結なので描き込めなかった面もあるのかも知れないが、原作からの印象と比べると、思ったよりおとなしい感じがした。声の江原正士氏は好演していたと思うのだが。
 そう言えば、前話の茶風林に続いて、今回は西村知道がゲストで首相役として出ていた。この人も、「ゲゲゲ」に百々爺役で出たばかり。やはり、両作品のアフレコはまとめて行われているのだろうか。


 さて、次回は「ブリガドーン」。EDでの予告映像を見る限り、カロリーヌは原作準拠の顔で登場するようだ。
 「水木しげる」一家の描写が非常に楽しみなエピソードだ。はたして、水木先生役は誰が演じるのだろうか。
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墓場鬼太郎 #08「怪奇一番勝負」感想

・墓場鬼太郎 第8話「怪奇一番勝負」
(脚本/堤 泰之、演出/角銅博之、作画監督/窪 秀巳・袴田祐二)


 前回同様に、1話完結で上手くまとめられていたと思う。
 そして、今回はようやく原作と同じサブタイトルが使われた。やはり、これが一番しっくり来る。なぜ、これまでは原作と違う題にしていたのか不思議だ。


 今回は、アニメで鬼太郎の「リモコン手」がしっかり描かれていた点が良かった。
 「墓場」時代にはまだ「リモコン手」という呼び名は出てこないが、「ゲゲゲの鬼太郎」にも受け継がれる鬼太郎の有名な身体能力の一つだ。にもかかわらず、これまでの「ゲゲゲ」アニメ版では第2作の「ダイダラボッチ」を除いて、テレビで鬼太郎の手が動くところはほとんど観られなかった。「手首だけが動き回る」という描写がまずかったのか、ゲタなどの無難な描写に置き換えられていたのだ。
 まあ、今回描かれたリモコン手の描写を観ると、子供向けの「ゲゲゲ」ではまずいだろうと言うこれまでのスタッフの判断は間違ってはいないと思った。今回は特にスタッフに気合いが入っていたのか、手の造形も動きも非常にリアルに描かれており、動いている様が実に不気味だった。よくここまでやってくれたものだと、観ていて嬉しくなってしまった。
 あと、細かい描き込みと言えば、案内人の描写も気持ち悪くてよかった。スネ毛がしっかり描かれているところが、ポイントが高い。

 それにしても、改めてこの話を観てみると、人間が鬼太郎達に家を乗っ取られた上に殺されてしまうのだから、実に理不尽な事だ。鬼太郎が地下の霊をなぐさめていると言っても、金丸達には関係のない話だろう。
 鬼太郎は、人間にとっては、ただただ不気味な存在だと言う事があらためて描かれており、前話までの水神に怯えている姿と見比べると同一人物(?)とは思えないが、それが面白い。
 作品の成立事情から考えると、「顔の中の敵」で三洋社版が終わって、「怪奇一番勝負」で再び兎月書房からの刊行になったので、ここから先は1話完結の新シリーズとなっており、そのため鬼太郎も水神の件は全く引きずっていないのだが、続けてアニメで見ると、いい意味で鬼太郎の多面性が描き出されていると思う。


 今回のゲスト声優には、「ゲゲゲ」でバックベアード役を演じている柴田秀勝が金丸役で登場。貫禄たっぷりのベアードとは全く異なる、情けなく怯えている演技が面白かった。
 また、案内人役の茶風林と、前話にガマ令嬢役で出た川浪葉子は「ゲゲゲ」の第43話にピーとモンローとして出ていたが、二作品同時に録音しているのだろうか。両作品に出ている田の中氏が高齢なので、まとめて録っていても不思議ではない。
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「アニメスピリッツ」が東海地区進出

 本日は月刊テレビ情報誌「TV Japan」の発売日。
 4月20日までの番組表が載っているので、アニメ新番組の放映枠と放映開始日を大体チェック出来た。ただし、CBCの新番組は自社制作の「イタズラなKiss」以外は全て「未定」。既に公式サイトに情報が出ている「マクロス FRONTIER」すら同様だ。
 「CLANNAD」の後に「To LOVEる」が来るとすれば、「xxxHOLiC◆継」はどの時間帯になるのだろう。1期をやった金曜枠の復活だろうか。「xxxHOLiC◆継」は1クール予定なので後番組は「ひだまりスケッチ×365」だろう。「xxxHOLiC◆継」の枠と開始時期が「ひだまり」にも影響しそうなので、気になるところだ。


