処遊楽

人生は泣き笑い。山あり谷あり海もある。愛して憎んで会って別れて我が人生。
力一杯生きよう。
衆生所遊楽。

東京ミチテラス2019

2019-12-25 14:31:50 | 四季

 

 このミチテラスは“道照らす”と思っていた。『なんだかなあ!』の想いを抱いていたが、間違いだった。“未知照らす”だった。とはいえ、開催趣旨の《未来を明るく照らしていこう》とは、開きがある現実でした。と言うのは、あの広大な東京駅から皇居へ直進する御幸通りを電飾で埋め尽くすのは土台無理でしょう。

  

駅前広場では、プロジェクション・マッピングも披露され、中ではブライダル・ドレスの花嫁さんをプロらしきカメラマンが撮影している人だかりもありました。当方も野次馬宜しく盗み撮りしたのだが、所詮、他所ののお嫁さん。記念にアップさせて戴きました。

 

 丸の内では先行して11月7日からイルミネーションが飾られていてその数約100万球。仲通り1.2キロにわたり200本の街路樹がLEDで形どられ、そのドームの中を歩くのは、なかなかに幻想的、この世の物とは思えない気分が味わえた。

 

 歩き疲れてさて食事。どこの店も満員、高いのに。暫く探して落ち着いた店が『豚捨』。

食したのが“すき焼き”。初めて聞く店だったが、実に美味しかった。創業明治40年の伊勢牛の店。(ちなみに三重県にはもともと伊勢牛と伊賀牛しかなく、松坂牛は昭和10頃からという)

   

          

飲んだのは燗酒の『うっかり八兵衛』。ラベルは "うっかり" して上下を間違えて貼ってしまったらしい。

 

     

ミチテラス

豚捨

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鎌倉文学館 #鎌倉散歩2

2019-12-22 18:26:20 | 身辺雑記

今年年初に鎌倉に出かけたが締めくくりも鎌倉。行く先は鎌倉文学館。 

幸運にも江ノ電は、運転席横の席。どうやらプロもアマもカメラマンたちが狙っていた気配があったが、年寄り夫婦が並んで乗車待ちの姿を見て、席取りを自発的に諦めた、失礼譲ってくれた模様。優しい皆さんに感謝してショート・トリップは始まった。

ここにはシステムの制約があり、残念ながら動画は紹介できないが、江ノ電らしさ溢れた動画が撮れました。

 

 鎌倉文学館に着く前に潜り抜ける名物の隧道。

 

 何やら、道端や頭上の木の中でガサゴソ。栗鼠だった。人を怖じず、すぐ傍らで木の実を探しては啄む。まあ、可愛いこと。

 

 木立の間を歩むにつれ、歴史の案内板や記念の建造物などが現れてくる。

 

 紅葉の盛りは終わっていたが、閉館の2時間くらい前の黄昏時、観光客は疎らで静寂な佇まいがスッと吸収出来、て何とも新鮮で清澄な気分になる。

 

 内部は、お決まりの撮影禁止。下の画像はどこかの誰かのブログからグーグル経由で引っ張って来た物。

    

 近代以降多くの文士が愛した鎌倉。その暮らしと作品が一目で理解ができる。往時の報道写真や、お互いにやり取りした手紙類。升目の原稿に幾重もの推敲の跡、セピア色の写真、初版の本・・・などなど。

現代のご当地に住まない作家の、鎌倉が舞台の作品や鎌倉を扱った本なども陳列されてる。期間限定の企画としては、過去のオリンピックと作家達の関りや立ち位置が取り上げられており、なかなかに興味深い。

 

洋館作りの建物の前庭は海に向かった傾斜地にあり、春は薔薇が素晴らしいという。次はその時期に来よう。

ここは一時期佐藤栄作氏の別荘だったという人がいる。室内の解説版の由来にはそういう表現は見受けなかったが、見落としたか。或いは、事実はあったが敢えて触れていないのか、そんなことはないと思うが。鎌倉には、同じような歴史・由来を持つ建物が数多くあろう。そのことを教えてくれた御仁が勘違いをしていることもあるか。

自分で調べればいいもものを横着をしました。

 

 夕食は、1月と同じで鎌プリで江の島のイルミネーションを見ながらでした。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ルーズベルトの開戦責任

2019-12-04 11:46:31 | 

著者 ハミルトン・フィッシュ

訳者 渡辺 惣樹

出版 草思社文庫

 

 

        

フランクリン・ルーズベルトと言えば、ニューディール政策。これによって、アメリカを強大な国へと導いた偉大な大統領と教わったし、そのイメージは今までずっと変わらないで来た。それは間違いだというルーズベルト告発の本である。

ニューディールは失敗だった。その挽回をすべくルーズベルトが打った手が、アメリカのヨーロッパ戦線への参戦であり、日本を開戦に追い込むことだった。そしてそれは見事成功した。

著者は同時代の共和党所属下院議員のハミルトン・フィッシュ。彼は元来、外国での戦争にアメリカが参戦することに反対の非干渉主義者だったが、日本の真珠湾攻撃を機に対日戦争容認派に転じ、ルーズベルトを擁護し対日戦線布告を支持する演説をしたのだった。名演説と言われた。これによりヨーロッパの戦争はアメリカとアジアを巻き込んだ世界大戦になったのである。

大戦勝利の直前1944年4月ルーズベルトは脳卒中で死去する。終戦後、ハル・ノートなどにより、彼の対日外交の詳細が判明し、フィッシュは、対日戦の本質が、窮鼠(日本)に猫をかませた(=真珠湾攻撃)のはルーズベルトだったことを知る。

        

     フランクリン・ルーズベルト       ハミルトン・フィッシュ

 

戦後の研究でルーズベルト外交の陰惨さが明らかになるにつけ、彼の怒りは日に日に増した。その怒りを公表したのがこの著作である。上梓は1976年。真珠湾から35年、ルーズベルトの死から31年、フィッシュ87歳であった。このタイムラグは、大戦後の国際情勢、すなわち母国アメリカが世界の各地で共産主義と対峙している事実と自国大統領の失敗を糾弾できないというフィッシュの見識の上に立った辛抱だったのだろう。

終章では、ドイツ降伏の報を受けたローマ法王ピウス12世のラジオ演説を引用し、続けてこう記す。「我が国憲法は人類最高の英知の結晶である。自由の理念が保証され、自由であることを謳歌出来る国である。宗教や民族で差別を受けない。それがアメリカである。その精神を微塵たりとも毀損してはならない」と。なんと格調高く誇り高いことか。

実に読み応えのある本だった。その因の一つは渡辺惣樹の訳にある。上手い。ウィキペディアは彼を《日本の歴史評論家》と分類しているが、一級のアメリカ近現代史家とも言えるだろう。山本七平賞奨励賞を受賞している。

本書の原題は『FDRThe Other Side of the Coin』。コインの表側『正史』に対するコインの裏側『外史』の意である。一方この草思社文庫版のタイトルは『ルーズベルトの開戦責任』。ちょっと直截過ぎないか。日本の読者に真実を知らせたいとの思いがそうさせたものだろうが。私なら、正題『ルーズベルトの犯罪』副題『アメリカを戦争に巻き込んだ男』としたいところ。

最後に、本書を教えて戴いたのはラスベガス在住の日本人ミュージシャンのノブヤス・ウルシヤマさん!!素晴らしい良書でした。トランプ・ニュースにうんざりの毎日。本来のアメリカの精神に触れて希望が蘇って来ました。勇気と力が湧きました。有難うございました。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする