『ゲゲゲの鬼太郎』の最終回

 『ゲゲゲの鬼太郎』の最終回というと、どの話を連想されるだろうか。
 私にとっての「鬼太郎の最終回」は、なんと言ってもアニメ第3作の最終話「鬼太郎ファミリーは 永遠に」だ。

 アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』は、今までに5作のシリーズが制作されているが、その中で最終回らしい話が作られる事もあれば、そうでない場合もある。
 各シリーズの最終話を簡単に紹介すると、


・第1作 第65話「妖怪ほうこう」:普通の話で終了

・第2作 第45話「死神のノルマ」:普通の話で終了

・第3作 第108話「鬼太郎ファミリーは 永遠に」:ぬらりひょんとの因縁の対決、最後はみんなで主題歌大合唱

・第4作 第114話「絶体絶命!死神の罠」:死神&ヒ一族の巫女との対決。鬼太郎の母がピンチを救う

・第5作 第100話「さらば父よ! 脅威の天狗王」:妖怪四十七士が選ばれて、まだまだ続くというところで終了


 以上のような感じだ。

 このうち、第5作は話半ばのところで終了してしまったので特殊な例だが、これを除くと、第1作・第2作は普通の話、第3作・第4作は最終回らしい話での締めくくりとなっている。意外な事に、これだけ長きにわたって話数も多いシリーズでありながら、最終回に前後編以上の長い話を持ってきた事は、一度もないのだ。特に、第4作では「妖怪王シリーズ」という4話にわたる長い話をやっているにもかかわらず、それが最終回というわけではない。
 また、たまたまだろうが、「死神」がサブタイトルに2回登場している点は興味深い。第4作はレギュラー悪役であったぬらりひょんではなく、死神を最後の敵に持ってきたのだ。

 そんな中で、個人的には「鬼太郎ファミリーは 永遠に」が印象深いが、それはやはり私にとって「初めて観た鬼太郎の最終回」であるから、なのだろう。
 幼い頃、初めて観たアニメ鬼太郎のシリーズは第2作だが、前述の通り第2作の最終話「死神のノルマ」は普通の話であり、最終回らしくはない。無理に最終回らしさを求めるならば、それまで数度にわたって鬼太郎と対決した死神が、パシャの持つ魂を得てようやく地獄に戻れる事になった点くらいだろうか。
 それに対して、第3作は「初めて本放送で観た鬼太郎」であり、その最終話は「初めて観た鬼太郎の最終回」であったのだ。
 1話完結である点は多少物足りないが、それでも敵味方の妖怪が多数登場しており、最後の敵となった妖怪本所七ふしぎもスケールが大きく、最終回として見応えはあった。
 ちなみに、この最終話の原作となったのは、コミックボンボンに連載されていた『最新版ゲゲゲの鬼太郎』の中の一編である。クレジットは水木しげるではなく水木プロ作品となっている『最新版』だが、この最終話をはじめとして何本かのエピソードがアニメ版に採用されている。

 ただ、「鬼太郎ファミリーは 永遠に」は、第3作本編の最終話ではあるが、第3作にはこの後も「つづき」がある。それが、時間帯を移して放映された『ゲゲゲの鬼太郎 地獄編』であり、全7話と短いシリーズでありながら、鬼太郎誕生の秘密なども盛り込まれた重要なエピソードである。
 その『地獄編』も最終話もきっちり最終回らしいエピソードではあるので、人によってはこちらを「第3作の最終話」と見なす場合もある。
 しかし、『地獄編』の放映時間帯はローカルセールス枠であったため、私の住んでいた名古屋では同時ネットされず、半年ほど遅れて夕方の再放送枠でようやく放映されたのだ。だから、個人的に『地獄編』は、あくまで番外編という印象が強い。私にとっての第3作の最終回は、「鬼太郎ファミリーは 永遠に」なのだ。

 せっかくなので、第4作の最終話「絶体絶命!死神の罠」についても、触れておこう。
 前述の通り、第4作にもレギュラー悪役としてぬらりひょんがいたが、そのぬらりひょんを最終回ではなく一回前の「鬼太郎対三匹の刺客!」(傑作ギャグ編!)で退場させて、最終話には死神とヒ一族の巫女を持ってきている点は面白い。しかし、1話でやるには詰め込みすぎた感のある内容であり、できれば前後編で観たかった話だ。なお、死神役は故・塩沢兼人氏。少々意外なキャスティングではあったが、しょぼくれた死神を好演していた。


 アニメの鬼太郎はそんな感じだが、そもそも原作からしてあまり最終回らしい最終回というのは存在しない。
 強いて最終回らしいエピソードを挙げるとすれば、週刊少年サンデー版の最終回「悪魔ブエル」だろうか。この話では、ヤカンズルを出した責任を取って、鬼太郎親子自らがヤカンズルに飲まれるのだが、外に出るには運がよくても7年はかかるだろうと言われており、悲壮感のある結末になった。ただし、アニメ版(第2作)では何の説明もなく鬼太郎が脱出に成功しており、やや不満の残るアニメ化だった。

