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処遊楽

人生は泣き笑い。山あり谷あり海もある。愛して憎んで会って別れて我が人生。
力一杯生きよう。
衆生所遊楽。

納棺夫日記

2021-10-01 18:47:38 | 

著者 青木 新門

出版 文春文庫

増補改訂版 '09.3.20 第24刷 227頁

   

人に薦められた本は、原則読むことにしてる。新鮮で意外性に溢れ学ぶこと多し。この本もそうした一冊である。

映画「おくりびと」の原作で主役の本木雅弘が感動したと紹介され、映画も本も感銘した御仁から薦められたという次第。映画は私も観ている。果たして原作との差異がいかなるものか。  

自身の納棺士としての日常を本にすることを勧めたのが作家の吉村昭氏だ、と冒頭で述懐している通り、著者の文才と博識にまず敬意を表したい。

第一章はこの異色の職業に就いた経緯やそこに至る自身の半生記。心の葛藤や家族との交錯なども。第二章は、仕事として関わった様々な死を中心に遺族や関係の人々の姿を著者の想いも交え紹介。第三章は、この本の最も肝と思える部分。著者の死生観、仏教論、宇宙物理学、科学と宗教、哲学など自在に自論の展開をする。著者の仏教論の根幹を為すのは浄土真宗であり親鸞の『教行信証』である。実によく勉強されている。よく思索をする人である。低頭するしかない。

終章の"『納棺夫日記』を著して"で思うのは、かの映画後には講演の機会が多く、仏教宗派や僧侶を相手に話すことも多いようだ。彼らは輪廻転生や十王思想、成仏不成仏についてはいわばプロだ。プロに請われて講演や研究会に臨まれている。成り行きで生きるために止むを得ず就いた職業であったが、経験と勉強とでプロに人生哲学・死生観を説いている。見事という他ない。

死は忌み嫌うものではない。『生も歓喜、死も歓喜』を私は共有する。

最後に、著者の思考の一部分となった二枚の画像を紹介しておこう。

▲ジョー・オダネル『焼き場に立つ少年』

▲ケビン・カーター『ハゲワシと少女』

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井上成美

2021-09-20 22:03:59 | 

著者 阿川弘之

出版 新潮文庫 (平成4年7月25日発売 602頁)

     

周到で精緻な伝記。艦隊の司令長官なのに負け続け、戦時に敵性の英語を教え、最後まで不戦論を貫き、戦後は極貧の中、私塾で子供たちに教えた異色の海軍大将井上成美。

海兵出身の著者だからこそ書き得た大戦只中の日本の政治と陸海軍、そして庶民。ポツダム宣言受諾前後の緊張が誌面から伝わってくる。陸軍に感づかれずに進めた敗戦処理。その一角を担った井上成美。参った。この人がいて今の日本があったのだ。

貧困なキャラクター、アンチヒーロー的経歴。これほど取材対象としてモチベーションの上がらぬ人物は居なかろう。それを著者はブレイク・スルーして、この作品で1989年に日本文学大賞を受賞したのだった。インタビューした人136人、引用した文献96件。

著者がこの作品の中で触れている普通の読者は知りえない部分や感興を覚えた部分、そして井上の真骨頂を語る一部を列挙してみよう。

ソロモン島で戦時報道で乗艦した文士が遭遇した将官の食事風景。
「司令長官司令部に出勤の際、ナイフ、フォークを磨き、ナプキンを折りたたみ、テーブル・クロスを洗いたてのと取り替えて、その上へ皿や各種グラスや食器類を並べ、花を生け、バタ入れ、塩胡椒入れ、ソース立て、メニューを置く。各自のメニューにその日の献立と軍楽隊の演奏曲目が印刷してあった。
 やがて昼食の時刻になり、幕僚たちが三々五々入って来る。全幕僚、それぞれの席へ着いたのを見定めて、従兵長の磯辺英次郎兵曹が長官室に届けに行く。井上が入室し食卓正面中央に座り、配られたスープのスプーンを取り上げると同時に、上のデッキで待機していた軍楽隊長の指揮棒が振り下ろされる。演奏は "椿姫" とか "ハンガリア舞曲" とかセミ・クラシックで始まり、第四艦隊軍楽隊編曲日本民謡メドレー風の調べに変わり、アイスクリームとコーヒーのすんだあとも暫く続くのが常であった」 戦争中の真っ最中のこの優雅さ、どうですか。

