SAILIN' SHOES

デジタル一眼、ライカ等でのスナップ写真や、カメラ、音楽、鉄道・車、子育ての日々雑感です。

長男の誕生日

2007-02-25 | スナップ
長男が今月5歳の誕生日だった。
祖母が遊びに来て、戦隊シリーズの赤のみを集めた
フィギアをもらった。
すぐにバラバラにされる前に写真を撮った。
この商品は、年末に出たのだが、あっという間に売れて、
入手不能だったものだからだ。
子供が買って無くなったのではなく、マニアが買ったり、
オークション用に買う輩が多いので、最近は人気商品を買うのは大変である。

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スキーへ行く

2007-02-22 | 旅行
ここのところ温泉に行きたい病に罹っている。

先週の土曜は子供の保育園の学芸会があったのだが、
終了後、老神温泉へ向った。
スキーシーズンなのだが、関越道はガラガラで、沼田インターを降りてからも
ガラガラだった。
大体、車にスキーキャリアを載せてる風景などほとんど見ない。
実は、スノボもカービングスキーも車内に入るぐらい小さいのだ。
時代は変わったものだ。
(沼田インターから片品まで8時間かかった記録がある。)





老神温泉は沼田を降りて国道120号線(ロマンチック街道)を日光方面へ行く、
いわゆるスキー場街道にあるのだが、過去に何回もスキーに来ているのだが
秘湯でかなり有名な老神温泉がこんなに身近にあるなんて、私も家内も
気づいていなかったのだ。
源泉かけ流しの素晴らしい温泉だった。
それに風呂が貸切になっていて、何回も入ってしまった。
旅館も素晴らしく、春にまた行くことにした。




翌朝は雨だった。
しかし、せっかくスキー王国に来たのだから、スキー場へ向った。
玉原(たんばら)スキーパークを目指した。
ここは比較的新しく、子供づれでも安心そうだからだ。
実際に向ってみると想像とは違い、かなり標高が高い場所で(実際は
谷川天神平と同じ標高である)雨は途中から雪になった。
路面も雪が深くなってきてチェーンが必要なのだが、面倒なので
そのままスキー場へ行く。なんとかなるもんだ。








長男はやる気満々。
次男はスキーウェアが嫌いで、着替えようとしない。
家でも徹底的に薄着で、着込むのがなにしろ嫌いだ。当然暑がり。
長男は大袈裟なほど寒がりだ。
結局次男はスキーをしないで、私が面倒を見ることになったので
私はスキーができなかった。
(写真の次男はスキーウェアではない。)









玉原スキー場から沼田インターに下山する途中に川場スキー場への近道があったので、川場村へ行く。
まずは道の駅で昼食。
川場の道の駅(川場田園プラザ)は超おすすめ!である。


この道の駅は広大な敷地があり子供の遊ぶ場所もいろいろあるのだ。
長男は遊具で遊ぶ。
のだが、なんだか遊具の似合わない顔に成長してきた。
兄貴の風格が出てきたのだ。


道の駅の近くにも日帰り温泉があったので入ることにした。
源泉かけ流しで、大人がたった350円である。
銭湯より安いのだ。
温泉を出ると目の前にはこんな風景が。
古い学校を美術館にしているようだ。

帰りの関越道も空いていた。
昔のスキーは渋滞で大変だったが、すっかり様変わりしたものだ。



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北京出張07

2007-02-20 | 仕事時スナップ
この地区は下町風情であったので、フートンが見れると思っていたのだが、
かはり駄目だったのか。
まあ商店でも見ていこうと再び歩いた。



公衆電話である。
使ってる人は見なかった。
若い人は携帯で話をしながら歩いている。
日本と変わらない。



商店の切れ目から中を見ると、そこはまさに旧きよき風景、
フートンであった。
その裏通りに突入したのは言うまでも無い。



フートン=貧乏な暮らしではない。
そもそもは金持ちの戸建住居だ。
そういう高級な四合院もあるのだろう。
しかし私はこういうゴチャゴチャした生活臭がムンムンする
光景に惹かれる。