 『鬼太郎』は週刊少年マガジンにも二度にわたって(1965~69年、1986~87年)連載されたが、いずれの最終話も最終回らしい話ではない。
 マガジン系列の雑誌で最終回らしいエピソードと言えば、1970年に読みきりで別冊少年マガジンに掲載された「その後のゲゲゲの鬼太郎」がある。
 これは、南方の島で最終的に鬼太郎が酋長に収まってしまう話であり、全鬼太郎エピソードを見ても、この話がいちばん最終回らしいかもしれない。しかし、その後もアニメ第2作とのタイアップで週刊少年サンデーに登場したのをはじめとして、長きにわたって鬼太郎の物語は描かれ続けており、「その後のゲゲゲの鬼太郎」の展開もどこかへ消えてしまっている。

 なお、水木しげる先生が生涯最後に描いた鬼太郎作品と言う意味では、『水木しげる漫画大全集』別巻1「未発表作品/未完成作品・未定稿集」に収録された「墓場の鬼太郎 妖怪小学校」がある。
 幼き日の鬼太郎が、妖怪小学校に四年生として入学したときのことを描いており、タイトルを「ゲゲゲ」ではなく「墓場」にしているあたり、いかにも古い時代の初めて明かされる秘話という感じだが、当然ながら終わりを感じさせるエピソードでは全くない。おそらく、水木しげる先生がまだご存命なら、さらに鬼太郎作品が描かれた事だろう。


 そんなこんなで、一口に「鬼太郎の最終回」と言っても、色々とある。
 今回は、久々に「鬼太郎ファミリーは 永遠に」を観たので、このように最終回についてまとめたくなってしまった。本来なら観られたはずの「第5作の最終回」についてもまだ未練があるが、放映終了からもう10年が経ってしまったからなあ。劇場版「日本爆裂」を最終回と解釈して、我慢するしかないか。
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水木しげる先生、死去

 11月30日、水木しげる先生が亡くなられた。享年93歳。

 人は、いや生き物はいつかは死ぬものだけど、水木先生に関しては、もういつまでも死なないのではないかと冗談半分で思っていた。少なくとも、御自身がおっしゃっていたとおりに100歳までは生きるものと思っていたので、訃報には非常に驚いた。
 亡くなられてから四日が経ったが、今でも水木先生の「死」については、確たる実感がない。なんと言っても「お化けは死なない」のだから。御自身が作品でも描かれているように、軽くちょっとあの世に行っているだけ、と言う印象がある。

 とは言え、亡くなられたことで、もう「水木しげる」名義の新作が発表されることはなくなったのは事実だ。これまでも、最近の作品はどれだけ関与されていたのか怪しい部分はあるが、それでも水木先生がご健在だったからこそ、「水木しげる作品」を発表することが出来ていたのだろう。そう考えると、寂しいことではある。
 また、残念な事ではあるが、これで刊行中の「水木しげる漫画大全集」も、全巻の編成のめどが立ったのではないだろうか。現在、第2期が刊行中だが、おそらく第3期あたりで全巻完結となるのではないだろうか。通巻では『神秘家水木しげる伝』が第101巻となっているが、はたしてこの後に何巻あるのかな。おそらく、藤子・F・不二雄大全集の巻数は超えない程度だろう。


 いい機会なので、私自身の水木しげる作品とのこれまでについても書いておくか。
 私が初めて水木しげる作品に触れたのは、アニメ版『ゲゲゲの鬼太郎』[第2作]の再放送だった。小学校に上がるかどうかという時期で、夕方やっていたのだと思う。個々のエピソードについて触れると、なんと言っても第43話「足跡の怪」の印象が強い。ゲストキャラ・山田の目が無くなるところから始まって、徐々に体のパーツが無くなっていき、最後に血の足跡だけが残るという描写は私の脳裏に強烈な印象を残したのだった。このエピソード、もう何十回観返したかわからないくらい何度も観ているが、何度観ても怖いのは、この幼児期の体験が影響しているせいもあるのだろう。
 とにかく、「足跡の怪」を観たせいで、私にとっては「鬼太郎=怖い」だったのだ。

 そして、それから数年後。フジテレビ系土曜18時30分からの枠で『ゲゲゲの鬼太郎』[第3作]が始まった。
 前述のように、私にとっての鬼太郎は怖いものという認識があったので、はじめはおそるおそる観たのだが、なんと今回の鬼太郎はそんなに怖くないではないか。エンディングラストのあれなどは、最初は不意打ちと言うこともあって結構怖かったりしたのだが、それでも「足跡の怪」の怖さとは質が違う。よく、第3作の鬼太郎はヒーロー然として怖さが無いと言われるが、だからこそ私にとっては安心して観られる鬼太郎でもあったのだ。
 シリーズ全108話(+「地獄編」7話)、はじめてリアルタイムで観た『鬼太郎』として、この第3作も私の心に強い印象を残したのだった。