 ところで、今回の改編で一番の驚きは、とうとう東海地区でも「アニメスピリッツ」枠作品が放映されるようになった事だ。新番組「純情ロマンチカ」が、三重テレビと岐阜放送で放映される

 この枠は、元々「アニメ魂」として2003年7月開始の「ダイバージェンス・イヴ」から始まった。
 最初は、地上波放映局は東京MX、tvk、KBS京都、信越放送のわずか4局で、ずいぶんケチ臭い放映形態だと思ったものだ。ただし、「アニメ魂」初期~中期はAT-Xが製作に関わっており、そのためAT-Xが最速かそれに近い速さで放映していたので、個人的には東海地区地上波での放映が無くても特に困らなかった。また、私は受信環境を持たないが、BS朝日でも放映された。
 その後に追加された放映局は、奈良テレビ、熊本放送、群馬テレビ、福井テレビと、U局アニメにあまり縁のない局ばかりであり、やはり不思議な放映形態だと思っていた。

 しかし、2007年4月より角川書店主導の「アニメスピリッツ」枠に生まれ変わると、放映局にチバテレビ・テレビ埼玉・テレビ北海道・TVQ九州放送が追加されて、ようやく関東を中心として大都市圏がかなりカバーされた。ただし、この時点でAT-Xは外れたため、CSでの放映はなくなった。
 これだけ放映局が増えても、なお東海地区は無視され続けていたのだ。さすがにこの時は、担当者が名古屋に恨みを持っているのではないかと思ってしまった。ちなみに、大阪も同様の状態なのだが、隣県のKBS京都と奈良テレビでやっているだけ、名古屋よりマシだっただろう。

 こうなると、名古屋で「アニメスピリッツ」を観る日は永遠に来ないのではと思っていた。だからこそ、今回の三重・岐阜での放映決定には驚いた。「純情ロマンチカ」は特に観たい作品ではないが、今後も続けて三重・岐阜で「アニメスピリッツ」を放映するのであれば、いつか「三重でこの枠をやっていて良かった」と思える作品に出会えるかも知れない。その点で、今回の「アニメスピリッツ」東海地区進出は歓迎している。


 それにしても、今年に入って三重テレビ・岐阜放送は、1月開始の「フルメタル・パニック!」「シゴフミ」、4月開始予定の「純情ロマンチカ」「ドルアーガの塔the Aegis of URUK」と、深夜アニメは全て二局セットでの放映だ。ようやく、関東のtvk・チバ・埼玉や関西のサン・KBSと同様に、二局合わせて東海地区の大半をカバーできると製作側から認識されるようになったのだろうか。
 この二局は、深夜アニメの放映本数が4月からは3本となり、関東・関西の各局には及ばないものの独立U局らしい編成になってきた。これまでは、「テレビ東京系もどき」の局が気まぐれにちょっとだけ深夜アニメをやっているという感じだった。

 なお、三重・岐阜で深夜アニメが増えた反動か、テレビ愛知の深夜アニメは、さらに減る予定だ。
 現状は新作12本・再放送1本の計13本だが、4月からは新作10本(「ソウルイーター レイトショー」を含む)・再放送1本の11本となる。平日一日あたり新作2本であり、まあ妥当なところだろう。ピーク時の週18本が異常だったのだ。4月以降も、テレビ愛知が新作アニメ放映本数日本一である事に変わりはないし、深夜アニメ全体の放映本数が昨年・一昨年に比べて減少傾向なのだから、テレビ愛知がアニメにやる気を無くした訳でもないだろう。



 そう言えば、「TV Japan」を読んで気が付いたのだが、明日から名古屋テレビ・日曜朝6時の枠で「ドラえもん」の再放送が始まる。「声 水田わさび」と書いてあったので、映画の宣伝を兼ねたわさドラ再放送だろう。日曜以外に、春休みには月~金曜日の帯番組で9時57分からの放映もあるようだ。
 期間限定とは言え、名古屋テレビでシンエイ藤子アニメの再放送は非常に久しぶりなので、ちょっと嬉しい。とりあえず、明日の放送分は録画しておこう。以前に関東での再放送で流れた短縮版OP・EDが観られるのだろうか。
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映画「ドラえもん のび太と緑の巨人伝」感想

 前回のエントリでも触れたが、昨日の日曜日に「ドラえもん のび太と緑の巨人伝」を観に行ってきた。
 とりあえず、今回の映画の感想を一言で表すと、「これはひどい」。これしか言いようがない。