迷路のようなカスバのようなこの場所が私は好きだ。






熱も忘れて迷路を歩いた。
しかし空港へ行かねばならない時間となった。
仕事ではなく、モノクロフィルムでも詰めてゆっくり訪れたい。
しかし2008年北京オリンピックは目前だ。
再び見ることができるのだろうか。



帰りの飛行機は狭い757であった。



富士山が東京が近い事を教えてくれる。

帰宅後、再度高熱になった。


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北京出張06

2007-02-19 | 仕事時スナップ
翌朝は昨晩より大分復活していた。
しかし朝なので熱がないだけかもしれない。
幸いなことに帰国する日である。
本来は北京から上海に行き3日間仕事があったのだが、
週末日本でやらねばならないことがあり北京までにしていた。
男性二名が上海に向かい、女性一名と私が先に帰国することになった。
上海に行かなくて良かった。
結果から話せば、帰国後の木曜と金曜も出社できず、
週末3連休の予定もすべてキャンセルしなければならなかった。
なぜならインフルエンザに罹っていたのであった。
帰国してから翌日病院に行き検査をしたのだが、クッキリ陽性反応が
出ていた。
医者から「中国に行って生のニワトリでも見ない限り、まあ普通の
インフルエンザでしょう。鳥インフルとかじゃないですよ。」と言われたので、
「実は中国でニワトリの加工工場に入ったんですが。」と言ったら、
のけぞっていた。



具合が悪かったのだが、どうしても気になることがあった。
地図によるとホテルから程近い場所に胡同(フートン)が示されている。
空港に行く前にぜひ見ておきたいと思っていたのだ。
タクシーに乗り地図の場所に向かう。
愕然とした。
そこにも高層マンションが並んでいた。
それでも諦められない。
何となく熱っぽいがすこし歩く。
途中に幼稚園か保育園があった。
日本とまったく同じ風景がそこにはあった。



歩いていると大通りに行き当たったが、そこにはトロリーバスが走っていた。



古いタイプのトロリーバスがやってきた。
社会主義国の匂いが濃厚なバスだ。



これは一般のバスだが、ヒュンダイだろうか。
そういえば北京のバスは韓国製か欧州製が多く、日本製は少ないようだ。



すこし歩くと、胡同(フートン)らしき場所があった。
しかし写真の1筋で50メートルぐらいが取り残されていただけだ。
その周りは高層アパートであった。



北京の犬は多くがペキニーズであった。
私も小学生の頃ペキニーズを飼っていた。
頭が異常に良く、プライドも異常に高く、気も強かった。
中国の王宮で飼われていた犬種なので、一般人を見下すような
気位があるのだ。
その性格の為か日本では昭和40年代にずいぶん飼われていたのに、
人気が急落したのである。
確かに飼い難かった。しかし一生忘れられないほど、いろいろ教わったのだ。
名前は「クーシャン」と言った。今風に言えば「コワカワイイ」ってとこか。

写真はホワイトペキニーズだ。
フートンを守っていた。(吼えまくっていた。)



逆側から見たフートン。


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北京出張05

2007-02-15 | 仕事時スナップ
市内まで相変わらずの大渋滞でかなりの時間がかかる。
あまりの車の増え方に道路行政が追いついていないということなのだが、
しかし、十分に立派な道路が縦横に作られているのだから、
あとは地下鉄を増やすしか道は無いだろう。
人口が多すぎるのと集中し過ぎなのだろう。
市の人口は1400万人である。


ここ「前門大街」は本来は銀座の大通りのようなはずなのだが、大改修工事中。
全ての店舗を移動、もしくは廃止にして整備している。
これもオリンピック向けの準備。



古いバス



前門大街を横に入る。



女性二人が行きたがっていた「同仁堂」。
漢方のデパートだ。



症状を話しながら薬を決める。
漢方の量も半端ではない。
値段は安い。
私もどうも喉が痛くなってきたので咳止めを買う。



同仁堂には化粧品の類もあるため、女性陣の買い物時間がかかるため、
一本裏の道に入る。



奇跡的に胡同(フートン)が残っていた。
フートンとは旧来の下町のストリート(路地)のことだ。
高い壁に囲まれた一戸建ての家「四合院」が迷路のような路地の中に
パズルのように組み合わさっている。
以前は市内に3000以上のフートンがあったそうだが、急激に取り壊され
今は数箇所だということだ。