 さて、ここまでアニメの鬼太郎についてばかり書いてきたが、原作の鬼太郎を初めて読んだのは、なぜか『鬼太郎の世界お化け旅行』だった。
 鬼太郎と言えば日本国内で日本の妖怪と戦う話の方が基本のフォーマットであり、『世界お化け旅行』はイレギュラーな存在なのだが、世界各地でおばけと戦うだけあって登場する妖怪のメンバーが豪華で、また一部で有名なあの妖怪「チンポ」も初登場するなど賑やかであったためか、今でも私は原作鬼太郎というとこのシリーズが一番好きだ。中でも最終話「ブードー」でねずみ男が溶ける様はこれまた夢に見そうな不気味さで、私の脳裏から離れてくれない。これが、貸本版『地獄の水』からの使い回しであることは、かなり後になって知った。
 原作鬼太郎に関しては、その後中央公論社から出ていた愛蔵版全5巻を入手して、マガジン版・サンデー版と、ひととおり読んだ。

 鬼太郎以外の水木作品については、講談社のKCSPと朝日ソノラマのサンワイドコミックスで出ていた短篇集をひととおり読んだくらいで、正直そんなに多くは読んではいないのだが、だからこそ現在刊行中の全集は、毎月楽しみにしている。
 せめて、この全集の刊行が終わるまでは水木先生にはお元気でいていただきたかった。そう考えると、やはり残念だ。
 しかし、全集が完結すれば、間違いなく水木しげる作品の集大成になるだろう。今から、全巻完結が楽しみだ。そうやって、作者は亡くなっても、作品は残っていくのだ。

 最後に、水木しげる先生のご冥福を心よりお祈りします。どうか、「あちら」の世界でもお元気で。
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『水木しげる漫画大全集』第1期刊行開始

 今月3日より、『水木しげる漫画大全集』の刊行が開始されて、まずは第1回配本の3冊が発売された。

 私は、この全集を集めるか否か、発売日までずっと悩んでいた。それが、実際に発売されて、とりあえず『ゲゲゲの鬼太郎』第1巻をどんな感じか見てみようと思い、発売日の翌日に買ってみたのだが、これがいけなかった。何度も読んでいる『鬼太郎』だが、京極夏彦氏のこだわりが反映された内容が予想以上にすばらしいのだ。こんな全集ならぜひ全巻揃えたいという気になるまで、あまり時間はいらなかった。気が付くと、手元には第1回配本の3冊が並んでいたのだった。


 この全集、体裁や編集方針は小学館の『藤子・F・不二雄大全集』に、かなり似通っている。A5判と言う判型からして同じだし、価格設定や巻末の資料に解説者、挟み込みの月報等々、共通点はたくさん挙げられる。そんな中で、F全集とは正反対といえる編集方針が「初出の形を尊重する」という点だ。これによって、『ゲゲゲの鬼太郎』第1巻ではすべての話が、これまでの単行本とは違って『週刊少年マガジン』掲載時の形で収録されている。
 初出時の形を復元したことが売りと言えば、数年前に講談社文庫で『少年マガジンオリジナル版 ゲゲゲの鬼太郎』全5巻が刊行されたが、こちらは「差別用語」の自主規制を含んだ、「大体は初出の形だが一部微妙に違う」内容だった。それと比べて、今回の全集版は「大海獣」の人食い人種のコマや、そのほか差別的とされるセリフも初出のままとなっており、真の「初出版」と言える。

 などと、知ったようなことを書いてきたが、私は人食い人種のコマは初見だったくらいで、大して初出状態に詳しいわけではないので、念のため。
 さらに言えば、水木作品の単行本も、実は大して持ってはいない。昔から持っていたのは『ゲゲゲの鬼太郎』(中央公論社)全5巻くらいだった。それが、ここ数年で、鬼太郎以外の水木作品も読んでみる気になって、サンワイドコミックス(朝日ソノラマ)やKCSP(講談社)で出ていた短編集を、アニメ版『ゲゲゲの鬼太郎』第2作でアニメ化された短編中心に集めていた。
 さらに、鬼太郎以外の代表作も読んでみようと、『悪魔くん(全)』や『悪魔くん千年王国』などにも手を出し、いよいよ水木作品を本格的に集めようとしていたところに、今回の全集刊行決定の報を聞いたのだった。

 元々、水木作品は色々な単行本で発売されているものが多く、しかも収録内容も全く同じではなく微妙なバージョン違いが含まれたり、リライトされている場合も多い。水木作品を集めるにしても、どれとどれを買えば効率よく作品が読めるのか、よく分からないのだ。
 だからこそ、水木作品初心者の私にとっては、初出雑誌ごとに系統立ててまとめる予定の全集はありがたい。とりあえずはこれを買っておけば問題ないという安心感がある。

 この全集、収録作品・編集内容にはほとんど文句はないのだが、カバーの装丁には少々注文をつけたいところだ。「帯ありき」のレイアウトになっているのが非常に残念だ。これは、F全集にも言えることだが、帯を外した時のバランスが非常に悪くて不格好だ。これだけは、何とかしてほしかった。


 現在、F全集の4期も刊行中だが、これは3期までと違って毎月1冊だ。出費に余裕ができた…と思っていたところに、水木全集の刊行が始まった。特に、今月はまだ集めるかどうか迷っていたので、3冊の購入費用は予定外の出費と言うことになってしまった。この6,000円弱の出費は少々きつかった。
 しかし、今日近所の書店に行って、第1期全33巻の予約を正式に済ませてきた。これで、もう後戻りはできない。来月以降は、想定内の出費と言うことになる。それでも、F全集4期と平行しての購入は少々きついのだが、できないわけはない。どちらかと言うと、購入した全集をどこに置くかという本棚問題の方が重要だ。もう本当にパンク寸前だというのに、今回の全集を始めとして、欲しい本はどんどんと出版される。本当に、どうしたらいいのか。
 とは言え、毎月の楽しみが増えたのはいいことだと思う。人間、楽しいことがなければ生きてはいけない。未読の水木作品を読めるのは、非常に楽しみだ。
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境港・水木しげるロード観光(後編)

