スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

中道右派政権のPR戦術?

2010-06-27 01:25:48 | 2010年9月総選挙
リーマンショックの影響でスウェーデンの実体経済は大きく冷え込み、2008年末から2009年初頭にかけて繰り返し大量解雇が発表され、失業率が急上昇。スウェーデン中央銀行は政策金利を相次いで引き下げたため、リーマンショック時の4.75%という水準から2008年末には2.0%へと急降下し、そして2009年夏までにはさらに下がって0.25%となったため、悲観論はどんどん強まっていった。スウェーデン・クローナの為替レートも一気に悪化し、輸入品や国外旅行の割高感が顕著になっていた。

2009年初め頃、スウェーデンの中道右派連立政権の閣僚が記者会見やメディアのインタビューで口にした発言が印象的だった。アンデシュ・ボリ財務大臣「今年は1年中、真冬だ」と言うし、スヴェン=オットー・リトリーン労働市場大臣「今年は糞まみれの年 (skitår) だ」と強調し、あたかも2009年の一年間はまったくの暗闇であるかのような悲観的見解をあちこちで展開していた。財務省が発表する経済予測でも2009年から2010年にわたってマイナス成長が続き、失業率も11%か12%くらいまで上がると見られていた。

私自身のスウェーデン経済に対する見方は、そこまで悲観的なものではなかった。スウェーデン・クローナが大きく減価したためにその分だけ国際競争力が高まることになったから、世界的に景気が回復し始めれば、需要は一気に持ち直すだろう。それに、経済力のポテンシャルはあるから通貨の下落も一時的なものに過ぎないだろう。また、日本と違い、不景気になった時点での政策金利が高く、それを下げる余地が十分にあったから、金利低下によるショック効果もあるだろう。

もちろん、世界景気の動向は予測しにくいが、スウェーデン経済もすべてが外需頼みというわけでなく、サービス業がスウェーデン経済に占める割合も相当大きい。サービス業と一口にいっても、一部のサービス業は企業向けコンサルや研究開発など製造業に依存しているものもあるが、一方で小売・流通業などの内需が維持されれば経済全体の落ち込みも抑制される。また、クローナ安のために輸入品から国産品への需要シフトも起こるだろうし、夏のバカンスを国外ではなく国内で過ごす人も増えるだろう。ドイツなどからクローナ安に惹かれてやってくる旅行客もいる。

<過去の記事>
2008-12-04:ドカーン!と利下げ
2009-02-12:またもや利下げ
2009-04-22:歴史的な低金利とスウェーデン経済の将来に対する期待


だから、与党があらわにしていた悲観的な見方は、私はあまり理解できなかった。むしろ、巧妙なPR戦術ではないかと疑っていた。それがどういうことかを示すために、その逆の場合を考えてみよう。つまり、人々に過度に大きな期待を持たせた場合、それが外れたときのショックは計り知れず、支持率の低下も必至となる。鳩山政権やオバマ政権がその良い例だろう。それに対し、人々の抱く期待を極力抑制しておいて、実際には結果がそれよりも良かった場合、人々はホッとし、支持率も上がる可能性が高い。少なくとも下がりはしないだろう。だから、保守・穏健党を中心とする中道右派政権も、実際にはそこまで悲観的な見方はしていなくても、2009年の初めには敢えてそのような見方を国民に伝えておき、実際の景気回復がその見方を上回わることを見込んでおいて、支持率の上昇につなげようと考えたのではないだろうか。

2009年の初めといえば、スウェーデン経済がリーマンショックを受けた世界経済の大波に揺さぶられて時だから、いくら悲観的な見方を表明したところで、政権党が大きな批判を受けることはない。スウェーデンの人々も政権党にできることは限られており非難しても意味がないと感じていたからだ。だから、状況をうまく利用して、国民にできるだけ低い期待を持たせておく。一方、景気回復が本格化するとすれば2010年の頃となり、総選挙の年だから、予測を上回る速さで景気が回復し支持率が上昇すれば、選挙で勝てる!

2009年初めのアンデシュ・ボリ財務大臣スヴェン=オットー・リトリーン労働市場大臣の発言を聞きながら、そのような隠された意図(hidden agenda)があるような気がしていた。しかし、本当にそうなのか自信はなかった。

だが、それ以降これまでの経済や世論の動きを見ていると、その筋書き通りに動いているとしか思えない。スウェーデンの景気は2009年夏から秋にかけて底を打ち、順調な回復を見せている。自動車産業や他の製造業も受注が回復し、操業テンポを戻しつつある。それに合わせて解雇された人の再雇用も少しずつではあるが始まっており、2011年まで上昇が続くと見られた失業率も今の段階でほぼ頭打ちとなっている。経済成長の予測も相次いで上方修正され、その度に「予想を上回る景気回復」という見出しが新聞やテレビのニュースを飾っている。

与党もそのような嬉しいニュースが流れるたびに「それは俺たちが適切な政策を行ってきたおかげ」という趣旨のコメントを繰り返している。そのような説明付けを世論がどこまで信じているかは分からないが、少なくとも支持率を下げる要因ではないことは確かだ。

逆に苦労しているのは、野党である社会民主党だ。もし、当初の予想通りに今年2010年に入ってからも景気が低迷し、本当にお先真っ暗であれば、世論の不満をバックに与党をとことん叩くことができたのだが、それができない。では、政権党の政策に代わる案を打ち出せるかというと、景気回復基調が濃厚で、社会全体に希望が膨らんでいる今、それも容易ではない。現在の中道右派政権が行ってきた失業保険改革や疾病保険改革などの個別分野は、確かに槍玉に挙げることもできるが、これらの争点の対立構造は当初のそれとは異なってきており、簡単に白黒付けらなくなってきた。

また、与党が財政管理をきちんとしてきたおかげで、不況の真っ只中であった2009年でも財政赤字はせいぜい2%(対GDP比)に過ぎない。野党・社民党が「不況を和らげるために、もっと財政出動して各方面の政策にお金を投じるべきだ」と言えば、「大きな財政赤字に喘いでいるギリシャやイギリスの二の舞を踏みたいのか」と逆に叩かれるし、「いやその分、税金を上げる」と言えば(実際に言っている)、負担増となり世論の支持を減少させてしまう。

与党にとって、現状は絶好のチャンスだ。こうなることを本当に予期したPR戦術なのか分からないが、もしそうなら、大したものだと思う。

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2 コメント

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私も (里の猫)
2010-06-27 07:59:30
そこまで悲観的にならなくても、と思っていました。でもリーマン・ショックの時は本当にショックだったし、お先真っ暗って感じでしたよね。
最近になって、ハッハーン、頭いいね、と思ったんですけど、秋の選挙に保守連立政権が勝ったとしても、ボリさんはもう大臣やらないって宣言出してるから、ボリなしでもうまくいくのかなー、って思います。
左派連立は言うことがどうも冴えないですね。
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Unknown (Yoshi )
2010-06-29 02:52:38
ボリもラインフェルトも厚いネットワークを持っているでしょうから、ボリの代わりになる人材はおそらくたくさんいると思いますよ。(ポニーテールとピアスというインパクトのある人かどうかは別として)
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