海軍には、英国直伝の、衛生酒という古い制度がありそれに触れた叙述。
「気温何度以下ノ露天甲板上二於イテ、何十分以上ノ作業二従事シタル時ハ、衛生酒として火酒ヲ給与ㇲ、火酒ノ品目ハ "ラム" 又ハ "ジン" トシ、一回の支給量ハ〇・〇何立」と規則が出来ていた。フランス由来の慣習。

戦後の隠遁生活が徐々に世間に知られるようになってきた昭和26年、取材に訪れた『東京タイムズ』千葉愛雄記者に、再軍備への考えを聞かれた時の返答、
「一言では言えぬが、いずれ日本が国際連合の一員になった暁には、当然課せられた責任を果たさなくてはならんだろう。しかし、軍備というものは大変なもので、今の日本の経済状態で一人前の近代装備の軍隊を持つことは、殆ど不可能に近い。航空機の寿命は大体四年で尽きる。一機数千万円から数億円もする軍用機を、そんなに多数保持できるわけがないし、そもそも軍備というのは、現実の軍隊を維持するだけでは駄目なんで、近代科学の研究を不断に続けて初めて成り立つものだ。かつての日本は航空技術が五、六年、電気方面で十年アメリカに遅れていたから、今さらこれに追いつこうとしてもよほどむつかしいと思う。虫のいい考え方かも知れないが、アメリカ軍がずっと駐留してくれれば、それが一番いいのではないだろうか」という趣旨を述べている。困窮の生活に在ってもぶれない視点。

昭和45年、東郷茂徳外相伝の刊行の一環で回想を問われ、昭和16年の海軍の対米開戦決意に大きな影響を与えたと言われた当時の第一委員会の活動については次のように答えている。
「ある面から見れば、委員会とは要するに責任を回避する為の組織ですよ。今の内閣が、何か難しい問題にぶつかるとすぐ調査会とか審議会とか作るのを新聞で読んで、ああ、同じことをやってるなと思います。あれを作ると、責任の所在は分散して、誰が本当の責任をとるのか、はっきりしなくなる」と。あれから80年。委員会は今や多層に、あらゆる規模で運用されている。耳が痛い話である。

       

私の定年までの勤め先のトップは、海兵の73期。当時の職場の上司は、そのトップから井上成美の話は聞かされていたという。偶々広島に随伴した際には江田島に同行し、その時の帰京談で、《江田島は海側が正面玄関だ》と教えて貰ったことを思い出した。

国家が、国家の発展のために育成したエリート集団・海軍兵学校。米内、山本、井上の不戦論の軸のフライングによって皇室の存続が確認できたのだった。稀有というほかない。

さて、これを映画にした場合の配役の私案。今回は主人公井上成美のみ。

笠智衆 余人に代えがたいが鬼籍の人。

次案は田中泯。 次次案がイッセー尾形

 

 

 

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カーくんと森のなかまたち

2021-08-11 16:54:19 | 

絵   夢ら丘 実果(むらおかみか)

文   吉沢 誠(よしざわ まこと) 

発行所 ワイズ アウル 07年9月初版第1刷 1,500円+税

   

ホシガラスのカーくんは、森の仲間たちと比べて自分が一番ダメな生き物だと元気がない。スマートに飛べない、からだの色が奇麗ではない、声もガーガー、川の魚や虫が獲れない。ぼくなんかいてもいなくてもいいみたい、と。

心の想いを話したら眠ってしまい、夢の中で枯れた森の夢を見たのだった。森の仲間たちから、カーくんが食べた木の実が大地に落ちてやがて芽を出して、そして森になる。カーくんのお陰だと教えて貰って、「みんながいてよかった。ぼくもいてよかった。ぼくもぼくでよかった」

森にまた、新しい一日がはじまりました。

《 作者のコメント 》

夢ら丘 実果

人に生きる希望がなくなるのは、自分が必要とされていないと感じる時ではないでしょうか?(中略)「あなたがいるだけで嬉しい」と伝えることは、人に大きな勇気を与えることと思います。 

吉沢 誠

子供たちには、仲間と一緒に大いに遊んで生きる力を育み、生きることは素晴らしいことだと、身体と心の両方で理解できるようになってほしいと願っています。

#2 

 

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流人道中記

2021-08-04 16:46:26 | 

著 者 浅田次 郎

出版社 中央公論新社

初 版 2020年3月10日 上巻371頁 下巻294頁

ロード・ムービーならぬロード・ノヴェル。

江戸から蝦夷地へ流される旗本三千石の姦通罪人青山玄蕃とその押送人に選ばれた十九歳の見習与力・石川乙次郎の奥州街道の道記中である。

旅の北上につれて、二人が行きかう人々とのやり取りを通して、当時の市井の生活や貧富、喜怒哀楽が伝わってくる。宿の女将、豪商の丁稚見習い、大泥棒、敵討ち、人情代官などだ。旗本三千石と見習い与力、二人の像も次第に明らかにされてゆく。

武士とは何か、武士道か、日本精神とはなにか、近年著者が問い続けるテーマに一直線であることに気付く。

本の最後、つまり物語の最後で玄蕃は、問わず語りに言う。
「俺はのう、乙次郎。われら武士はその存在自体が理不尽であり、罪ですらあろうと思うたのだ」
以下188頁11行目から290頁4行目までの玄蕃の述懐が、著者の言わんとするところであり、作品の肝と言えるのだろう。7月にアップした『五郎治殿御始末』に共通する。重い。

重い。重かった。久方ぶりのハードカヴァー2分冊。本の本来の手触りを味わった。
実は通販で文庫を注文した。ところが届いたのハード・カヴァー。間違えて頼んでしまったのだった。
現役勤め人を降りて以来、買う本は基本文庫と決めて来た。初版が2020年、最近はこんなに早く文庫化するのかと定価で選んで注文したのが誤りの因。上下巻とも新刊は1,870円。それが上巻320円下巻150円だったのだ。
新刊上下合本は3,740円。それを送料・手数料込みで上下1,147円で買ったという次第。これで商売が成り立っているとは・・・・。今の流通こうなってるんだ、学習しました。

 

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宿命と真実の炎

2021-08-02 19:12:27 | 

著者 貫井徳郎

出版 幻冬舎文庫

656頁

      

この著者の本は初めてになる。文庫の650頁は結構なヴォリュームで持ち歩きも覚悟が要る。

香山二三郎は、「松本清張が没したのが1992年、著者はその翌年に作家デビュー。清張が本格ミステリーにアンチを唱えることで社会派的手法を確立させたのに対し、貫井はデビュー作からして社会派ミステリー的な器に本格謎解き趣向を鮮やかに盛って見せたのである」と解説する。

いわゆる警察小説。シーンの転換が多いがスムーズに読み進められるのはプロットが丹念に練られているからか。

警視庁捜査一課九係の面々に味があるのがいい。物語を引っ張るのは所轄(野方署)の女性刑事と九係のベテラン刑事。方や背が低くがっちりした体格で凹凸の乏しい地味な32歳、方や相棒を理那ちゃん呼ばわりして喜ぶ中年刑事。二人の関係が捜査の進展につれて変化して行く姿が楽しい。

前作品で、警視庁を辞めた超刑事の西城が、脇から助っ人で絡んでくるのは、ファンにとっては嬉しく楽しみに違いない。解説の香山氏によれば、次回作でも登場するらしい。未読のブログ主も早速前作『後悔と真実の色』を読んでおこう。山本周五郎賞作品という。

連続警察官殺害事件が解決した夜、帰宅した理那に元警察官だった父が言う。
「警察がすべてを発表しないことを、お前はアンフェアだと考えるんだな。お前のその正義感は尊いと思う」
「お前はその正義感と組織の間の板挟みになって苦しんでいるんだろう。事情はよく分からないが、お前の苦しみは想像がつく。理不尽なことを理不尽と言えないのは、苦しいものだ。だが父親としてではなく先輩としてこれだけは言える。お前は恥じる必要はない」
「お前の仕事で救われている人は確実にいる。そのことをお前は誇りに思うべきなんだ。迷うのはいい。アンフェアなことに腹を立てる正義感は忘れるな。だが最後は必ず自分の仕事を誇れ。警察官が自分の仕事を誇らなければ、被害者は浮かばれない」

これは、警察組織に限らず、組織で働くすべての人の心をグリップするに違いない。

 

 

 

 

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さっちゃんのまほうのて

2021-07-31 15:15:16 | 

共同制作 たばた せいいち
     先天性四肢障害児父母の会
     のべ あきこ
                  しざわ ようこ

偕成社 1200円 1985年10月1刷      

 

柳田邦男『人生の1冊の絵本』に触発されて、この先の人生、絵本も読むことに決めた。その第1号。

通販でリーズナブルを条件に探し、偶々入手したのだが、実は大変な重さ・使命・ドラマを擁した絵本だった。そのことは、上記著作の冒頭7頁にわたって、ある医師一家の30年の歩みとして柳田氏が触れている。

 

       

一度見たら忘れられない独特のタッチの絵。それにふさわしい訴え。いや逆か。訴えの重さに相応しくこのタッチの絵が選ばれたのか。

こうした世間や人たちが我々の傍に入る。そのことを絵本で知ったことに衝撃を受けたのだった。

#1

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五郎治殿御始末

2021-07-05 10:41:58 | 

著者 浅田次郎

出版 中公文庫

300頁

 

著者が2000年から02年にかけて発表した武士物の短編6作の作品集である。 時代は江戸から明治、細かく言うと明治のご一新の前後5年間の、世の中のでんぐり返りの大騒ぎと右往左往する武士の姿を描いている。時に哀切時に滑稽、浅田節全開である。

何気ない日常の細部にフォーカスをあてて、その時代の空気と気分を表す。たとえば改暦もそのひとつ。それにより読者は一気に引き込まれる。

歴史学者の磯田道央は次のように解説する。「幕末はそれほど遠い時代ではない。せいぜい、私たちの曽祖父が玄祖父の頃の話である。にもかかわらず、はるか昔のように感じられるのは、この時代が千年続いた "武士の世" の末端で、明治以降になってはじめて "いま" になるという感覚を、我々が持っているに違いない」
「浅田次郎が描こうとしたのは、まさにその "千年の武士の世の最後" にほかならない」
「この作品集で描きたかったのは、その私なき武士たちの "おのれの身の始末" のつけかたであり、徳川武士の物語を語ることによって、なにがしかのことを、今を生きる日本人に訴えているのではあるまいか」

磯田のこの視点に立って著者の作中の文章の該当箇所を拾ってみる。

《国家が権力であってはならない。国民の暮らしを安んじる機構こそが国家であると、勘十郎は信じていた。その目的だけが達成されるのであれば、天下は誰が動かそうとかまわない》
《自分は西洋定時法にとまどっていたのではない。人間が時に支配されるのではなく、時に支配されてはならぬ人間でありたいと考えただけであった》

《男の始末とは、そういうものでなければならぬ。決して逃げず、後戻りもせず、能う限りの最善の方法で、すべての始末をつけねばならぬ》
《武家の道徳の第一は、おのれを語らざることであった。軍人であり、行政官でもあった彼らは、無死無欲であることを士道の第一と心得ていた》

《社会科学の進歩とともに、人類もまたたゆみない進化を遂げると考えるのは、大いなる誤解である。たとえば時代とともに衰弱する芸術のありようは、明快にその事実を証明する。近代日本の悲劇は、近代日本人の驕りそのものであった》

平易な語り口で庶民の心情を深く揺さぶってはお前はどうだと問いかけてくる浅田次郎。何を読んでも誰を読んでも、何冊目かにはまた浅田次郎に還っては自身の生命の浄化を図る。私のやり方である。

 

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人生の1冊の絵本

2021-06-28 14:48:24 | 

著者 柳田邦男

出版 岩波新書

338頁

  

素晴らしい本に出会った。新聞の一隅の広告だったと思う。行幸と言うほかない。

近年、新聞やテレビで著者の姿を見ることは無く、加齢によるフェイド・アウトは致し方ないと、一抹の寂しさを感じてはいたが、どっこい、凄い仕事をされていた。この本によって取り組まれている今の仕事を知るにつけ、敬意と感動と夢に包まれることになった。

