ふぶきの部屋

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宝塚コラム・・・さよなら貴城けい2

2007-02-12 16:48:35 | 宝塚コラム

 さよなら貴城けい宝塚最後の貴公子2 

 

貴城けいは78期です

同期には瀬奈じゅん、檀れい、夢輝のあ、大空祐飛、音羽椋、千紘れいか、

眉月凰とわりと技術者集団の期の出身です。

貴城は入団当初から雪組で大事に育てられて来た御曹司ではありますけど、

総じて78期というのは一つ上の77期の活躍によって割を食うことが多く

また下には79期、81期という期待の期もり、紆余曲折が多い期でもありまして

その苦労は貴城も決して他人事ではなかったような気がします

才能に恵まれつつも中途で退団していった千紘や音羽や夢輝のような存在も

多く、何となく「気の毒な期だなあ」というのがありましたっけ。

 

私が彼女を最初に見たのは多分「エリザベート」雪組公演だと思うのですが

よく覚えておりません。

でも、新人公演卒業の安蘭けいのあとは貴城が主役を張るよ・・というような

話を聞いて「どの子なんだろう」と気にはしていたのです。

(当時は私、熱烈な星組の麻路ファンでしたので雪組にはあまり注意が

向かなかったんですよね)

おでこの広い、華やかな顔立ちをしていた彼女がやっと私の視界の中に

入ってくるのは「仮面のロマネスク」で、「ほら、もう花總の相手をしている」

と友達に指摘されて「どれどれ」と見たのが最初・・・そう花總演じるメルトゥイユ

夫人のつばめちゃんの役でした

 

それから宙組が発足して、麻路が退団して・・私の目は貴城の同期である

夢輝のあに移り、彼女が「イーハトーブ夢」を代表作にひっさげてトップ路線に

乗ったかに見えた途端のあっという間の退団劇に、大泣きするやら

落ち込んで立ち直れないやらで・・・そんなおりにも貴城は着実に雪組の中で

地歩を固めているのを見て、つくづく羨ましかったのを覚えています。

 

とはいうものの、高嶺ふぶき退団後の雪組は波乱万丈・・・轟悠トップ体制の

中で宙組発足による2番手以下総入れ替え、尚且つテコいれの為に

成瀬こうき朝海ひかるの組替え、新専科制度、絵麻緒ゆう1作退団など、

数々の生徒が入り乱れる状態の中、常に貴城は4番手以下の扱いを受け、

役にも中々恵まれなかったという記憶があります

轟体制の時代に覚えているのは、「再会」のよっぱらい(何だったんだろう・・あれは)

「ノバ・ボサ・ノバ」のボールソ(笑顔が素敵だったけどそれだけ)

凱旋門」東京公演のアンリ(これは絶品でした)

パッサージュ」できんきらきんの衣装を着て銀橋を歩いた時は

「ついにここまで来たのかなあ」とちょっと感慨深いものがありましたっけ。

 

貴城は同期にさきがけて「ささら笹舟」でバウ主演を張り、ベルリン公演にも

抜擢されて行ってましたので、78期の中では非常に恵まれた地位にいて

非常に期待されていたのがわかります。

(花の瀬奈じゅんなんか、一時的に水夏希より下に扱われていた時代が

あったし・・その水が雪に来て貴城が移動するなんて因果よね・・)

 

確かに華やかな顔立ちをしているし、技術的にも文句なしの貴城ではありました

けど、雪組の優等生さん達の中にあっては何となく堅苦しい印象があり、

あまり融通がきかなそうだなあ・・・というイメージがありました。

そんな彼女を見直すきっかけとなった作品が、朝海ひかる主演の

アンナ・カレーニナ」のカレーニン少佐。

無表情で冷たくもありながら妻をとても愛している役でしたが、正直主役の

朝海よりもいい出来で、その大人の雰囲気に脱帽したのを覚えています。

貴城は感情をあからさまに出す役柄よりも、抑えて耐えている役柄の方が

個性が出てとてもかっこいいらしく、「追憶のバルセロナ」のクリストフ、

春麗の淡き光に」の源頼光、「霧のミラノ」のカールハインツ、

ベルサイユのばら」のアンドレなどが素晴らしい出来だったと記憶しています。

まあ、どちらかという「助演」が上手な人という印象でしょうか。

 

その彼女が助演を超えて活躍したのは朝海ひかるの時代になってからでした。

 

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