私が求めていた中国の風景はフートンにあった。



こういう風景も2008年までに消滅してしまうのだろう。
一部は再生するのだという。
しかしそれはイミテーションだ。
上海でも同様で、フートンは今はファッション関係の事務所や
芸術家のアトリエやスタジオ、はたまたお洒落なバーになってるそうだ。
ここは本物のフートンだ。



福の文字がよく見られる。
最近はわざと上下逆に貼っている場合が多い。
福が家に入ってくるのだそうだ。



フートンにあった公衆トイレ。
新しいのだが、やはり仕切り無し。






前門大街から歩いてすぐに天安門広場がある。
そこに向う途中の風景。



中国は旧正月目前だ。
いたるところで凧揚げが。



国旗が下がる直前の時間であった。
日没とともに国旗が下がるのだ。
清掃の人たちも国旗掲揚に備える。



天安門もライトアップされる時代となった。
さてこの時、私は急激に発熱してしまっていた。
会食の場所には向かうが、とても食事どころではなくなった。
39度はありそうであった。
挨拶も早々に私だけホテルに帰った。
夕食はホテルの中でカップラーメンを食べてたくさん水を飲み、
暖房を入れて、寝る。
汗をかいて熱を下げる作戦である。


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北京出張04

2007-02-10 | 仕事時スナップ
前日の晩はたくさん飲み、食べ、更に全員でカラオケバーへ行き
深夜になった。
翌朝、歓待を受けた取引先の工場へ行くのだ。
それにしても、白酒をあれだけ飲んでもまったく残っていない。
良い酒だったのか、乾燥した北京の気候のせいか、緊張感があったのか・・・


IKEAも既に存在している。
考えて見れば中国と北欧の仲は、日本との比ではないのである。



新しいマンション街だが、こういう風景が至る所にある。



少しは残る旧来の風景。
もう余命短し。
なのでこういう旧来の風景を積極的に撮る。
しかし、既に探す方が難しいのである。



地下鉄13号線。
まだまだ地下鉄は開発途上だ。



車窓から見た旧来の街並み。
訪問先の工場は北京の郊外にあり農村部の真ん中にある。



訪問先で仕事を中断し昼食へ。
工場内で食べるのだがまたまた広い。
工員は昼食にバイクで向う。(構内ですから3人乗りもまあ。)



何と刑務所が隣接しているのだが、もう使われていない。
この場所は購入済みのようだ。



隣接する集落。
トウモロコシ栽培の部落だ。



さて仕事を終え、夕方になったが会食までの時間を移動と市内観光に
あててもらう。
現地の女性が案内してくれる。(当方3名)
彼女も日本に6年間在住し大学に通った海亀族だ。

まだ田舎では馬も使われる。



おお!三輪車だ。



市街地に入る直前の風景。
まだまだいかにも中国だ。



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北京出張03

2007-02-09 | 仕事時スナップ
サイエンスパークから清華大学に向う。
ここは北京大学と並んで中国でも最も優秀なエリートを生む大学で、
技術系中心である(近年文系も有り。)
東工大に近いイメージだが、その難関さは比べ物にならない。
敷地は広大で、筑波大か東北大のような感じだ。
中国の子供への勉強のさせ方はすごいらしい。
何せ北京大や清華大を卒業すると他の大学と初任給で
倍も違うのだそうだ。
そもそも中国の大学はレベルにおいてはオックスフォード、ケンブリッジ、
エール、ハーバード、スタンフォード、MIT、ソウル大を凌ぐほどの精鋭が集う。
何せ中国ですから、人口も英才教育も我が国のグウタラ少年や
グウタラ親とは比べようもない。






先生か生徒の住む寮である。
筑波大学方式。



キャンパス内にはこんな場所もある。






こちらが正門。



ここはインキュベーションセンター。
かなり立派で規模が大きい。
しかし日本企業はまったく見えない。
日本は何やってるんだろう?