 「のび太の南海大冒険」以降、F先生亡き後のドラえもん映画には設定の破綻や平坦な展開など不満を覚える点が多かったが、今回はそれどころではない。特に後半は何が起こっているのかさっぱりわからず、それ故にスタッフがこの映画で何を描きたいのか、全く理解できなかった。
 「ドラえもん」としてどうこう言う前に、物語としてまともに成立していない作品だと思う。


 さすがにこれだけでは根拠のない中傷になりかねないので、もう少し突っ込んで述べてみる(よって、以下ネタバレ有り。ご注意下さい)。


 まず、本作の一番の問題点は、全体として一つの物語の体をなしていないところだ。前半の、原作短編「さらばキー坊」を元にした部分から、植物星に行くまでの顛末、王女リーレや「森の民」との交流、地球人絶滅計画、「緑の巨人」の出現、そして植物星との和解と、部分部分では印象的な演出もあったし、特に後半は迫力のある映像も多く観られた。
 しかし、その部分部分で続けて観るとストーリーが進行しておらず、たとえば王女リーレの性格一つをとってみても、前半の議会に臨む前には地球進行に対してやる気のない態度だったのに、のび太やキー坊と交流した後の方が好戦的に見えてしまうような不可解な描き方をされており、心の動きが理解できない。

 他にも、



 ・「植物自動化液」が多すぎたのは意味があったのか
 ・なぜ「緑の巨人」復活にキー坊が必要なのか
 ・そもそもあれは「巨人」ではなく「巨木」にしか見えない
 ・タンマウオッチでどうして地球だけ時が止まるのか
 ・戦争後の廃墟は時系列的にいつの植物星なのか
 ・結局どこまでが長老の力によるものだったのか
 ・都会の植物の態度が描写不足で「森の民」との違いがよくわからない
 ・後半、植物星にいるのか地球にいるのか場面転換が把握できない
 ・緑の葉っぱのようなアイテムは結局何だったのか
 ・いきなり不思議パワーでお花畑が生まれるのはどうなっているか



 と、思いつくままに疑問点を挙げていっても、きりがない。本作は明らかにSFではないし、だからといって「ファンタジー」の一言で済ませるには意味不明な点が多すぎる。

 あげくのはてに、唐突に「宇宙は愛に満ちている」の言葉で締めくくられてしまい「何でいきなり「愛」に話が飛ぶんだ?」と、あっけにとられた。まだ「緑を大切にしよう」なら流れとしてわかるのだが、「愛」の描写は取って付けたように終盤に登場するのみで、話を終わらせるために無理に持ち出してきたとしか思えない。その直前に描かれたお花畑映像と合わせて、悪い意味で宗教がかった感じで気持ちの悪い終わり方だった。
 「話が意味不明」という点では、個人的にドラえもん映画の中でワースト1だ。


 さらに言えば、本作は「ドラえもん」である必然性すらない作品になってしまっている。
 いつもの5人のうち、のび太以外の4人は植物星に行ってからは完全に空気化しており、ドラえもんすらどうでもいい存在だった。本作のドラえもんは、「植物自動化液」を出した時点で役割を終えているのだ。
 前半で、大部分の道具を修理のためドラミに預ける描写があったので、これを「道具封じ」の設定として後半では少ない道具で知恵を絞る展開になるのだろうと予想していたが、後半ではドラえもんが活躍する場面は、ほとんどなかった。
 これなら、「ドラえもん」と関係のないキャラに差しかえて、キー坊は何か不思議な力で動けるようになった木の子供という設定でも話は成り立つ。「ドラえもん」を観たくて劇場に足を運んだのに、こんな作品を見せられても困ってしまう。


 ただ、最初の方で少し書いたが、部分部分の演出には、いいと思った場面はあった。
 相変わらず渡辺監督は細かい日常の描写は上手く、のび太とキー坊の交流は原作短編をなぞっているせいもあってか、落ち着いて観る事が出来た。また、好みははっきり分かれるだろうが、動きの面白さにこだわって演出できる人だと改めて思わされた。
 本作の出来を見てから考えると、渡辺監督はストーリーの組立が苦手なようなので、しっかりした原作のある作品か、さもなければしっかり脚本が練られた完全オリジナル作品で勝負した方がいいのだろう。本作のような、短編を膨らませた半オリジナル作品には向いていない。「ドラえもん」のキャラを使って「ドラえもん」で無い映画を作るくらいなら、ご自分のオリジナル企画で勝負して欲しいと思う。