 前回の続き。

 昼食をとった後は、いよいよ水木しげるロードを見て歩くべく、本筋へと入っていった。

 水木しげるロードと言えば、一番の見ものは何と言っても妖怪ブロンズ像なのだが、大部分の像は想像していたよりも小さかった。そのせいもあってだろうか、歩道に並ぶ妖怪たちは「かわいい」と言う印象が強い。もちろん、元々の水木先生の絵柄もあってのことだとは思うが。水木画の妖怪は、みな怖さと愛嬌を合わせ持っている。
 そんな中で、特別扱いとでも言うべき大きさだったのは、鬼太郎やねずみ男などの有名な妖怪や、水木しげる先生ご本人のありがたい言葉が刻まれた像などで、これらは実物大(?)で並んで写真が撮れるサイズだった。




「なまけ者になりなさい」



 水木ロードは、これら妖怪のブロンズ像を見ているだけでも楽しいのだが、観光案内所や水木ロード内の各店で販売されている「妖怪ガイドブック」(100円)を買うと、ロード内の各所に設置されているスタンプを集めてる、スタンプラリーにも参加できる。
 スタンプの設置場所はガイドマップにちゃんと載っているのだが、これを頼りにせずに自力で全部集めようとすると、結構難しい。私は何往復もして探したのだが、結局三つほど見つからなかった。次に行く機会があったら、何としてもコンプリートしたい。
 ちなみに、妖怪ガイドブックはもう第15版を数えており、境港だけでなく隠岐のスタンプまで押すページがある。この先にまた像やスタンプが増えていき、版を重ねるのだろう。

 水木ロードで妖怪ブロンズ像と並んで「見もの」となっているのは、ロード内のお店だ。これが、土産物屋から郵便局、交番に至るまで本当にさまざまあって、とても紹介しきれないが、そんな中で個人的にツボに入ったのはこの店だった。







 看板の内容がカオス過ぎて、どことなくとぼけた味がある。水木ロード内で「プロパンガス」を取り扱っているのだから、やはり「人だまプロパン」なのだろうか。この街ならブリガドーン現象に包まれても不思議ではないだろうし。

 10時~17時は水木ロード内車道の大部分が歩行者天国となり、特にロード内は人であふれていたが、そんな中で鬼太郎をはじめとする人気妖怪の着ぐるみも混じっており、すっかり町に溶け込んでいる様子だった。











 街を歩いているのは鬼太郎ファミリーだけかと思いきや、こんな人(?)までいたのにはびっくりした。





 さらには、ブロンズ像までちゃんとある。






 考えてみれば、彼・サラリーマン山田は水木しげる作品には欠かせないキャラクターなのだから、有名妖怪なみの扱いも当然のことかも知れない。名前を知らなくても(と言うか、作品によって名前が変わったり名無しだったりするし)、水木作品に触れたことがあれば彼の顔を覚えていることだろう。
 しょぼくれているくせに人気はあるようで、彼と記念写真を撮る子どももいた。







 さて、水木しげるロード見物で欠かせないのは「水木しげる記念館」だ。これは境港駅から水木ロードをずっと行って、アーケード街まで行くと見えてくる。ロードの東端に当たる場所だ。







 ここで展示されているのは「漫画家・水木しげる」の人生そのものであり、またそれは昭和から現代までの歴史でもあると言える。
 少年時代の絵やスクラップなどから始まって、『ゲゲゲの女房』でも登場した義手まである。水木先生ご本人は付けるのを嫌っていたという義手だが、だからこそ今まで壊れて捨てられることもなく残っていたのかも知れない。
 ともかく、激動の人生の重みが感じられる場所だった。



 と、色々と紹介しているときりがないほどに「妖怪の街」は見どころたくさんだった。先ほども触れたとおり個性的な店がたくさんあるし、テーマパーク「妖怪楽園」では、3D映画「鬼太郎の幽霊電車」がオリジナルの3D映像で観られる(劇場版DVD-BOXには2Dで収録)など、おさえておきたい場所はまだまだある。

 前編で書いたように、この境港には名古屋の自宅から電車で約6時間弱かかる。はっきり言って行くだけで結構疲れるのだが、今回の旅はそれだけの甲斐があるものだった。スタンプラリーもまだコンプリート未達成だし、またいつかかならず訪れたい。
 なお、今回は二日にわたって境港の街を楽しんだが、特に二日目・5月4日は大にぎわいで、この街の持つパワーを感じさせられた。また、周囲から聞こえてくる観光客の会話は関西弁が多く、関西人率が高いことがうかがえた。やはり、関西からなら距離的にも訪れやすいと言うことなのだろう。それでも、電車だと4時間はかかるので、結構大変なのだが。
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境港・水木しげるロード観光(前編)