ここも敷地だ。
羨ましいほどの規模と金のかけかただ。



夜の会食に向う。
明日訪問する会社の方々との会食だ。
どうやら訪問やミーティングする前の日にガンガン飲むのが
中国流なのである。
嫌というほど飲んで食べて、翌日の商談はうまく進められてしまうというのが
通説だが、単純に飲むのが好きなようだ。






今日も四川料理であった。
社長が四川省出身なのであるから当然だ。



総勢20名ほどの会食で最初から中国流で、白酒(パイチュウ)の一気飲み大会。
何かタイミングがあれば乾杯で一気。
かなり飲んだが高級な白酒であったのか、まったく残らなかった。



また乾杯してます。


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北京出張02

2007-02-09 | 仕事時スナップ
翌朝は6時に起き、会社の方と2人で早朝散歩に出かけた。
北京は普通は寒いのだが、氷点下というほどではなく、東京と同じような気温であった。


6時半ぐらいになると都心に向けて自転車やバスで大量の移動が始まる。
特に月曜日は混雑が激しいとのこと。
空気は相変わらず汚い。



北海道ラーメン屋を見つけた。



さて昨晩会食で御会いした取引先の会社に向う。
大ラッシュであった。



ミーティングが終わり、昼食へ。
ここは所謂サイエンスパークである。
北京市内にはこういうサイエンスパークがたくさん点在しているのだ。
そういえば、珍しく空が見えた。
風が吹くと空が現れるのだそうだ。それでも暖かい。
10度以上ある。世界的な異常気象だ。



サイエンスパークの入り口。
向こうに見えるのは韓国LG電子。
サイエンスパークに入る企業は、韓国や欧米が多く、
日本企業はどうも研究を中国と一緒にやろうという気が無いらしい。
完成品のやりとりに終始し相手国に入り込めていない。
韓国や欧米企業は合弁会社を設立し、社長は中国人にして、
共同研究を行う。
日本の独りよがりなやり方はまずいと感じる。



高速で移動していると時々こういう古い居留地を見るのだが、
取り壊し間近という感じである。
オリンピックまでになくなるのではないだろうか。



このケバケバしい感じが中国だな。



別のサイエンスパークに向う。
新しい企業を訪問するためだ。
近代的なビルの立ち並ぶ道の反対側はまだこんな住宅が並ぶ。
とても不思議な光景だった。




訪問先企業。
応対してくれた人達はとても知的で洗練されていた。
海亀族(海外留学のUターン)なのであろうか。




サイエンスパークの建物を車中から。










「宅急便」ならぬ「宅急走」が面白い。
猿って速いかな?(まあ猫もそんなに速くないか)



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北京出張01

2007-02-09 | 仕事時スナップ
2/4日曜出発で北京に向った。
旅行ではない。仕事である。なので観光写真を撮るためにカメラを持参したのではない。
取引先や訪問先の写真が主であるので、写真の多くは仕事関係の人物であったり、
工場であったりするので掲載はできない。
そうは言っても空きあらば機銃掃射のように写真を撮る習性があるので、
それなりに掲載できる写真もあるので記憶の為に載せておこうと思う。
そう、この瞬間はあっという間に記憶の彼方に飛んでいってしまうのだ。
それほど中国の変貌は早く劇的だ。
一ヵ月後に来たら、もう見知らぬ高層ビルが立っていたり、道が変わっていたり
するであろう。
民間企業が増えたといっても、住居の多くは国営や市営であろうから、
立ち退きやアパート建設はあっという間に片付くのであろう。
2008年に北京ではオリンピックが開かれる。
これに際して、街中をひっくり返して作り直しているような感じだ。
お陰で北京のは空が無かった。
というのもホコリや砂や排気ガスで空が見えないのである。
「黄砂ですか」と聞くと「いいえ、空気が汚れてるんです。」とのこと。
昭和30年代、40年代の東京もそんな感じだったのだろう。
しかしその頃と違い、最新の技術で最新の建物が建つのだ。
もはや東京など遅れた大いなる田舎に見えるほどだった。



まずは取引先の社長との会食である。
四川料理だ。



辛いのだがとてつもなく美味しい。



5名でしこたま食べたのだが、値段を聞いて驚く。
高級店で個室なのだが、330元だという。日本円で約5000円だ!
ビールもかなり飲んだのだが、一人あたり1000円でしかない。
やはり物価はまだまだ安い。