著者が「絵本を読もう!」との呼びかけを始めて20年になる。現在も継続中の看護専門紙『看護管理』の2014年4月号から2019年9月号までの連載から53編を一部加筆し、絵本新時代論として再構成したものである。

       柳田邦男氏

著者は ”あとがき” に書く。「絵本は幼い子供のために絵で言葉を補っている本だと思い込んでいるいる人が多い。だが違う。大人が自らの人生経験や心に抱えている問題を重ねつつじっくり読むと、小説などとは違う独特の深い味わいがある」「哲学や文学と並ぶ独自の表現ジャンルと位置付けられる」と。

頁を繰って読み進むうちに、取り上げている絵本が、すぐにでも読みたいという衝動に駆られる。絵の色合い、活字のポイント、それらのバランス、前後ページとの流れ、作者の思いなどだ。その欲求が湧くほどに柳田氏の文章に力があるといえるだろう。

巻末に取り上げた全165冊の絵本の頁が索引されている。便利である。これによって、本文に立ち返って絵本1冊ごとの概要と作者や勘所また背景などが振り返ることが出来る。

これはいい目標が出来た。これから先の人生、この書を座右に置いて、165冊を読んでみることにしよう。素敵なガイドブック、それも人生を考えるガイドブックだ。有難し。

 

 

 

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紙鑑定士の事件ファイル

2021-06-23 13:58:27 | 

著    者 歌田 年

出版社 宝島社

315頁

2019年第18回『このミステリーがすごい!』大賞受賞。

    

紙の業界で普通に働く一市民が、彼が持つ紙の蘊蓄から事件に首を突っ込みはじめ、捜査当局をリードする活躍を描いた異色の探偵小説。登場人物のキャラクターの造形がユニーク。

タイトルの故からでしょう、この本自体が相当入れ込んだ作り方をされている。

表紙の見返しにこの本に使用している用紙の説明書きがある。本の構成とその名称が描かれており、読者には目が鱗。これが実にいい。

1頁から320頁に至る本文には4種類の用紙が使われている。"アルトクリームマックス 四六版 52.5kg"、"メヌエットライトC 四六版 55kg、・・・という具合の紹介があり、「風合いをお楽しみください」とある。その区別など、さすっても透かしても素人には区別はつかない。

      

相当の本好きでも本の成り立ちには、ほとんど関心がない。こうして改めて教えられること自体がかなりのミステリアス。なるほどと合点。

    

CDディスクが挟まれている、頁を括ると中の絵が立ち上がってくる、景品が付いている、袋とじがある、など本にも種々の創意工夫がある。この本もそうした営業的な視点もあろうが、なかなか味のある趣向である。

    

著者は、プラモデルについても知識に精通しておりオタクレベルと推察する。或いは車もかな。

物語の結末に神奈川県の平塚市が登場する。ブログ主が22歳まで過ごした地である。記憶に残る一冊になった。

 

 

 

 

 

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帰郷

2021-06-06 14:41:00 | 

著者 浅田次郎

出版 集英社文庫

252頁

  

  

先の大戦の兵隊の戦中戦後の生き様を描いた短編6作の作品集。

巻末の《解説》を、かつて3年間、「コレクション、戦争☓文学」(全20巻+別巻、集英社、2011~2013年)の編集委員として著者とともに作業をした歴史学者の成田龍一氏が書いている。

実によく作者と作品を理解され、個々の作品の概説とそこに投影される作者の心象について触れられている。これから読まれる方は、こちらを先ず、が宜しかろう。

氏は戦争文学の作家としての著者の位置を、斎藤美奈子の腑分けに従って「戦後第一世代」としている。つまり、”父母”が戦争経験者の世代である。ちなみに”祖父母”が戦争経験者を「戦後第二世代」と呼ぶ。この前段階、戦争小説は、その書き手は戦争の経験者が、自らの経験を語るのが王道であった。

解説は書く。「浅田さんが描く戦争小説は、父母の世代ー戦中世代への慰霊であり、そのことが人生の機微を感じさせる。運命を受容しつつ、大義に生きる父母への、「戦後第一世代」としてのメッセージが伝えられている。こうした小説が、非戦を訴えるものとなるのは必然であろう」と。

切なさと温かさと一途さと。時々の浅田小説で私は希望と活力を充填している。

第43回(2016年)大佛次郎賞受賞作。

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