 5月3日から4日にかけて、鳥取県境港市に行ってきた。

 境港は言わずと知れた水木しげる先生の故郷であり、水木先生の描かれた妖怪のブロンズ像で町おこしをしている「水木しげるロード」のある街だ。以前から訪れたいと思っていた土地だが、名古屋から行くには中途半端に遠い距離で、直通の飛行機はなく、電車だと特急利用でも5時間以上かかるので、これまでなかなか行けずにいた。
 今回は、ゴールデンウイークで都合よく6連休が取れたので、少々疲れることを覚悟の上で電車での旅に決めた。つまり、名古屋-岡山間は新幹線、そこから米子までは特急やくも、さらに米子からはローカル線の境線を乗り継いで、境港へとたどり着いたのだった。

 今回、旅の最終目的地は境港だったが、妖怪絡みでの見どころがあるという点では、米子に着いた時点ですでに観光は始まっていた。米子-境港間の境線は「妖怪列車」が運行しており、区間内の全ての駅には妖怪名による愛称が付けられているからだ。一駅ごとに妖怪をチェックしているだけでも楽しい。
 ちなみに、始発駅の米子は「ねずみ男駅」、終点の境港は「鬼太郎駅」となっている。米子駅ホームはこんな感じだ。







 そして、行きに乗った列車は「ねずみ男列車」だった。







 ねずみ男列車に揺られること45分、一駅ごとに妖怪駅名板をチェックしつつだったので、あっという間に着いた感じだった。
 そして、自宅を出てから約6時間弱かかって、ようやく境港へと到着したのだった。







 水木しげるロードのブロンズ像は100体以上を数えるが、駅を降りて最初に出迎えてくれるのは、執筆中の水木しげる先生&それを見守る鬼太郎たちの像だ。







 水木ロード本筋へと出て、いよいよ本格的に観光開始…の前に、お腹が空いたので先に食事をとった。
 食べたのは、某店の「特上海鮮丼」大盛り。名前の通り海の幸が山盛りで、質・量の両方の意味で非常に食べ応えがあった。食事時と言うこともあって30分くらい外で待たされたが、それだけの価値はあった。








 と言ったところで、とりあえず今回はここまで。思ったよりも写真が多くなってしまった。実際、米子-境港間だけでももっと写真は撮っていて、ここに載せたのはその一部に過ぎない。
 水木しげるロード本筋の感想は後編で書いておりますので、そちらをご覧下さい。
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田の中勇氏、死去

 田の中勇氏が亡くなられた。年明け早々、非常にショックなニュースだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100115-00000598-san-ent


 アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第5作が物語途中で突然終了してしまったのが、昨年の3月。いずれシリーズが再開して続きが観られればいいなと思っていたが、もしそうなったとしても田の中さんの目玉親父の声を聴く事は出来なくなってしまった。第5作の最終話本編が目玉親父による妖怪四十七士「決定じゃ!」で終わっていただけに、もう新たな『鬼太郎』であの声を再び聴けないと思うと、本当に寂しい。

 思い返せば、田の中さん演ずる目玉親父との出会いは、『ゲゲゲの鬼太郎』第2作の再放送だった。
 その後、何年かして新番組として『ゲゲゲの鬼太郎』第3作が始まった。目玉親父は田の中さんのまま。当時は「目玉親父はこの声で当たり前だ」と思って観ており、キャストがほぼ総入れ替えとなった中で一人だけ変わらなかったのがどれほどすごい事か、わかっていなかった。

 そして、大学生の時に『鬼太郎』第4作が放映された。この頃になると「目玉親父=田の中勇」が完全に頭に刷り込まれており、「鬼太郎の声は誰になるのだろう?」とは思ったが、目玉親父が他の人になるのではとは全く思いもしなかったし、実際に田の中さんが引き続き演じていた。
 更には、もうさすがにご高齢だからもしや交替かと思った第5作でさえ、相変わらずの健在ぶりで声を聴かせて下さったし、同時期には『墓場鬼太郎』でも目玉親父役で出演されていた。並行して2つの番組で同じ役を演じるなど、空前絶後だろう。『鬼太郎』というビッグタイトルに加えて、完全に定着した田の中さんの声があってのこそ可能だった事だと思う。


 私は『鬼太郎』が大好きなので、田の中さんの声と言うと目玉親父が第一に頭に浮かぶが、あの特徴的な声はどんなアニメでも聴いたらすぐに分かる。何十年にも渡って現役で活動されていたので、本当に様々な作品でその演技を楽しませていただいた。
 たとえば、『ハクション大魔王』のカンちゃんのパパは目玉親父と対照的に「情けない父親」として印象的だったし、『鬼太郎』からの水木作品つながりで『悪魔くん』のヨナルデパズトーリも忘れちゃいけない。『鬼太郎』第5作では目玉親父とヨナルデの二役までこなす活躍ぶりだったから、まだまだお元気で新たな声を聴かせて下さるものだとばかり思っていた。

 本当に、長い間ありがとうございました。心より、ご冥福をお祈りします。
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『ゲゲゲの鬼太郎』第5作、再放送開始