ここで夕食を。



店の前にはトヨタ車が。
しかし北京は東京の比ではないぐらい高級車が居る。
そもそも市内に300万台の車が溢れ、ベンツ、アウディ、VW、BMWといったドイツ車が目立ち、次に韓国と日本車の高級車が続く。

私が北京を訪れた10年前はVWサンタナの1車種しか見ることができなかった。
後はボロボロの貨物車とバスだった。



中国らしい風景だと思うが、先方曰く「これこそ今やベンチャービジネスですよ。
法律ギリギリのね。」なんだそうだ。



高速道路は広く快適で環状線が6本もある。
もはや米国レベルなのだ。
しかし空気の汚さがよくわかる絵だ。
明かりという明かりはホコリで拡散して写るのだ。



ホテルは近代的でサービスも上々の5つ星だ。
しかし宿泊費は1.5万円程度だ。
これでも中国の物価にすれば10万円近いのであろう。



ホテルでお開きになり、早速夜の散歩に出かける。
近代的な部分ばかりでなく、一般的な庶民の状況も見ておかなければ
商売として見誤る。(屁理屈か。)



ここは大分前に開発されたアパート群だ。



夜の11時を過ぎているのに人通りは多く、散髪屋、美容院は盛況なのであった。




何を焼いているのか不明。
若い人が出来上がりを待っている何かの店。






ケンタはかなり多い。
他にマクドナルドやコーヒーショップも多い。
お茶とパンの生活だった中国も急激に欧米化した。









お茶の店。
やはり遅くまで営業している。




バスは大型の連接タイプが主流だ。
12時近いのだがかなり頻繁に走っている。
地下鉄網が遅れているからだろう。


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大阪へ墓参り03

2007-02-08 | 旅行
住吉大社を後に梅田へ向う。
行き方は阪堺電車か南海本線か、少し歩くが大阪地下鉄か。
義理の母は昔を想い出したいようで南海電車の住吉大社駅からのコースにした。


さて住吉大社の目の前を阪堺電車が走るのだが、古豪がやってきた。
現役電車車両としては日本最古の電車だ。昭和2年か3年製!
矍鑠としている。すごい。使い続ける南海もすごい。




21世紀のシーンとは思えない。
東京の都電や東急世田谷線はあまり面白くないと思える。
阪堺電車があまりにもバラエティーに富んでいるからだ。
しかし、乗ってみるとステップが高く老人には厳しいし、
雨の日はすべるだろう。
駅舎もバス停レベルで危険だ。
一般の客からすれば最新のノンステップ車両が良いと思うのは当然だ。
趣味性は残念ながら我慢しなければならない。
堺市が協力してLRTとして快適、高速に変わっていくのだ。
それまでの間、いろいろ記録しておきたい。



さて南海本線の住吉大社駅である。
普通停車駅なので、本数が少ない。
目の前を通過列車がかなりの高速で往来する。
難波駅から高野線と本線が複々線であるのはよく理解できる。
特に高野線は本数も輸送量も多い。
難波駅自体8番線まである大きな駅だ。
しかし高野線と分かれた後も南海本線は複々線なのだ。
本数からするとものすごく贅沢な話である。
南海電車は日本最古の民間鉄道会社で、昔から壮大なことが好きだ。
余裕のあるうちから準備しておくタイプの会社かもしれない。
東京の私鉄とはまったく異質のDNAを持っている。



関西丸出しの南海なのだが最初にステンレスカーを導入した時から
東急車輛と仲がよく、関西にしては珍しく今も東急車輛で製造している。
そのむかし高野線(山線)がステンレスで本線(海線)が鋼製なのが
不思議だった。今も謎だ。普通は逆だと思うのだが。




難波駅



親戚一同は梅田のヒルトンホテルに宿泊。
夕食は私も参加するが、なぜだか中華料理を予約していた。
明日から北京出張なんだが(笑)

大阪から新大阪へ。
関西最新の通勤電車(左側)
相変わらず高速運転対応だ。
関西の電車は猛烈に速いので痛快なのだが、
福知山線の二の舞を起こさないよう、保安設備と台車や車体の強化を
行って欲しい。

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