 そう言えば、今回も芸能人出演者が多かったが、前作ほどには気にならなかった。各人が演じるキャラとイメージがかけ離れてはいなかったし、キー坊以外は全てオリジナルキャラで思い入れがないので前作のように声でキャラのイメージが壊される事もなく、その点では不快にはならなかった。
 むしろ、芸能人よりも森の民で多数出演していた子供の声の方が耳障りだった。てっきりテレビで発表された二人だけだと思っていたら、やたらと多くてびっくりした。


 と、言う訳で、今回は非常に厳しい事を書いてしまったが、これでも下書き段階と比べるとかなりソフトな表現に書き直している。それほど、私にとって今回の映画はひどい作品だったのだ。今後、これを下回る作品が出てこない事を祈りたい。
 最後のおまけ映像によると、来年は「のび太の宇宙開拓史」リメイクになるようだが、個人的に原作も映画も一番好きな作品なだけに、今から非常に不安だ。ロップルやクレムに下手な芸能人が声をあてて欲しくはない。とにかく、今年よりはマシな出来であってほしいものだ。
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「ドラえもん」新作映画公開日、だが…

 このブログは本来、藤子不二雄ファンとして藤子ネタを中心に書こうと思って始めたのだが、最近は藤子ネタが著しく減少している。
 ここ半年間を観返してみると、昨年9月15日以降で52の記事があるうち、カテゴリ「藤子不二雄」に属する物はたった4つ。11月上京時のトキワ荘跡地訪問記事を入れても5つしかなく、あまりに少ない。


 実のところ、半年と言わずここ一年ほど、私の中では藤子作品に対するテンションはかなり下がってしまっている。「わさドラ」放映2年目に妙なテコ入れが始まったころからその気配はあったのだが、それからずっと右肩下がりが続いて藤子作品への情熱が薄れてしまっているのだ。
 もちろん、今でもアニメ「ドラえもん」は欠かさず観ているし、藤子作品の単行本が出れば買っている。作品を読めばやっぱり面白いので藤子ファンをやめる気は全くない。

 しかし、以前ならば新作映画の公開日には普段とは違う気分の高まりがあったのだが、今年はそれがない。
 少なくとも、2年前の「のび太の恐竜2006」は東京の舞台挨拶に行くつもりでチケットを買った(結局、体調を崩して行けなかった)し、2年ぶりのドラ映画でしかも「のび太の恐竜」リメイクなので本当に楽しみだった。関連出版物や雑誌記事の情報も可能な限り集めて目を通していた。
 それに対して、今年はほぼ映画の前情報はほとんどチェックしていない。せいぜい、毎週のアニメドラで流れていた予告編を観た程度だ。昨日放送された映画直前スペシャルでは、通常放送よりは突っ込んだ内容の予告が流れていそうだが、こちらは未見。まあ、その方が新鮮な気分で映画本編を観る事が出来そうだが。

 思えば、テレビアニメの「ドラえもん」は、未だに方向性が定まらず迷走している感じで、あまり安心して楽しめる状態ではない。原作付きの30分2本立て作品はそこそこ楽しめるのだが、特番や前後編2回連続のオリジナル物が相変わらず「ドラえもん」らしくない話ばかりで、観ていてあまり面白くない。
 それに、映画に関しては昨年の「のび太の新魔界大冒険」で、主に声の出演者関連でかなりがっかりしてしまったので、今年の「緑の巨人伝」も、芸能人がたくさん出演すると聞いた段階でもう期待しない方がいいと考えるようになってしまった。


 他にも、昨年に関して言えば、「ゲゲゲの鬼太郎」関連で気分が盛り上がっていたり、色々なアニメのイベントに足を運ぶようになったりと、マンガ・アニメについては藤子作品以外の方が優先順位が高くなってしまっていた。マンガ単行本やアニメDVDも昨年あたりから今まで以上に多く購入するようになり、それらの鑑賞にも時間を取られている。
 そのため、ブログの記事も藤子以外のネタが多くなり、またブログの更新がメインになると、なかなか「ドラちゃんのおへや」の更新には時間が取れない。
 これら、色々な要因の積み重ねがあって、今の状態になってしまっているのだろう。