 7月22日より、東海テレビの「夏休みアニメ劇場」枠で、『ゲゲゲの鬼太郎』第5作の再放送が始まった。
 もちろん、第5作は東海地区では初めての再放送だし、もしかしたら全国レベルでも初めてなのかも知れない(もし他の地域で既に再放送していたら、教えてください)。
 放映枠は、月~木曜日の11時~11時30分。お昼前の時間帯で、言うまでもなく夏休みで家にいる子供向けの放送だ。そもそも「夏休みアニメ劇場」なんだし。


 さっそく、第1回の放送を観てみた。まずは、11時ジャストに「夏休みアニメ劇場」の枠を示すフリップが出る。







  第5作どころか、どのシリーズとも違うタイトルのフォントが、いい味を出している。このチープさが、地方の再放送らしくてなかなかよろしい。これで、以前のように第3作や第4作の鬼太郎の絵が入っていたらもっと笑えたのだが、さすがにそれはなかった。

 私はアナログ放送で観ているが、このフリップが既にレターボックスになっている時点で予想できるように、本編は第1話からのスタートで、しっかりレターボックスで放送してくれた。







 上下のお知らせは7月からどの局でも出て鬱陶しいが、アニメ本編を邪魔していないので許容範囲だ。
 それはともかく、アナログでは本放送が4:3サイドカットだっただけに、今回のレターボックス再放送は実にありがたい。
 ただ、EDと次回予告は丸々カットされてしまっている。地上波のアニメ再放送ではありがちだが、やはり残念だ。本放送の録画があるので、スタッフがわからなくて困るような事はないが、日曜9時枠のアニメは元から尺が短めなのだから、再放送でもせめてEDは流して欲しかった。それとも、元々11時の枠はCMが多く入る時間帯なのだろうか。普段観ていないので、それはわからない。

 それでも、本編だけでも左右カット無しの状態で観直せるのはありがたいので、今後も録画は続けたい。
 それに、なにより『鬼太郎』の再放送をやっていると言う事実が嬉しい。メインターゲットの子供たちに観直してもらって、続編への気運が高まってくれれば、と思う。
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『ゲゲゲの鬼太郎』第5作、再放送決定

 先日発売された「TV Japan」で、7月22日より東海テレビで『ゲゲゲの鬼太郎』再放送が始まる事が分かった。
 時間帯は11時からで、毎週月~木曜日の帯番組として放送される。いわゆる「夏休みアニメ劇場」枠だ。「声 高山みなみ」と載っていたので、第5作で間違いない。


 東海テレビは、1990年代までは毎年夏休みの10~11時台にアニメ再放送枠を設けていたが、最近は夏休みも朝のローカルワイド番組を休止せず放送する事が多かったので、今回は久々の夏休みアニメだ。
 しかも、それが『鬼太郎』だと言うのが嬉しい。以前から東海テレビは『鬼太郎』を贔屓しており、夕方の再放送も多かったし、1990年代には夏休みアニメ劇場の常連だった。夏休みアニメ枠自体が途切れていたため、最近は『鬼太郎』の再放送も行われず寂しかった。手元にあるビデオテープでは、1997年か98年頃の放送と思しき『ゲゲゲの鬼太郎 地獄編』の録画が残っているので、これが20世紀最後の『鬼太郎』再放送だったとすれば、今回は約10年ぶりの復活だ。

 ただ、再放送は嬉しいが、平日の11時からではリアルタイム視聴は無理だ。とりあえず、録画しておこう。
 「TV Japan」にはサブタイトルの記載がなかったので何話からやるのかは不明だが、もし第1話から放送するのであれば、注目は本放送が実写映画の宣伝仕様になっていた第5話だ。これを再放送するとすれば、おそらく遅れ放送局やDVD用のウエンツ瑛士が出ないバージョンになるのだろうが、本放送と異なるのは貴重だから、これもおさえておきたい。
 あとは、画角がどうなるかも気になる。第1話からなら、本放送通りにアナログは4:3サイドカットになるのか、それとも上下帯付きレターボックスで放送してくれるのか。後者なら、本放送とは別に保存しておきたい。
 夏休み中の放送だから、話数としては2クール分で終わりだろう。夕方にエンドレスで『こち亀』をやる(最近、最終回まで行ったが、その後また第1話に戻ってしまった)くらいなら、こちらの枠で『鬼太郎』を続けて欲しいところだが。

 今夏は、東海テレビだけでなくお隣の静岡県でも再放送が始まる。ぜひ、他にも全国各地で再放送を続けて『鬼太郎』第5作の「燈籠の火」を燃やし続けていって欲しい。そして、「オトナアニメ」Vol.12で語られていた、既に構成済みの第101話以降2クール分だけでもいいから、いつかシリーズが再開されれば、と思う。第5作の締めくくりは、どうしても観たい。



 ところで、『鬼太郎』と言えば、先月に劇場版『劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!』のDVD&BDソフトが発売された。
 私は、迷った末に限定版BDを買ったが、まだ封すら開けていない。今のところBDの再生機器がないので、開けても観られないのだ。付属の特典ディスクはDVDだから、まずはこちらを観ておいて、本編はとりあえずレンタルDVDで観ることにするか。何だか、本末転倒な感じだが。
 BDソフトを観るだけなら、ROM専用のドライブを買ってPCに付ければいいのだが、さすがにソフトが1枚だけでは意欲がわかないし、どうせなら書き込みもできる方がいい。BDプレイヤーやレコーダーも含めて、もうちょっと様子を見て、考えていきたい。
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ゲゲゲの鬼太郎[第5作] #100「さらば父よ! 脅威の天狗王」感想

・ゲゲゲの鬼太郎[第5作] 第100話「さらば父よ! 脅威の天狗王」
(脚本/三条 陸、絵コンテ/西沢信孝、演出/小牧 文、作画監督/藪本陽輔)


 とうとう、『ゲゲゲの鬼太郎』第5作が終わってしまった。
 後番組として4月から『DRAGON BALL KAI』が始まる事が分かって、まだストーリー半ばの『鬼太郎』がどうなるかと心配し始めたのが2月の頭だったが、枠移動などの措置はなく『鬼太郎』は3月いっぱいで終了となった。


 だから、第100話が放送上での最終回となったが、中身はどう観ても3年目が続く事を前提として作った、単なる妖怪四十七士覚醒の1エピソード。この回をもって放送が終わる事についてのフォローは、本編には全くない。それどころか、冒頭で鬼太郎に「妖怪四十七士もようやく半分」と言わせているくらいだ。
 あえて、最終回っぽいところを探すとすれば、これまでに見つかった四十七士がある程度集まって再登場した事くらいだろうか。これにしても、一年目の締めとなった第51話と同様に、あくまで「一区切り」としての四十七士のおさらいのために出したのだろうが。また、EDで鬼太郎の挨拶があるが、いかにも無理矢理入れた感じだ。

 すでに「オトナアニメ」の三条陸インタビューで言及されているように、劇場版が第100話と第101話の間を想定して作られているため、たとえば無理にぬらりひょん一味や西洋妖怪を倒して最終回としてまとめる事は事実上不可能だったが、それにしてもここまで完全に「普通の話」で、誰が見ても明らかな打ち切りだと、かえって清々しい気分にさえなってくる。
 アニメ版『DRAGON QUEST』(アベル伝説)のように、奇跡的に第2期として再開するケースもあるのだから、下手に最終回っぽくまとめるよりは、普通の話で終わった方が自然に第101話としてシリーズを再開できるだろう。そう考えれば、終わり方はこれで良かったのかも知れない。


 話は黒鴉の覚醒エピソードで、単体で観ればなかなかいい話だった。冒頭はもだえる黒鴉のシーンから始まって、そちら方面の需要も満たしている。
 それはともかく、今年に入って陰が薄かったねずみ男に、過去の回想を交えた美味しい場面があったのがよかった。これがなかったら、8クール目のねずみ男は、ほとんど印象に残らなかったと思えるほどに出番も活躍も少ないまま終わっていたところだった。

 また、黒鴉の父、黒雲坊役は大塚周夫氏が務めた。
 大塚氏は今期、白山坊役で既に出ていただけに、最終回になって別の役で出番があるとは予想できなかった。これは、嬉しいサプライズだ。本シリーズの白山坊が今までになくコミカルなキャラになったのと対照的に、黒雲坊は完全な悪役キャラで、前シリーズ・第4作での白山坊を想起させられた。強そうなのに、最後はあっさりやられたところも含めて。

 しかし、放送から五日が経って、ある程度落ち着いたので冷静に話を観直す事が出来たが、放送当日は「一体どうやってオチをつけるんだ」と気になって、どうしても話に集中できなかった。
 これは、今回だけではなく打ち切り濃厚となった2月以降の話全てについて言える事なので、いずれじっくりと観返したい。



 それにしても、3年目に続くはずだった伏線の数々が放置されたままでの放送終了となったので、気になる点が多い。


 ・ぬらりひょん一味との決着
 ・西洋妖怪との決着
 ・中国妖怪との決着
 ・四十七士全員完全覚醒


 このあたりのエピソードは、テレビシリーズ再開が無理なら、OVAでもいいから描いて欲しいものだ。

 このようにあらためて気になる点を挙げてみると、本当に全然話に片が付いていない。映画と絡めた四十七士展開はともかくとして、敵勢力をあんなに多く出したのは、今更ながら大風呂敷を広げすぎたのではないかと思う。チーなんて真の姿を現す事すらなかったし、相当に長期にわたって展開させる構想があったのだろう。
 放送が続いていれば、それらを観る事が出来たと思うと、本当に残念だ。

 テレビシリーズの放送が終了したのだから、シリーズ全体を振り返っての感想を書きたいところなのだが、内容的に完結していないせいで、今は全然そんな気分になれない。いずれ、気が向いたら「2年目まとめ」と言う形でのまとめを書くかもしれない。
 ともかく、スタッフの皆さん、2年間お疲れさまでした。楽しい作品をありがとうございました。



 次の日曜、4月5日からは後番組『DRAGON BALL KAI』が始まる。『鬼太郎』と同様に、東海テレビもフジと同時ネットだ。これで同時ネットも3年目となり、どうやら定着したのは喜ぶべき事だろう。関西テレビなんて今年に入ってから28分枠を30分枠に拡大したにも関わらず、未だに一週遅れだ。
 元の『DRAGON BALL Z』は本放送で観ていただけに、今回の『DRAGON BALL KAI』でどの程度変わるのか興味のあるところだ。セリフが新録なのだから、音声が元のままだと話がつながらなくなるくらい思い切って編集するのだろう。

 ただ、30秒版の新番組予告で流れた悟飯の声を聴くと衰えが感じられて、ちょっと不安だ。悟空はあまり気にならないのだが。他のキャスト陣も、当時の声が完全には出せない人もいそうだし、気になるところだ。亀仙人のように別人になっているキャラもいるし。

 キャストと言えば、郷里大輔氏は『鬼太郎』に引き続いて閻魔大王役を演じる事になる。他にも『鬼太郎』の出演者が結構多い。どちらも東映アニメーション制作で青二プロがキャスティングを仕切っているから当然なのだが。
 ただ、今回の場合は野沢さんが元祖鬼太郎なだけに、妙な因縁を感じてしまう。『鬼太郎』を押しのけての後番組が、純粋な新作アニメでないのは寂しい。フジテレビも、いよいよ余裕がなくなってきたのだろうか。それでも、気になるから観てしまうのだが。
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続・どうなる『ゲゲゲの鬼太郎』

 ここ数日、アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』が終了するかも知れない件が気になって仕方がないが、現時点では『鬼太郎』の今後についての公式発表はまだ無い。

 ファンのブログや掲示板を巡回してみると、東映やフジテレビに電話してみたと言う人もいるが、その返事の内容がバラバラなので、どれも信頼性には欠ける。第一、ファンが一個人として電話して、テレビ局が簡単に情報を漏らすとも考えにくい。
 個人サイト以外では、「アニメ!アニメ」の記事に「『ドラゴンボールZ』開始に伴い『ゲゲゲの鬼太郎』は終了」と書かれているが、本文を読むと情報源はジャンプの記事のみで、『鬼太郎』が終わる事は単なる推測のようだ。このような紛らわしい記事は困る。


 週刊少年ジャンプに『ドラゴンボールZ』再編集版開始の記事が載った時点で、「じゃあ『鬼太郎』はどうなる?」という話になるのは目に見えているのだから、そろそろ公式で何らかの発表があってもいい頃だが、本日更新された公式ブログも、いつも通り次回の話にしか触れられていない。
 終了にせよ、枠移動にせよ、早くはっきりした発表をして欲しい。そうでないと、残り少ないかも知れない『鬼太郎』の放送を、落ち着いて楽しむ事も出来ない。


 ちなみに、今月のアニメ雑誌各誌では第98話までのあらすじが掲載されているが、それを読んだ限りでは、2年で終了に向けてのまとめに入る気配は全く感じられない。まとめどころか、新たな四十七士の覚醒すら無さそうな感じだ。
 このまま、ネット上で当分公式発表がないとすれば、まずは24日発売の月刊テレビ情報誌を待つしかない。3月29日放送分に「終」マークが付いていれば、終了決定だ。

 ただ、月刊テレビ情報誌は締め切りが早いせいか、記載内容が当てにならない事もある。
 その例としては、他ならぬ『ゲゲゲの鬼太郎』の前シリーズ、第4作終了の時が思い出される。このシリーズは1998年3月いっぱいで最終回を迎えたが、テレビ情報誌では最終回に「終」マークは付いていなかった。この時は「絶体絶命!死神の罠」とサブタイトルも載っていたが、それを見ても「ようやく死神が出てくるのか」くらいにしか思わず、その二週間後に発売されたアニメ雑誌各誌で放映終了を知って、驚いたものだ。

 1998年2月下旬の時点で後番組『ひみつのアッコちゃん』第3作の情報が既に出ていたかどうかは記憶にないが、私は「『鬼太郎』が終わる」と思っていなかったのだから、おそらくまだだったのだろう。この頃、すでにインターネットは利用していたが、まだアニメ改編の情報を得ると言った使い方はしていなかった。今と比べると、のどかな時代だった。
 当時と比べると、今の自分は情報に振り回されてしまっており、我ながら情けない。ネットから色々な情報が得られるが、そのルートも情報量も多数あるだけに、真偽を見分ける目は今後ますます重要になるだろう。


 また、今回の改編で気になるのは読売広告社の立場だ。
 仮に『鬼太郎』が終了だとしても、東映アニメーションは『ドラゴンボールZ』で枠を維持できるから問題ないのかも知れない。しかし、長年フジテレビ日曜9時の枠に関わってきた読売広告社はどうなるのか。『ドラゴンボールZ』の本放送には関与していなかったが、今回の再編集版は製作に関わるのか。それとも、本放送と同じく読売広告社は関係しないのか。
 後者だとすると、もし『鬼太郎』が終了になった場合、読売広告社は「不思議コメディシリーズ」の頃から30年近くも維持してきた枠を失う事になる。それを考えると、『鬼太郎』が単純に放映終了するとは考えにくいのだが。まあ、案外そのまま『ドラゴンボールZ』の製作に参加するのかもしれないが。



 思いつくままに気になった点を挙げてみたが、公式発表を待つしかない状況には変わりはない。
 とにかく、はやくはっきり結論を出して欲しい。
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