 ただ、基本的に私は一度何かを好きになると、一時的に興味が薄れる事はあっても、完全にファンをやめてしまう事は無い。藤子作品に関しても、高校生頃には遠ざかっていた。また、今は特に熱中している「鬼太郎」だって、アニメ第4作が終わってから数年間は、たまに原作やアニメを観返す程度だった。
 だから、今は私の人生では藤子作品に関して久しぶりの「谷」の時期なのだと思う。いずれ、また他の物が気にかからないくらいに藤子にのめり込む時期が来るのではないだろうか。それがいつになるかはわからないが。
 とりあえず、明日は地元の藤子ファン仲間で映画を観に行く予定なので、久しぶりに藤子度の高い一日になりそうだ。


 なお、今回のエントリは、gmさんのこちらの記事に大いに触発されて書いたものである事を、最後にお断りしておきます。
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墓場鬼太郎 #07「人狼と幽霊列車」感想

・墓場鬼太郎 第7話「人狼と幽霊列車」
(脚本/成田良美、演出/芝田浩樹、作画監督/大西陽一)


 本話は、「顔の中の敵」が概ね原作に忠実にアニメ化されていた。これなら、サブタイトルも素直に「顔の中の敵」でよかったのではないだろうか。ミステリアスな感じで、いい題だと思うのだが。


 今回注目していたのは、ニセ鬼太郎の最期と幽霊列車の描写だったが、どちらも「いい感じ」だった。
 ニセ鬼太郎はちゃんとコーヒーであっさり溶けており、鬼太郎も一瞬驚きはするが引きずって悲しんだりはしない。寝子さんの時とはえらい違いだ。水木を見捨てた件といい、今回といい、アニメ版で寝子さんだけは鬼太郎にとって特別な存在として別格扱いにされている事がよくわかる。
 ニセ鬼太郎は可哀想だが、「とけたっ」の一言で片付けられた原作と比べたら、溶ける場面が描かれただけアニメ版の方が扱いはよかったのではないだろうか。
 鬼太郎の態度に関しては、むしろ水神に対する怯えっぷりが念入りに描かれていて、「素で弱い鬼太郎」が新鮮だった。結局、水神は人狼が始末する訳だが、前話の感想で触れた「ゲゲゲ」第2作の「地獄の水」でも鬼太郎がほぼ同じ方法で水神を倒しており、いずれにしても鬼太郎の霊力だけでは敵わない相手なのだろう。

 Bパートは、人狼とねずみ男のコンビが面白く、本話限りなのがもったいなく感じてしまった。
 この二人が「幽霊列車」に乗る展開は、言うまでもなく「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な「ゆうれい電車」の原型。現在放映中の「ゲゲゲ」第5作で「ゆうれい電車 あの世行き」が放映されてから一年も経っていないので、事情を知らない人が観たら、混乱したのではないだろうか。
 「ゲゲゲ」の方の「ゆうれい電車」は「怖いエピソード」だと認識しているのだが、逆に「顔の中の敵」は人狼とねずみ男の恐がり方が面白く、滑稽なエピソードだと思っている。今回のアニメ版も観ていてニヤニヤしてしまった。特に、駅弁を食べるねずみ男と人狼のやりとりが、いい味を出していた。
 終盤で、人狼が列車から飛び降りる場面も、その行動のマヌケさについ笑ってしまった。「打ち所が悪かった」は、あまりにあっさり死んでしまった人狼をフォローしているつもりなのだろうか。水神をあっさり退治した人狼よりも、鬼太郎親子の霊力の方が更に勝っており、単純に強さに不等号が付けられないところがいい。
 結末では、鬼太郎とねずみ男の立場が冒頭から逆転して、ここから先の二人の関係は「ゲゲゲ」で世間に良く知られているものに、より近くなる。


 一連の長編エピソードが完結して、次回は「怪奇一番勝負」。個人的に、鬼太郎の人間に対する理不尽さが一番強く出ていると思うエピソードなので、特に楽しみだ。



補足

 「ゲゲゲ」第2作の「地獄の水」は、鬼太郎シリーズ以外の短編「地獄の水」を原作としている。私は原作を未読なのだが、この「地獄の水」は、さらに貸本で原型となる話があるようだ。
 水神絡みの水木作品の発表年代を調べてみると、「地獄の水(貸本版)」(1958年)→「水神様が町へやってきた」&「顔の中の敵」(1961年)→「地獄の水(雑誌版)」(1966年)→「鬼太郎夜話(ガロ版)」(1967~69年)となる模様。
 なお、アニメ版「地獄の水」ではコーヒーを飲んで溶けるのは警察署長の役目。何度もリライトが繰り返されているにも関わらず、このような場面が「ゲゲゲ」アニメでも残っているのが面白い。

(参考文献:ゲゲゲBOX 70's ブックレット「幸福の書」)
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